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例外  作者: 誇高悠登
一章
8/18

7話

「双、頼まれたもん調べといたぜ?」

 

 翌朝。

 二人は双の教室へと朝一番に集まっていた。いつもなら、双も夕日も朝早く学校に来ることなんてない。そんな珍しい時間帯に登校してきていた。

 二人がいつも来る時間には、来ていない人の方が少ないのだけれど、今日に限っては、今、この時間において、教室に居るのは双と夕日の二人だけである。

 登校一時間前ならば、まあ、こういう事もあるか。

 最近は皆、来るのも遅いし。

 そっちの方が今日みたいな日は好都合だ。双はそんなことを考えながら夕日に礼を述べる。


「ありがとう、夕日」


 双の机には、A4の用紙が数十枚積み上げられていた。どうやら、これらの用紙を夕日に頼んだようだ。


「で、なんで急にこんな事件を? しかもいきなり夜遅くに。お陰で見ろこのクマ。俺が寝たの今日の2時で、早く学校に来いだもんな。酷い奴だ」


 ぶっすりと頬を膨らませる夕日。

 明らかに機嫌が悪そうではあるが、これは不機嫌であるという夕日のパフォーマンスであることは双には理解できている。

 やりたいことはやる。

 夕日はそんな性格だ。

 その男がこれだけ調べてきているのであれば、双の話に興味があるとイコールである。


「悪いな。でも、気になることがあって」


 A4の山を一番上からめくって眺めていく双。


「なんで、こんな事件を……なんかおかしい事あったか?」


「まあね」


 双が頼んだのは杉本 陽菜の兄が起こしたと言う事件についてだ。

 あの後、別れてからすぐに夕日へと連絡をして、出来る限りの情報を集めて貰ったのだ。


「持つべきものは暇な友人だ」


「誰が暇だって? お前本気で悪いと思ってるのかよ」


「思ってない」


「でしょうね!」


 不機嫌さはパフォーマンスでも寝不足は本気なようで、朝から一人テンションが高かった。

 双の嫌いなタイプである。

 朝からテンション高い人ね。

 どうやればそんなにテンションを持ってけるのか不思議だ。

 まあ、高い分にはいいが、たちの悪い人間はそのテンションを人にも強要してくる。


「ふーん」

 そういう時は流すに限る。

 双は抵当に相槌を打った。


「やだ、冷たい。この子!」


 夕日の甲高いオネエ言葉が教室に響く。

 マジでうざかった。

 だが、そのウザさの一端は双にもあるので、なんとか堪えて、今度はしっかりと一番上から用紙を見ていく。

 最初の紙に印刷されていたのは新聞の記事だ。

 切れ端の大きさから、大掛かりに取り上げられていない事件なのだろう。


「少女誘拐殺人事件……」


 この内容ならば一面に載っているのが妥当な気はするのだが、しかし、新聞の記事は何を基準に記事が紙を占める割合を決めているのか、双には理解できない。

 前に双が目にした新聞の一面。半分は大地震の記事で、家を失った悲しそうな一家の写真が毛掲載されていた。だが、その下には小さな市であるこの町の市長選の結果が載せられていた。

 確かに地方新聞だからそれは重要なのかも知れないけれど、でも、せめて写真は選ぶべきだ。

 新たに当選した市長の写真で――その市長は笑っていた。

 市長からすれば偶然重なっただけなのだろうけど、そんな、自分の当選を喜べる人間が、市のトップに立つとは……恐ろしい世の中だ。


「家に残ってた新聞だけじゃなくて、一応ネットでも調べては見たけど、杉本って名前と殺人ってキーワードじゃ何個か引っかかるみたいだぜ? 全部コピーはしといたけどよ」


「……だよね。せめて名前くらい聞いとけば良かった」


 誘拐。

 強盗。

 交通事故。

 それらは当たり前の様に毎日起こっているし、杉本と言う名前も珍しくはない。それだけの手がかりでこれだけの記事から探している事件を見つけるのは骨が折れるだろう。


「どれが――その事件か、全く分からない」


 二枚三枚と記事の内容を読んではいるけれど、どれも人が死に、その容疑者か被害者が杉本と言うだけ……。


「これ……被害者も調べてくれたのか」


「ああ。ついでに調べられるだけは調べといたぜ?」


「おい……」


 双は、「杉本という名字の人間が殺人事件を起こしてないか調べてくれ」と、連絡したが。だが、まさか、夕日が自分たちが生まれる前の事件から調べてていたとは思いもしなかった。

