8話
授業も終わり、部活にも特に入っていない双と夕日は、今朝の話の続きをしようと、昨日と同じファミレスへと訪れていた。
「やっぱ、無理だ。ある程度は搾れたけど、それでも、キーワードが少ないし、仮に分かったとしても普通の高校生である僕に出来る事なんてほとんどないよ」
夕日が調べた事件。
無駄な記事も多かったため、絶対に関係ないであろう事件を取り除いたことで、山は見事に削り取られたのだが、それでも、3枚は双の手元に残ったのだ。
どれが正解か辺りを付けられない双。
三枚の紙を交互に見ていた。
「お前、今更それ気付きます? 普通分かるよね? それくらいさ」
「まあ、そうだけど」
でも、調べていけば手がかりは掴めるのではないと期待していた。
だが、やはり現実はそんなに甘くはなく、ただただ、行き詰まるだけだった。
「どーせ、可愛い子の役に立ちたいとか思ったんじゃねえの?」
動機が不純だからじゃないのかと夕日。
「夕日じゃないんだからさ……」
「あのなー。、俺だってそれくらいは気付くわ! 俺はそこまで馬鹿じゃないし、確かにか可愛い子の役には立ちたいさ。だから、お前が事件を解決して、陽菜ちゃんに好かれるかもしれない思うと不安だけども!」
「……」
友人よりもすれ違っただけの関係である女子高生を取る夕日であった。
「でも。それを差し引いても無理な物は無理と、判断は出来るつもりだぜ?」
高校生が殺人事件を一からコネもなく調べるなんてどう考えても無理だろうと夕日は続けた。
「分かってるけど……」
とは言うものの、やはり気になるのだろう。
双の歯切れは悪かった
「おやおやおや!」
その時、二人の座るテーブルにと歩いてくる一人の少年がいた。
黒い服を着た可愛らしい少年だ。
ニヤニヤとした表情が似合ってはいないが。
「え、えっと……」
「双、知り合いか?」
「全然」
話しかけてくる人物が何者なのかと互いに顔を見合わせるが答えは出てこない。
だが、肝心の少年は、
「おっと、昨日の少年たちじゃないか。今日もファミレスなんて、最近の高校生はお金持ってるねー。俺なんて全然だよ」
馴れ馴れしく話しかけ、しかも、何故かそのテーブルに座った。
「あの……あなたは?」
「あれ? 昨日あったしょ? ほら、騒いでたあんたらを注意した仁徳ある人間だよ」
「ああ!」
と、双と夕日はようやく合点が行く。
昨日はフードのせいで顔が良く見えなかったのだが、その中は隠さなくともよいほどに可愛らしい顔をしているではないか。
「あ、昨日はご馳走様でした」
慌ててお礼を述べる双。
「ほら、夕日も」
「ありがとうございました!」
二人そろって頭を下げる。
男は照れ臭そうに、
「いいって事よ。で、今日は何やってんだ? 机の上にプリントなんて並べちゃって……勉強か?ファミレスで勉強会とか憧れるわー」
「ああ。これですか」
「流石は高校生だ。やっぱ勉強は大変なんだな、ま、俺、高校通ってないから分かんねぇけど」
カハハ。
と、楽しそうに笑う男。
「高校、通ってないんですか」
昨日奢って貰っただけの関係とは言え、聞きにくい質問に切り込んでいく夕日にハラハラとするそうだが、男は別に気にしていないのか、表情を変えずに答えた。
「おう。俺、こう見えても18歳。本来は高校3年かな?」
「え、同い年ですか」
確かに少年の様に可愛らしいが、雰囲気から、もっと年上かと思っていた。まさか同い年だとは……。
「お、マジか、奇遇だな。……なんて、そんなこと言ったら、一体世界にどれだけ同じ年の人間がいるんだって話か。それに俺は高校生だって分かってて、あんたらに話しかけてんだから、まあ、そりゃ確率は高いわな」
一人納得している男に、夕日が再度切り込んだ。
「通ってないって何してるんですか?」
高校に通わずに何をしているのか、双も気になっていた。
「仕事だよ、仕事。まあ、清掃員的なやつ?」
答えながら男は三枚のうち、一枚の紙を手に取って目を通し始める。
「同い年で働くなんて凄いっすね……。やっぱ大変ですか?」
「あーそれなりに。作業は楽なんだけど、上からの監視が酷くてさ。いちいち指示がでんの。言われなくてもやってんのにさ」
プリントを読み終えたのだろう、机に置いて男は言う。
