第八十四話 イノーザの真実
前回までのあらすじ
今回後半。
「ほざいたな……俺の餌風情が!!!」
言うが早いか、ウルベロはゼドに斬り掛かった。今さらだが、大剣の二刀流など頭がおかしいとしか思えない。しかもそれを、音速を遥かに越える速度で振るなど、冗談にしか見えなかった。
だがゼドは、その剣撃についていけている。杏利ですら押しきられたその攻撃に、ゼドは烈心で拮抗しているのだ。
「すごい……」
「本当に腕を上げたんじゃな……」
アームルズの戦いで、杏利とエニマは彼を超えたと思っていた。それなのに、また抜かれてしまった。
しかし、全力を出したウルベロの力は凄まじく、さすがのゼドも受けきれずに下がってしまう。
「俺が全力出しゃあこんなもんかよ!! お前は心想が使えねぇ!! 勝ったな!!」
ウルベロの言葉を聞き、杏利は気付く。心想は、心に抱く激情がなければ使えない。憎悪を失ったゼドは、安綱・怨讐剣鬼を使えなくなってしまったのだ。
地力で負けている今、この力の差を覆す方法はない。
そう思っていた。
「心想が使えなくなっただと? 俺がいつそんな事を言った?
「何!?」
確かに、ゼドは心想が使えなくなったとは言っていない。
次の瞬間、驚くべき事態が起きた。
「我は守り人の剣。我は護光の刃」
ゼドが詠唱を紡ぎ、彼の身体から純白のオーラが噴き出したのだ。
「我は世界から希望を奪う者を許さぬ。我は勇気ある者の力となる事を望む」
紡ぎ出される詠唱も、以前とは違う光に溢れる内容だった。
「我は道を見出だした。色褪せる事なき光を印に、未来を目指して歩み行く」
ゼドから溢れた光は二つに分裂し、ゼドの両脇に留まる。
「例えその先に絶望の闇夜が待ち受けようとも、我は光の刃を手に取り、全霊を尽くして壁を斬り裂く」
その光は、烈心に似た二本の、人一人分の大きさの刀に変化した。
「どのような妨げも、我が歩みを阻む事叶わず。真なる光を消し去る事は、誰人にも出来ぬと知るがいい」
これが、今のゼドの心想の形。
「心想、顕現」
ゼドはその名を告げた。
「布都御魂・護光剣聖」
ゼドは心想を使う才能を持つ者。心想を使える者は、抱いた激情で心想が変わる。
憎悪を失ったゼドは、確かに安綱・怨讐剣鬼は使えなくなったが、心想自体が使えなくなったわけではないのだ。
己の激情として、新たに希望を見出だした結果、その激情は布都御魂・護光剣聖という新しい形として発現したのである。
「な、な……!!」
ウルベロはもう、何を言ったらいいのかわからなかった。絞り出した声も、言葉にならない。ただの音だった。
「ぼうっとしていていいのか? 俺はお前を殺しに来たんだぞ」
杏利とエニマを守る為に、この世界の人々を守る為に、そして己自身のけじめの為に、ウルベロを倒しに来た。心想を発動した以上、このままで済むはずがない。
「うっ……おおおおおおおおおおおお!!!」
ウルベロはオルトロスを振るい、四本の連結刃に変えて伸ばす。
それに対してゼドは、烈心をウルベロに突き付けただけだった。いや、それだけではない。それは、新たに発現した心想を操る為の動作だった。ゼドの両脇の刀が、高速で回転し、連結刃を斬り刻む。
布都御魂・護光剣聖は、新たな心想といっても、能力それ自体に変わりはなく、万物を切断する心想だ。
ただ、発動する意味合いが変わった。
安綱・怨讐剣鬼は、己を復讐の刃に変える心想。しかし布都御魂・護光剣聖は、己を光を守る為の刃に変える心想なのだ。
「終わりだ。ウルベロ!!」
ゼドは防御を刀に任せ、素早くウルベロに接近し、全身を斬り刻んだ。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
