第八十六話 本当の最終決戦
前回までのあらすじ
遂にイノーザが心想を発動した。その強大な力に圧倒されながらも、イノーザを追い詰める杏利達。
彼女らの力を認めたイノーザは、一度杏利達を城から追い出し、最終決戦に相応しい舞台と称して、杏利の世界に逃げる。
思わぬ形で元の世界に帰る事になった杏利は、エニマに一つの決断を迫るのだった。
杏利にそう言われて、エニマはなぜ杏利がこんな質問をしてきたのか、理解した。
あの穴の先にあるのは、リベラルタルとは違う世界。行ってしまえば、今度はエニマが異世界人だ。リベラルタルに戻れる保障など、どこにもない。エニマの事を思うなら、杏利はエニマを置いて元の世界に帰り、イノーザと単独で決着をつける必要がある。
しかし、エニマ有りで、ゼドと二人がかりでも、イノーザを倒すには至らなかった。それなのに杏利一人で戦うなど、自殺行為もいいところだ。死ぬわけにはいかない。必ずイノーザを倒さなければならない。いくらイノーザが調整するといっても、あんな恐ろしい連中に攻め込まれたら、杏利の世界はひとたまりもない。かといって、エニマを自分の世界に引きずり込むわけにもいかない。
「……すまんな、杏利。じゃが、やっぱり訊くまでもない事じゃ」
「エニマ……」
「わしはもう、お前の槍じゃからな。お前の決定全てに従うよ」
エニマがこの七百年の間に一番後悔した事は、使い手の武器として使い手とともに果てなかった事。勇者の槍でありながら勇者とともに死ぬ道を選ばず、リベラルタルに残る道を選んでしまった。それが、エニマにとっての最大の後悔だ。
七百年前の日本において、和美がどのような死に方をしたかは定かではない。しかし、エニマは最後まで和美とともに行かなかった。この世界から離れる事に怖じ気づき、武器としての務めを最後の最後で放棄してしまったのだ。
一緒についていけば、どんな脅威からも和美を守れたはずだ。あの時と同じ後悔は、二度としたくない。
「それに、この者達を見てわかった。もうこの世界に、わしの存在は必要ない。イノーザの軍勢に、全くひけを取らずに戦える実力者達が、次々と現れている」
パラディンロージットと、その弟子マリーナとジェイク。
正義を重んじる姫、サクヤとそのお供達。
魔王の幹部相手に、勇気を以て戦い抜いたアヤ、チェルシー、ティナ、ミーシャ。
杏利が最も信頼する大魔導師、キリエ。彼女とともに戦うウンディーネ。
そして、ゼド。
皆、一騎当千の強者達だ。全員、勇者としての資質を持つ者達である。
彼らのような存在がいれば、エニマは必要ない。エニマの力なしで、この世界の戦士達は、この世界を守っていける。
「ならば、わしがすべき事はただ一つ。勇者とともに、最後まで戦い抜く。勇者の槍、エニマ・ガンゴニールとして!」
だからこそ、エニマは安心して、杏利とともに戦う事が出来る。
「……わかったわ。なら、もう止めない。一緒に行きましょう!」
エニマ自身が行くと決めたのだ。なら、もう杏利に彼女を止める権利はない。勇者としてエニマを手に、イノーザを討つ。それだけだ。
「俺も行く」
しかしなんと、ゼドまでもが一緒に戦いに参加すると言い出した。
「ゼド!? あんたあたしの話聞いてた!?」
「お前はわしとは事情が違う!! お前は残らねばならんのじゃ!! 帰れなくなってしまうぞ!!」
エニマは人化が出来るし、最悪槍として生活すればいい。だが、ゼドは人間だ。エニマと同じようにはいかない。
「全て承知の上だ。例えこの世界に戻れなくなったとしても、それでも俺は、杏利と一緒にいたい」
ゼドは杏利とともに戦う事を選んだ。イノーザに勝っても、彼には破滅の未来しかないかもしれない。
しかし、そんな事は問題ではなかった。例え破滅しようとも、杏利のそばにいたい。それが今の、彼にとっての最大の望みだった。
「サクヤさんはどうするのよ!?」
杏利は一番の懸念材料である、サクヤの事を引き合いに出す。
サクヤはゼドの幼馴染みだ。血は繋がっていないが、家族同然の存在である。何より、サクヤはゼドを愛しているのだ。
「……サクヤ、すまない。俺は、杏利を選ぶ。だがそれは決して、お前を愛していないという事ではない」
サクヤとソアラの三人で過ごした日々の事は、今でも昨日の事のように思い出せる。愛していないわけではない。本当なら、ここでサクヤを選ぶべきだろう。だが、ゼドは杏利を選んだ。