「へぇ。なに、あんたら殺人事件について調べてる訳? そういや昨日もそんな話がきこえたような」
「ちょっと、気になりまして」
双としては、あまり人に言うべきではないとの考えを持っているのだが、夕日はお構いなしに話すのだった。
「聞いてやってくださいよ……。あ、そういえば名前は?」
まだ、名前を聞いていなかったので、なんて呼べばいいのか困ったのだろう。
夕日が名前を聞いた。
「ああ、俺は識ってんだ」
よろしくと手を差し伸べた。
その手を取った夕日は、続けて自己紹介をしようとする。
「識さんですか。あ、俺たちは」
しかし、手を握られていない左手を前に出して、夕日の自己紹介を制止させた。
「おおっと。言わなくていいぜ? 名前も知らない相手だからこそ、話せることもあるだろ」
「識さん……カッケぇーす!」
同年齢で働いている大人の識に憧れたのか、変な敬語で話す夕日。
「どーもな」
握っていた手を放して、今度は双へと握手を求める。
「どーも……」
双が握手に応じている横で、夕日が何故、事件を調べてるかの経緯を話していた。
「この資料は、こいつが、なんか可愛い女の子の役に立ちたいだかっで。杉本 陽菜ってんですけど」
説明している経緯が完全に夕日の主観であり、わざわざ、杉本 陽菜の名前を教えなくてもいいだろう。
双は手を放して夕日の脇を小突いた。
「いいねー青春だねー」
楽しそうに話を聞きながら、識は二枚目のプリントに手を伸ばした。
「違いますって。ただ、事件に興味が湧いたってだけですよ」
双が弁解をするが、それはそれでムキになっているようで、本当に夕日の言う通りにも聞こえてしまう。
「うん……? あれ、杉本 陽菜?」
プリントを呼んでいた識の目が止まる。
「……あ、ひょっとして、知り合いですか?」
「知り合いっつーか、どっかで見たことある名前っなんだよなー」
なんだっけかなー、と、頭を掻く識。
しかし、結局思い出せないのか、
「ま、いっか」
プリントの続きを読み始める。
「杉本って結構いますからね。検索しただけでもう、山の如くありましたから」
自分が苦労して調べた事件の数を、五割増しに大袈裟に話す。
「そりゃあ、大変だ」
二枚目を読み終えたのか、続いて三枚目に手を伸ばした所で――、
「ああ。思い出した」
識はどこで杉本 陽菜の名前を見たのか思い出したのだった。
「え……」
「杉本 光の妹か」
「杉本 光さん。ですか……」
「ああ。ほら、そこの現場で殺されたあいつだよ」
今はもうバリケートも警察も撤去されているあの場所。
双が知りたがっていた名前を識が教えてくれたのだった。
「杉本さんを知ってるんですか?」
双は他にも何か情報を持っているのではないのかと、身を乗り出して聞く。
「ああ。まあ、妹は知らないが、兄とは一回だけあったことがある」
その時の出来事を思い出しながら、識は答える。
「へー、どんな人だったんですか? 杉本 光さんって」
本当に興味があるのか分からないが、夕日が言った。
「そうだな……。一言でいうと『例外』ってやつかな」
「例外」
「そ。『こいつなら許せるな』。とか、『この人なら仕方ないか』。みたいな感情を、自然と人に思わせる人間だったよ、あいつは」
「よほど優れたんですね……」
そんな風に思われるのであれば、妹である杉本 陽菜が、あれだけ慕っているのも頷ける。自分も人に慕われる人間になりたいものだ。
双は思う。
「本当に優れてたかは、分からないけどな……。よしっ、二日続けて会うのも何かの縁だ。俺が奢ってやるから、もう少し話聞かせろよ」
好きなのを頼めとメニューを夕日と双に渡した。
「マジっすか」
「え、でも!」
乗り気な夕日に対して双は困惑する。
二日続けて会った程度の縁で、そこまでしてもらうのは相手に悪い気がする。年上ならともかく、相手は同い年の男。
なにより双には得体の知れない気味悪さを感じる。
「なんでもいいぞ?」
「じゃあ、一番高いパフェとかでも……」
「いいねー。俺も甘いの好きなんだわ。昨日一仕事終えたし――デザート全部頼んだるか!」
「うおおお! マジ、識さん男前っす!」
「だろ?」
識と夕日がパフェ談義で盛り上がる。
