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レジェンドガール  作者: 井村六郎
終章 伝説になれ
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最終話 伝説になる少女

前回までのあらすじ



次元に穴を空け、逃亡したイノーザ。穴の先は杏利の世界に繋がっており、エニマとゼドは杏利に同行する決意をする。

舞台を杏利の世界に移して、最後の戦いが幕を開けた。

「ふふふふ……はははははは!! よくぞ来た!! 一之瀬杏利よ!! エニマ・ガンゴニールよ!! ゼド・エグザリオンよ!!」

 杏利達が来てくれた事を心から喜び、イノーザは興奮気味に笑った。それは強敵と戦う事への喜びか、はたまたようやく自分を解放しうる者達が到来した事に対する喜びか、あるいは両方か。いずれにせよ、イノーザは杏利達が来た事を喜んでいた。

「イノーザ!! やはり貴様、己の城を取り込みおったか!!」

 イノーザが城を自身の最大の武器として使ってくる事を、エニマは予想していた。イノーザの心想の能力を考えれば、当然の事態だ。

「そうだ。この船と融合し、私自身の肉体として使う事。それが私の切り札だ!!」

 イノーザだけではない。このポルマーもまた、様々な技術を使って改造、調整を繰り返し、進化してきた。いわば、彼女とは運命共同体だ。そのポルマーと真に一つになった今の姿こそが、イノーザの究極体なのだ。

「私を倒したければ、ここを狙え。私の本体はここにいる」

 イノーザは右手で、自分の頭を指差した。ここに、イノーザの本体がいる。この中の本体を倒さない限り、イノーザは死なない。

「ではまず肩慣らしと行こうか。何せ私がこの姿になるのは、久し振りなんだ。せっかくここまでやったんだから、すぐには死んでくれるなよ?」

 イノーザがポルマーと融合し、究極体になって戦うのは、実に百年ぶりである。世界の破壊自体はポルマーの主砲で充分出来る為、イノーザがここまでやる事は滅多にない。


「迎撃砲門、フルオープン」


 イノーザがそう言うと、身体から砲門が無数に突き出した。機銃にミサイルの砲門が、大量に突き出している。


発射ファイアッ!!」


 さらにイノーザの号令で、それらの砲門が一斉に火を吹いた。数え切れない量の弾が、レーザーが、ミサイルが、杏利とゼドに向かってくる。

「行くわよ!!」

「うむ!!」

「ああ!!」

 杏利とゼドは、展開された濃密な弾幕を回避しながら、イノーザに攻撃を仕掛けた。



 美晴は、アルバムを見ていた。そこには、学校から送られてきた卒業記念の集合写真が収められている。

「杏利……」

 彼女が行方不明になってから、既に半年以上が経過していた。杏利が帰ってきたら、今度は家族全員で記念写真を撮って、アルバムに収めようと思っていたのに、彼女の行方は未だに知れない。

「せっかくの休みなのに、また見てるのか」

 和幸が、そんな彼女を見て言う。美晴は毎日この写真を見ては、杏利の無事を祈っていた。

「杏利なら大丈夫だ。あの子の強さはよく知ってるだろう?」

 本当は和幸も心配だが、美晴を落ち着かせる為に言う。

「わかってるわ。でも……」

 確かに杏利は強いし逞しい。中学生時代、彼女は隣町に遊びに行こうとして乗っていたバスの交通事故に、巻き込まれた事がある。対向車線から飲酒運転をしていた車がぶつかり、バスが爆発したのだ。乗客が全員死亡し、杏利も同じく死んだと思われていたが、彼女だけは運良く窓の外、道路の下の崖に吹き飛ばされており、一週間サバイバル生活をして傷を癒し、歩いて戻ってきたのだ。

