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レジェンドガール  作者: 井村六郎
終章 伝説になれ
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第八十三話 聖剣士ゼド

前回までのあらすじ



合流!! 合流!! 合流!!

 おかしいとは思っていた。あれほどウルベロを憎んでいたゼドである。本来なら、杏利を押し退けてでも戦いに割り込もうとするだろうに、それが様子見に徹していただと? あり得ない話だ。という事は、本当にゼドの中からウルベロへの憎悪が消えた事になる。

「あり得ねぇ!! こんな短期間で、あれだけの憎しみを消しただと!? そんな事が出来るわけがねぇ!!」

 ゼドの憎悪の強さは、直にその力を吸収したウルベロが、一番よくわかっている。あれほどの大きさの憎しみを、簡単に消せるわけがない。

「出来たんだ。シルムヘルトでの修行でな」



 アームルズで杏利と別れてから五日後、ゼドはシルムヘルトに着いた。

 シルムヘルトに着いたゼドは、ライズン教団の本部、セントクリアレス大教会を訪れた。

「お待ちしておりました。あなたが、烈心の浄化と修行をご希望されておられる、ゼド殿でよろしいですね?」

 大教会で待っていたのは、ライズン教団の大僧正、メジアル・バーハントだ。

「全て、お伺いしております。烈心の浄化は、現在我が教団の浄化班が全力で行っておりますので、ご安心を。しかし問題は、あなたの憎悪です」

 メジアルはゼドがこのシルムヘルトにやって来た時から、肌に突き刺すような憎悪を感じていた。それがゼドのものだとわかり、こちらに向かってきているとわかったからこそ、ゼドが訪ねてくる前に、ここで待っていたのだ。

「これほどとは思っていませんでした。このままでは浄化を終わらせても、再び烈心が憎悪に染まってしまいます。今はとにかく、あなたの憎悪を消し去る修行を積まなければ」

 烈心は使い手の精神に呼応する刀。このまま浄化してもゼド自身が変わらなければ、また元の妖剣に逆戻りだ。

「失礼します。パラディンロージット、只今帰還致しました」

「おお、ロージット! いいところに来てくれた」

 そこへ、ロージット達が査察を終わらせ、その報告の為に帰還した。

「大僧正。それに、ゼド? 一体どうなさったので?」

「これからこの方を、鏡心の間にお通ししてくれ。お前もかつて通った道だ。後はわかるな?」

「鏡心の間……という事は、克心の試練を!? 危険すぎます!! 彼ほど強い憎悪の持ち主が入っては……!!」

「それでも、やらねばならん。でなければ、彼は永遠に己の闇に苦しんだまま終わる。彼を救うには、克心の試練を突破してもらうよりない」

「……かしこまりました。大僧正のお言葉ならば」

 克心の試練はライズン教団のみならず、世界中に知られている大変危険な試練だ。しかし、大僧正の命令を断る事は出来ず、ロージットは従った。

「私は少し離れる。神託の水晶がおかしいらしい」

 ゼドはメジアルの言っている事がよくわからなかったが、とにかく自分はウルベロへの憎悪を捨てる為の修行をさせられ、それにメジアルが協力出来ないという事はわかった。

「これも神の思し召し。心をしっかりとお持ち下さい」

 メジアルはそう言うと、大教会から出ていった。

「……お久しぶりですね。では、参りましょうか」

 いろいろと話したい事はあったが、ゼドはきっと急いでいるはずなので、ここはそれを抑え、ジェイクやマリーナとともに大教会を出て、ゼドをある場所に導いた。



 シルムヘルト内の南の果てに、家二件分ほどの大きさの建物がある。この建物が、鏡心の間だ。

「では説明させて頂きます。あなたには今よりこの建物へと入り、克心の試練を受けて頂きます」

 ロージットが説明する。次は、ジェイクとマリーナが説明する番だ。

「建物の真ん中には、一枚の鏡があります。それは克心の鏡。前に立った者を、鏡の中の空間へと誘います。その空間の中で、あなたは戦う事になります」

「克心の鏡は、あなたが克服しなければならない心の弱い部分を、もう一人のあなたに変えてあなたを襲わせるのです」

 もう一人の自分は、あらゆる手段を使って相手に揺さぶりをかけ、隙を作って殺そうとしてくる。これと戦い勝利し、己の弱さを克服する。それが、克心の試練だ。

「あなたの憎悪は恐ろしく強い。もう一人のあなたも、それに比例して強力な存在になるでしょう。以前あなたにお話しましたね? あなたが光属性の魔力を使えないのは、あなたの闇が強すぎるからだと」