二人が盛り上がっているのは、このファミレス限定の一つ2500円もする、このファミレスの中で一番高い料理である。
メニューに載った写真を見ても贅沢さは十分に伝わるが、その値段と量から頼むのを躊躇してしまうのだ。
友人と来ればいいのだろう。
「じゃあ、取りあえずこれと……」
二人が盛り上がっている間、双は机に置かれていた、三枚のうち一枚を手にした。
「……」
夕日が持ってきた記事の中で一番小さい切り抜き。
被害者の名前は載ってないが、確かに杉本 光と名前が載っていた。事件も一年前とそこまで昔ではない。
「これが……」
小さな記事を双は読む。
杉本 光が起こした事件――いや、無実を言い渡されていたのならば――『掛けられた容疑』と言うべきだろう。
掛けられた容疑は強盗殺人事件だ。
お金欲しさに一人暮らしの老人の家に忍び込み、居合わせた住人を殺害して逃走した。
「これじゃあ……」
小さな記事に書かれた内容だけでは判断が出来ない。
「しかし、逃走したが、無事、確保された。最も、すぐに証拠不十分で解放されたんだけどな」
「えっ……」
識が記事には載っていない情報を教えてくれた。
事件を起こした後の内容を。
「一応はそうなってるらしいぜ?」
「……一応ですか」
「ま、俺も軽くしか知らないから、何ともいえないんだけど」
なんでそんな内容を知っているのだろう。
一度しか会ったことが無いのに……。
双は疑いの眼差しを識に向けた。
「うわっ。分かりやすいなぁ」
と、まるで何かを誤魔化すかのように呟くが、
「まあまあ。重い話はあとにしましょうぜ、二人とも」
と、夕日の言葉に消され、双には届かなかった。
「良い事言うねぇ、少年。じゃあ、俺さ、やっぱ同学年の友達と学校帰りにファミレスとか言ってみたっかったんだわ。ぜひ、それを体験させてほしいね」
「お安い御用っすよ。で、普通の高校生はどんな話してるんだ?」
「僕に聞かないでよ」
双も夕日も普通の高校生がどんな会話をしているのか知らなかった。
教室では基本一人なのだ。
双は好んで一人になり、夕日は周りから避けられていた。
「別に普段の感じで構わないって」
「……」
「……」
「どうした? 二人とも黙って」
高校生は全員、友人と騒いでるものと思っているのだろうか。高校に通っていないがためのつ用憧れは、平凡以下の高校生活を送っている二人には叶えようがなかった。
「こうなれば……」
夕日はスマホを取り出した。
なにをするつもりなのか……。
「高校生 ファミレス 何喋る」
検索を始めた。
音声で。
「おい! 夕日!」
慌てて夕日のスマホを取り上げる。
検索したことを話して盛り上がるものとは思えないし、もしかしたら気を悪くかも知れない。
双が慌てて注意すものの、しかし、幸いなことに識には受けた用で一人声を上げて笑ってくれた。
「はっはっは。いやー、いいボケだ」
「すいません。こいつ本気でやってるんです」
申し訳なさそうに双は言う。
「返せよ」
夕日はスマホを奪い返して、検索の続きを始める。
この状況で続ける勇気。
夕日のメンタルはかなり強かった。
「テレビの事とか、趣味とか相談とかなんでもいいみたいですよ!」
「そんなの検索しなくても分かるだろ!」
調べるまでもなく分かっていた。
そもそもテレビもあまり見たりしないから、あまり意味はない。
趣味も特になし。
好きなことがあれば、もっと、良い高校生活を送れている。暇だからと殺人事件の現場に向かうことは絶対にしない。
「念のための確認だよ。確認」
「そんな確認しなくてもいいでしょ!」
「やっぱ、お前ら面白いな。じゃあ、俺から話題」
挙手する識。
気分はもう学生のようだ。
「識さん、どうぞっす」
夕日が指名する。
「さっきもちらっと言ったけど、もしも、『例外』に思える人間がいてだな……」
と、識は言う。
さきほど話題に出た『例外』。それは――、
「杉本さんのことですか?」
自分の前に置かれたプリントを双は見た。
「いや、まあ、あいつもそうだんだけどさ……。なんつーの? これは俺の『価値観』の話っているか『人生観』つーか」
「識さんの人生観。ぜひ聞きたいっす!」
姿勢を正して話を聞こうとする夕日。