「あの子は強くて逞しくて、幸運にも恵まれてる。それはわかってる。でも、もう半年過ぎたのよ? あの子がつらい思いをしてないか心配で……」

 杏利の事を考えると、胸が張り裂けそうになる。どうか無事に帰ってきて欲しい。それが無理なら、せめて遺体だけでも確認したい。


「お、おい!! テレビを見てみろ!!」


 そう思っていた時、突然倉人が二人を呼びに来た。

 何事かと思って居間に駆け付け、テレビを見てみると、画面の端に臨時ニュースと書かれた番組が始まっていた。

「今NASAから映像が届きました。では、どうぞ」

 キャスターがそう言うと、宇宙空間で怪物が暴れている映像に画面が切り替わった。

「……何ですか、これ?」

「ついさっきNASAの人工衛星が、宇宙で怪物が暴れとるとかいう映像を撮ったらしくてな、それがこれらしい」

 和幸が訊くと、臨時ニュースを最初から見ていた倉人が答える。

「気のせいでしょうか? 怪物の周りを二種類の光が飛び回っているように見えますが……」

 スタジオから、映像に違和感を感じた別のキャスターが言った。確かに、怪物の周りを金と銀の二種類の光が飛び回っている。

「映像、拡大します」

 また別のキャスターが言う。映像は、金の光が映っているところで一時停止され、その光が拡大され、ピントが調整され、光が何なのかわかった。

「これは……人間、ですか?」

「身体のラインを見ると、女性のようですが……」

 光の正体は、人間だった。槍を持った女性が、槍を持って怪物の周りを飛び回っている。どうやら、怪物と戦っているようだ。

「……杏利……」

 女性を見た美晴が呟く。

「えっ?」

「何?」

 美晴の呟きに、二人は驚いた。この女性が、杏利なのだという。

「この人、杏利だわ!!」

 バイザーに覆われてはいるが、この横目は確かに杏利のものだった。

 理由はわからないが、杏利は今、宇宙でこの怪物と戦っている。そう思うといても立ってもいられなくなり、美晴は外に飛び出した。

「杏利ーーーーーーーーーーっ!!!!」

 空を見上げて叫ぶ美晴。その声が届いているかいないかは問題ではなく、とにかく叫ばずにはいられなかった。



「ビルツジライガ!!!」

 杏利はイノーザの弾幕をかわしながら、顔面目掛けて魔法を放つ。ノアギガント三体を一撃で消滅させられるビルツジライガを受けて、しかしイノーザの顔面には傷一つ付かない。

「さっきから貧弱な攻撃ばかりしているが、いいのか? そんなに出し惜しみしていて」

 イノーザは杏利の攻撃を、貧弱な攻撃と称した。明らかにオーバーキルの威力なのだが、イノーザ相手には弱いらしい。

「舐めるなっ!!」

 杏利はエニマを突き、イノーザの顔面目掛けて二発光線を放つ。が、効かない。

「ふふふ……さっさと決めないと……マグネティックバインドビーム!!」

 イノーザの身体から、四本の光線が杏利に向けて発射された。光線はそれぞれ杏利の四肢に命中し、リングに変化して留まった。さらにリングがそれぞれ逆の方向に杏利の四肢を引っ張り、動きを封じる。

 反発する磁力の光線を当てて拘束する、イノーザの兵器だ。

「ほら、捕まった。さてお次は、攻撃というものの手本を見せてあげようかな」

 イノーザが光の右手を杏利に向ける。


「粒子加速器、形成。収束」


 その右手の先に、光が集まる。そしてその光は、輪を形成した。


「荷電粒子砲、発射シュート!!」


 そしてその輪にさらなる光が集まり、光線が発射された。イノーザにかかれば粒子加速器を作り、荷電粒子砲を発射するなど造作もない事だ。しかも、今までの弾幕とは違う。牽制などではない、惑星すらも木っ端微塵に打ち砕く一撃だ。

「させるか!!」

 エニマが杏利の手を離れて割り込み、光を集中させて荷電粒子砲を受け止める。杏利はどうにか逃げようともがいているが、まるで蜘蛛の巣に捕らえられた蝶のように、動く事が出来ない。

「杏利!!」

「お前にはこっちをくれてやる」

 杏利を助けようとするゼドだったが、イノーザがそれを見落とすわけがない。ゼドにはゼドへの対処方法を、ちゃんと考えている。


「暗黒物質、生成。凝縮」


 今度はイノーザの、闇の左手が反応した。黒い粒子が発生し、それが左手首から先に長大な刃を形取っていく。


「斬れろ、潰れろ、コズミックブレード!!」


 自身のエネルギーから宇宙を構成する物質、暗黒物質ダークマターを作り出し、それを凝縮させて直剣を作った。触れるだけであらゆるものを押し潰し、触れずとも纏ったエネルギーで、剣以上の大きさの相手をも破壊する。小さな宇宙とも言えるその武器を、ゼド目掛けて振り下ろした。