 ゼドは九大属性の内、八つまでは使える。しかし残り一つ、光属性は使えない。

 闇属性と光属性だけは特別で、使い手の心の在り方が重要になる。心が輝いていれば光属性を、闇に覆われていれば闇属性を、両方をバランス良く持っているなら、両方を使える。

 今のゼドの精神状態は、言うまでもなく闇だ。

「この試練であなたの心を光で満たせば、光属性の魔力を使えるようになるはずです」

「烈心もか?」

「……なるほど、あなたはあの剣をここに持ち込んだのですね? だから克心の試練を受けたいと……」

 ずっと不可解だった。なぜゼドが今さら、克心の試練を受けたいなどと思っているのか。ゼドが烈心の名前を出した事で、それがよくわかった。

「今この国で浄化してもらっているところだが、浄化に失敗した時の事を考えて、ここで修行を受けろと言われた」

「……そうでしたか。例え浄化に失敗しても、あなたの強大な魔力が光に変われば、浄化出来るかもしれません。ですが、克心の試練はあなたが今まで経験した以上に危険な試練です。これをお持ち下さい」

 ロージットはゼドに、透明な石を持たせた。

「何だこれは?」

「緊急停止装置です。もし無理だと思ったら、もう一人のあなたにこれを投げつけて下さい。そうすれば、克心の鏡の力が一時的に止まります。その間に、我々が救出に入ります」

 本当はいらなかった。だがゼドは、妙な胸騒ぎを感じて、この緊急停止装置とやらをもらう事にした。

「入ってすぐのところに、挑戦者用の武器が置いてあります。ご自由にお使い下さい」

「頑張って下さい!」

 マリーナは声援を送り、ジェイクがドアを開けて、ゼドは鏡心の間の中に入る。



 鏡心の間に入ってすぐのところ。壁に剣、槍、斧、盾など、ジェイクが言った通り様々な武器が掛けてあった。ゼドは迷わず刀を選び、腰に差して一番奥を目指す。

 一番奥に着いたゼド。そこには、大きな鏡が一枚、設置してあった。

 他に鏡は見当たらないし、これが克心の鏡で間違いないだろう。ゼドは早速、鏡の前に立つ。

 立った瞬間に、これが普通の鏡ではない事に気付いた。周りの風景は映しているのに、ゼドだけは映さないのだ。

 何が起きても素早く対応出来るよう、警戒するゼド。変化はすぐに起きた。

 突然鏡の真ん中に、黒い点が集まり始め、それがこちらを睨むゼドの姿に変わったのだ。

 刀に手を掛けるゼド。だがゼドが刀を抜く前に鏡が光り、ゼドの姿は部屋の中から消えた。



 気が付いた時、ゼドは何もない真っ白な空間にいた。ここがロージットが言っていた、鏡の中の空間なのだろう。

 間もなくして、鏡に映ったもう一人のゼドが、目の前に現れた。

「お前が、俺の最も弱い部分か」

 ゼドが問い掛けると、もう一人のゼド、影ゼドは答える。

「そうだ。俺はお前であり、お前自身が生み出した心の影」

「ならお前を倒し、俺は先に進む」

 ゼドは刀を抜いた。影ゼドは、全く動じる事なく話す。

「倒すだと? いいのか? 俺を倒す事は、お前自身の存在理由の否定に繋がるというのに」

 どういう意味かは聞かなかった。影はあらゆる手段を使ってゼドに揺さぶりを掛けるとロージットから聞いていたので、耳を貸さないようにしていたのだ。

 影ゼドの話を聞かず、ゼドは斬り掛かる。影ゼドもまた刀を抜き、それを受け止めた。

「俺はお前自身の心の影。そしてその部分の大半は、お前の憎悪が締めている」

 なおも話を続ける影ゼド。ゼドはそれを聞かず、影ゼドを斬り続けるが、影ゼドはそれに構わず話を続ける。

「姉さんを殺した、ウルベロへの憎悪だ。今のお前の行動原理は、姉さんの事ただ一つだけ。だから俺を倒せば、お前が抱く姉さんへの想いも消える」

 ソアラの事を引き合いに出されると、さすがに影ゼドの言葉はゼドの耳に入った。

(戯れ言だ!! その程度の事で、俺の姉さんへの愛が、消えるはずがない!!)

