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救国のジグムント  作者: エルグレコ
第一章 邂逅と惨禍のイタリア戦線
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ローマ包囲

西帝国軍司令官ヤン・エドゥアルト中将の作戦により、ローマを火責めで落とすことが決定されるが、勿論文化の中心であった古代帝国の首都を壊滅させる事に拒否感を覚える人間は居た。

 翌日早朝。弓を携えたジグムント達は、テヴェレ川を渡っていた。ヤン・エドゥアルトがローマ火責めを決定したことに相当作戦本部は揺れた事だろうと邪推する。何せこの士官学校生隊でも大騒ぎだったからだ。イタリア半島をルーツとする者たちの抵抗は凄まじかった。後々しこりとなって西帝国を阻まなければ良いのだが......。


「そもそも俺達ラテンの末裔にとって、この現状は許しがたいものなんだ」


 いつの間にか行軍を共にすることになっていたフランシスが言う。


「異民族に帝国を支配されているという屈辱。本来ゲルマニア人や、スラヴ、グラエキアの上に立つのはラテンだし、これまでもそうだった。あの憎きゲルマニアの傭兵さえいなきゃな......!」


「でも、ゲルマニア人のおかげで今の西帝国があるのは確かだわ」


「判っている。だがな、ローマを壊滅させるとなれば黙っては居られない。ジグムント、お前もブタペストを壊滅させると言われたら許せないだろ。違うか?」


「パンノニアは魔界だ。ブタペストが堕ちる時には、僕は死んでいるだろう。ブカレストも、ソフィアも、ティラナもそうやって滅亡した。彼らは死ぬまで戦い続け、故郷と共に滅んだ。死ぬのが美徳なんてこれぽっちも思っちゃいないけどさ。アレクシオスにローマを明け渡すか、潰してでも守るかの二択だと僕は思う」


「潰したら奪われたのと変わらないだろ!」


「しかしラツィオやローマの軍管区指導者たちは逃走したんだ。満足に戦うこともせず」


「時には逃げなくてはならないことはある。しかしそれでも、街を壊滅させずに奪還する方法はある筈だ」


 にわかにフランシスは語気を荒げる。違う、この男はわかっちゃいない。そもそも東帝国軍の方が勢力が大きい前提を忘れているのかもしれない。少ない陣営で、街を取り返すとなればそれなりの損害は覚悟しなくてはならない。


「君はローマが敵の手中に収められ、良いように使われているのを指を咥えて見ることが出来るか?東帝国の捕虜の扱いは西帝国の奴隷がマシだと思えるくらい凄惨らしい。君の愛した領民は今まさにローマで物言わぬ死体と成り果てているだろう。フランシス、君は奴らに復讐したいと思わないのか?ラツィオ軍管区指導者は恐らくゴーサインを出した。ローマ大軍管区のそれも同じだろう。罪のないシチリア市民を皆殺しにした野蛮なグラエキア人を打ち倒すには、ローマごと焼き殺さなくてはいけないのだ......」


 ジグムントはアレクシオス三世の似顔絵―――下品な字体で「東の皇帝の髭と首を切りに行こう」と顔の下に書かれている―――が描かれた矢を入れる木箱を背負い直し、テヴェレ川を切り裂くように進んだ。まだ秋口とは言え、川の温度は低い。早く横切りたいものである。


 マリアはそんなジグムントの様子を見て内心溜息をついた。行軍中、気落ちしていたはずの彼は少しもそんなことを思わせない、冷徹な顔で川を渡り続ける。勿論彼を焚きつけたのはマリア自身であるが、こんな彼を見たいわけではない。これでは人間には見えない。今の彼にはどこか異質さを感じる。遠くに行ってしまうのではないだろうか―――。しかし彼女はそんなことはおくびにも出さず、黙って彼に追従した。


 フランシスはジグムントとマリアの情に訴えることを辞めた。諦めたと言っていい。考えてみれば、彼らは異民族なのだ。民族が違えば捉え方も全く違う。何故そのようなことが判らなかったのだろう。そもそもゲルマニアが今の政治を握っていることにラテン人以外は不満を抱いていない。彼らゲルマニア人のまつりごとは公平だからだ。そしてその公平さにもラテン人は不満を抱いている。古代帝国の主であったラテン人を様々な点で優遇しろ。ラテン人の民族主義者達はそう声高々に要求する。しかし、多民族国家である西帝国で特定の民族を優遇することは帝国崩壊を意味する。パン=ラテン主義とでも言おうか、彼らナショナリストの主張は受け入れられないのが当たり前なのかもしれないとフランシスは思い始めた。


 そんな三人を見つめる一対の瞳があった。それを三人のうち二人は黙殺し、一人は気付かないでいた。


 そしてテヴェレ川を渡り切った一行は、隊列を組みローマをぐるりと取り囲んだ。次いで彼ら西帝国軍は矢に火をつけ、ローマに向かって弦を引き絞った。少なくない人数の人間が抵抗を見せた―――無論イタリア半島やその周辺出身のラテン人だった―――が、作戦は滞り無く進められることになった。司令の合図で火矢がローマに吸い込まれていく。


 フランシスは泣きながら矢を放っていた。他のラテン人も程度の差はあれど、概ねそのようなものであった。本格的に東帝国軍と衝突する前に、西帝国軍陣営は分裂の危機を迎えていた。ラテン人たちの士気は最悪であった。しかし西帝国軍におけるラテン人の比率は高くなく、作戦は続けられた。


 そして燃え盛るローマから、軍団が飛び出してきた。ジグムントは彼らのうち一人が背負っていた旗を見て、叫んだ。


「奴らだ!東帝国軍を処理しきれなかった!!」


 その旗は、赤地に黒い双頭の鷲が描かれた東帝国のものであった。そして、その先頭を駆ける男は皇族であることを示す金の鷲が描かれた鎧を着用していた。彼らは迷うことなく士官学校生の陣地へ突き進んできた。

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