「あくまでも例えなわけだけどよ……、もしも理由もなく、「この人スゲーな」「特別だな」なんて、本当に第一印象からそんな感じでさ、最終的には、「この人が死んだら世界の損だ」ぐらいまで思っちゃう人間がいたとしてよ」
とにかく凄い人間なわけよ。
もう、凄さだけで言えばノーベル賞を貰った人間以に価値のある人間だと思ってくれていい。
識はそう説明した。
「いないすって。そんな人間」
顔の前で手を振っていないとジェスチャーして笑う夕日。
「例えって言ってたでしょ」
夕日の手を押さえ、無理やりおろさせる。
楽しそうな二人に口の隅を歪ませた識は続ける。
「でだ。その偉大なる人間が、これまた理由なく人を殺しちゃったとして――」
「殺しですか……」
「そう。その時、全ての人間が秤にかけるわけだ。罪を犯した人間を」
「弁護士を表してるのは秤ですもんね」
知ったように夕日は相槌を入れるが、しかし、識が何を言いたいのか伝わっていない。
「しかし、どんな人間で図ろうとも、その『例外』さが重くて、罪に絶対に勝ってしまう。そんな状況に陥ったらどうする?」
「えっと……」
夕日は首を傾げる。
「そうだな」
腕を組みいい表現が無いか考える識。
「じゃあ、その偉大な人間がこれから100人もの人を救えるとして、だけど、なんかの弾みに一人殺しちゃった場合、どう思う?」
ようやく夕日には理解できたようで、
「100人救うために、一人を犠牲にするかみたいなもんですね」
と、納得した。
「結果は似たようなもんだけど、ちょっと違うんだよな……」
100人を取るか一人を取るか。
この場合は、100か1かを選択する人が全てを握っているが、識の言いたい状況は違う。
100人がどちらの一人を取るか――その選択を迫られているのだ。
「って、事ですよね」
双が補足を加えた。
「そうそうで、その100人が絶対に、人を殺した人間を選ぶ状況があったら、どう感じるかって俺は聞きたかったわけだ」
ようやく伝わったことに感激した識は、「助かったぜ」と、双に軽く頭を下げた。
「そんな状況、在り得ません」
夕日が否定する。
「僕も同じです。いくら凄い人だからって――全員が全員同じ感情を抱くとは思えません」
100人いれば一人は反対意見を述べる人間がいる。人数が集まれば集まる程意見を一致させることは難しくなる。
「ああ。俺だってまあ……うん、そうだな。そう思うぜ? だから、適当にでも答えてくれよ」
あくまでも例えなんだから、本気で反論しないでくれよと識は笑う。
「……やっぱ許しちゃうんじゃないですかね?」
答えたのは双だった。
「と、言うと?」
「もしも、周りの人が全員許していて、自分だけが『例外』だと思えなかったとしても――その状況では、今度は自分が『例外』になってしまうので、僕は――許します」
100人に許されるのは罪を犯した人間の『例外』な才能によるもの。
だが、才能を持たない自分がその100人を敵に回したらどうなるか、答えは明白だ。ならば、身を守るために101人目の支持者となる。
「だよな……それが普通だよな」
「……それがどうかしました?」
高校生が離す内容ではない気がする双。
なんで、そんなことを識は質問しているのか。
「いや、その絶対的な力と数を手にした相手とどう戦ったらいいかなーっとか思ってさ」
「戦うですか?」
「そ。イメージとしては特撮だな。戦闘員と敵幹部とどう戦うか」
話に置いてけぼりだった夕日だが、特撮という単語が出て、自分も参加できると思ったのか、座ったまま勢いよくポーズを取って、
「変身する!」
勢いよく答えた。
「特撮って言っても、俺たちは只の市民だ、そんな力ないよ」
市民がどう敵の組織に挑むのか――ヒーローがいないならば答えは一つしかない。
その一つを双が答えた。
「従うしかないんでしょうね」
弱い人間は誰かに従って身を守る。
それが生き残る手段だ。
「それに理由がなくてもそう思う人間なら、それだけで価値があるってことでしょう?」
何もしてなくてもノーベル賞以上の人間に思える。
思わせるだけでの十分の価値があるのではないかと、双は言いたいのだ。
「はっ。ああ、そうかもな。いやそうなんだろうな」
識の顔は笑っているが、その一瞬、ふっ、と、空気が凍った。
時が凍ったかのように、色あせた世界。