 だが、ゼドはそう想いながら飛び退き、火属性のエーテルブレードを四本飛ばす事で、自分の迷いを打ち消そうとする。影ゼドは同じ数だけ水属性のエーテルブレードを飛ばし、それを相殺した。

「戯れ言じゃない。本当に消えるから言ってるんだ」

(考えを読まれた!?)

「読めるさ。俺はお前自身の心なんだからな」

 影ゼドは、ゼドが何を考えているかわかる。当然だ。この影ゼドは、ゼドの心の一部。だから本体が思っている事は、全て筒抜けになってしまう。

(なんという事だ……それでは勝ち目など……!!)

「そうだ。勝ち目などない。お前の想いは全て伝わり、伝わった想いに合わせて技を繰り出せば、俺は全てそれを相殺出来る。同じ力の持ち主同士では決着がつかず、最後には共倒れするだけだ」

(では……)

「察しがついたようだな。そうだ。この試練では、力も技も全てが無意味。心の力こそが重要となる。忘れたのか? これはお前の心の弱さを克服する為の試練だという事を」

 確かにそうだ。いかなる技を使おうと、全く同じ力の持ち主同士では決着がつかない。心が読める分、影ゼドに分がある。そういった相手に対応する技もあるが、それを使えば当然影ゼドもそれを使ってくる。

 どうやらゼドは、どうしても自分の影の言葉を聞かなければならないらしい。己の弱さと向き合わなければ、この試練は突破出来ないのだ。

「話を聞く気になったか。もう一度言うぞ。俺を消せば、お前の中の姉さんへの想いも消える」

「……どういう意味だ。ウルベロへの憎悪を消す事が、なぜ姉さんへの想いを消す事に繋がる?」

「簡単だ。お前は姉さんを愛していない。姉さんとの繋がりが、姉さんを殺したウルベロを憎む事しかないんだ」

「ふざけるな!!」

 あんまりな物言いに激怒したゼドは、話を聞くのを忘れて影ゼドに斬り掛かる。影ゼドはそれを防ぐと、話を続けた。

「事実だ。今までの姉さんとの思い出を、よく思い出してみろ。お前はいつもいつも、姉さんの言う事を聞いていたな?」

「当然だ!! 俺の姉さんだぞ!!」

 弟が姉の教えをよく聞くのは、弟として当然の事。それの何がおかしいというのか。

「聞きすぎていたんだお前は。俺は姉さんには絶対に敵わない。そう思っていたお前は、いつしか自分の意思で生きる事をやめ、姉さんが言った通りだけに生きる事にした。そうすれば、間違いはないからだ」

 そう。ゼドがソアラの言う通りに生きれば、何も失敗する事はなかったし、全てがうまくいった。

「姉さんはお前にとって、人生の羅針盤とも言うべき存在になっていた。わかるか? お前は姉さんを道具として扱っていたんだ。自分の人生を飾る為のな」

「違う!!」

「違わない。そう思うなら、もっとよく思い出してみろ。お前、姉さんの為を思って、何かをした事があったか?」

 影ゼドの言葉に、ゼドは声をなくした。そうだ。ゼドはソアラの為に、何もしていない。何かをしようと思った事も、ない。

「それは愛じゃない。それこそ姉さんを道具扱いしていた事の、何よりの証明だ」

 そして影ゼドは、とどめを刺した。

「お前の憎悪は家族を殺された怒りなどという高尚なものではない。自分の人生の羅針盤を壊されて、どう生きていいかわからなくなった事への、八つ当たりでしかないんだ」

 その言葉を聞いたゼドは、刀を落として膝をついた。

 反論出来なかった。言い返せなかった。前々から薄々思っていた事だったからだ。

 杏利と会う前までは、そんな事思いもしなかった。だが、ソアラのような輝きを持つ杏利を見た時、ゼドはソアラの事を思い出し、自分は彼女のように、自分の意思で道を切り拓いた事がない事に気付いた。