「ぐうっ!!」

 烈心と全ての刀を集め、コズミックブレードを受け止めるゼド。

 エニマは出力を段々と上げてくる荷電粒子砲を防ぐのに精一杯で、杏利を戒めから解き放つ事も、ゼドを助けに行く事も出来ない。

 このままだと、杏利とエニマは荷電粒子に消し飛ばされ、ゼドはコズミックブレードに押し潰されてしまう。


 このままなら。


「うううううううあああああああああああああああ!!!」

 杏利は自分の心想の出力を上げる。磁力の枷にはイノーザの心想の力が強力に込められているが、知った事ではない。

「あああああああああああああああああああああ!!!!」

 雄叫びとともにさらなる力を発揮し、その力に負けた枷はあっさりと砕けた。杏利は自分の盾になってくれていたエニマを掴むと、素早く荷電粒子砲の射線から脱出する。

「まだだ!!」

 このままやられるつもりはない。ゼドもまた、さらなる力を込めて、コズミックブレードを押し込む。

「斬るのは……」

 イノーザも押し込んでくるが、ゼドはそれ以上の力で押し込む。

「俺の仕事だ!!」

 遂にゼドは、コズミックブレードを押し返した。だが、それだけでは終わらない。刀を操り、今まで自分が力を加えていた場所へと、全力で叩き込む。すると、コズミックブレードが折れた。

「はぁっ!!」

 すかさずゼド自身も動き、烈心の一撃でイノーザの左手首を叩き斬る。

「何!?」

 予想外の結果を出され、イノーザが一瞬怯んだ。その隙を逃さず、ゼドはイノーザの顔面に斬り込んだ。


「拡散、サイコウェーブ!!」


 だが、それをやすやすと許すほど、イノーザは甘くない。イノーザの顔から周囲にかけて、不可視の波が放たれた。

「ぐっ!? おおおっ……!!」

「うああっ!!」

「ぬううっ!!」

 それを浴びた三人の頭に耳鳴りがしたかと思うと、すぐに凄まじい頭痛が襲ってきて、ゼドと杏利は思わず頭を押さえ、耳を塞ぐ。しかし、そんな事をしても無駄である。今イノーザが使ったのは、精神に直接苦痛を与える精神干渉波。物理的な方法では防げず、精神を持った槍であるエニマは特にダメージを受ける。


「フラッシュインパクト!!」


 並みの人間なら精神が崩壊してしまうし、心想を使えるほど強い精神力を持つ者でも、出力を上げれば廃人に出来る。しかしそこまでの状態に持ち込むには少々時間が掛かるので、肉体を狙った方が早い。なのでサイコウェーブは時間稼ぎと割り切り、目から放つ光線でゼドを吹き飛ばした。


「バーストショットキャノン、発射ファイア!!」


 間髪入れず、イノーザの胸部に巨大な砲身が出現し、拡散する榴弾を発射してきた。

「ゼド!!」

 光の力で受けた精神ダメージを回復した杏利は、ゼドを抱きしめて爆発する散弾をかわす。

「!!」

 だが、逃げた先から三十体ほど造魔兵達が現れ、飛び掛かってきた。見ると、造魔兵達の腰から、ワイヤーのようなものが伸びており、イノーザの身体と繋がっている。イノーザは造魔兵をも取り込み、己の武器として使えるのだ。

「邪魔よ!!」

 いくらイノーザの力で強化されているとはいえ、今さら造魔兵など敵ではない。エニマに光を纏わせ、その光を飛ばして薙ぎ払う。

 すると、まだ破壊されていないイノーザの右手が、杏利達を握り潰そうと伸びてきた。造魔兵達が目眩ましとなり、接近に気付けなかった。こちらが本命だったのだ。

「やぁぁぁぁぁっ!!」

 それでも負けるまいと、杏利はエニマに光を集め、イノーザの右手の平の中央へと叩きつける。ありったけの力を込めた一撃で、イノーザの右手は弾け飛び、叩きつけた反動を利用して、三人は一度イノーザから離れた。

