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例外  作者: 誇高悠登
一章
18/18

17話

「よう」


「ああ、元気そうだね」


「おかげさまでな。お前も平気そうじゃんか」


「そう見える? ここに来るまでに何回も死にそうになったよ」


「なんだ、そのまま死ねば良かったのに」


「それは困るな。僕は今日、君を止めに来たんだから」


「それは困る。俺は今日は邪魔されたくねーんだけど。ほら、俺、殺気も怒られたばっかりなんだし」

 

 識と双は待ち合わせをしたわけでもないのに、初めて会った至って普通のファミレスの前で出会った。

 偶然。

 だが、二人ともこの場所にいれば、互いに会えるような気がしてここに来ていたのだ。

 双は学校を早退して。

 識は目覚めてすぐにここを目指していた。

 顔を突き合わせた二人は言葉を交わす。


「なに、識が怒られるだけなら別に構わないよ」


 双は肩を竦めて言う。

 肩を竦めるだけの動作でも体はきついのだが、たがっているのを識に見破られるのは好ましくないと、必死に虚勢を張る。


「はぁ……」


「どうしたの?」


 識は大きな溜息を一つはいた。

 識は隠す気もなく呆れているのだ。プレートを初めて使った直後の痛みは識も経験してる。その痛みをこらえてまで、自分の前に立ちはだかる意味が分からないのだ。


「別に陽菜ちゃんが自分で選ぶんだから、お前、関係ないでしょ」


「そうかも知れないけど」


 選択するのはあくまでも杉本 陽菜である。


「余計なお世話すんなって」


「……僕もそう思う」


「ひょっとして、陽菜に惚れてるとか?」


 なら、納得はしないが、まぁ、ちょとはお前を認めてやってもいいと識。

 しかし、双はその理由を、


「だったら、まだ、素敵なんだろうね」


 と、人ごとのように否定する。


「ま、確かにお前はそんなキャラじゃなさそうだしな……」


「知ってるよ」


 双が止めた理由。

 それは恋なんかよりももっと単純で浅い理由だ。


「僕は只、陽菜さんには戦って欲しくない。そう思っただけ」


「は?」


「だから、もしかしたら、本当に万が一の確立だけど、陽菜さんじゃなくて、君だったとしても、僕は止めたかもしれないね」


 誰かが傷付くのを見たくなかった。

 例えそれが『例外人』でも同じだし、ましてや双を守るために戦いを選ぶなんて止めて欲しい。

 そんな傲慢な自己満足だ。


「ほう、それは嬉しいね……。お前に合ってればこうはならなかったかもしれない訳だ」


 識は笑う――澱んだ目で。


「嬉しいなら今からでも……」


 やり直せる。

 そう言葉を継げようとしたところで、


「いや、ちげーよ」


 識は顔を押さえて必死に笑みを殺して言う。


「え……?」


「お前と会わなくてうれしいって意味だよ」


 余計なおせっかい焼かれなくて助かったわ。

 識は確かにそう言った。

 今の自分のままでいい。やめるつもりも止まるつもりも毛頭ないと識はつづけた。


「なんで……?」


 双には識の気持ちが分からない。

 あんな戦いしないほうが良いに決まってる。だが、それは識にも同じで、双の思いなんて分からない。ただ、それだけだ。


「ま、ここじゃ人目にも付くしよ、誰も居ないところに移動しようぜ?」


 ファミレスから出てきた女性が傷だらけな識を不審そうにして早足に去っていく。


「……分かったよ」





 二人が移動した場所は山奥の平地。

 木々に囲まれたうす暗い土地。

 平日の昼間と会って、流石に誰も居なかった。平日でなくても人が訪ねるようには思えないが。


「さて、ここまで来たら、なにするか分かるよな」


「分からないね」


「とぼけんなよ」


 この場所。

 人の目につかない場所を探した理由。

 双にだってそれがどういう意味か分かっていた。


「体が痛む相手をこんな山奥に連れてくるなんてこすい真似するよね……」


「俺だって条件は同じさ、むしろ、指の骨は折れて、足にはヒビが入ってるんだ」


 お前よりも重症なんだよと識は大げさに痛がってみせる。


「そうか、なら僕にとっては良い状態だね」


「ああ、かもな」


 痛がる素振りをやめて真っ直ぐ立つ識。


「大体、お前、『例外人』に囲まれたら流されるっていったじゃんか」


「言ったね」


「なら、関わるなよ。陽菜ちゃん助けて英雄気取りか?」


 余計な手間は省きたいし、余計な力は使いたくない識。


「だから、陽菜ちゃんは関係ないよ。ただ、『力』に対抗する『力』があるなら、流されないのも悪くな

いと思っただけだよ。僕、こう見えても負けるのは嫌なんだ。それに気分屋だし」


 それでも負け続けてる人生だけどね。

