第七十九話 杏利とヴィガルダ、命を懸けて
前回までのあらすじ
異世界でチートが手に入れば、全てが上手くいくと思った? 甘ったれてんじゃねぇ。
杏利とエニマがパルトーネを発った次の日、ヴィガルダはイノーザの元を訪れた。
「「……」」
どちらも喋らない。重苦しい空気が漂い、互いが互いを見つめている。
「……お前は言ったな。次にこの部屋に来る時は、決心が着いた時だと」
先に沈黙を破ったのは、イノーザだった。ヴィガルダは、まだ口を開かない。
「決心が、着いたんだね?」
「……は」
イノーザにそう問われて、ヴィガルダはようやく言葉を発した。
「……そうか。行くのか」
「イノーザ様。どうか、私めの勝手をお許し下さい」
「いいよ。お前はいつだって、私の為だけに行動してくれた。前の世界でも、その前の世界でも。そして、この世界でも……」
イノーザの言葉を聞きながら、ヴィガルダは今まで生きて記憶した出来事を思い出す。
「当然です。私がイノーザ様の臣下であれば、取るべき道はただ一つ。あなた様の望みを叶える為なら、この命は要りません」
「……すまない」
「何を謝っておられるのですか。これは私にとって、最高に名誉ある事なのですよ?」
ヴィガルダは超魔の中で、最もイノーザへの忠誠心が強い。イノーザの望みの為に戦って死ぬ事を、至上の喜びとしている。
「そうだったな。お前はそういう男だった。ヴィガルダ。私が最も信頼する者よ。私はお前の出撃と、リミットブレイカーの使用を許可する。存分に戦ってこい」
「有り難き幸せ。願わくば、この世界でこそ、あなた様の望みの叶わん事を」
己の主に最後の別れを告げたヴィガルダは、玉座の間から出ていく。イノーザはそれを、悲しげな目をしながら、黙って見送った。
玉座の間のすぐ外では、ウルベロがヴィガルダを待っていた。
「もういいんですかい? 最後の別れにしちゃ、ずいぶんあっさりしすぎてる気がしますが」
「ああ。もしかしたら最後にはならんかもしれんからな」
これからヴィガルダは、杏利とエニマとの最後の決戦に向かう。もちろん全霊を尽くして戦い、勝つつもりでいる。
「ウルベロ。わかっているな? 此度は、俺の戦だ。戦いが終わるまで、一切の手出しをするな。そして俺が負けたら、前以て言った通りにしろ。必ず、だ。今ここで誓え」
「へいへい言われなくても誓いますよ。そこまで野暮な男じゃありませんって」
「……それでいい」
ウルベロに、今回の戦いを絶対に邪魔しないよう誓いを立てさせ、ヴィガルダは決戦の地に赴く。
(こっちとしても準備が終わって、ちょうどいいって思ってたところさ。約束通り、終わるまで絶対に手は出さねぇよ。終わるまで、な)
ウルベロは心の中で邪悪に笑いながら、その後ろをついていった。
一方その頃、杏利とエニマはイノーザを探し、あてのない旅を続けていた。
「しかしなぁ、もう思い当たる場所がないぞ」
「行き詰まっちゃったわね……」
杏利はリベラルタルの地理に詳しくなく、エニマももうそれらしい場所を知らない。二人のイノーザ討伐の旅は、行き詰まりを見せていた。
だがそれもすぐ終わった事を、二人は知る事になる。
二人の目の前に、空から光の柱が落ちてきて、柱の中からヴィガルダとウルベロが現れたのだ。
「ヴィガルダ!? それにウルベロも!?」
「一之瀬杏利。約束通り、貴様と決着をつけに来たぞ」
現れてすぐ、ヴィガルダは自分の目的を杏利に伝えた。
「ちなみに俺は、この戦いの監視役な」
「監視役だと?」