「大丈夫!? 今治すわ!!」

「すまない……」

 ゼドの心想に回復機能はないので、杏利が光を与えてダメージを回復させる。

「……ふん」

 現在、イノーザの本体は両手首を失っている。融合しているせいで、ポルマーが頭部以外に受けたダメージが、イノーザ自身にフィードバックされてしまうのだ。やがて、イノーザ本体の両手の手首が、液体が下から吹き上げる空気で盛り上がるように泡立ち、やがて盛り上がった肉が両手首の形に構築された。同じように、ポルマーイノーザの両手首も元に戻る。ようやく与えたダメージらしいダメージが、簡単に再生してしまった。



 正直言って、杏利達がここまでやるとは思わなかった。次元戦艦ポルマーは、物理攻撃やエネルギー攻撃、精神攻撃や魔法超能力等の異能を含めた、あらゆる攻撃に対して高い防御力を持つ装甲で覆われており、イノーザと融合する事でさらに高い防御力を得ている。手首を破壊するだけでも、数百の惑星を破壊するのと同じ威力の攻撃が必要なのだ。

 致命傷ではないが、それをやってみせた杏利達を見て、イノーザは一度攻め手を止める。

「アストレイン。私達が奴らに勝てる確率を計算しろ」

「了解しました」

 イノーザが命じると、無機質な男性の声が返ってきた。

 アストレインとは、ポルマーに搭載されている高次予測コンピューターの名前である。

 二秒ほどして、イノーザの目の前にモニターが表示された。

「現在の条件で戦闘を維持した場合、我々は六十パーセントの確率で、敵性体に勝利出来ます」

「六十パーセントか……という事は……」

 イノーザが杏利達に勝てる確率が六十パーセント。つまり、杏利達がイノーザに勝てる確率は、四十パーセントだ。

「さすがだな」

 究極体となった自分を相手に、勝てる確率を四十パーセントももぎ取ってみせた。その実力には、称賛の言葉を送りざるをえない。

「……」

 今のまま戦えば、半分以上の確率で杏利達に勝てる。かなりの高確率だ。が、アンドロイドである故か、イノーザは自分が負ける確率が四十パーセントも残っている事が、気になって仕方ない。

「アストレイン。私が奴らに確実に勝つ為には、どうすればいい?」

 万全を期す為、イノーザはアストレインに、杏利達を百パーセントの確率で倒す方法を探させた。

 五秒ほどして、アストレインが新しい計算結果を出す。

「計算の結果が出ました。カオスアトラクターを最大出力で発射すれば、我々は百パーセントの確率で敵性体を殲滅出来ます」

「カオスアトラクターを?」

 イノーザはアストレインの計算結果を聞いて顔をしかめ、少し思案し、杏利達に伝える事にした。



「ここまでよくやったと言うべきだな。お前達の力は称賛に値する」

 突然自分達を誉めてきたイノーザに、杏利達は警戒する。

「そこで、どうだ? 大人しく降伏するつもりはないか?」

「降伏ですって!?」

 何を馬鹿な事を言っているのかと、杏利は正気を疑いたくなった。

「お前達は確かに強い。だが、同時に危険な存在だ。私はお前達が降伏を受け入れなかった場合、お前達を確実に倒す為にカオスアトラクターを最大出力で使用する」

「カオスアトラクターじゃと?」

 カオスアトラクターとは、イノーザが世界を滅ぼす時に使う、ポルマーの主砲だ。当然だが、このカオスアトラクターも強化されている。それを最大出力で放てば、どうなるかは自明だ。

「せっかく見つけた新しい世界だ。文明に全く手を付けずに消し去るという愚行は、出来る限りしたくない。命あるものは、いずれ必ず死ぬ。違うのは、遅いか早いかだけだ。ならば今消えるより、たっぷり時間を掛けて、私の為に尽くし抜いてから消えた方が、価値的と言えるだろう? お前達さえ命を差し出せば、この世界が滅ぶ時間が延びる。少なくとも、今すぐ消えるという事はないんだ。どうだい? 潔く死んではくれないかな?」