 双は言った。

 双の言葉に識は、


「違いない」


 と、認めてた。

 俺も負け続けてると。


「案外、俺とお前は似てるのかもな」


「それはないよ。僕と君は恐らく正反対だ」


 『例外人』を全員殺したい識。

 『例外人』だろうと、人は殺すべきではない双。

 正反対の二人は互いに理解できないからこそ、こうして、向かい合っているのだ。


「それが、甘いんだよ。じゃあ、影響される人間はどうする?」


「別に、殺す以外の選択肢もあるっていいたいんだ」


 だから――ここからは言葉じゃなくて力のぶつけ合い。

 どっちが強いかを単純に比べるだけだ。

 二人はプレートを取り出して腰につける。


「……こいよ」


 両手を広げて挑発する識。


「特別に、初心者のお前に一発殴らせてあげる」


「馬鹿にしないでよね……」


 と、双は答えるが、身体を蝕む痛みは徐々に大きくなっていく。


「……おお!」


 双は痛む身体を無理やりに動かす。

 長時間の戦闘は無理だ――ならば、この一撃で勝負を終わらせる。相手が何を企んでるか知らないが――やるべきことはやる。


「はぁっ!」


 双は右手に作った拳を振りぬいた。プレート――『特例』の力によって人から離れた力を手にした双の拳はそれだけで人を殺す狂気になり得た。

 識は予告通り逃れることもせずに顔面で受ける。


「なっ」


 双の拳に残ったのは鉄でも殴ったような痛み。


「きかねーな」


 識は受けた拳を払わずに、馬鹿にしたように言う。


「な……。しょせん付け焼刃の力じゃ勝てねーんだよ」


「ふ、ふざけるな!」


 同じように『プレート』を使っていて、ここまで差が出るなんてことはないはずだ。

 双は諦めずに、拳、蹴りを闇雲に出していくが、そんな素人の足掻きは通用しない。ただ、自分の体の限界を近づけていくだけ。


「俺は、ずっと、戦ってんだ。お前が『特例』手に入れたからって勝てるわけねーんだよ」


「くそっ……」


 双は膝から崩れた。


「おいおい。もう時間切れかよ」


 自分の攻撃で体を酷使しすぎたのだ。何もせずに双に膝をつかせた識。

 圧倒的なまでに強かった。

 倒れた双の視線に合わせるように腰を下ろして満面の笑みを浮かべた。


「やっぱ、昨日、戦わなくて良かったかもな」


「うるさい……!」


「力があっても使えなきゃーな。ないよりましなんて言う人間は妥協しすぎなんだよ。あるべきものはあるべきなんだ」


 識は立ち上がって左手で双の首を掴んで持ち上げる。


「が、がが……」


 宙に浮いた足を地面に着けようと、足掻くが、地面には付かない。自分の体重で締まる首は、双の意識を曖昧で霧かかるように思考を奪う。


「この程度で『例外人』も殺したくないとか、偉そうなこと言うんじゃねぇーよ」


「……」


 だが、そんな状態でも識の言葉だけははっきりと耳に残る。

 弱い自分への戒めの如く、重く響く。


「ま、傷付いた体で挑んできたことは認めてやる。さっさと帰るんだな」


 識は双を投げつけた。

 近くにあった木へとぶつかる双。ダラリと力なく地面に横になるが――その状態で双は識へと残りの力を使って言った。


「…………い」


「あん?」


「今はまだ勝てないけど、次は負けない」


 双の目に残る闘志。


「はっ、面白い。なら、次は『例外人』も殺す覚悟を持って俺に挑むんだな」


「……」


「じゃーな」


 識がその場から消えるように移動したのを双は見届けると同時に――意識を失うのだった。





「よー、陽菜ちゃん」 


「し、識さん!?」


 コンコンと叩かれた窓の外にいたのは識。陽菜は驚き急いで窓を開ける。


「どうやって、ここまで……?」


 陽菜が泊っているのはホテルであり、陽菜の部屋は6階。

 決して立派なホテルとは言えないが、それでも、高さは人が来れるようにできてはない。


「あー、これだよ」


 識は部屋に入ると、服を捲って腰につけたプレートを見せる。

 それだけで、陽菜も納得してしまう。

 人を踏み殺せる脚力があれば――6階まで来ようと不思議ではないと。


「身体……良いんですか?」


「良くないよ。右手は骨折。右足はヒビ。頭の怪我も結構ひどい。まあ、この程度三日もあれば治るけどね」


 『特例』を外しながら識は答える。


「そんな……無理ですよ」


「いけるんだなー、ま、本部に行けばだけどな」


「本部?」


「ああ。陽菜ちゃんも仲間になるなら教えてあげる……」


 仲間になるかどうか。

 唐突に識は本題を切り出した。


「昨日の答えですか……」


「そ、どうする?」


「私は――戦いません」


 昨日は勢いで戦うと言ってしまったが、いざ、改めて考える時間を貰って気付いた。

