前編
頭上には北極星が光り輝いていた。だが、久保田はそんな美しい光景に目もくれずに、近所のスーパーマーケットに入ったのだった。
「はぁー。今日の晩飯、何にしよっかな…。」
冷凍餃子を手に取り、珍しく彼は店の奥に行った。
「あ。おもしろそう。」
「ただいまぁ。」
「おかえり。」
久保田と原田はシェアハウスというものを行っていた。同じ大学のサークル同士、二人で住んだ方が何かと良いという結論に達しての事だった。
「今日の夜ご飯は?」
「餃子。」
男二人で交互に自炊するのがこの家のルールだった。最初の三ヶ月は、ハプニングに次ぐハプニングで、卵焼きはスクランブルエッグになったり、と、てんやわんやだったが、最近は一つの事をしながら、もう一つの事をして効率良く自炊している。
「あ。そう。それと面白いもの買ってきた。」
「え?なになに?絶対ミスっただろって突っ込みたくなるような期間限定のお菓子?とか?」
「違うよ。これ。」
そう言って久保田はレジ袋からスイカより少し小さい果物を取り出した。
「何?それ。」
「分かんない。面白そうだったから買ってみた。先に食う?」
「いや、後にしよう。」
「だな。」
「はー。美味しかった。」
「確かに。」
「じゃあ切るね。」
「よ!メインディッシュ!」
「いや、デザートだろ。メインは餃子。」
「あ、そっかそっか。」
「これは、あれかな?普通に切っていいのかな?」
「そうでしょ。」
対面式のキッチンに真っ白なまな板が置かれ、その上に、メロンのような色のそれが置かれたのである。それはまるで、神棚の上に、ご神鏡が置かれるようなものだった。
「切るよ…。」
久保田は包丁を手に取った。
「…はあっ!!」
「うわっ、臭い!くっさ。くっさい!」
「なんだよ。これ、おい!」
「ば、化け物だ!化け物の卵だぞ!」
その卵からは刺激臭が溢れ出した。こういう場合には二つの結末がある。毒を持つフグなどの魚が美味しいように、その中からとても素晴らしいものが出てくる結末が一つ。もう一つの結末は、ゴミ捨て場からゴミの匂いがするように、普通にひどいものが出てくるというものだ。
「あ。」
「ど、どうした。」
「急に切りやすくなった。層が違うのかも。」
「層?」
「さっきまではメロンみたいな普通の果肉を切ってる感じだったんだけど、なんか、ちがう。切ってる感じがしない。」
こうして、久保田と原田の二人は第二段階に突入した。
「一気に行くぞ。」
「待て…。いいのか?」
「よいしょ!」
それは綺麗に真っ二つに割れた。
「これは、なんだ?」
「いくら…みたいだね。」
「見た目はな。でも、白濁しているし。ネバネバしているし。」
ゼリーよりは水っぽく、無数の白濁した小さな粒が糸を引いて、ドロドロとまな板に落ちていたのだった。
「どこを食べるんだよ?」
「うーん。やっぱり、このいくらみたいな所だろ。」
「腐っているんじゃない?」
「いや、賞味期限は来年になっている。」
皮の所には、しっかりとシールが貼られていたのだった。
「ああ。本当だ。じゃあ、ちょっと待って。調べてみよう。これの名前は?」
「何だろう?」
「え?」
「レシート見てみよ。」
「おいおい。」
「トドノビクスだって。」
「出てこない。どう検索しても出てこないぞ。」
「おい。本当かよ…。」
「あ…。」
目の前のテレビでトップニュースが流れ始めた。
「こんばんは。えー、○○市で集団食中毒という事で、救急搬送されましたが怖いですね。」
「えー。そうですね。原因が思わぬものだったということで、また番組の後半でも詳しくお伝えします。さあ、次のニュースです。」
久保田がテレビを消した。
「分かった。一人ずつ食べよう。」
「えぇ。」
「俺が先に食べるから、もし倒れたら速攻110だぞ。」
「え。それ警察じゃない?」
「あ。そうだ。119だ。」
「そうだね。」
「じゃあ食べる。」
その物質はゆっくりと、まな板から青い器へと移動し、盛りつけられた。
「食べるぞ…。はあっ、くっさい!」
「もういいよ。食べなくても。」
「おい!そんな事言うなよ!それでも男か!」
そう。危険なものに手を出してこそ、人間は新たな段階に踏み出す事が出来る。
「こっちは久保田を心配しているんだよ。」
「ああ。ありがとう。よし。えいっ!」
ついに、その小さな粒が彼の口の中で一気に。その風味や、全てが弾けた。
「どう?」
後編に続きます。