「いいのです。私は、あなたが一番苦しんでいる時に、何も出来なかった人間。そんな弱い私が、あなたと結ばれる事など、あってはならない事です。私よりずっと強い、異世界から来た勇者の杏利様。あなたにとてもお似合いの人だと、私は思いますよ」
サクヤは苦しんでいるゼドを救えなかった事を、ずっと気に病んでいた。だが、杏利はゼドを苦しみから救い出した。どちらがゼドと結ばれるべきか、わからない者は愚か者である。
「……本当に、すまない」
ゼドはもう一度、サクヤに詫びた。
「杏利お姉ちゃんとゼドさんが行くなら、私も行くわ!!」
「私だって!!」
「私も行くわよ!! ウンディーネも付き合ってくれるでしょ?」
アヤとティナは意気込み、キリエの問いにウンディーネは頷く。
「師匠!!」
「私達も!!」
ジェイクとマリーナも、ロージットに言う。だがロージットは顔付きを厳しくしたまま、杏利に尋ねた。
「杏利様。魔王は心想が使えましたか?」
「え? はい……」
「やはり……ジェイク、マリーナ。それから皆さんも、行ってはなりません」
杏利の答えを聞いたロージットは、自分達は行くべきではないと判断した。
理由は、イノーザが心想を使える事だ。
「ここから先の戦いは、心想を使える者だけに踏み込める領域です。心想が使えない我々では、みすみす死にに行くようなものです。我々が死んで一番悲しむのは、杏利様です」
心想を使える者と使えない者では、力が雲泥の差だ。杏利達以外の者では、足手まといにしかならない。
「ジェイク、マリーナ。わかりますね?」
「……はい」
「わかります……」
「よろしい。サクヤ姫も、よろしいですね?」
「元より私に行く資格はありません。その代わり、及ばずながら杏利様達の勝利を、祈らせて頂きます」
他の者達は、黙っていた。ロージットからこうもはっきりと言われてしまっては、何も言い返せない。
「……みんな、ありがとう。みんなの分まで、あたしとエニマとゼドが、イノーザにぶつけてきてあげるわ!!」
この場を丸く納める為に、杏利はそう言った。
「俺達の力を知らないわけではないだろう? もうこんな手には引っ掛からん。奴にも後はない。今度こそイノーザを倒してみせる」
次に戦えば、必ず勝てる。倒してみせると、ゼドはこの場にいる全員に約束した。
「誰も皆さんの力を疑ってやしませんよ」
「それどころか、私達は誰よりもあなた方の勝利を信じています」
シンガとリュウマは、心配などしていない。イノーザは追い詰められたからこそ、彼らを城の外に追い出したのだ。イノーザを倒せるだけの確かな実力があるという証拠だと、信じている。
「姫様と皆さんは、俺達が責任をもってお守りします」
「だから三人とも、心置きなくぶつかってきて下さい!」
シキジョウとアカガネが、三人が戻ってくるまでサクヤ達を守ると誓った。
「じゃあ、行きましょう!! エニマ、ゼド!!」
「うむ!!」
「ああ!!」
杏利は光の力で、ゼドは自分が飛べないという概念を斬る事で空を飛び、次元の穴の中に飛び込んだ。
「……信じるしかない。まぁ、気楽に待とう。私達の杏利姉さんとエニマ姉さん、ゼドさんが負けるわけがない」
「……そうだよね。杏利お姉ちゃん達が、負けるわけないん!」
チェルシーは全員を落ち着かせる為に気楽になれと言い、ミーシャは頷いた。
杏利の世界。その宇宙。
「美しい世界だ。文明の育て甲斐がある」
眼下に地球が見える。杏利達の到着を待ちがてら、イノーザはこの世界の文明を調べていた。
程よく発展の余地を残しており、また程よく戦争が起きている。ここに自分が一石を投じさえすれば、全ての国が一斉にイノーザに武器を向けるだろう。そしてその武器が文明を発展させ、また新しい武器を作るのだ。
今までやってきたように、この世界も文明錬磨の螺旋に突き落とす。耐えられずに滅べば、その程度の世界だったというだけの事。進化の限界に突き当たれば、やはりその程度の世界だったというだけの事だ。
イノーザがそう思っていた時、今自分が空けて通ってきた穴の中から、二つの光が飛び出してきた。
「待ちわびたぞ。だが、よくぞ逃げずに追ってきた」
イノーザはその光に向かって、称賛の言葉を送った。出てきたのは無論、光に守られた杏利と、自分は宇宙では生きられないという概念を斬ったゼド。