 イノーザの口から紡がれるのは、身勝手な理屈。自分の為に死んで欲しいという、身勝手の押し付け。どこまでも自分を舐め腐ったその台詞に、杏利の怒りは頂点を越えた。

「ふざけんじゃないわよ!! だからってあんたの為に死んでやる理由はないわ!! 大人しく負けたりなんかしない!! あたしは必ず、あんたを倒す!!」

 降伏はしない。杏利はイノーザの降伏勧告を蹴り、徹底交戦の意思を見せた。ゼドもそばで頷いている。

「……ふっ、愚問だったな。わかっていたさ、死んでくれと言って死んでくれるような相手ではないとね」

 イノーザとしても、今の降伏勧告は本気ではない。杏利達はどんな状況であろうと、決めた事を必ずやり通す。そんな強い意思を持つからこそ、彼女達はここにいるのだ。ほんの少しだけでも、決意を揺るがしてやろうと降伏勧告を出したが、それこそ愚行だったらしい。

「では仕方ない。私がこれから行く世界は腐るほどあるし、今なお生まれ続けている。一つや二つ浪費したところで、私の活動には何の支障もないさ」

 イノーザはカオスアトラクターを使い、この世界を消滅させる事を決定した。

「言っておくが、カオスアトラクターを最大出力で発射すれば、私は百パーセントの確率でお前達を無に還す事が出来る。万象を滅却する必滅の閃光……その身で受ける事こそ、お前達が最期に与えられる栄誉であると知るがいい!!」

 イノーザの口が開き、その奥に白いエネルギーと黒いエネルギーが見える。光のエネルギーと、闇のエネルギーだ。

 カオスアトラクターは、単なるエネルギー砲ではない。光と闇、相反する力を混ぜ合わせ、対消滅を引き起こさせ、それによって生まれたエネルギーをぶつける攻撃だ。

 エネルギー量は世界全体に及び、いかなる力や技術を用いようと防ぐ事は出来ない。まさしく、必滅の閃光なのだ。ゼドの技、滅万象と似ている攻撃だが、威力も範囲も比較にならない。仮にゼドが同じ技で相殺しようとしても、全く抗せず敗れてしまうだろう。

 しかも、なんとイノーザは球状のバリアを展開し、身を守ってしまった。主砲を最大出力で撃つといっても、それぐらいの余裕はあるようだ。

「どうやって奴を倒すつもりだ!?」

 ゼドは杏利に訊く。イノーザは強固な装甲を持ち、さらにバリアまで使った。容易にダメージは与えられないし、ダメージを与えても回復されてしまう。

 イノーザを倒すには、バリアを破壊し、一撃で本体を仕留めるしかない。

「ゼド。バリアを破壊する役は、あんたに任せてもいい?」

 さすがの杏利でも、二つの役を同時にこなすのは無理だ。恐らくやろうとしても、バリア破壊程度で終わる。だから自分がイノーザの撃破に専念出来るよう、バリアを破壊する役が必要だ。

「ああ。俺が全力で、お前の道を作る!!」

 頷いたゼドは、イノーザの前に飛び出した。

「エニマ、ガンゴニールストライクを使うわよ。それも今までとは比べものにならないくらい、本当に全てを使いきるってくらいの超強力な奴を!!」

「うむ!!」

 ガンゴニールストライク。イノーザとの戦いを決するのに、これ以上ぴったりな技はない。あの時は簡単に止められてしまったが、今はエニマの性能も、二人の基礎魔力も上がっているし、心想による後押しもある。絶対に、あの時と同じ結果にはならない。

 チャージを始める杏利とエニマ。イノーザに先手を打たれてしまったので、チャージが終わるのはイノーザが早いか、それか同じタイミングだ。もしかしたら、イノーザの方が早く撃つかもしれない。

「見てなさいよイノーザ!! あんたが決めた確率なんて、あたし達が変えてやるわ!!」

 何だろうと関係ない。自分はただ、全身全霊、最大最強のガンゴニールストライクを放つだけ。カオスアトラクターとぶつかる事になったとしても、上回るだけだ。自分達が百パーセント負ける計算が出ていようと、それでもやる。こちらが認めない確率など、ゼロにしてやる。