だが、それはほんの一瞬で元の世界に色づいた。
「おっと、連絡だ」
どうやら連絡が入ったようで「失礼」と、席から立ち上がり、離れた場所で電話に応じる識。
「今のは……」
あれは明らかに識から放たれたものだ。
識が離れた今も、冷や汗が噴き出してくる。
「どうした?」
初めての感情に呼吸を荒くする双に向かって不思議そうに夕日が心配する。
「夕日は、なにも感じなかったの?」
「何かあったか? てか、それにしても識さんも双も難しい話してんな」
ついていけなかったぜ。
普段通りに能天気な夕日。
「お前が聞きたいみたいな態度取ったんだろ」
双は呼吸を整えながら話す。
「予想以上に難しいんだもんよ!」
と、数分したところで識が戻っってきた。
しかし、席に座ることはせず、テーブルに近づいた場所で、
「悪りーな。ちょと、仕事が入っちゃったみたいでさ、俺、このままいくわ」
「でも、まだデザート……届いてないですよ」
話に夢中で忘れていたが、机の上にはおしぼりと水の入ったコップが置かれているだけ。
結構な時間話してたのだが、無駄に豪華なパフェを頼んでしまったことで、時間が掛かっていたのだった。
「いいって、食ってくれよ」
識は財布から一万円を取り出して、伝票入れに丸めて居れた。
「あ、ありがとうございます」
「いいってことよ」
じゃ、と、その場から離れようとしたところで、
「そうだ。最期に一つ言わしてくれ」
と、双に向かって言った。
「……」
自分に向けられた視線に体が凍る。
また――世界が色あせた。
「もしも俺だったら――『例外』をもった奴がいたとしたら、憎いね」
識の言葉が止まった世界に響く。
「……憎いですか」
「ああ。俺たちがどんなに頑張っても、許されないことを許される人間がいたら、そりゃあ反則だろ?
だから、俺はそいつらを消すね」
「消すって」
思わず生唾を飲む双。
「ま、俺には勿論そんな力はねーんだけどな」
じゃーな。
軽快に去っていく識。
動き出した世界の中で双は呟く。
「あれは……『殺気』?」
自分に向けられた死の恐怖――初めての感覚に戸惑う双。
「おまたせしましたー」
机に置かれた巨大なグラス。
当然、パフェを食べる気分にはなれないでいた。
◇
「で、次はどいつだ徳倉」
ファミレスに止めていた一台の車に識は入る。
黒い光沢のあるボディは高級感を漂わせ、ファミレスに止まっていることが不自然に思える。
左ハンドルを握っていた徳倉は、入って来るなり言った識に僅かに目を開いた。
「おや……識殿が珍しくやる気ですね」
識へと連絡をしたのは徳倉。
先日、本来の目的である『例外人』は、排除したが――次の問題があると『監視班』から報告があったのだ。
その為に識を呼んだのだが……。
いつもであれば、緊急で呼び出すの機嫌が悪い。
が、今日は何故か乗り気な識である。
これを利用しない手はないと徳倉は思索する。
「はは。なんつーの。初心に戻ったって感じかな」
後部座席を一人で大きく使う識。
自分の愛用しているナイフを取り出し鼻歌交じりに眺めている。
「……そうですか。ただ、意気込んでるところ悪いのですが、新しい報告を聞く前に、身体検査をしなければなりません」
「な、おい!」
ズコット体を傾ける。
「体の管理も仕事ですから」
別に検査は今すぐにではないが、識は我儘で気まぐれ。
乗り気なうちに面倒な検査を済ませて置こうと言う徳倉の采配だったのだが
「ま、今日は気分が良いから大人しく受けるかな」
見事に的中した。
とは言え、いつまで機嫌の良さが続くかは分からないので、
「いきましょう」
徳倉は車を発進させて聞いた。
「なにがあったんですか?」
「ああ、青春ってやつだよ――中々面白かったぜ? 高校生との新鮮な会話は」
「新鮮って、こっちは冷や冷やしましたよ。『例外人』について必要以上に話すのではないかと……まだ、世間に公表する段階じゃないんです」
「わかってんよ。それにしてもあいつ……」
俺の漏らした一瞬の『殺気』を感じたのか。
『殺気』や『殺意』を何故、普通の高校生が感じ取れたのだろうか。
「たしか……双っていったか?」
もう会う事はないだろうが――忘れないように顔と名前を識は記憶するのだった。