エニマは警戒しながら、ウルベロに尋ねる。ウルベロの残虐性と、今までやってきた事を考えるれば、警戒しない理由がない。
「その通り。お前らがヴィガルダに勝てたら、俺達のアジト、イノーザ様の城の場所を教えてやるよ」
「「!?」」
ずっと二人が探していた場所、イノーザの城。その情報を散々秘匿してきた二人の超魔が、それを教えると言ってきたのだ。
杏利にとってもエニマにとっても、これはまたとないチャンスだ。しかし、本当に教えてくれるのだろうか。罠かもしれない。イノーザの城と偽って、とんでもない危険地帯の場所を教えられるかもしれない。
「その話、本当でしょうね?」
「嘘じゃねぇよ。いいんだよな?」
「ああ」
杏利が確認し、ウルベロもヴィガルダに確認する。どうやらイノーザの城を教えるというのは、ウルベロの反応からしてヴィガルダの指示らしい。
「……わかったわ。戦ってあげる」
これで杏利にも、ヴィガルダにも、互いに退けない理由が出来た。
杏利はエニマを槍に変えて持ち、オーディンアーマーを装着した。ヴィガルダも戦闘形態に変身し、デュランダルを剣モードに変える。
「そうそれ。それと戦りたかったの」
パルトーネの戦いでは、時間稼ぎが目的だった事もあって、ヴィガルダは戦闘形態にならなかった。オーディンアーマーが戦闘形態のヴィガルダにどこまで通じるのか知りたかったが、今回でやっと確認出来る。本当なら、決戦の時までに確かめておきたかったのだが。
「俺もだ。新たなる力を得た貴様の全力を、この身で感じてみたかった!」
言うが早いか、ヴィガルダはデュランダルを掲げて、杏利に斬り掛かる。杏利はエニマを両手で持って掲げ、その一撃を受け止める。
「おっと!」
その瞬間に衝撃波が発生し、危険を感じたウルベロは距離を取って高みの見物を決め込む。
(さぁ全力で潰し合え。ヴィガルダが勝っても一之瀬杏利を厄介払い出来るし、一之瀬杏利が勝ってもヴィガルダが消えてくれる。その上、一之瀬杏利の実力が確認出来る)
ウルベロにとってヴィガルダが厄介な存在である事は言うまでもなく、アヴェンジャーキラーが効かず強力な心想を持つ杏利は、利用出来る駒として扱うのに少々危険だ。
だが今回の戦いで、どちらか片方が確実に消える。本当なら両方に消えて欲しいが、さすがにそんな隙を作ってくれるほど、二人とも馬鹿ではない。
(だが俺達のアジトを教えれば、あの女は間違いなく攻め込んでくる。ヴィガルダに勝てたら、お前に最後の重役をプレゼントしてやるよ)
危険は危険だが、利用出来なくはない。少しでも利用出来るなら、余す事なく利用するのが、ウルベロという男だ。
(まぁ、勝てたらの話だがな)
今はとにかく、二人の戦いを見守る事にした。
ヴィガルダが打ち込み、杏利はそれを受け流して攻撃する。対するヴィガルダは防御が追い付かず、杏利の攻撃を喰らっていた。
どうやら修業を終えてなお、パワーではヴィガルダに利を譲るしかないようだが、スピードでは杏利に軍配が上がるようだ。しかしヴィガルダには、ストレングスがある。戦闘形態となり、より効果と精度を増したその能力で、杏利の攻撃は防がれていた。
(でも、完璧に防がれてるわけじゃなさそうね)
(そのようじゃな)
とはいえ、パワーを強化された杏利の攻撃には、それなりの威力がある。いくらストレングスを使っても、ダメージを完全には無効化出来ないようだ。
「はっ……はっ……!!」
その証拠に、ヴィガルダは息が上がっている。
(このままダメージを蓄積させれば、いける!! ヴィガルダに勝てるわ!!)
(うむ!!)