 自分は識や双のようには生きられないと。


「へぇ、そ」


 別段誘いを断られてショックを受けている様子もない識。

 きっと、識からすれば陽菜が仲間になろうとならなかろうとどうでも良いことなのかも知れなかった。

 しかし、そんな識は陽菜の次に発した言葉に、表情を大きく変えることになる。


「……ただ、ただ、私は『例外人』とは戦いたい」


「あん、何言ってんだあんた?」


 ほんの数秒前に戦わないって言い切ったばかりだ。

 こいつは謎々でも一人でやってるのかと、識の表情は引き攣っていた。


「やっぱり、自分が人と殴り合うなんてできません。だけど、私は『例外人』との戦いに参加してみたい」


 陽菜はあの時、『特例』を渡されたとき、戦うと決めたが――双が代わりに使って、正直ほっとした。

 理解した。

 私は戦えないと。

 そう分かっても、『例外人』を許せないう思いも、自分の中にあることは確かだ。


「なんだよ、最近の若い奴らは」


 識の目が鋭くなる。


「……」


「あいつといい、あんたといい」


 ふざけたことばっか言うな。

 識は冷たく放つ。


「人を戦わせたくないとかいう馬鹿と、自分の手は汚したくないと言うお嬢様。難しいこと考えすぎなんだって。俺は『例外人』は殺す。ただ、それだけだ」


 何でそんな単純なことに気付けないのか。

 識は甘えている二人を腹立たしく思う。


「そういうつもりじゃないんですけど……」


「分かったよ。どこまでやるかは、俺が決める事じゃねぇ」


 良い訳にも聞こえる陽菜の言葉を遮り、俺には関係ないことかといつものように適当に応じた。


「……」


「じゃ、結論は、取りあえずは俺たちの仲間になるでいいんだな」


「……はい!」


 戦いはしないですが、何かお手伝いできることがあればお願いします。

 陽菜は頭を勢い良く下げた。


「じゃあ、ついて来い」


 部屋から出ようとする識に、


「……あの、最後に一つお願いを聞いてもらっていいですか?」


 陽菜はそう言って引き止めた。


「お願い……?」





 陽菜のお願い。

 それは、兄が殺された場所に最後にもう一度行かせて欲しいとの事だった。

 できれば一人でと。

 識は面倒臭そうではあったが、その願いを聞き入れ、今、陽菜は一人だ。

 いや――一人でいる陽菜に、身体を引きずって歩む人間がいた。


「――ここに来ると思ってました、双さん」


 それは、識との戦いで怪我を負った双であった。


「陽菜ちゃん? なんで、こんな時間に……。そっか、識と一緒に行かなかったんだ」


 無理に戦いに参加する必要はない。

 双は自身の思いが伝わったのだろうと嬉しくなる。


「……私は戦わないことを選びました」


「陽菜さん」


 陽菜へと手を伸ばした双。

 だが、その手を陽菜は避けた。


「え……?」


「戦いはしません。でも――識さん達の仲間になることに決めました」


 自分が選んだ結論を双に告げた。

 陽菜の表情は嘘を言っているようにも見えない。


「でも……」


「識さんにも我儘なお嬢様だって言われました。私は戦えないけど――役に立ちたい。それが甘えだって分かってます」


「……」


「これが私の精一杯ですね」


 にっこりと笑う陽菜。


「……いいの?」


「……はい」


「識たちの組織が何をしているのかまだ、分かってないんでしょ? それの仲間になるなんて本気なんだね」


 双の警告にも迷うことなく首を縦に振る。


「もう決めましたから」


「そっか……」


「それに、これで良かったんだと思います」


「え?」


「一人で、この場所で泣いていた私よりは前に歩き出せると思いますから」


 今はまだ守って貰ったりしていたけれど、いつかは自分でも守れるようになりたいと陽菜は言った。


「これも双さんのお陰です」


「僕?」


「はい、自分の意思で戦えないと気付いて、別の方法を見いだせたので」


「僕は何もしてないよ」


「いいんです。私が勝手にそう思ってるだけですから」


 陽菜は双に向かって頭を深く下げた。


「今回は本当にありがとうございました」


「だから、僕は何もしてないって」


「では、また機会があったらあいましょうね!」


 陽菜はそう言って現場から離れていった。

 双は不思議とその背中を晴れ晴れとした思いで見送った。

 自分では選べなかった選択を陽菜はしたんだと。


「さて……、僕はどうすればいいんだろう」


 これからどうすれば良いのか考えたが、まあ、取りあえずは、


「体を休めよう」


 双は一人呟いて、自分の家へと帰っていくのだった。


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