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素直じゃない私に、夫は微笑む  作者: 雪見だいふく
3/5

それぞれの思惑




「ベン兄さん」


可憐な女性の声で、私と夫が振り向くと―――。


「マリー」


夫が女性の名を呟く。


「ふふ。私も一緒に帰っていい?」




◇◇◇





マリーと呼ばれた女性は、夫の従兄弟だ。

そして、夫の好いている人。

本名はマリーベルだが、身内では愛称で呼ばれていた。

夕食の場で彼女は「しばらく滞在したい」と切り出す。


「それは構わないけれどいいの?」


義母が片頬に手を添えて尋ねる。


「いいの。お父様、お母様にも許可は貰ったわ。ご迷惑じゃなければだけれど」

「まあ。私たちは全然大丈夫よ。ねえ、あなた」

「ああ」


義父の許可を得たからか、マリーベルは嬉しそうに「やったあ」と可愛らしい笑みを浮かべる。

私は口出しはしなかったが、内心どきどきしていた。


彼女と夫が抱き合っているのを見てから、私はマリーベルが苦手だった。

彼女も夫を好いているのか、愛らしい顔とは裏腹に私を敵と見なしているかのような目で睨んでくるのだ。


春を思い浮かべるような大きな緑の瞳、反面女性らしさを兼ね備えた体つきや、ぽってりとした唇は意識してなくても惹き付けられる。

また、甘え上手なところや年上から可愛がられる要素を持っているので、私が何を言っても首を傾げられるだけだ。


「ねえ、エマもいい?」


急に名前を呼ばれて、私ははっとする。


「…はい」

「やったあ。ありがとう!」


愛らしい笑顔で、周りを惹き付けるこの女性は自身の魅力を奔放に放つ。

毎日の夕食の場が、彼女がいるだけで華やいで見えた。

私は、目立たずに静かに食事をしながら、作り笑いで周りに合わせていった。








「ねえ、ベン兄さん。お庭を案内してくださらない?さっきちらって見たけれど、薔薇がとっても綺麗だったわ。私、薔薇が好きなの」


食後の紅茶を飲みながら、マリーベルは夫にお願いをする。


「構わないが…。エマも行かないか?」


夫は何故か私も誘う。

夫は彼女の気持ちに気づいていないのだろうか。

彼女は美しい笑顔を浮かべているが、目は笑っていない。

私は密かに嘆息する。


「今夜は早めに休ませて頂こうと思っていますので…。申し訳ございません」

「私がお買い物を頼んだものね。エマ、ありがとうね。じゃあ、ベンとマリーだけで行ってきなさい」


義母が言うと、彼女は端から見ても分かるように、ぱあっと表情を明るくさせた。

私は彼女のそんな表情を見て、思わずふいっと視線をそらす。

その時に夫と目が合い、いつもの優しい微笑みはなく無表情だった。


(…なに?)


夫の感情が分からず、私は居心地の悪さを感じていた。


何故そんな目で見るの――。

まるで私を責めているかのような目だ。











夕食の時間が終わると、私はそそくさと部屋に戻る。

夫とマリーベルはそのまま庭へと向かったらしいが、私は考えないようにする。

町に出て疲れていたのは本当なので、早く入浴をして自分の時間を過ごしたい。

私は、さっそく浴室へと入っていった。





◇◇◇






「ねえ、ベン兄さん。私がここに来た理由知っているでしょ?」

「…何のこと?」

「まあ。いやな人ね。分かっているくせに」

「……」


マリーベルは薔薇の庭園の中、ベンと並び合いベンの腕に両手を絡ませた。

ベンは鬱陶(うっとう)しそうに、マリーベルから腕を引き抜こうとするが、ぎゅうっと力を込める。


「私、兄さんのことが好きなの。子供の頃から私には兄さんだけよ」

「マリー。そのことはちゃんと断っただろう。俺にはエマがいる」

「エマは兄さんのこと好きじゃないんでしょう?それにあんな冷たい女、どこが」

「マリーベル!」

「!」


ベンに怒鳴られたせいでマリーベルの肩はびくっと上がる。

ベンを見上げると、静かな怒りが伝わってきた。


「エマを悪く言うな。いくらお前でも許さない」

「な、なによ。兄さん、エマのこと好きなの?」

「……」

「ベン兄さん?」

「この話は終わりだ。部屋へ戻れ。それと離せ」

「あっ」


ベンは強引にマリーベルから腕を引き抜き、くるっと踵を返す。


「ま、待って!ベン兄さん!」


マリーベルが必死に追いかけようとするが、ベンは待つ気などさらさらない。


エマに会いたい―――。


今のベンの頭の中はそれしかなかった。
















「エマ、起きてる?」


妻の扉をノックするが、中からは返事がなかった。


「…入るよ」


カチャと扉を開けて入室するが、妻の姿は見当たらなかった。

キョロキョロと探すが、浴室から物音がしてそちらに目を向けると、タイミングよくバスローブ姿の妻が出てきた。


白いバスローブ姿に潤んだ瞳、火照った頬、まだ濡れている長くゆるやかな茶髪にベンの目は釘つけになる。

妻もベンを見て驚きを表した後、慌てて浴室へと戻る。


「な、なんでここに!?そ、それよりも出ていってください!」

「え?わ、分かった」


妻の焦った声に、ベンははっとなり続き間から自室へと戻る。


(――いい香りがした)


シャンプーの香りと、花の匂い。

だが、嗅覚よりも視覚から得た妻のあどけない姿がベンを落ち着かせなくした。

化粧は濃い方ではないが、完全なすっぴんを見るととても幼く見えたのだ。


「はあっ」


背を扉に預け、ドクドクと暴れる心臓を落ち着かせようと大きく息を吐く。


(まずいな)


妻のあどけない姿を見て、ベンは理性が保てる自信がなかった。













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