 いつもいつも、ソアラの言う事だけを聞き、その通りに行動してきた。ソアラを愛していたから。


 だが、それは本当に愛と言えるのか? ゼドはそんな疑問を抱いた。


 否。ただただ言う事を聞くだけでは、愛ではない。ではそれ以外の事をしたのか? していない。


 だから気付いた。姉さんの言う事に忠実に従えば、間違いはない。その事に気付き、その事に甘え、その事だけをしてきた。


 自分は自分自身の人生の為に、ソアラを利用していたのだと、気付いてしまった。

 だからゼドは、愛する家族を殺したウルベロを許せないから、ウルベロを追っているのではない。自分の人生の指針を壊されたから、それに怒っているだけなのだ。それが、わかってしまった。

 わかって気付かないふりをしていた。目を背けていた。ウルベロをひたすら憎む事で、自分の復讐が姉への弔いではなく、自己満足でしかない事を忘れようとしていた。

 それを今、自分の心に指摘されてしまった。

「お前にウルベロは倒せない。ウルベロに復讐する資格もない。お前のような自分の事しか考えない人間は、今ここで死ね」

 影ゼドは刀を振り上げる。ゼドはそれに、抵抗しなかった。ただ虚ろな目で、その動作を見ていた。

 それが、自分の取るべき道だと思っていたから。


(姉さん、ごめん。俺は――)


 心の中で、ゼドはソアラに詫びた。詫びて、心静かに死を受け入れようとして――、


 影ゼドの刀が、空中で止まった。


「目を覚ましなさい、ゼド!!」


 否、止められていた。一人の女がゼドと影ゼドの間に割り込み、攻撃を止めていた。


 ゼドの目に光が戻る。影ゼドが目を見開いていた。ゼドもまた、自分が目を見開いているとわかる。


 なぜなら、ゼドを窮地から救ったのは、死んだはずのソアラだったからだ。


 ソアラは自分の刀で影ゼドの刀を押し返し、振り向いてゼドを見た。

「姉、さん……? どうして……」

「クリアレス様がね、今だけ生き返る事を許して下さったの。あんたを助ける為に。あんたがもっと強くなる為に」

 死んだ後、ソアラの魂はリベラルタルの神、クリアレスのそばにいて、ずっとゼドを見ていた。そしてクリアレスに頼み込み、ゼドを助ける為に一度だけ、生き返らせて欲しいと頼んだのだ。

「ゼド。あんたの愛は本物だよ。あんたはあたしの事を思って、いっぱいあたしを愛してくれた」

「姉さん……違う!! 俺は姉さんを愛してなんかいない!! その証拠に、俺は姉さんに、何も……」

「何言ってんの。あんたいつも、姉さんを守るんだ! って、毎日毎日、遅くまで修行してたじゃない。あたし、知ってるんだから」

「!!」

 それは、覚えている。エグザリオン家は戦の一族。いつ家族を失う事になるか、わからない。だからゼドは、絶対にソアラを失いたくなくて、毎日に修行に明け暮れていた。

「あんな事でよかったのか? 俺は結局、あなたを守れなかったというのに」

「すごい事じゃない。結果はどうあれ、努力した事が大切なのよ。しかもあんな激しい修行を毎日、何か原動力がなきゃ、絶対出来ない事よ?」

 ソアラは刀を納め、ゼドを抱き締める。

「それはあたしを、家族として愛してくれてたって事。打算や合理性なんかじゃ、絶対出来ない事。あんたは間違いなく、あたしを愛してくれてたの」

 そうだ。本当に愛がなかったら、失いたくない人の為に努力なんて出来ない。そんな力も勇気も出ない。

「嬉しいな。あたし、こんなに愛されてたのね。ありがとう、ゼド……」

 ソアラはゼドを抱き締め、優しく頭を撫でる。

(ああ、よかった)

 いつしか涙を流しながら、ゼドは思った。

(俺は姉さんを愛していた。俺の姉さんへの愛は、偽りではなかったんだ)

 それが本当に嬉しかったのだ。自分が抱えていたつまらない疑問が、本当につまらないものであってくれてよかった。

「でも、あたしはもう死んでる。死んだ人間の事に、いつまでも執着していては駄目よ。今を生きてるあんたの事を考えないと」

「俺の、事……?」

 ソアラはゼドを離し、片手で涙を拭う。

「そう。あんたは今、何がしたいの? わからなかったら、頭の中に大切な人の事を思い浮かべて。ただし、あたし以外よ」

 言われて、ゼドが真っ先に思い浮かべたのは、杏利だった。

 一之瀬杏利。まるで太陽のような、光の塊のような少女。自分の意思で自分の道を、いくらでも切り拓ける勇者。

「わかるわ。あたしずっと見てたもの。異世界から来た槍の勇者、杏利ちゃんの事を思い浮かべたわね? あの子は今、魔王を倒す為に必死に頑張ってるわ。でも、今のままだと、あの子は死ぬ。何でかわかる?」

