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例外  作者: 誇高悠登
一章
1/18

プロローグ

「なあ、あんた。『例外』ってのは、どんな気持ちなんだ? 頭の悪い俺に教えてくれよ……」


 月が雲に隠れた夜空。

 都会とはお世辞にも言えない、田や畑に囲まれた細い道路に、二人の男が互いに正面を向いて、話をしていた。


 街灯の弱い光が二人を照らす。


「……なあって」


 知り合いには見えない二人。

むしろ、『あんた』と、話しかけられている男は、不審そうに目の前にいる男――いや、少年を見ているのであった。


「おーい」


「……」


「まあ、答えなくてもいいか。別に聞いたところで理解できるとも思えねえしな」


 やっぱめんどいからいいやと、少年か顔の前で手を横にブンブンと振ったところで、男はようやく口を開いた。

 重く何かを確認するようにゆっくりと話す男。

 軽口をたたく少年とは相対的である。


「お前……高校生か? だったら、とっくに寝てる時間だろ? 明日も学校あるんじゃないのか」


「ああ。学校ね、はは、勉強は大事ですってか! おあいにく、俺は学校に何て言ってねえんだよ」


「そのナリでまさか、社会人と言う訳ではないだろう?」


 この少年。

 身長は男よりも頭一つと半分――もしくは二つ分は離れている。

 黒いフードを浅くかぶってはいるが、その隙間から見える口元、話声から察するに、それほどまだ完全には成長しきっていない少年だと男は判断したのだ。

 見知らぬ男性に『あんた』と呼びかけるその非常識さは、子供特有の物であろう。少なくとm社会に出ている人間ではないと、男は考える。


「…………」


 しかし、その少年は、


「いや、見ての通り18歳さ。本来なら高校に行ってる年なんだろうけど――俺はドロップアウトしちまったみたいなんだよ。ま、意味もなく勉強するのが勝ちだってなら、俺は負け犬でいいんだけどね」


 そう言って自ら顔を隠していたフードを取り外し、自身の顔を惜しげもなくさらす少年。

 その顔は、男が思っていたよりもずっと整っていた。

 格好いいよりも可愛い。

 今の女性達には人気が出そうな顔立ちだ。

 なんて、男はそんな場違いな事を思う。

が、しかし、何故、この少年が夜遅くに自分に話しかけてきたのかをまだ、聞いていない。顔が見えたからといって、分かったことはやはり、この少年は知り合いではないという事だけだった。


「さっきから何が言いたい? 大体――俺になんのようだ?」


「悪いな、話がずれちまった。無軌道この上ない無計画な俺だから、許してくれよ」


 両手を合わせ、微笑みながら謝る少年。

 その仕草も可愛らしく思えるが――男は女々しい少年に嫌悪感を抱く。


「で、俺が何のために話しかけたかって――、そうだな……あれ?」


 少年は自身のズボンからゴソゴソと何かを探しているのだが、目当てのものがないのだろうか、ズボンの外からポケットを触ったり、一度抜いてまた手を入れたりと、必死に探す。

 が、結局見つからなかったのだろうか、


「なはははは」


 頭を掻いて首を傾げる。


「お前……結局なんのようだ?」


 いくら少年が小動物の如くに可愛らしい笑みを浮かべようとも男は毅然とした態度を崩さない。それは、深夜にようやく仕事を終えた帰路を邪魔されているからこそ、このふざけた少年の態度が気に入らない。