身体も武器も斬り刻まれ、絶叫を上げて崩れ落ちるウルベロ。
「い、嫌だ……死にたくない……あともうちょっとで、魔王の座が、俺のものに……!!」
ゼドから逃げようとするウルベロの姿は、それはもう惨めだった。全身から血を流し、情けない声を上げながら、ゆっくりと這いずっていく。
ゼドはそんなウルベロに、一片の慈悲も掛ける事なく、後ろから烈心を振るい、首を斬り落とした。かつて宣言した事は、今ようやく成ったのだ。
心想を解除してから、ゼドは杏利の前に駆け寄る。
「大丈夫か? すまない。本当はすぐ助けに入りたかったんだが、あの装置だけが厄介でな。うかつに飛び込んで、被害を増やす事だけは避けたかったんだ」
「……」
「……杏利?」
「……あ、いや、ごめん。あんたがあたしに謝るなんて思ってなかったから、ちょっと驚いただけ。話はちゃんと聞いてたわ」
杏利の反応と言葉を聞いて、ゼドは自分が今まで杏利にやってきた事を思い出す。
「今まですまなかった。苦労を掛けさせたな……だが、もうあんな真似は絶対にしない」
「……お前、本当にゼドか?」
まるで別人のようなあまりの変わりように、エニマは本当にあのゼドなのかと疑心暗鬼になっている。もしかしたら、イノーザが用意した幻術の類いかもしれない。
「疑われても文句は言えないな。だが、どうか信じて欲しい。俺はお前達がよく知る、ゼド・エグザリオンだ」
ゼドは信じて欲しいと言った。だが、エニマはまだ信じられない。この変わりように、気持ち悪さすら感じている。
「手酷くやられたな。これを飲め」
ゼドはそう言うと、ポーチから薬が入った瓶を取り出した。
「エグザリオン家に伝わる秘薬だ。苦いが、傷と体力、魔力の回復効果がある」
杏利は薬を受け取ると、一気に飲み干した。
「にっが!」
想像を越える苦さに、杏利は顔をしかめる。だが、あっという間に身体が軽くなっていくのを感じた。良薬口に苦しといったところか。
「まだつらいようなら、俺がイノーザを倒す。ここは安全地帯のようだから、俺がイノーザを倒して戻ってくるまで待っていればいい」
「そ、そんな事出来るわけないじゃない! あたし達が何の為にここまで来たと思って」
「お前はこの世界の人間ではない。帰るべき場所がある。ここで死んではならない」
ゼドは、本気で杏利の事を心配していた。しかし、杏利はゼドの言う事を聞くわけにはいかない。
「……嬉しい申し出だけど、あたしは大丈夫よ」
「杏利……」
「何があっても、あたしはイノーザに会わなきゃいけないの。いろいろと聞きたい事もあるしね」
「……わかった。そこまで言うなら、もう止めない。だが無理だけは、絶対にしないでくれ。お前まで失うような事があれば、俺は……」
こんなに不安そうな顔のゼドは、初めて見る。きっとこれが、ゼド本来の性格なのだろう。
「ありがとう。あたしは死なない。エニマがいるし、あんたが助けにきてくれたからね。じゃ、行きましょ!」
「ああ!」
ぐずぐずしていると、キリエ達が先に倒されてしまう。杏利はオーディンアーマーを纏い直し、先を急いだ。
しかし、今いる区画を抜けると、すぐ造魔兵の大軍が襲い掛かってきた。
「こっちは急いでるってのに!」
「任せろ。露払いは、俺がする!」
ゼドは烈心を抜いて駆け抜け、目にも止まらぬ速さで造魔兵を全滅させた。ウルベロを容易く一蹴出来るゼドに、この程度の相手が何百人来ようと、物の数ではない。
「ゼドって、こんなに頼もしかったんだ……」
杏利はゼドの戦闘力に見とれている。
(いかん! このままではわしの杏利が……!!)
