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例外  作者: 誇高悠登
一章
7/18

6話

双が杉本 陽菜と話していた同時刻、別の場所で――双が向かうのを諦めた公園には――3人の人影があった。


「はぁ……」


 大げさに肩を落としてため息をつく一人。

 大人と言うよりもまだ少年と呼ぶのがふさわしいだろう。


「なんか、俺、最近仕事しすぎじゃね?」


 と、少年は自分の後ろに居る初老の男へと言う。

 今にも電気が切れそうな街灯。

 薄暗い公園で彼らは何を話しているのか。


「そんなことはないですよ? 今日、ここで彼を『始末』するよう言われておりますので」


「はっ。だって、俺、昨日だか一昨日、杉本 光って奴を『始末』したばかりだぜ? それなのに今日も何て……。休みくれよブラック企業」


「ブラック企業には私も同感です……。しかし、杉本 光殿を『始末』する準備はまだされてませんでしたから……。勝手な判断で『始末』した故に――後処理が間に合わなかったのです。後処理が」


後処理の部分を強調する初老の男。

少年はそんな嫌みには耳を貸さずに、


「それはお前らの事情だろうが」


 鼻で笑った。


「お陰でニュースに拾われてしまいました。田舎町だったのでそれほど大きく取られなかったのは幸いですが……。当分は勝手な行動はしないようにお願いします」


「やーだーね」


「おい!」


 二人が向かい合っている体格のいい男。

 薄暗い灯りでも、身体の大きさは分かる。少年より、一回り――いや、二回りは体のすべてが太いだろう。


「お前らか……俺を呼び出したのは」


 男は言う。

 自分の携帯に見知らぬアドレスから連絡があったのだ。普通ならばそんな存在から連絡が来ても無視するのだが、送られてきたのは一枚の画像だった。


「あの画像……渡して貰おうか」


 送られてきた画像。

 それは――男が人を埋めている姿だった。


「おいおいおい。人殺しがなに命令してくれちゃってる訳? 撮られてマズかったらしなきゃいいじゃん」


 挑発するように「プっ」と、笑いを零しながら少年は話す。


「てかさ。あんた――似たようなこと何回もしてんじゃん。今更隠す必要ないだろ?」


「……」

 少年の言葉に黙る男。


「小島 耕平殿――」


 と、初老の男は呼びかけた。


「なんだ?」


「私たちが調べた所――あなたは三人、人を殺している。間違いないですね?」


「はぁ? 何言ってんだ? 人殺しが普通に生活できるわけないだろうが!」


「でしょうね。しかし、あなたは最初の一人目に疑われただけで、後の二回とも犯人として名は上がった物の、警察は調べなかったのではないですかな?」


「警察? そんな内部の話俺が知るかよ……。ま、確かに警察のお世話にはなってないわな」


「倉さん、それ一々確認しなきゃダメか」


 初老の男を倉さんと呼ぶ少年は、つまらなそうに口をとがらせる。


「いいじゃん、さっさとやれば」


「一応、確認するように上からの命でして……」


「あっそ」


 少年は話し終わったら呼んでなと言うと、遊具で遊び始める。少年とは言っても子供ではないので、いささか遊んでいる姿は滑稽である。

 しかも、何故か選んだ遊具はシーソーであった。

 一人で座っても何も起こらないので、尚更馬鹿らしくはあるが。


「警察に疑われてない。なら、俺は人は殺してない。虫も殺せない俺が人なんて殺せるわけないでしょ?」


 証拠の写真が残っていようとも、世間が無罪と決めれば無罪だ。


「虫は殺せなくても人は殺せるかも知れませんからね。私だって虫は気持ち悪くて素手では触れませんが、人には触れますし」

 感じよく笑って言う。


「……そうかよ」


「それにあなたは二回目以降から、どこか自覚してたのではないでしょうか。自分は『例外』だと」


「……」


 軽口を叩いていた男の動きが止まる。


 『例外』と言うワードに反応したかのように。

「ふむ。その反応をみると――少なくとも『進行度2』ではあるようですね……。まあ、手口をみると『進行度2』で間違いはないでしょう」


「あ、『進行度2』? 何言ってやがる……」


「こちらの話なので気にしないでください」


「てめぇ」


「識殿!」


「あ、終わった?」


 識と名を呼ばれた少年は遊具から飛び降りるとだるそうに二人へと寄っていく。


「話は終わりなので、あなたの出番です」


「全く、話なげーんだよ、倉さんは」


「必要最低限で済ましたのでそんなに時間は過ぎてませんが」


「はいはい。で、こいつは?」


「『進行度2』の『例外人』ですね」


「なんだよ、詰まんねぇな。てか、自覚してんなら写真に釣られんなよ、馬鹿が」


 自分が『例外』だと自覚しているのであれば、写真を警察に送られようと切り抜けられただろうに。それほどに『例外人』の力は強いのだが、男はその力を完全には把握していないのかも知れない。