「はぁっ!!」
顔面を石突で殴り、首を斬り、胴を突き、怒涛の連続攻撃を仕掛ける杏利。
「ビルツジライガ!!!」
「ごぁぁっ!!」
最後は上級光魔法でフィニッシュだ。ヴィガルダは、確実にダメージを受けている。それにまだ杏利は、心想を使っていない。間違いなく勝てる。
「……くくくく……」
杏利が心想を使っていない事は、ヴィガルダも気付いているはず。杏利がまだ全力を出していないという事も、ヴィガルダはわかっているはず。
どう考えても追い詰められているのに、ヴィガルダは笑っていた。
「強くなったな。実に、強くなった。だが、まだイノーザ様に届くかどうかはわからん。これより俺は、貴様がイノーザ様と戦うに値するかどうか、審査を行う」
「審査?」
突然わけのわからない事を言うヴィガルダ。すると、ヴィガルダは注射器を取り出した。
「この注射器の中には、リミットブレイカーという薬が入っている。使用した者の能力を、肉体の限界を超えて強化する薬だ。これを使えば俺は、貴様とも互角以上に渡り合う力を獲得し、そしてほんの二十分程度で命を落とす」
「何ですって!?」
「貴様……命と引き換えにわしらを倒すつもりか!?」
「貴様らが俺に勝てばいいだけの話だ。しかし、まさか貴様らがこれを使わせるほど強くなるとはな……」
ラトーナが死ぬだけでは、リミットブレイカーを使うほどの決意を抱けなかった。ゆえに禁断魔法というさらなる試練を用意し、杏利達がそれを突破したから、ヴィガルダはこれを使う気になったのだ。
「ラトーナの死が無駄だったわけではない。奴の死が、貴様に試練を与えるきっかけとなった。よくやってくれたよ、奴は」
注射器を自分の首に近付けていくヴィガルダ。杏利はそれを、止められなかった。使われたらとんでもない事になってしまうとわかっていたのに、止められなかった。
「俺も命を懸けねばな」
一体どんな目的を持って行動しているかわからない。それでも、ただ己が信頼し、敬愛する主の為だけに、命を捨てようとしているという事はわかる。ヴィガルダの姿の、その気高さと美しさ、気迫に圧倒され、動けなかったのだ。
「ふん!!」
ヴィガルダは注射器の針を、自分の首に突き刺し、中身を押し込んだ。中身が空になると、ヴィガルダは針を抜き、注射器を投げ捨てる。
「お、おおおおお……おおおおおおおおおおおお!!!」
変化は、すぐに現れた。ヴィガルダの全身の皮膚が真っ黒に染まり、さらに黒紫のオーラが吹き出したのだ。
「こうなれば俺も長くはない。早速始めようぞ」
黒く染まったその肌は、強化され硬質化しているようにも、細胞が壊死しているようにも見えた。あるいは、その両方かもしれない。いずれにせよ、ヴィガルダにとっては時間がないのだ。今まで以上に、本気で攻めてくる。
「加減は出来ん。気を付けねば死ぬぞ!」
言った瞬間、ヴィガルダの姿が消えた。
(ヤバい!!)
このまま棒立ちでいると大変な事になる。反射的にそう感じた杏利は、慌てて駆け出す。
だが、少々遅かったようだ。
「っ!!」
左腕に激痛が走り、同時にヴィガルダが姿を現した。次に、左腕に目をやる。
杏利の左腕の、肘から先がなかった。そして行方不明になっていた左腕は、杏利から少し離れたところに落ちていた。
「……あああああああああああああああ!!!」
ヴィガルダに左腕を斬り落とされた。その事実にショックを受け、激痛に左腕を押さえて絶叫する杏利。
「騒ぐな。心想を使いさえすれば、そんなものは怪我の内にも入らんだろうが」
対するヴィガルダは、杏利の重傷を見ても何も感じていない。
「落ち着け杏利!! 心想を使うぞ!!」
杏利の腕からは、血が間欠泉のように噴き出している。このままでは戦うどころの話ではなく、出血で死んでしまう。ヴィガルダの言う事に従うのは癪だが、確かに心想は使うべきだと思ったエニマは、杏利に心想を使うよう言う。
「心想、顕現!! 世界に降り注げ、黄昏の光!!!」
杏利は心想を使う。すると杏利の身体から溢れた黄金の光が、杏利の左腕を持ってきて、ぴったりくっつけた。傷痕も残らず、綺麗さっぱり修復する。
「それでいい。俺は心想を使った貴様と戦いたかった」
ヴィガルダは杏利に重傷を負わせて追い詰め、心想を使わざるを得ない状況を作り出したのだ。時間がないので、一刻も早く杏利を全力にしたかったのである。
「さぁぼやぼやするな!! 次、行くぞ!!」
これで杏利は心想を使い、斬り落とした腕も治した。あては、全力で戦うだけだ。