一方エニマは、ゼドに杏利を取られると思って、危機を感じていた。
「さぁ行くぞ!! ぐずぐずしていたら敵の第二陣が来る!!」
ゼドが杏利に呼び掛けた。杏利は我に返り、急いでゼドに追い付く。
「ゼド」
杏利が走っている途中、エニマは並走しているゼドに話し掛けた。
「……負けんからな」
「……ああ」
エニマの言葉の意味を理解して、ゼドは軽く笑った。杏利は二人のやり取りに疑問を抱きながら、それよりも大事な事を二人に訊く。
「ねぇ。イノーザはどこにいると思う?」
大体の察しはつくが、イノーザの居場所がわからない。
「それなら、この城の最上階じゃな」
「ああ。この城に一歩踏み込んだ瞬間から、あの女の気配を感じていた。その気配は、ここから遥か上から匂ってくる」
「よし、じゃあ最上階に行くわよ!」
「うむ!」
「ああ!」
襲ってくる造魔兵を次々と倒し、城の最上階を目指す。
やがて三人は、最上階と思われる部屋の一番奥に、巨大な扉を見つけた。
「ここだ。この扉の向こうから、一番強く奴の気配を感じる」
「うむ、間違いない。イノーザはこの奥におる」
ゼドとエニマが確認する。この奥にイノーザがいる事は、二人が確認しなくてもわかっていた。杏利もまた、イノーザの気配を感じていたからだ。
「……開けるぞ? 準備はいいな?」
ゼドは杏利に確認する。この扉を開ければ、イノーザを倒すまで戻れない。この先が、最終決戦の場所だ。
「……OK。開けましょう!」
杏利は深呼吸して息を整え、ゼドと二人で扉に手を掛け、開ける。開けてすぐ、二人は部屋の中に入った。
「……思いの外、早かったじゃないか」
部屋の中には、予想通り、イノーザがいた。イノーザは、自分が座っている玉座の手すりのスイッチを操作する。すると、イノーザの玉座は階段の上にあるのだが、階段が床に収納されていき、玉座が杏利達と同じ目線まで降りた。
「久しぶりだね。三人とも、ずいぶんと強くなってきてくれたようで、とても嬉しいよ。あれほどまでの力を手に入れたウルベロを、こうも簡単に倒すとはね」
にこやかに話すイノーザ。その声色には、以前対面した時と同じく、支配者の威厳が感じられる。
「さて、私はいつでも始められるが、何か聞きたい事があるんじゃないかな? ここにたどり着いた君達には、全てを知る権利がある。何でも訊いてみなさい。私が知っている限り、全ての情報をあげよう」
「……じゃあ遠慮なく聞かせてもらうわ」
向こうから質問の許可をくれたので、こちらから許可を取る手間が省けた。ゼドは杏利がイノーザに聞きたい事があるといっていたのを思い出し、ここはひとまず杏利に任せる事にした。エニマも同じ事を考えていたようで、彼女は特に何も言わない。
「イノーザ。あんたは何者なの? 一応魔王を名乗ってはいるみたいだけど、あんた、この世界の人間じゃないでしょ」
「!?」
単刀直入な杏利の質問に驚き、ゼドは杏利を見た。
「やはり、お前もそう思っておったか」
イノーザがこの世界の人間ではないという事は、エニマも予想出来ていたらしい。
「どういう事だ!? 奴がこの世界の人間ではないだと!?」
「あたしがそう思うきっかけになったのは、武器よ。造魔兵が途中から使うようになった銃」
最初に見たのは、確かイノーザに自分の身を売った神父が持っていた銃だったか。
「……確かに見た事のない型だとは思っていたが……」
「あの型の銃は、全部あたしの世界にあるものなの。中には実用化してないけど、空想上の産物として存在してる武器もあった」
「何だと!?」
驚くゼド。エニマは杏利に同意した。
「わしは度々異世界を覗き見ておったんじゃが、その時に見た銃とイノーザ達が使っておる銃は、間違いなく同じ物じゃった」
「……という事は……」
銃器類機械類において、杏利の世界はリベラルタルより、遥かに進歩していると言える。そんなリベラルタルの文明と明らかに釣り合わない武器を、イノーザ側が持っているのはおかしい事なのだ。
しかし、それはある一つの可能性で説明出来る。
すなわち、イノーザがこことは違う世界から現れたという事だ。