「そう来るだろうと思っていた。だがお前にこの時空断層バリアが破れるかな?」

 ゼドが突撃してくるのを見て笑うイノーザ。このバリアはただ硬いのではなく、時空断層。外からの攻撃を触れた瞬間に別の空間に逃がし、内側からの攻撃をバリアの外へと転移させる。壁でありながらこちらから相手に一方的に攻撃出来る、反則級のバリアだ。

「破ってみせる!! 俺は諦めない!!」

 ある程度イノーザに近付いてからゼドは止まる。止まってから、気合いを入れて烈心を構える。その瞬間、ゼドの周囲を漂う刀が巨大化し、さらに十本に増えた。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 だが、まだこの刀を攻撃には使わない。ゼドは再び突撃し、全力を込めて烈心を、時空断層バリアに叩きつけた。

「ううううう……!!」

 いくら力を込めても、どこかに逃げていくように力が入らない。だが、自分が今このバリアを破らなければ、杏利はイノーザを倒せないのだ。

「うううおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああ!!!!」

 もう死んでもいい。己の生命力の全てを、この瞬間に使いきってしまって構わない。どうか、杏利が勝つ為の力を!!

 祈りを込めて、さらに烈心を押し込むゼド。

 心想は、使う者の心が強ければ強いほど、力を増す。必ずやり遂げるという意思を、どこまでも貫き通す事が出来れば、不可能はない。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 ゼドはバリアを貫通し、イノーザの腹を貫通した。その瞬間に、バリアは粉々に切り刻まれて消える。

 まだ終わらない。このタイミングを突いて、護光の刀が一斉に飛来し、イノーザの手足を、腹部を、胸部を刺し貫いた。

「ぐあああああああああ!!!」

 ダメージがフィードバックし、イノーザの身体に裂傷が入り、血が噴き出す。

「うぐ……!!」

 しかし、まだ動ける。ダメージは負ったが、死ぬほどではない。カオスアトラクターは、問題なく撃てる。

「これで……終わりだ!!!」

 ちょうど、カオスアトラクターのチャージは完了した。照準を杏利に合わせ、全ての力を解き放つ。


「カオスアトラクター、最大出力発射マキシマムシュートォォッ!!!」


 光と闇が混ざり合う閃光が、杏利に向かって一切の狂いなく飛んでいく。

 遂に来た。だが、こちらも同じくチャージが完了した。

(これが正真正銘、最後のガンゴニールストライクよ!!)

 持てる力の全てを出しきり、杏利の背中から黄金に輝くエネルギーの翼が出現する。


「ファイナル!!!」


「ガンゴニール!!!」


「「ストラァァァァァァァァァァイクッ!!!!」」


 杏利とエニマは咆哮し、閃光に向かって飛んでいく。

 強大極まりないカオスアトラクターのエネルギー。だが、杏利とエニマの絆の力は、決して負けてはいなかった。


「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」


 さらに咆哮を上げ、出力を上げ、二人は閃光の中を突き進んでいく。


 その時、イノーザの目の前にモニタ―が現れた。


 モニタ―には、ゼロパーセントと書かれていた。


「!!!」


 高次予測コンピューターが予測した、イノーザが杏利達に勝てる確率が、ゼロになった。杏利達の意思が、絶対の敗北の運命を覆したのだ。


 カオスアトラクターは、イノーザの口から発射されている。つまり、この中を突き進んでいけば、必然的に弱点の本体にたどり着くのだ。


 必滅の閃光を貫き、頭部の中にたどり着いた杏利は、そのままの勢いでイノーザの心臓を刺した。


 魔王イノーザは、彼女はこの瞬間に察した。自分は勇者に負けたのだと。


「ごめんなさい、イノーザ」


 苦しそうな、悲しそうな顔を浮かべて、イノーザに謝る杏利。


 イノーザは何も言わず、穏やかな笑みを浮かべ、安らかに目を閉じ、ポルマーもろとも消滅していった。


 杏利にはその仕草がまるで、『ありがとう』と言っているように見えた。



「やったな」

 イノーザが消えて、杏利と合流するゼド。杏利は頷く。やっと、魔王との戦いが、杏利の戦いが終わったのだ。


 だが、世界は彼女らを休ませない。


 杏利達が抜けてきた後も、消える事なく残っていた次元の穴。それが突然、ゼドとエニマを吸い込み始めたのだ。

「うお!?」

「ぬあ!?」

「ゼド!! エニマ!!」

 ゼドはエニマを掴み、杏利はエニマを引っ張り、二人が吸い込まれないよう耐える。どういうわけかこの吸い込む力、杏利には作用しないらしい。それどころか、逆に杏利には穴から引き離す力が働いている。