再び姿を消すヴィガルダ。しかし、今度の杏利は心想で能力を強化している為、ヴィガルダが何をしているかわかった。やっている事は単純明快。とてつもない速度で動いているだけである。リミットブレイカーによって速度を強化されたヴィガルダは、杏利が視認出来ない速度で動いていたのだ。
強化されたのは、スピードだけではない。元々強大だったパワーが、リミットブレイカーとストレングスの併用によって、オーディンアーマーの上から杏利に致命傷を与えられるほど、強化されているのだ。心想の防御力を高め、それを受け止める。
「くっ!!」
「ほう、止めたか。だがな!!」
「あっ!!」
ヴィガルダは無理矢理デュランダルを押し切り、耐えられないとわかった杏利は早々に背後に下がった。
心想を使ってなお、打ち破られかけた。リミットブレイカーによる強化は、杏利の想像を絶している。
「どうした!! 貴様の姿に怯えが見えるぞ!!」
しかし、この強化には代償を伴う。それはヴィガルダ自身が、一番よくわかっている。わかっているから、さらに攻め手を強める。
「あっ!! うっ!! ううっ!!」
斬りつけ、斬りつけ、斬りつける。杏利はヴィガルダの怒涛の攻めに、受ける事しか出来ない。その防御すら、完全ではなかった。いくら光の防御力を上げても、身体を強くしても、ヴィガルダの力は強く、ふらふら、ふらふらと、足元がおぼつかない。
「どうした!! どうした!! どうした!! どうしたどうしたどうどうしたどうしたしたどうしたどうしたどうしたどうしたどうした!! こんなものか貴様の力はァッ!!!」
「ああああっ!!!」
嵐のような攻撃を受けた後、渾身の一撃を受け、杏利は成す術なく吹き飛ばされた。
「貴様それでも勇者か!? この程度でイノーザ様を倒せるなどと、本気で思っておるのか!!? 舐めるなッ!!! 死にたくないなら力を示せ!! その槍を守ると誓ったのだろうが!! 立て!! 立って俺の息の根を止めてみせろ!!!」
気迫を込めて、杏利を挑発するヴィガルダ。杏利はよろめきながらも、どうにか立ち上がる。
(杏利。大丈夫か?)
(……何とかね。今度はこっちから仕掛ける!)
ヴィガルダの攻撃は、強すぎて受けきれない。なら、こちらから攻めるのみだ。
「行くわよ!!」
杏利はエニマの穂先から光線を連射し、ヴィガルダに近付く。ヴィガルダはデュランダルを振り回し、光線を全て弾き飛ばす。こんなものは牽制にしかならない。本命は、杏利の一撃だ。
「はっ!!」
幹竹割りに一撃を叩き込み、ヴィガルダはそれをデュランダルで止める。
止められた。だが、これで終わりではない。
「バニドライグ!!」
「ぬっ!!」
至近距離からバニドライグを放つ杏利。大して効いてはいないが、ダメージを与えるのが目的ではない。隙を作る為だ。ほんの少しでも、力を弱める事が出来れば、
「はぁっ!!」
デュランダルを弾き飛ばせる。杏利の目論見通り、デュランダルはヴィガルダの手を離れ、真上に飛んでいった。
「はっ!! だぁっ!!」
その隙に、ヴィガルダの顔を斬り、殴り、
「だぁりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
全身を目にも止まらぬ速さで突く。
「おおおおおっ!!!」
最後に顔面に刺突を繰り出す杏利。
しかし、その一撃はヴィガルダの右腕に阻まれ、止められた。
「効かんわ馬鹿者が」
右腕の力だけでエニマを跳ね返すヴィガルダ。そこにちょうど、真上に飛んだデュランダルが落ちてきて、掴み取り、振り下ろした。
「くっ!!」
素早く横へかわす杏利。大地は叩き斬られ、クレーターが出来る。あんな一撃、そう何発も受けられない。
「おおお……!!」
力を込めるヴィガルダ。すると、デュランダルが黒く光り始め、
「カラミティークラッシャー!!!」
ヴィガルダはデュランダルを真横に振って、光を飛ばした。
「んああっ!!」
杏利はそれを受け止めようとしたが、防ぎきれず弾き飛ばされ、倒れる。
「弱い!! 弱すぎる!! 俺ごときの全霊程度で、もうこのザマか!! 貴様ごときがイノーザ様を倒そうなど、永遠に早いわ!!」
杏利を罵倒するヴィガルダ。
実際、イノーザはここまでやった彼よりも強いのだろう。ここで倒れているようでは、イノーザを倒すなど絶対に不可能だ。
しかし、やれるだけの事はやった。これ以上は無理だ。
(杏利。お前の光は、断じてこんなものではない)
(エニマ?)