彼女が宣戦布告するまで、誰も存在を知らなかった事など、この可能性を裏付け出来る情報はいくつかある。あとは、イノーザ本人から確認を取るだけだ。
「やはり気付いたようだね。君だから気付けた、と言った方がいいかな? そうだ。私は君と同じく、この世界の人間ではない」
全ての情報を開示すると宣言した通り、イノーザはあっさりと白状した。今さら隠す必要もないとも思ったのだろうが。
「やっぱり……!!」
杏利の予想は当たっていた。イノーザが、杏利しか知らないはずの技術を使っていたのは、この世界の人間ではなかったからなのだ。
「答えろ!! 貴様は何者だ!! 何の目的があってこの世界に来た!!」
今度はゼドが質問する番だ。烈心を突き付け、脅迫するように尋ねる。
「正確に言えば、私は人間ですらない。こことは違う世界で、ある目的の為に造られた、アンドロイドだ」
「アンド、ロイド……?」
「機械で出来た人形よ。限りなく人間に近い挙動が出来るように調整されたね」
当然この世界にアンドロイドなどというものはなく、ゼドが初めて聞くワードに杏利が説明する。しかし、見た感じイノーザの挙動は、アンドロイドとしての範疇を越えている。何せ感情があるのだ。杏利の世界にも機械人形はあるが、感情を持つ物はない。
この点から見ても、イノーザは杏利の世界よりも高度な文明の世界で造られたと見るべきだ。
「私の目的は、文明の加速と記録だ。接触した世界の文明をより高度な文明へと進化させ、その極地まで至ったところで記録する。その後は進化した文明の技術を基に、私自身を進化させる」
「要するに、自分をさらに進化させたいというわけか」
「そうだ。その為に私は、接触した文明を攻撃する」
「「「!?」」」
イノーザがさらに強くなりたいと思っている事は理解出来た。だが、その為になぜ他の世界を攻撃する必要があるのか、その理由が三人にはわからなかった。イノーザはクスリと笑って、自分が攻撃する理由を答えた。
「何を驚いている? 闘争こそ文明をより早く発展させる最高の起爆剤だ。自分達を攻撃する者が現れれば、その世界の住人達は対抗しようとして、今ある武器よりさらに強力な武器を造る。その武器を造る過程で生まれた技術で、文明は発展する。発展した文明がさらに強力な武器を造り、その武器を造った技術がさらに文明を発展させる。私はすぐ滅んでしまわないよう、軽く世界にわざと攻撃する事で、この流れをどこまでも繰り返させるのさ。そしてこの世界も今までの世界の例に漏れず、様々な武器を造り、文明を発展させてくれた。過去に葬られた高度な技術を蘇らせたりもしてくれたな」
それを聞いて、杏利は思った。その通りかもしれないと。
例えば、杏利の世界にある原子力発電。あれは核兵器の副産物だ。世界を滅ぼしかねない武器だが、その武器を造った事で、杏利の世界の人間達は、武器を構成する成分から、より多くの電力を獲得する方法を見つけ出したのだ。
イノーザが言う過去に葬られた技術というのは、魔科学の事だろう。禁断魔法もある。
「まぁ中には禁断魔法サタンルードのような、使い方次第で文明をすぐに滅ぼしてしまう技術もある。だが、闘争によって生まれる武器とは大体そんなものだ。そういう時は私自身が動き、可能な限り文明が発展するよう調整しながら潰す。どれほど危険な武器だろうと、幾多の世界で進化を重ねてきた私を滅ぼす事などあり得ない。だからこそ私は、闘争を調整する役に回るんだよ。世界がすぐに消えてしまわないよう、調整するんだ」
例え禁断魔法であっても、イノーザを滅ぼすには至らない。なぜなら彼女は同じ事を何度も繰り返し、その度に己を進化させてきたのだ。今さら一つの世界の禁忌の技術などで、殺されたりしない。だからイノーザは、自分の軍の数や武器、攻撃頻度を変えたり、強力すぎる武器を可能な限り利用した後で壊すなどして、闘争を調整するのである。滅ばない事が確定しているなら、安心して調整役に回る事が出来る。
「……あんたが渡ってきた世界はどうなったの?」