「次元の穴が消え始めている!! この穴は、俺達をリベラルタルに連れ戻すつもりだ!!」

 小さくなっていく次元の穴を見て、ゼドは気付いた。

 この世界において、ゼドとエニマは異物。ゆえに世界の修正力とでも言うべきものが働き、二人をリベラルタルに返そうとしていたのだ。だから吸い込む力は杏利に作用せず、引き離されようとしているのである。

「……どうやら、俺達はここまでのようだな」

「い、嫌よ!! こんなお別れのし方なんて!!」

「そうじゃ!! わしはもう、わしの使い手と離れたくない!! ずっと杏利と一緒にいるんじゃ――!!」

 杏利とエニマは、別れを拒む。だが力を使いきってしまった彼女達では、この修正力に抗う事が出来なかった。吸い込む力の方が強く、このままでは杏利の腕がちぎれてしまう。

「二人とも聞け!! 俺達は元々、こうなるべき関係だったんだ!!」

 異なる世界の人間に干渉するなど、あってはならない事だった。イノーザがそのいい例だ。異なる世界に干渉する為に造られ、最後には破滅した。

「俺はお前達まで破滅させたくない!! エニマ!! これ以上杏利を困らせるな!! 杏利!! 手を離せ!! 自分のいるべき場所に帰って、俺達の事を忘れろ!!」

「!!」

 杏利は躊躇う。ゼドは決して、杏利の事を嫌って言っているのではない。むしろ真逆。杏利の事を思って、こう言っているのだ。

「……杏利。手を離せ」

 やがて、エニマは決断を下した。

「わしは勇者の槍じゃ。故に、勇者にとって最も必要な事は何かを考え、それをしなければならん。杏利の為に別れる事が必要だというのなら、わしはそれをしよう」

 別れたくない。だが、勇者の為に何をすべきかわからないようでは、真の勇者の槍ではない。杏利はリベラルタルに、この世界に、新たな伝説を作った勇者。その誇りに泥を塗る事など、絶対にあってはならないのだ。

「ありがとう、杏利。お前のおかげで、わしもゼドも救われた。お前が作り上げた伝説は、わしらが世界中に必ず伝える。それが、わしらに出来る恩返しじゃ」

 危険を犯してまで自分達に力を貸してくれた。ならもう、それで充分ではないか。これ以上求めてはならない。エニマは、そう結論した。

「エニマ……!!」

 杏利は力を振り絞り、身体を引き寄せ、エニマにキスをする。それから、ゼドの方にも身体を引き寄せ、口と口でキスをした。

「エニマ、ゼド。二人とも、今まで本当にありがとう!!」

 杏利は手を離した。その瞬間にエニマとゼドは次元の穴の向こうへと消え、次元の穴も綺麗さっぱり消滅した。

 杏利は名残惜しそうに、つい先程まで次元の穴が空いていた場所を見つめると、地球に向かって降りていった。



「……あっ!」

 ずっと空を見上げていた美晴は、空から人間と同じサイズの、黄金に輝く光が降りてくるのに気付いた。

 光は美晴の前へと降り、やがてその真の姿を見せる。


「杏利」


 一之瀬杏利。卒業式の日に突然姿を消した、彼女の娘だ。鎧がないので、はっきりとその姿がわかる。


「母さん……」


 夢にまで見た母の姿。杏利は再び、生きて彼女の前に立つ事が出来た。


「母さん……!!」


 涙が溢れた。本当に終わったのだ。全てが終わって、帰ってくる事が出来たのだ。


「母さん!!」


 杏利は美晴の胸元に飛び付いて、泣きじゃくる。


「ただいま、母さん」


 それからやっと、帰宅の挨拶をした。

この後は、エピローグです。

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