だが、エニマは告げる。杏利の心想が持つ力は、こんな程度で留まったりはしないと。
(心想はその名の通り心の力。使い手の心の在り方次第で、強くも弱くもなる。お前の心の爆発力は、断じてこんなものではない!! 勝つのだ!! 力ではなく、心で!!!)
ひたすら杏利を勇気付けるエニマ。その励ましを聞いて、杏利は目が覚めた。すぐに立ち上がる。
(そうよ。あたしは今、心でヴィガルダに負けている)
ヴィガルダの今までにない気迫に圧され、怯えてしまっていた。ヴィガルダがイノーザに抱いている忠誠心の強さに、押し負けてしまっていた。
(思い出しなさい!! 一之瀬杏利!!)
それは確かに強く、重いものだろう。ヴィガルダが一体どれだけ長い間、イノーザに尽くしてきたのか、想像もつかない。それに比べれば、杏利がこの世界を旅した時間など、微々たるものだ。
「照せ、照せ、照せ。光よ、あまねく天地を照らしゆけ」
だが、杏利がこの旅で育んだエニマとの絆と、勇者に相応しい者の心得。それらが軽いはずがない。
「輝け、輝け、輝け。我が言霊を聞き届けよ」
あれだけの苦難を乗り越えてきたのに、経験不足だと? 覚悟が足りないだと? 弱いだと?
「護りを、祝福を、導きを、力を。愛しき生命の為に、生命が生きる世界の為に、我は黄昏の歌を謳う」
あり得ない。そんな事は絶対に、あり得ない。あり得るはずなど、断じてない。
「聞き届けよ、我が魂の叫びを。刮目せよ、我が魂の極光を」
この旅を通して自分が学んだもの、育んだもの、わかったもの、手に入れたものが、ヴィガルダの忠義に負けるはずがない。
「心想、顕現」
そうだ。負けるはずがない。断じて負けない! その決意と祈りを込めて、詠唱を終えた杏利は、再び己の光の名を唱える。
「世界に降り注げ、黄昏の光(|アルフヘイム・ラグナレク)」
再度の発動によってより強く己の光を認識した杏利により、彼女の光は先程の倍、いや、数十倍に美しく強くなった。
「そうだ。それでいい。倒すべき相手を倒す事に、怯えるな!! 何も恐れる必要はない!! 貴様は貴様がやるべき当然の事を、ただやるだけだ!! そこに恐怖など、混じりはしない!!」
ヴィガルダは今の杏利の姿を、まるで肯定するかのように言う。しかし、ヴィガルダの言う通りだ。今の杏利に必要なものは、やるべき事を必ずやり遂げるという意思の強さのみ。ヴィガルダは、そんな杏利の輝きこそを、何より欲していた。
「これでようやく俺も、悔いなく戦える。さぁ来い!! 一之瀬杏利!! ここからが貴様と俺の、真実の闘争だ!!」
恐怖を捨てた、勇気に溢れる杏利。今の彼女となら、命を代償に戦っても後悔はない。二人の戦いは、今まさに真の始まりを迎えたのだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
突撃する杏利。全力で突きを繰り出す。ヴィガルダは受け止めるが、それは先程とは比較にならないほど強烈な一撃で、大きく吹き飛び着地する。
「そうだ。そうだ!! その調子だ!!」
今度はヴィガルダが仕掛ける。真正面からの一撃。杏利もまたそれを、真正面から受け止めた。
止められた。止めきれなかった攻撃を、杏利は止められた。今の杏利は、ヴィガルダと競う事が出来るほどの力を得ていた。
(力で勝てないなら、心で勝つ!!)
杏利は祖父から、心の力が足りないと言われていた。今こそ、心の弱さを乗り越える時だ。
「おおおおおおっ!!!」
「うおおおおおおおっ!!!」
全力で斬り合う二人。それは間違いなく、正真正銘の殺し合いだ。
(なんつーか、まるでヴィガルダが一之瀬杏利を鍛えてるみてーだな)
しかしウルベロの目には、二人の戦いがそう見えた。
「らぁっ!!」
デュランダルの一撃を止め、ヴィガルダの顔面を殴り付ける杏利。だが、ヴィガルダにはダメージが入らない。
(負けるか!!!)