「文明の極地に至ったと判断し次第、滅ぼしてきた。発展しない文明に、いくら闘争を仕掛けても無駄だからね。そもそも戦いで急速に発展した文明は、すぐに滅ぶ。自分達の武器で勝手に戦争を始めて、自滅するんだ。事実、私がこれまで渡ってきた百六十八の世界の内、百二十は自滅して消えた」
しかし、武器によって発展した世界には、常にその武器によって自滅する危険が伴う。もうこれ以上強い武器が造れない、これ以上文明が発展出来ない、これ以上武器を造らせれば自滅する。イノーザがそう判断した時、その世界は見限られ、滅ぼされる。
「言っておくけど、一応無駄な滅亡じゃない。この城は造魔兵や武器を造るプラントであると同時に、世界を渡る次元戦艦でもある。世界滅亡時に発生する莫大なエネルギーは、この城の燃料として吸収されるんだ。私を進化させる為にも使われるから、私にとって世界を滅亡させるのは必要な事なんだよ」
「ふざけんじゃないわよ!!」
杏利は激怒した。
「世界を滅ぼすのが必要? 何の為に!? 大きな犠牲を払ってまで強くなって、あんたは何がしたいのよ!!」
なぜそこまで強くなる必要があるのか、杏利には理解出来なかった。とても、いくつもの世界を犠牲にしてまで、やるべき事には思えないのだ。
「仕方ないんだ。私を造ったマスター、ゼノア・エーベルク様に、どんな犠牲を払ってでも強くなるよう、プログラムされている」
「ゼノア?」
また新しい名前が出てきた。どうやら、イノーザを造った技術者らしい。
「ワールドイーターと呼ばれている存在の一人でね、自分がコレクションする為に、とにかく強い力を求めておられる。そしてゼノア様は、自分が倒した相手、もしくは自分が敗北を望んだ相手が誰かに敗れた時、その力を記録する能力を持っておられるんだ。私の最終目的は、ゼノア様の為にどこまでも強くなり、そしてその力をゼノア様に記録して頂く事だ」
ゼノアという者の説明を聞いた杏利は、またしても驚く。
「それじゃあんたは、自分の主人に殺される為に生きてるっていうの!?」
「ああ。そうだよ」
これまたあっさり、イノーザは認めた。自分の命が懸かっているというのに、まるで他人事のような反応だ。
「私はゼノア様が、ゼノア様ご自身の為にお造りになられた人形だ。人形は人形らしく、持ち主に従うしかない。設定されたプログラムには、私自身の意思では逆らえないんだ」
「逆らえないとは言うが、逆らった事はあるのか?」
そう訊いたのは、エニマだ。同じ造られた物同士、感じるところがあるのだろう。
「何度も逆らった。本当はやりたくなかったからね。でも駄目だった。だから私は、死ぬ事でこのプログラムを破壊する事にした。プログラムのせいで自殺は出来ないから、殺してもらおうと思ってね」
「死ぬつもりでおるのか!? 今自分を殺せる者はおらんと……」
「だから造ろうと思ったのさ。今までの文明の加速の為ではなく、本気で私を殺せる者をな。人選はヴィガルダに任せた」
「ヴィガルダに!?」
杏利は気付く。ヴィガルダが妙に自分に突っ掛かってきた理由が、今ようやくわかった。
彼が言っていたイノーザの真の目的とは、実力を持つ者に殺してもらう事だったのだ。そしてそれが出来る者として、ヴィガルダは杏利を見出だしたのである。
「その目的はヴィガルダにだけ話していたのだが、最近ヴィガルダがラトーナに話してね、あの子が取り乱してしまった」
ラトーナが発狂していた理由もわかった。大切な主が、自ら死のうとしているなど、そんな話を聞けば彼女なら発狂する。
「二人を倒した君なら、私を殺せる。今までヴィガルダが選んだ相手は、全員彼に勝てなかった。だが君は勝った。それなら、出来るはずだ。私はもう、死にたい」
「う……」
杏利は悩んでいる。イノーザが殺される為だけに生きているという事、本当はこんな生活を嫌だと思っている事が、彼女の判断を鈍らせていた。
ゼドもエニマも、何も言えない。どうすればいいか、わからなかったからだ。イノーザの事を思うならここで殺してやるべきだが、本当にそれでいいのか? まだ何か、イノーザを呪われた宿命から解き放つ方法があるのではないか?
