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レジェンドガール  作者: 井村六郎
第一章 杏利の旅立ち
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第七話 偽りの終焉

前回までのあらすじ


覇者のルビーの正体はモンスターだった。引っ掛かったな!

 まず三人の戦士が、ルビーのように目を赤く光らせながら、斬り掛かってくる。杏利はエニマを両手で持って、三人の同時攻撃を受け止めた。軽い。造魔兵の雪崩れ込みに比べれば、遥かに軽い攻撃である。とはいえ、相手はまだまだいるのだ。ぐずぐずしていると、他の冒険者が襲い掛かってくる。

 杏利は三人の剣を弾き飛ばすと、横に一回転しながら、戦士達を吹き飛ばした。当然、斬ってはいない。

 次は格闘家が四人襲ってくる。拳や蹴りで杏利を叩き潰そうとするも、杏利はエニマを使って防御する事なく、全てかわして一人目の胸板を殴り飛ばし、二人目の腹を振り向きながら蹴り飛ばし、三人目の頭を掴んで四人目に投げ飛ばした。 しかし、直後に魔法使い達が、バニスやスパルクなどで弾幕を張ってくる。まるでタイミングを見計らっていたかのようだ。走ってかわす杏利。

「エニマ!! あいつらを元に戻せる魔法とか使えないの!?」

 杏利は今、状態異常の回復魔法を頭の中に思い浮かべていた。魔法が存在するこの世界なら、様々な状態異常を回復する魔法だってあるはずである。

「無理じゃ。この前倒したエビルスタッフも、状態異常回復魔法は覚えていなかった」

「くっ……」

 どうやらエニマの力で、ジュエルデーモンに操られている人間を元に戻す事は出来ないらしい。

「思ったよりしぶといな……お前達!! 本当に名声が欲しいならもっと真面目にやれ!!」 回避を続ける杏利を倒す為、ジュエルデーモンは再び指示を出した。すると、冒険者達の攻撃が、さらに激しくなる。魔法の威力をさらに上げ、複数同時発動してくる魔法使い達。それに紛れて突撃してくる戦士や格闘家。攻撃の威力も速度も、先程までとは桁外れだ。

 杏利が彼らの攻撃をエニマで防いでいると、戦士の剣が折れた。エニマはこのリベラルタルで最も頑丈な金属を使って造られている為、鋼鉄程度の剣でいくら斬りつけようと、かすり傷も付かない。それでも無理に斬ろうとすれば、当然こうなる。すると、徒手空拳で杏利を攻撃し、かわした杏利の背後の壁を殴った。岩壁が粉砕されるほどの脅威の威力。しかし拳も砕け、腕の骨が折れる。それでも、戦士は攻撃をやめない。他の戦士や格闘家も同じだ。魔法使い達は、なぜか頭から血を流している。

 どうやら彼らはジュエルデーモンの洗脳によって、肉体のリミッターを外され、痛覚も麻痺させられているようだ。限界を超えた力を、無理矢理引き出されている。

 人間は全力を出していると思っても、実はほんの僅かな力しか出していない。本当に全力を出してしまえば、肉体が耐えられないからだ。全力を出すというのは、本来そういう意味である。そんな力で戦っているのだから、素手でも強い。本来なら一撃放つだけでも反動で戦えなくなるのに、関係なく戦うよう命令されているから、武器が壊れ、手足が折れても攻撃をやめない。 魔法使いが頭から血を流しているのも、同じ理由である。魔法を使うのには、魔力だけでなく集中力も必要だ。脳のリミッターを外された状態で集中すれば、魔法の強化や同時発動も可能になる。しかしその代わりに、集中のしすぎで神経や血管が切れる。

(エグすぎでしょ……!!)

 今魔法が、戦士の背中に当たった。もはや敵味方の判別さえ、出来ていない。本当に、杏利を殺す事だけを優先している。この惨状を見て、杏利はジュエルデーモンの危険性を認識した。人間を同士討ちさせ、殺し合わせる事を目的として造り出された悪魔。エニマが全滅させようと考えるわけである。

「ちっ……」

 いくら攻撃を続けるよう命令したところで、動けなくなれば戦えなくなる。肉体が動かせなくなった戦士達を、ジュエルデーモンが僧侶達に命令して回復させる。それを見た杏利は、この状況を打開する作戦を考案した。

(その為には……!!)

