プロローグ
嘗て世界がもっと広かった頃......。
軟弱だ。
ジグムントは大国西帝国の軍人の卵たちを、そう切って捨てた。
世界を二分する西帝国と東帝国の境界線で生まれた彼にとって、彼の領地の戦士たちや敵軍の将兵たちは鬼のようであった。しかし、帝都アーヘンにある士官学校に入学してみれば、将来の軍人はすっかり平和ボケしていた。多感なティーンエイジャーであるから、色恋関連についてはとやかく言うつもりは無い。しかしながら、あまりにも自分たちが国を支えるという自覚に乏しいのだ。毎日のように小競り合いが起きている国境線付近の軍人たちは今も頑張っているというのに。
「そりゃ私やあんたの領地と違って安泰だからね。実際平和で、何かを喪う可能性なんて考えていないわ。それこそまさか国が落ちるなんてね」
この気が強そうな女子はマリア。ワルシャワ大軍管区指導者の娘で、ジグムントと幾度も剣を打ち合える貴重な人間だ。入学して最初の実技の授業でジグムントと偶然ペアを組み、お互いの実力を認め合った仲だ。白磁の肌に、西帝国では珍しいスラブ系の美貌。気の強さを表す吊り目の大きな瞳は彼女に対する告白を多くさせる要因である。
「きっと私もあんたも、辺境の大軍管区に生まれなきゃこんな風だったわよ」
「そういうものかな」
「うん。だから彼らに期待しても無駄よ。それよりも私みたいなのを見つけなさいよ」
「でもさ、どこの辺境出身も人材不足だ。本当は君を連れていくこともワルシャワの人達には悪いと思ってるんだ」
「あら、私は面白そうだからついていくのよ。だから問題ないわ」
そう言ってマリアは微笑んだ。美少女に笑われてしまえば、ジグムントはどうすることも出来ない。
「それに」
マリアは続けた。
「あんたはレキアを救ってくれるんでしょう?」
殺し文句だ、とジグムントは思った。二人は別に国境付近に生まれたことを誇っている訳では無かった。平和を嫌う訳でも無かった。戦争が続いて大切なものを亡くすより、平和のほうが良いに決まっている。彼らが嫌っているのは、戦時下だというのに緩んでいるその態度だった。だから、故郷を平和にしたいという願いで人を殺しているのだ。それは辺境軍管区の兵士達皆が思っていることだ。
「ああ。約束しよう。トランシルヴァニアを東帝国から奪回した暁には、ワルシャワに押し寄せるノルマン人やあの野蛮なタタールの王を討伐して見せよう」
そして、それを遠巻きに見ている者が居た。奇しくもそれは、ジグムントが見初めた者だった。
用語集も書く予定です。