3話
「なんか……、俺たち子供だな」
ファミレスの一席で、夕日は口を開いた。
ここに来るまでの道中、互いに言葉を交わすことをしなかった双と夕日。自分たちの呑気さを反省していたのだろう。
「……あの子、凄い泣いてたな」
夕日にしては珍しく落ち込んでいた。
「まあ、「お兄ちゃん」って。言ってたから被害者の妹じゃないかな?」
「……だよな。そうだよな。殺された人にも当然家族がいるんだよな」
見世物じゃない。
当たり前のことに目を向けなかった夕日は、自分を責めているのだろう。
「そんなに凹むなら、最初から見に行こうなんて言うなって……」
慰めるでもなく正論を吐く。
傷付いた人間にとって、時に、正論は凶器となることは、双にだって分かっているのに。
「でも……」
双は確かに反省したのだが、夕日ほどに感傷には浸れないでいた。
人の死んだ場所で騒いだのは悪いと思うが、無理に自分たちが悲しみに暮れる必要はない。むしろそっちの方が冒涜になるのではないかと思っているのだ。
双が口を開かなかったのは夕日を慮ってだ。
夕日が、自分の中で考えがまとまるまでは何も言うまいと決めていた。
「それに、あの子だって僕たちの両親が死んだって悲しまないだろうしさ」
結局はそうなのだ。
騒いでたところに遺族がきた。
だから気まずくて反省する。
そんな薄っぺらい反省になんの意味があるのだろう。
「それはそうだけど……。双って意外にひどい時あるよな」
俺はそこまで割り切れないよ。
夕日は自分の膝を見て言う。
「酷い?」
「あ、いや……酷いってよりも、落ち着いてるって感じ?」
夕日はそんな双を頼もしくも、少し怖くも思う。
「僕は落ち着いているんじゃないよ。ただ、悲観的なだけさ」
「そうは見えないけどな」
「まあ、結局何をしても同じってことだよ」
双は机に置かれているお冷に口を付ける。
程よく冷たい液体が双の喉を――心を更に冷やした。
「……そうかもな」
「じゃ、注文しよっか。何か食べるでしょ?」
そう言って双は注文すべくベルを鳴らす。
中に入ったのは良いのだけれど、まだ何も注文していなかった二人。話すのが目的だったとはいえ、まさか、注文しないで長居するわけにはいかない。
「ええと、ドリンクバーとこのパフェとチーズケーキ下さい」
「かしこましました」
店員は注文を繰り返して厨房へと向かった。
二人に再び沈黙が訪れる。
おしぼりで手を拭く双。
夕日はしばらく膝の上に置いた拳に力を込めていた。
が、ようやく自分の中で割り切れなくとも折り合いをつけることが出来たのか、
「でもさ、そう考えると、殺した人間も案外、双と同じ気持ちだったんじゃないのか?」
と、いつも通りとは言わなくとも、普段に近い状態で言う。
「……それは、僕が人を殺しそうとでもいいたいのか?」
などと、本当は別に思ってもないが。
折り合いをつけた夕日に向かってのジョークだ。
「いや、そうは言ってないって。ただ――『自分には関係ない』。そんな理由で犯人は、人を殺したんじゃないかって、ふと、思っただけだよ」
「……通り魔的なことか?」
「まあ、そうだな。やっぱ、双も感じたのか?」
「いや、ニュースでもその見方が高いって言ってた気が……」
「そうだっけか……。ちょっと待てよ」
夕日はスマホを取り出して調べ始める。
目的の記事を見つけて読み上げる。
「ええと、警察は事件の発生した状況から、先月、都心で起きた通り魔と同様な可能性が高いと捜査を進めている」
「そうそう」
「――って、それなら、こんな所でのんびりお茶してる場合じゃないだろ!」
「なんで?」
「なんでって……。お前、これマジで殺人鬼だったら……。昨日の今日って事は、この辺りにいる可能性もあんじゃないのか?」
殺人鬼が近くいる。
そう思うと一人で新聞を読んでいるおじさんや、スーツを着たサラリーマンも怪しく思えてくる。別に日常でも良く目にする光景なのにだ。
慌てる夕日に比べ、双は冷静だった。
「いや、それはないでしょ。捕まってないってことは、近くにはいないってことだろうし、まあ、手慣れ
てるからこそにげるんじゃない?」
「俺はお前のその冷静さが怖いよ」
「あくまで、想像の範囲だよ? 殺人鬼の手口とか知らないしさ」
「でも、さぁ」
何か言いたそうな夕日。
「うん? 言いたいことがあるならいいなって」
「いや、なんかお前も本当に怪しく思えてきた……」
「あのなぁ」
「冗談だよ、悪いな」
「……」
そのタイミングで注文したパフェとケーキが届けられた。慣れた手つきで皿を並べるうウェイトレス。
無言で互いのさらに手を伸ばして、黙々と食べ始める。