 仕事終わりでも気に入らないだろうが。

 鋭い目を少年に向けると――そんな視線に気づいたからか、笑みを消して


「あんたさ、『杉本 光』さんって名前であってる?」


 と、男――杉本 光に尋ねた。


「なぜ……俺の名前を」


 何で自分の名前をこいつは知っているのだろうか。

 男は本当は知り合いだったのかと、自分の記憶を疑ってしまう。しかし、改めて考えた所で、この少年の顔は、杉本光の記憶には刻まれていなかった。

 露骨に態度に出てしまったのだろうか、少年は杉本光に向かって言った、


「ああ、安心しろ。別にあんたに興味があって聞いてるんじゃない。確認のために聞いてるんだから、俺を知らないってあんたの記憶は間違ってないぜ。」


 そんなことを言われようと、個人情報の保護にうるさくなったこの時代に、何故、自分の名前を少年が知っているのかと――余計不気味に感じるだけだ。

 それだったら、まだ、友人の隠し子とでも言われた方がいくらか安心はできる。最も杉本には友人と呼べる友人何ていないのだけれど。


「あ、ひょっとして、個人情報にうるさくなったのに、何故知ってるんだとか、思っちゃてる?」


「……」


「図星なんだ。いや、その割には自分から情報出しちゃってるやつとか多いよね。特に若い奴ら。別にお前らの情報興味ないし、友人同士で盛り上がりたいなら、ネット使うなって俺とか思っちゃうわけよ」


「お前も若いだろ? それに俺はそんなSNSなどやっていない」

 最近の若者たちの携帯に対するスタンスにはいくらか思う所はある杉本ではあるのだけれど、しかし、実際の所、携帯が在った方が便利だと思って開発しているのは大概の場合、大人である。与えたおもちゃをどう使おうと、それは子供の勝手だと言うものだ。

 使われたくなければ与えなければいい。


「俺的には別にあっても無くてもいいんだけどさ。与えられるだけの生活なんて俺は御免だしね」


「なに?」


 何故、この少年は自分の思考が分かるのだろう。

 やはり、何か怪しいと一歩後ろに下がるが――実際の所は大した理由でもない。ただ、杉本光の声が漏れていただけだ。


「杉本光さん……で、いいんだよな。ブツブツと声が漏れてたぜ?」


「……」


「ま、あんなた若いもんにどう思っていても関係ねえや。俺があんたを訪ねた目的はただ一つ……」

 それは杉本も知りたかったことである。


「あんた、『罪』を犯しただろ?」


「罪……」


 罪。

 その言葉に男の脳内にはいくつもの光景がフラッシュバックする。


「ほら、何とか殺害事件って、前ニュースでやってたじゃん。あんた、その犯人なんだろ?」


「確かに、取り調べは受けたし、裁判もやった。だけど、それは無実を証明するためであって、俺は何もしていない。だから、こうして普通に暮らしてるんだ」


 無実なのに。

 俺は酷い目にあって来たと自身の境遇をわめくように語り始める杉本光。

 だが、そんな事は少年にとってはどうでもいい。

 大事なのは別にそこじゃない。


「無実が決して『罪』を犯していないとはならない」


 いや、罪じゃなくとも俺はあんたを許さない。

 少年は先ほどまでとはうって違って冷めたトーンで言う。


「は? お前、何が言いたい?」


 深夜に見ず知らずの少年に絡まれ、昔の思い出したくもない事実を語らせられる。なんでそんな無駄な時間を過ごしているのだろうと、少年の冷めたトーンに我に返る。


「いいかげんに……」


「あんた……『例外人』だろ?」


 少年は告げる。

 お前は『例外人』だと。


「あん? なんだって……? 外人? 俺は日本人だ」


 やばい奴に絡まれた。

 そう、杉本光は感じていた。

 こんなことならもっと早く逃げればよかったと後悔するが……。


「ああ、いい。気にすんな。あんた、まだ弱いみたいだしさ……」


「なにがだ……、俺は帰るぞ?」


 少年の横を通り過ぎ、さっさと家に帰り、いつもの様につかの間の幸せに浸ろう。そんな杉本の些細な願いはかなわない。


「な……」


 少年の横をすり抜けようとしたところで――腹部に鈍い痛みが走った。

 冷たい何かが杉本を貫く。


「『例外人』は例外なく俺が殺してやるからよ……!」


 少年の黒い声は――杉本の耳には届かなかった。


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