(帰ってきた……)
杏利は地球を見て安堵する。ずっと焦がれていた自分の故郷に、杏利はようやく帰ってきたのだ。
(でも、喜ぶのは後回し)
今はとにかく、イノーザを倒す事。この世界を負のスパイラルに突き落とそうとしている魔王を、打ち倒す事が先だ。
「照せ、照せ、照せ。光よ、あまねく天地を照らしゆけ」
杏利は自分の心想にさらなる力を持たせる為、詠唱を始めた。
「輝け、輝け、輝け。我が言霊を聞き届けよ」
心想のサポートが出来るエニマも、一緒に詠唱する。
「護りを、祝福を、導きを、力を。愛しき生命の為に、生命が生きる世界の為に、我は黄昏の歌を謳う」
この世界が愛しい。リベラルタルが愛しい。今まで自分とともに戦ってくれた者達が愛しい。エニマが愛しい。ゼドが愛しい。愛と慈悲と勇気を込めて、杏利は謳う。
「聞き届けよ、我が魂の叫びを。刮目せよ、我が魂の極光を」
この世界を必ず守る。リベラルタルを必ず守る。杏利を必ず守ると誓いを込めて、エニマは謳う。
「我は守り人の剣。我は護光の刃」
心想の詠唱を謳い上げるのは、二人だけではない。
「我は世界から希望を奪う者を許さぬ。我は勇気ある者の力となる事を望む」
心想を強化しなければ二人を守れないと察したゼドもまた、同じく己の心想を詠唱していた。
「我は道を見出だした。色褪せる事なき光を印に、未来を目指して歩み行く」
勇者を守り、魔王を打ち倒す心想の刃。
「例えその先に絶望の闇夜が待ち受けようとも、我は光の刃を手に取り、全霊を尽くして壁を斬り裂く」
己自身を剣に変える心想を、ゼドは唱える。
「どのような妨げも、我が歩みを阻む事叶わず。真なる光を消し去る事は、誰人にも出来ぬと知るがいい」
そう、誰にも止められない。それが、今のゼドの心だ。
「柔弾硬性筋繊維、超有機金属骨格、次元輪廻永久エンジン」
だが、心想を使えるのは彼らだけではない。イノーザもまた、心想が使えるのだ。
「衝撃転移疑似内臓、高エネルギー圧縮人工血液、学習進化皮膚、ラプラスアイズ」
杏利達に自分の実力を見せる為、彼女も詠唱を始めた。
「リブラティックハードブレイン、ヒアデラヒムコンピュータ―、ジェムナイトシステム、ワールドダイブシステム」
あらゆる物質と融合するイノーザの心想。それは、彼女の城であっても例外ではない。
「ゴッドブレイクプログラム、デビルイクシードプログラム、ヒューママインドプログラム、カオスエンドシステム、コスモスフュージョンシステム、アンリミテッドエボリューションシステム、ウォーズシステム、アウェイクン」
イノーザの詠唱が進むに従って、次元戦艦ポルマーと、ポルマーに搭載された兵器と、収容された造魔兵達と、イノーザが融合し、ポルマーが形を変えていく。
「……あたしが勇者になるなんて、思わなかった」
しかし、それは想定していた事態だ。そしてイノーザがこの手を使ったという事は、ゼドが言ったように、イノーザには本当に後がないのだ。
「あたしは無気力で、不真面目で、勇者に相応しい資格を持ってるなんて、思わなかったから」
だから、これから本当に最後の戦いが始まるのだと察して、杏利は今の自分の気持ちを吐露していた。
「じゃが、今ならわかるじゃろ? 本当に勇者の資格がない者なら、とうの昔に投げ出しておる。それ以前に、わしがお前を選ばん。お前は紛れもなく、勇者として相応しい人間じゃ」
「うん。今ならわかるわ。あたしはエニマと出会う為に生まれて、この戦いをする為に生きてきたんだって」
エニマに召喚されて、様々な困難を乗り越えて、心想を目覚めさせて、ようやく理解した。自分には勇者の資格があったのだと。
「だからあたしは戦う。イノーザ!! あんたを助ける方法が、あんたを殺す事しかないのなら、あたしは何の躊躇いもなくそうするわ!!」
それから、杏利はイノーザに呼び掛けた。イノーザが杏利を選んだ理由を話した時の事は、ちゃんと思い出せる。イノーザは、助けて欲しがっていた。自分を殺して、呪われた使命から解放してもらう事を望んでいた。
それなら、望み通りにしよう。多くの世界を渡り歩き、その度に重ねてきた苦悩を、今こそ終わらせてやろう。
「願いを叶えて上げる!! 聖槍エニマ・ガンゴニールの勇者、一之瀬杏利として!!」
自分の世界も、エニマの世界も、イノーザさえも救ってみせる。勇者として!!