双はチーズケーキを。
夕日はイチゴのパフェを口の中に入れていく。ファミレスだけあってリーズナブルで、味の良いケーキを食べれるのは学生には在り難い。
手を休めることなく食べていく二人。
「……ところでさ」
食べ終わったところで夕日が言う。
「……」
しかし、疑われたことに気を悪くした双は返事を返さない。
パフェの分量の方がチーズケーキよりも多いのだが、双はまだ、食べ切っておらず、口に広がる滑らかな舌触りと、チーズの香りを楽しんでいた。
返事がないが、それでも夕日は続けた。
「――あの女の子可愛くなかった?」
夕日の思いもよらぬ発言に、
「ぶっ」
と、吹き出してしまう双。
「あ、笑った」
双の反応に夕日は嬉しそうだ。
「……笑ったんじゃないって」
「じゃあなぜ、噴き出した!」
「お前が変なこと言うからだろ」
「可愛かっただろ?」
「さっきまでその女の子が泣いてたから、こんな重い空気になったんだろうが」
恐らく現場から離れる際に、あの女子高生を見なければ、ここまで反省することもなかったのではないだろうか。
いつものようにくだらない会話をしていたであろう。
「そりゃあ、かわいい子が泣いてたら反省するだろ?」
夕日が冗談だろうが言う――可愛い子の前で無礼にも騒いでしまったことを後悔していただと。
「……お前、最低だよな。その最低さが僕は怖いよ」
疑われたお返しに同じように双は言った。
「誰が最低だ! 誰が!」
「お前意外に誰がいるんだ?」
「ん」
双を指差す夕日。
「お前……」
普段の調子に戻ってきた二人。
そして普段の調子とは失礼な夕日に対して声が自然と大きくなってしまうという事で――、
「なあ、学生さんたちよ」
と、歩いてきた全身黒い、フードを被った人間が二人の元へと歩いてくる。
深くフードを被ってるので年齢も性別も分からないが、声からすると恐らく二人とそんなに年齢は離れていないように思える。
黒フードは言う。
「楽しそうに青春してるのはいいけどよ、少し、声がでかいわな」
ファミレスで騒いでしまったことを注意された。
自分たちだけで利用しているのではない。
「すいません」
声を揃えて素直に頭を下げる。
その姿を見て、
「いや、そんなにかしこまらなくてもいいんだわ。ただ、俺みたいに青春したくても出来ない人間が、ここにはいるかもしれない。しかも、そいつが殺人鬼な可能性だってある」
二人の会話はずっと聞かれていたのだろう。
話題に上がっていた殺人鬼と言う単語を持ち出して注意を促す。
「いや、俺はもちろん違し、ここに殺人鬼がいる可能性は限りなく低いだろう。だけど、『例外』があるって事も忘れちゃいけねぇな」
「はぁ」
よく分からない警告気の抜けたように頷く。
「まあ、同年代の虚言とでも流しておいてくれ」
「あ、あの……」
どういう事ですかと夕日が聞こうとしたのだが、
「あ、迎来たみたいだから、俺行くわ」
手で制されてしまった。
「これ、注意料代わりに払っといて」
バンと、机に伝票を叩きつける黒フード。
なるほど、支払いを済ませるついでに、うるさかった高校生を注意しに来たわけか。
騒いだことを反省し、そこでまた騒いだら、ただの馬鹿だ。
情けない。故に注意してくれたことには感謝しているが、だからと言って知らない人の伝票を払う気にはなれない。
「あの!」
伝票を返そうとするが、
「じゃあなー」
早足に去っていく黒フード。
「ちょっと、待てって!」
夕日が立ち上がり、後を追おうとするが、
「落ち着けって」
双が静止をかけた
「でも……!」
「良く見てみよ」
双が示したのは自分たちの伝票が置かれている筈の場所だった。先ほどまでは丸められた紙が収められていたのだが、いつのまにかそれが無くなっていたのだ。
「へ?」
夕日もそのことに気付いた。
「俺たちの注文票がない?」
「そう。要するにあの人がすり替えたんだろう」
「しかも、あのひとが頼んだのはコーヒー一杯だけじゃん」
くしゃりと丸められた伝票を開き値段を確認すると、明らかに夕日と双が頼んだ品物よりも安かった。
「じゃあ!」
「ああ。本当格好良いことしてくれたね、あの人」
うるさい学生を注意し、注意代とばかりに伝票を残したが、実際は入れ替えていた。
ただ、奢ってくれるよりも双と夕日には格好良く思えた。
「ほんとだ……イケメンだ、でらイケメンだ!」
「なんで名古屋弁!?」
あまりにも感動した夕日の言葉が全く関係ない方言に代わっていた。
「俺……名古屋出身なんだ」
「下らない嘘を着くなよ……」
夕日と双は200円と書かれた伝票を手に席を立つのであった。