いくら細かい詳細を伝えなかったとは言え、昔過ぎるだろ。

調べてどうするんだって話だ。


「お前……先に言えよ。俺の努力は一体?」


「考えたら分かるでしょ――まあ、ここまで調べてくれたことには感謝してるけど」


「はぁ。まあいいや」


 双の前の席に座っている夕日。椅子の向きは変えずにそのままの状態で座っているので、必然的に背もたれが夕日の体の前にある。

 背もたれに顎を乗せゆように力が抜けているようだ。


「だから、杉本事件がどうしたんだって!」


 ブラブラと手を垂らして夕日は聞く。

 なんで急に杉本が容疑者である殺人事件を調べて欲しいと頼んだのかを。


「いや、その『杉本』って容疑者が――一昨日の被害者だったていったらどう?」


「まさか……復讐による殺人ってことか? それはないだろ」


「なんでだよ」


「昨日調べたこと忘れたのか? 通り魔の可能性が高いって……。それにもしそれが、本当だったらニュースとかでももっと取り上げるんじゃないのか? 復讐による殺人とか」


 昨日の調べた記事には確かにそう書いてあった。


「だよな」


 双は肯定した。

 復讐による殺人。

 田舎街での事件とは言え、人が興味持ちそうな事件だ。

 だが、今朝の新聞ではもう記事にすらなっておらず、勿論、全国のニュースになることもなかった。

 昨日の状態から、情報は止まっていた。

 身元も公表されていない。


「……、「だよな」って自分でも思ってたのに聞いたのか」


「ああ」


 だが、杉本 陽菜が嘘を着いているとは、双は思えないでいた。

 そもそも、双に嘘をついてなにが起こると言うのだろう。揶揄って楽しむしかできない。そんな変わり物が世界に存在するわけがない。

 ならば――杉本 陽菜の言葉は全てとは言わなくともある程度は本当と取るべきだ。双が全てと言わないのは、人は一つ話をすれば、その中に大なり小なり嘘を着くものだから、大抵のことは完全には信用しない。