 もっとも、その情報には識も徳倉も興味はないが。


「ツマラナイからこその仕事ですよ」


「ま。それもそうか」


 少年はポケットからナイフを取り出す。

 それは、前日――杉本 光を殺した時と同様の物であり、識が肌身離さず常に持ち歩いている物だ。


「じゃ、俺、今からあんた殺すから。死にたくなかったら、過去にでも戻って、何もせずに一生を過ごすことをお勧めするぜ? その為には過去に戻る方法見つけなきゃダメだろうがな」


 小島 耕平に向かってナイフを向ける。


「……。お前らか。俺たちを狩ってるって人間は」


「俺達?」


 識と倉は互いに反応を示した。


「お前、他に仲間をしってるのか?」


 小島は自覚したのではなく――自身が『例外人』であるということを聞いていたのだ。

 自分たちは特別な人間であると。

 初めての殺人現場だったので、細かくは話はその人物に聞けなかったのだが、後になるにつれて理解していったのだ。

 『例外』を……。


「……さあな」


「とぼけるなよ。俺は面倒くさい事はしたくねえんだ」


 手にしたナイフを振るって識は言う。


「めんどくさい事だと?」


「ああ。お前が全部洗いざらい、そのお仲間さんの情報を教えてくれたのなら、俺は余計な仕事をしなくて済む」


「何言ってんだ?」


「ようするにです。識どのは拷問するのは面倒なので自分から全て情報を開示しろと言っているのです――。私も人が苦しめられているのも見たくはないので」


 丁寧に腰を折って徳倉は言うが、礼儀正しいその態度は小島に火を付けるだけであった。


「……ふざけんな」


「俺は常に真面目なんだけどな」


 肩を竦める識。

 余裕を見せる識の態度に、


「そんなことしてみろ! 『例外』じゃないお前たちは――殺しの罪からは逃げられない筈だ」


「……普通ならそうでしょうね」


 徳倉は同意する。


「あなた方『例外人』。その特性は――人々に許され、度外視されることなのですから」


「分かってんなら、なんで無駄な事をする?」


「お前馬鹿だなー」


「は?」


「『例外』なんていくらでも作れんだろ」


 いつの間に小島 耕平の懐にもぐりこんだのだろうか。

 識は手を伸ばしてぎりぎり届く首元へとナイフを振った。


「識殿!」


「悪いな。我慢できなかった」


 首を斬られた小島 耕平は切り裂かれた衝撃か、後ろに倒れる。

 噴き出した血が公園の土へと染み込んでいく。


「それに、殺す時も後始末が楽なようにと、こないだも注意したと思うのですが……」


 広がっていく黒い地面に首を振る徳倉。

 だが、忠告を受けていたはずの識は、


「忘れた。あー、腹減り腹減り」


 徳倉の言葉よりも空腹の方が気になっているようだった。


「あなたは、それでいいのかも知れないですけど――全く、怒られるのは誰だと思ってるんですか」


「それは、倉さんだろ?」


「分かってるなら、しっかりしてください。それくらいの対応、識殿ならばできるでしょうに……」

 チクリと識を差す嫌み。


「まあ、怒られるのは俺じゃないし……」


 しかし、徳倉の嫌みの刃は短いのか、識の皮膚が厚いのか。一ミリを刺さっていないようであった。


「お疲れ様です、徳倉様、識様」


 そんな中、二人が離している公園内へと、一人の男が入ってきた。

 軍服のような作業着なのか、作業着のような軍服なのか。重々しい表情と雰囲気は合っているのは間違いない。


「いえ、そちらこそお疲れ様です――ドトウ殿」


 軍人の男――ドトウに挨拶を返した。


「後の処置は我々『監視班』で行いますので、ゆっくりと休んでください」


「いつもすいませんね……。よろしければ、私たちも手伝いましょう。そうでもしないと、大変さが分からないと思いますので」


 ジロリと識を睨む。

 保護者のような徳倉に少し頬を緩めてドトウは言う。


「いえ、この程度、すぐ終わりますので大丈夫ですよ」


「ん、じゃ、まあ、よろしく!」


 俺は帰ると、識はさっさと公園から出て行ってしまう。

 律儀にも背を向けた識に、ドトウは、


「かしこまりました」


 と、見えてはいないだろうに頭を下げる。


「では、お言葉に甘えてお任せします、申し訳ありません」


 徳倉も識の後を追って公園から去っていく。

 公園内に残された一つの死体とドトウ。

 一人残ったドトウは、


「全く、不気味な奴らだ」


 倒れた死体を見つめ――ぼそりと呟くのだった。

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