「……ウルベロ……」

「そう。魔王の手ではなく、ウルベロの手に掛かって死ぬわ。ウルベロは、恐ろしく狡猾な男よ。自分の目的を果たす為、いろんな罠を張っている」

 杏利とエニマだけでは、ウルベロを倒す事は出来ない。このままでは杏利は、イノーザと戦う前にウルベロに殺される。ウルベロにとって、現状一番目障りで厄介な相手は杏利だ。何もしないはずがない。

「……失いたくない。俺の中で杏利は、無視出来ないほど大きな存在になっていた」

 いや、最初からそうだった。でも杏利の生き方は、ゼドにとって眩しすぎて直視出来ず、遠ざけようとしていた。無理矢理無視しようとしていた。

「もうそんな必要はないんじゃないの?」

「ああ、必要ない。俺は俺の意思で、杏利を守る。復讐の為じゃない。杏利を守る為に、俺はウルベロを倒す!」

 ゼドは今、ウルベロへの憎しみを完全に振り切った。ウルベロがゼドにかけた呪いは、今完全に消え去ったのだ。

「おおおお……!!」

 その時、影ゼドが呻き声を上げた。影ゼドが、苦しみながら、少しずつ消えていっている。ゼドの中の憎悪が消えたから、ゼドの憎悪が形となった影ゼドも、消えつつあるのだ。

「嫌だ……消えたくない!! 俺が消えたら、俺は姉さんを忘れてしまう!! 嫌だ!! 嫌だ!! 嫌だ!!!」

「忘れないよ」

 ソアラは影ゼドに近付く。

「消えるのは、あくまでもウルベロへの復讐心だけ。あんたがあたしに抱く想いは、消えない。だってあんたとあたしの繋がりは、復讐だけじゃなかったんだもん」

 ゼドがソアラに抱く愛は、本物だ。だから例え復讐心を失ったとしても、ソアラへの愛は消えない。思い出として残るのだ。ソアラはただ、思い出として自分を覚えていて欲しかっただけで、執着して欲しくはなかった。今を生きる者が、死者に執着する事など、あってはならなかったから。

「本当、だね? 俺は本当に、姉さんを忘れないんだね……?」

「うん。大丈夫だよ」

 影ゼドは確認し、ソアラは頷く。

「……よかった……」

 影ゼドもまた、嬉し涙を浮かべて消えていった。

 彼はソアラがゼドと話をしている間、攻撃してこなかった。なぜなら、彼もゼド自身だから。二人のゼドがソアラに向ける想いは、どちらも本物なのだ。

「これであんたはもう、あたしに依存する事はない。あたしへの依存を断ち切ったあんたは、もっともっと強くなれる。その強さを大切な人の為に、たくさんの人の為に使ってあげて」

「……はい!!」

 ゼドは頭を下げ、目的を果たしたソアラは消える。ゼドは守るべき者を守る為、振り返らずに駆け出した。



 こうしてゼドは、自分の憎悪を克服したのだ。

「俺はもう迷わない!! この烈心とともに戦う!!」

 ゼドは腰に携えた刀を、烈心を引き抜く。

「……真っ白……!!」

 杏利は呟く。烈心の刀身は、かつて杏利が対峙した時と真逆の、真っ白に染まっていた。それはまるで、今のゼドの心を表しているかのようだった。



 試練を終えたゼドは、ロージット達とともに、浄化堂と呼ばれる場所に向かっていた。

 浄化堂とはその名の通り、呪われたアイテムや邪気に汚染された武器を浄化する為の、専用の施設である。烈心は今そこに預けられており、ゼドは烈心を取りに行く為、ロージット達の案内を受けていたのだ。