「けど、話を聞いた感じは、絶対なんかありそうなんだよ」


 だから、こうして調べているのだ。

 とりあえず、昔の事件と被害者の名前が杉本の記事を省いていく作業から行おう。

 双は早速作業に取り掛かろうとすると、


「ちょっとまて」


 バンっ。と、紙の山を押さえつけた。

 先ほどまでダラけていたのに、いつの間にか立ち上がって双を上から見下ろしていた。


「ふん? どうした?」


「……なあ。話を聞いたって誰からだ?」


 この時点で夕日の胸には暗雲が立ち込める。


「ああ。ほら、昨日帰るときにすれ違ったろ、杉本 陽菜と」


 しかし、夕日の胸中など、全く興味を持たない双。


「ほら、手どけて」


 と、自分の作業を続けようとする。


「杉本 陽菜?」


「ほら、昨日見たじゃん。現場から帰る時に泣いてた女子高生」


 夕日の暗雲に一筋の光が落ちた。


「……あの可愛い子か!」


「そ」


 夕日の言葉に返事は返してくれているが、作業をしながらの空返事。

 雷の落ちた夕日は、その態度が許せなかった。 


「待て、一度手を止めろ!」

 双が手にしていた紙を奪って山に戻す。

 いきなり物理的に邪魔をされ、目を見開いて驚く双であった。


「なんだよ。さっきから待て待てって。僕は犬か」


 早く返せと手を伸ばすが――その手ははたき落とされてしまった。双は思いのほか強い衝撃を受けた手を、振って痛みを和らげるが、夕日の攻撃は止まらない。 


「知らねえよ。お前が犬でも猫でもどうでもいい。お前、あの子といつ話したんだよ! 教えろ洗いざらいな!」


 バンバンと机を叩く夕日。脚色された刑事ドラマの取り調べの様に大げさにだ。

 夕日の迫力に押され、


「昨日の夜」


 双は渋々と答える。


「夜!? 二人きりか」


「そうだけど……」


 なんか本当に尋問されているみたいだ。

 双はため息をつく。

 そんな態度が良くなかったのだろう。


「お前ちょっと表出ろや! 女の子と夜密会した上にその態度だと?」


 夕日が一段と声を大きくする。

 教室に誰も居ないのは助かった。


「分かったよ。僕はこれ調べてから向かうからさ、夕日は先に出てってもらえる?」


「そうだな。邪魔しちゃ悪いから、俺はちょっと、自分の教室に戻るわ。終わったら連絡頼むわ」


「悪いな、夕日」


「いいって事よ」


 じゃあ、と、手を上げて爽やかな足取りで教室から出ていく。


「さて、邪魔ものも居なくなったことだし」


 気合入れて調べますか。

 自分の頬を軽くたたいて気合を入れ直した時、


「じゃねえよ!」


 勢い説く扉を開けて戻ってきた。


「これじゃあ、俺追い出されただけじゃん!」


 地団駄を踏みながら近づいてくる。


「やっぱテンション高いなー。子供か!」


「なぁ、おかしいだろ!?」


「そうか?」


 調べてきただけで邪魔だからと追い出されたことに怒ってるのか。

 流石に遊び過ぎたと反省する双だが、その反省は杞憂だった。


「そうだ。なんで初めて会った子と二人きりで夜あってんだ?」


「おかしいのはそっちなのね……」


 双が女子と二人きりで話したことが在り得ないと夕日は言いたいようだ。いくら友人が少ないとはいえど、健全な高校生ならば普通である。

 互いに女子と話す機会はここ数か月ほぼ皆無だった。


「当たり前だろ……。お前、俺を裏切るのか」


 涙と鼻水を垂らして双の方に手を置く。

 夕日は顔は良いのに、平然と人前でも自分をさらけ出す。その為に幻滅して女子が離れていくことに気付いていないのだろうか。

 この年頃の女子にとって彼氏とはアクセサリーでしかない。

 黙っていれば夕日を欲しがる人は多い……。そうすれば双に嫉妬しなくとも済む。


「まぁ、偶然だよ。昨日寝れなくてさ……」


 出会った経緯を双は説明する。 


「ちょっとランニング行こうとして、そしたら、家の近くの公園が工事だか何だかで、お姉さんに止められて――」


「まて、お姉さんだと?」


「妙に色っぽいお姉さんだった」


「お前……」


 年上のお姉さんにも出会っていたのかと、夕日の鼻息が荒くなる。

 女子高生との出会いを聞こうとして、まさかお姉さんまで出てくるとは、女っ気のない双からは信じられない。


「止められた、か……。変な事されてないよな」


「されてないよ。で、いつものコースが使えないんで、どうせなら、もう一度あの事件現場まで行ってみようと」


「おお。結構距離あるのに頑張ったな……」


 夕日ならばそんなついでみたいな勢いで、あの事件現場まで走ろうとは思えない。行くだけで一時間は掛るだろう。


「そこで、杉本 陽菜さんにあったんだ。彼女、夕方からずっといたみたいで……」


「陽菜ちゃん。健気だなぁ……」


 兄を思って一人たたずむ姿を想像して、瞳が潤み始める夕日。


「で、話聞いててなんか引っかかったからさ」


「なるほど。それで俺に連絡が……。まあ、陽菜ちゃんが関わってたなら、しょうがないな」


「どういう事だ」


「いや、双の頼みだったらこれ以上は関わらないようにしようかと思ったんだけど……」


 陽菜ちゃんのためならもっと、頑張らないとなと腕を回す夕日。


「僕だって自分で調べようとは思ったんだけど、ランニングして帰ったら何も気力が……。帰る分のスタミナを忘れてた……」


「馬鹿だな、双」


 行きだけで一時間かかったら、帰りはもっと時間がかかるのは、誰でもわかるだろう。プロじゃないし、そもそも運動部でもないのだから、そんなにスタミナが続くわけがない。


「ところでさ、お前、陽菜ちゃんと連絡先とか交換してない訳? いや、陽菜ちゃんのためとはいえ、俺もがんばったじゃん? 無駄になったとはいえ、こんなに調べたんだしさ」


 紙の山を指差して、「コホン」と、咳払いをする。


「うん。ありがとう……」


「だからさ……報酬として陽菜ちゃんの連絡先教えて欲しいなーなんて」


「え……。連絡先交換してないけど?」


 きょとんとした表情をした双に向かい、夕日が怒鳴る。


「お前、本当に。チャンスだろ、それ、チャンスだろ!?」


 語気を強める夕日に押される。何をそんなに向きになっているのか分からないが……。

 そこで、前の入り口から二人並んで生徒が入ってきた。

 どうやら、他の生徒が登校してくる時間帯らしい。


「じゃ、じゃあ、取りあえず朝はこの辺でね」


「な、おい!」


「ほら、早く早く。こんな話を他の生徒に聞かれたら、女子にモテないよ?」


「それは困る! でも……。ああ、この話はまた放課後な!」


 夕日は言い残すと、早足で教室から出ていく。

 その際にも女子にはしっかりと挨拶をして去っていった。


「……あいつ、あんな女好きだったけ?」


 友人の将来が少しだけ心配になる双であった。


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