「俺には復讐心しかなかった。姉を奪われた事への憎しみに囚われて、愚かな戦いを繰り返した」
杏利が己の内心を吐露しているのを見て、ゼドも自分の気持ちを吐き出す事にした。
「だが奴と対峙してみてわかった。俺の戦いは無駄だった。復讐心を持って戦ったところで、望みのものは得られはしないと」
ゼドの復讐は、ウルベロに仕組まれたものだった。新たな魔王の座を欲するウルベロのパワーアップに、まんまと利用されてしまった。自分は目先の目的に惑わされ、本質を見抜けなかった愚かな人間だったと、ゼドは思っている。
「愚か者である事は、きっと今でも変わっていないんだろう。俺の目的の為に苦しめてしまった者達に贖罪もせず、戦いに身を投じているようではな」
新しい光として杏利を見出だし、彼女の為に戦っている自分は、もしかしたら今までの自分と変わっていないのかもしれない。見方によっては、依存する相手がソアラから杏利に変わっただけと捉える事も出来るからだ。
「だが、俺は戦わねばならない。イノーザを放っておけば、俺と同じ思いをする者が間違いなく増える。文明を加速させるなどという下らん理由で、杏利の命を奪わせるわけにはいかない!!」
自分と同じ復讐者を増やす事も、杏利の命を奪われる事も嫌だった。嫌なら、戦うしかない。戦ってイノーザを倒し、全てを守りきるしかない。
「お前を斬るぞ!! イノーザ!! 俺は聖剣士、ゼド・エグザリオンだ!!」
今の為に、未来の為に、ゼドは戦う道を選んだ。ならば、倒すべき者を倒すまで、戦い抜くだけだ。
「私はゼノア様に造られた人形。いや、私は神だ」
杏利達が譲れない想いを語り、それを聞いたイノーザも語る事にした。
「私に都合がいいように暗躍し、世界を引っ掻き回す、ご都合主義の機械の神」
イノーザの心想の詠唱は特異極まる。本来己の心情を表す内容となるはずの詠唱が、ただ単に自分を構成する部品やプログラムの名前を羅列するのみ。
「だが、嫌なのだろう? 住む世界を私の思い通りに揺るがされ、己の運命を勝手に決められるのは」
しかし、己が単なる人形でしかなく、与えられた命令に逆らう事が出来ないという悲しみを表現しているのなら、特段おかしな詠唱ではない。自分を構成するものが、生物のそれではない事を口に出す事で、嘆きを表現している。
そう、心想を発現させたイノーザの激情は、悲しみ。戦意が高揚しようとも、それは変わらない。願い顕れた力は、武器と融合し、己の悲しみを周囲の全てにぶつける事。
「お前達がいくらそう言おうと、やめるつもりはない。やめて欲しければ、方法はただ一つ。私を殺すしかない」
口ではさも魔王らしい事を言っているが、よく聞いてみればそれは自殺願望だ。自分を殺して欲しい。壊して欲しい。部品の一つも残らず、完全に消滅させて欲しい。そんな願望が、ありありと見えていた。
「抗うがいい、人間どもよ!! お前達が倒すべき者、魔王イノーザはここにいるぞ!!」
魔王としての存在の誇示。殺して解放して欲しいという願望。二つの感情を込めて、ご都合主義の機械の魔神はそう言った。
「「「「心想、顕現」」」」
詠唱は終わった。思い出を振り返る時間も、終わってしまった。ここから先に待つのは、激突のみ。どちらかが滅ぶまで終わらない、正真正銘の殺し合いのみ。
「あたしは戦う!! 守るべき全ての為に!!」
片や世界の為に。
「私は戦う!! 創造主に与えられた使命の為に!!」
片や己自身の為に。
「「世界に降り注げ、黄昏の光(アルフヘイム・ラグナレク)!!」」
杏利とエニマが唱えると、二人を包む光が強まった。
「布都御魂・護光剣聖!!」
ゼドが唱えると、刀の数が四本に増えた。
「機械仕掛けの魔神皇(デウス・エクス・マキーナ)!!」
イノーザが唱えると、ポルマーが巨大な怪物になった。右半身が白く、左半身が黒く、右の背中から白い光の翼を、左の背中から黒い闇の翼を生やす怪物。それは今は亡き彼女の主、ゼノアの真の姿にとても似ていた。
魔王と勇者達は心想を発動し、己の全ての力を解き放った。
同時に、二つの世界の命運を懸けた真の最終決戦が、今この瞬間に幕を開けた。
次回、いよいよ最終回。