「あの、ゼドさん? とても言いづらい事なのですが……」

「烈心の浄化が始まったのは昨日からです。まだ浄化は終わっていないと思います」

 ジェイクとマリーナが、おずおずと言った。

 シルムヘルトの浄化力もかなり進歩し、杏利によって浄化されたが、あれは異常と言えるほどの邪気に汚染された妖剣。一日や二日で浄化が終わるとは、とても思えない。

「終わってないならそれでいい。後は俺がやる」

「いや、やるって!」

「浄化をですか!? 浄化はとても高度な技術ですし、そもそもあなたには光魔法が……!!」

「今なら出来る気がするんだ」

 ゼドはマリーナとジェイクが止めるのも聞かず、浄化堂の烈心が浄化されている部屋に入った。

「な、何事ですか!?」

 今まさに浄化が行われているところに部外者が入ってきて、浄化班の僧侶達は驚いている。

 ゼドはそれを一切気にせず、台座に抜き身で置かれている烈心を手に取った。

 烈心の刀身は、最初見た時とは幾分薄まったが、未だに黒い。ゼドが烈心を取ると同時に、邪気が溢れてゼドを包む。


「うるさい」


 だが、ゼドがそう静かに一喝すると、邪気が消し飛んだ。さらにゼドは、烈心に光属性の魔力を流し込んでいく。それに従って、烈心の刀身は柄からどんどん白くなっていき、やがて完全に白くなった。

「烈心の邪気を、浄化した!?」

「そんな……師匠でも出来なかったのに……!!」

 ジェイクもマリーナも驚いている。ロージットでさえ出来なかった烈心の邪気を、ゼドはこうもあっさりと浄化した。

「もらうが、異存はないな?」

「ええ。その妖剣……いえ、聖剣烈心はあなたのものです」

 ロージットは妖剣から聖剣へと生まれ変わった烈心を、ゼドが所有する事を許した。彼の手にあれば、烈心は二度と妖剣にならないだろう。

「いやはや、これほど早く烈心を浄化するとは」

 そこへ、メジアルがやってきた。烈心の邪気がどの程度残っているか、様子を見に来たのだ。ロージット、マリーナ、ジェイクは、素早く脇に退いて、頭を下げる。

「大僧正」

「己の闇を克服し、烈心を手に入れた以上、もうこの地に用はありますまい。次はどこへ向かわれるおつもりですかな?」

 メジアルからそう訊かれて、ゼドは言葉に詰まった。ウルベロがいそうな場所は、もう当たり尽くしてしまっていたのだ。

「あなたに朗報を持って参りました。あなたが探している相手は、エビルフロンティアにいます」

 シルムヘルトは、神託の水晶という特殊な水晶を保有している。

 クリアレスは常にこの世界を支える為に力を割いており、いつでもこの世界に現れる事は出来ない。そんなクリアレスからの神託を受け取る為に、ライズン教団は魔力を込めた水晶を作った。ゆえにクリアレスは、時折水晶を通して言葉を伝える。クリアレスから、魔王がどこにいるかを聞いたのだ。

「今まで何度お伺いしても、クリアレス様は教えて下さらなかったのに、どうしてこのタイミングで?」

 マリーナは尋ねた。イノーザが世界に宣戦布告してから今に至るまで、何人ものライズン教団の教徒達が、何度もクリアレスにイノーザのアジトの場所を訊いた。だがクリアレスは、教えられないと言うばかりで教えてくれなかったのだ。

「クリアレス様は、時が来たと仰られていた。魔王を倒せる力を持つ者が、揃ったと」

 メジアルが代弁したクリアレスの言葉を聞き、三人の聖職者達は電撃に打たれた気分になった。

 慈愛の神クリアレスは、無駄死にを何より嫌う。イノーザは強いし、その拠点がエビルフロンティアにあるとなれば、下手に兵士を送り込んでも無駄だ。犠牲者を増やすだけである。