「うあああああああああああああっ!!!!」
杏利は再度、さらなる気迫を込めて、ヴィガルダの顔面を殴り付ける。今度はダメージが入った。
「かっ……!!」
顔面から血を吹き出し、ヴィガルダが白目を剥く。これを逃さず、今度は石突でヴィガルダの顔面を殴る。ヴィガルダが大きくよろめいた。
「……オーダー……ジェノサイド!!! がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
咆哮を上げ、デュランダルを天高く掲げるヴィガルダ。刀身から、黒い光の刃が伸びる。あれは間違いなく大技だ。リミットブレイカーを使用してから、既にかなりの時間が経っている。限界が来ていると感じたのだろう。
恐らく、ヴィガルダにはもう、この一撃を放てるだけの力しか残っていない。これを凌げば、杏利の勝ちだ。
「そんな勝ち方、絶対にしない!!」
そうだ。杏利はもう、弱虫ではない。強い杏利なら、そんな卑怯者のような勝ち方はしない。真正面から打ち破り、ヴィガルダを倒す。彼もそれを望んでいるはずだ。
「エニマ!! これで決めるわよ!!」
「うむ!!」
ヴィガルダの闇が、杏利とエニマの光が、さらに強まっていく。
そして――、
「ファイナルタイラントクラッシャァァァァァァァァァァァーーッ!!!!!」
「「スーパーガンゴニィィィィィィィルストラァァァァァァァァァァァイクッ!!!!!」」
ヴィガルダはデュランダルを振り下ろし、杏利はエニマを構えて突撃した。
数秒の拮抗の後、勝利したのは杏利だった。デュランダルは折れて砕け散り、エニマの穂先がヴィガルダの心臓を貫いた。デュランダルも、闇も、杏利の光に照らされて、跡形もなく消え去る。
残ったのは、エニマに突き刺さるヴィガルダのみだった。
「……見事だ。それでこそ、我らの希望。やはり、俺の目に狂いはなかった。今度こそ、俺の望みは果たされる……」
全ての力を失い、ヴィガルダは通常形態に戻っていた。その顔は安らかであり、後悔は微塵も感じられない。
「お前は真の勇者だ。勝者として、褒美を受け取るがいい。俺達のアジトの場所と、俺の力だ」
ヴィガルダは、エニマが倒した相手の力を奪う槍だと知っていた。だからこそ、勝者の景品として、己の命ごと明け渡す。いや、託したと言った方が正しいかもしれない。
「いろいろと知りたい事はあるだろうが、それは俺の口から語るべきではない。イノーザ様にお会いしろ。そしてイノーザ様御自身のお口から、全てを聞くがいい」
自分が話すより、イノーザの口から直接聞いた方がいい。何より、もう時間がない。そう思ったヴィガルダは、この場では何も語らず、イノーザに任せる事にした。
「イノーザ様。どうか、私めの不孝をお許し下さい。ですが、私は見出だしました。あなた様の願いは、必ず、彼女が……」
ヴィガルダは、杏利との戦いに敗れ、死ぬ事を詫びながら、塵となって消え去った。
「おめでとう、くそったれの一之瀬杏利」
称賛と悪態を吐きながら、ウルベロが心想を解いた杏利のそばに現れる。
「約束通り、俺達のアジトを教えてやるよ。エビルフロンティアって場所だ。そこに、俺達の城を迷彩結界で隠してある。だがわかってるだろうな? 俺達のアジトに攻め込むって事が何を意味してるか」
もちろんわかっている。ウルベロやイノーザだけでなく、想像を絶する数の造魔兵と超魔を同時に相手にするという事だ。
「そうでなくても、エビルフロンティアはこの世界でも最上級に位置する危険地帯だ。城にたどり着くまで、せいぜい死なねぇ事だな」
そう言ってウルベロは姿を消す。
とうとう杏利達は、イノーザのアジトを突き止めた。
「エニマ。エビルフロンティアってところの場所、知ってる?」
「うむ。道も覚えておるぞ」
エニマも知る決戦の地。長くはないが短くもなかった二人の旅が、いよいよ終わろうとしている。
「行きましょう。エビルフロンティアへ!」