「さぁ、私を殺してくれ。君がぐずぐずしていると、アンチ破壊プログラムが起動してしまう。私の戦意が極限まで落ちた時、自殺をしようとした時に、何がなんでもそれを阻止しようとするプログラムが起動してしまうんだ。私が抑える! さぁ早く!」
イノーザは杏利に決断を急がせる。彼女がやってきた事は、許されない事だ。しかし全ては彼女がそうなるよう造ったゼノアが原因であり、彼女はそうなりたくなかったのた。
「あたしは……あたしは……!!」
悩む。どうしたらいいかわからない。
そしてその迷いが致命的になった。
「うっ!? がっ、あっ……!!」
突然イノーザが苦しみ始めた。
「イノーザ!? イノーザどうした!?」
ゼドが訊く。だがイノーザは苦しむばかりで答えない。
やがて、イノーザががっくりと肩を落とした。
「……戦意レベル、最低まで低下を確認」
だがその後すぐ、機械のような無機質な口調で、何事かを呟き始めた。
「周囲の危険度判定。状況A。戦意高揚プログラムを起動します」
そして一通り呟いた後、イノーザは顔を上げた。だがその表情は、先程までの弱々しさなど微塵もない。禍々しく、今すぐにでも杏利達を殺したくて仕方ないという顔つきだ。
「馬鹿な事を言ってしまったね。忘れてくれ。さぁ、始めようか。君達を殺してその力を記録し、この世界の文明の加速を再開するとしよう」
玉座から立ち上がり、死にたいという言葉を撤回した。これがアンチ破壊プログラムなのだろうが、まるで別人になったかのようだ。
「やめろイノーザ!! ゼノアの呪縛などに、負けるな!!」
そう言ったのは、ゼドだった。プログラムなど振り払うよう、イノーザに言う。
「俺達がゼノアを倒す!! そうすればもう、ゼノアの為に不毛な旅を続ける必要はないはずだ!!」
ゼドの言葉を聞いて、杏利はその通りだと思った。ゼノアを倒せば、イノーザがゼノアの為に生きる必要はなくなるのだ。
しかし、イノーザは言った。
「……ゼノア様はもういない。十年前、鋼の光神と聖なる神帝に敗れ、消滅した」
「……何……?」
何と、ゼノアは十年も前に、既に消滅していたのだ。それが本当なら、イノーザはゼノアが死んでもなお、ゼノアの為に生き続けているという事になる。
「ゼノア様が亡くなられると、その情報が私に送られる。そしてその後、私が新たなゼノア様となり、力の収集を開始するようプログラムされているのだ」
ゼノアが死んでも、イノーザは解放されない。それどころか、イノーザが第二のゼノアとして行動するようプログラムされている。
「……杏利、やるぞ。奴を救うにはもう、命を断つしかない!!」
もう救えないと判断したエニマは、杏利に戦うよう促す。杏利も、殺してやる事こそがイノーザの救いだと判断し、エニマを強く握る。
「私は人形。だが、魔王と名乗っている。なぜなら魔王と呼ばれる存在は、最も敵意を集めやすい存在だからだ」
イノーザの両手に、短い棒が現れる。その棒のスイッチを押すと、赤黒く光る刃が伸びた。レーザーブレードだ。
「さあ、お前達も私に、最大の敵意を向けるがいい。魔王イノーザが相手になろう!!」
駆け出すイノーザ。
ゼドは烈心を構え、杏利はエニマを構え、同じように駆け出した。