 だからクリアレスは、エビルフロンティアを攻略し、魔王イノーザを倒せる実力者が揃うまで、あえて伝えなかったのだ。

「我々の力だけでは足りなかったと……」

「魔王イノーザは、それほどまでに強大な存在なのか!!」

 ロージットは呆然と呟き、ジェイクは自分の力のなさを悔やんだ。自分達が不甲斐ないばかりに、クリアレスの神託の通達が、ここまで遅れてしまったのだ。

「しかし神託が下ったという事は、今こそ魔王を討つ時が来たという事。ロージット、マリーナ、ジェイク。それから、ゼド殿。今よりエビルフロンティアへと向かわれたし」

「「「はっ!」」」

 三人の聖職者は頭を下げ、ゼドは無言で頷いた。



 浄化堂の外に出た五人。

 出たと同時に異変が起きた。突然どこからともなく真っ白な光線が飛んできて、ゼドの左手に当たって消えたのだ。

「今のは……」

「確か、ホワイトモノリスがある方角……」

 ジェイクもマリーナも、今の光線には見覚えがあった。光線が飛んできた方角は、ホワイトモノリスがある場所。そして今の光は――

「……何だこれは?」

 気付くと、ゼドの左手には剣と光が並んでいるような紋様が刻まれていた。

「おお! これは聖剣士の紋章!」

 メジアルは驚いた。

 ホワイトモノリスを介する事でのみ授かれる職業は、二つある。一つは戦いを主とする聖職者の極地、パラディン。もう一つは光を操る魔法剣士が、光の扱いを極めた時のみ手に出来る、聖剣士だ。ゼドの心が光で満たされた事により、ホワイトモノリスが適性を認め、魔法剣士から聖剣士にバージョンアップしたのである。

 メジアルはパラディンとなった者こそ見ているが、聖剣士となった者を見たのは初めてだった。それほどまでに稀少な存在なのだ。

「まさか生きている間に聖剣士の称号を授かる者を見られるとは……そうだ。一つ形から入ってみてはいかがかな?」



 その後、ゼドは更衣室に通され、白いコートを着用した。烈心も白い鞘に納められている。

「エビルフロンティアに行くのなら、どうか彼女もお連れして下さい」

 ゼドが着替えを終えて出てくると、メジアルの隣にウンディーネが立っていた。

「水の精霊ウンディーネ!? いつからライズン教団は精霊を教徒に入れるようになった?」

「教徒ではありません。彼女は己の罪を償う為、進んでここを訪れたのです」

 精霊は基本的に喋らない。特殊な修行を積んだ者のみが、その心の声を聞く事が出来る。メジアルもその修行を積んだ者の一人で、彼女がここに来た経緯を聞いた。

 昔、泉に住んでいたウンディーネは、どこからかやって来た魔科学の研究者に泉を汚染され、望まずして邪精霊となった。紆余曲折を経て杏利達に浄化され、元の精霊に戻れたが、自分の罪を償いたいとシルムヘルトを訪れ、修行に励んでいたのだという。

「そうだったのか……杏利がな……わかった。お前が一緒なら、奴も喜ぶだろう」

 ゼドがそう言うと、ウンディーネは微笑んで会釈した。

「杏利様達と、合流出来るでしょうか?」

 マリーナはロージットに尋ねる。

「出来ますよ。神の思し召しですからね」

 信仰する神から、今が攻め入る時とお告げがあったのだ。必ず合流出来ると信じて、ゼドとロージット達はシルムヘルトを発った。



 ここまでが、今に至る経緯である。

「ふざけやがって……お前らはな!! 余計な事しないで俺の食い物になってりゃいいんだよ!!」

 どこまでも思い通りにならない杏利とゼドを見て、怒りを顕にするウルベロ。だがゼドの表情は、些かも揺るがない。

「鏡を見てみろ。他人を利用しなければ力を得られず、強くなれない……情けない生き様だぞ? まるで寄生虫だ」

「黙りやがれッ!!!」

 ゼドの言葉にますます怒りを募らせたウルベロは、オルトロスで斬り掛かる。ゼドはウルベロの怒涛の剣撃を全て弾き、その胴を烈心で斬った。

「ごあっ!!」

「せっかく手に入れた力もその程度か。ますます情けないな。こんな雑魚に苦しめられていたかと思うと、自分自身に腹が立つ」

「てめぇ……!!」

 己の闇を克服しただけだというのに、凄まじい強さを獲得していたゼド。ソアラへの依存とウルベロへの憎悪が重石となり、ゼドの本当の力を封じていた。これがゼド本来の実力なのだ。

「……ああそうかい。じゃあ望み通り、俺が今まで集めた力を全部使ってやる!」

 今まで散々下に見ていたゼドから、逆に見下された事に激怒したウルベロは、さらに力を高める。多くの復讐者を殺し、杏利とエニマから吸い取った力を解放したウルベロの身体から、どす黒い炎のようなオーラが噴き出した。

「イノーザを殺す前のウォーミングアップだ!! すぐに死ぬんじゃねぇぞ!!」

「ほう……これでようやく面白くなりそうだ」

 パワーアップしたウルベロを見て、ゼドは不敵に笑って烈心を握り直した。

詰め込みすぎたので続きは次回。

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