 杏利はある存在を捜す。そして、見つけた。

(キリエ!!)

 自分を攻撃してくる魔法使い達の中に、同じように頭から血を流しながら魔法を使うキリエを。

「エニマ!! 魔法防御、出来る!?」

「それなら出来るぞ!!」

「使って!! アタックガードも一緒に!!」

「わかった!! マジックガード!! アタックガード!!」

 杏利がエニマに命じて使わせたのは、マジックガードという魔法だ。この前バルンガとの戦いで使ったアタックガードの、対魔法バージョンである。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 魔法防御と物理防御を増した杏利は、キリエに向かって駆け出した。その際に妨害が来るが、戦士と格闘家を払いのけ、飛んできた魔法を身体で弾き飛ばし、強引に突っ切る。加護で二重の防御力を得た今の杏利なら、こんな芸当も出来るのだ。

(今、キリエが犯されている状態は……)

 走りながら杏利は考える。キリエを含めた冒険者達が、今掛かっている状態異常は何なのかと。

(間違いなく洗脳!)

 そして洗脳状態を、回復魔法以外で解くには……!!

「キリエェェェェ!!!」

 杏利はキリエを抱えて冒険者の集団から離れ、

「歯ぁ食いしばれぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 キリエの胸ぐらを掴んで顔面を殴り飛ばした。

「ぐぅっ!!」

 もちろん手加減している。全力で殴っていれば、キリエの頭は砕け散っていただろう。そんな事は目的ではない。

「……あ、杏利?」

「よかった! 元に戻ったのね!」

 目的は、キリエを正気に戻す事。本当なら専用の魔法を使うのが一番なのだが、使えないなら手荒な方法、ショック療法を使う以外ない。

「わ、私、今まで何を……何が、何が起きてるの!?」

 キリエは今まで自分が何をしていたのか、全く覚えていないようだ。

「話は後よ。あんた、洗脳されたり混乱してる人間を治す魔法って使える?」

 杏利は自分をキリエの盾にし、攻撃してくる冒険者達を見ながら、キリエに尋ねた。そのままキリエは一瞬驚いたが、すぐ冷静になって答える。

「……無理。私が使えるのは、簡単な回復魔法だけ。そこまで強力な回復魔法が使えるのは、僧侶よ」

「……僧侶、か……」

 予想していた事だが、やはりこの状態異常を治せる魔法が使えるのは、僧侶らしい。だから、最初は僧侶を正気に戻そうとしたが、ジュエルデーモンもその対策をしていたようで、僧侶達は後衛に回し、厳重に守らせていたので、近付けなかった。

「そう」

 しかし、だからキリエを正気に戻す道を選んだ。冒険者達を正気に戻す事が、目的ではない。

「じゃあ、こいつらの動きを止める魔法は!?」

「そ、それなら……」

 これも予想通り。魔法使いなら、敵の動きを止める魔法を使えるはずだ。

「上等。こいつらの動きを止めて。ほんの少しでも時間を稼いでくれれば、あたしがカタを付ける」

 ジュエルデーモンによる洗脳を解除する一番有効な方法は、ジュエルデーモンを潰す事だ。奴さえ倒せば、全ては解決する。

「わかった。一瞬でいいから、あの人達を怯ませて!」

「オッケー!」

 杏利は後ろを振り向いて戦士達を吹き飛ばし、エニマを向ける。

「バニス!!」

 使ったのは、火属性の初級魔法。ただし命中はさせずに、地面にぶつけて爆発させる。

「なっ……!」

 これにより、ジュエルデーモンを含めた全員が怯んだ。

「どいて!」

 キリエの声を聞き、杏利がキリエの攻撃範囲から離れる。

「ラチェイン!!」

 キリエが魔法を唱えた瞬間、冒険者達の動きが止まった。斬り掛かってもこないし、殴り掛かってもこないし、魔法を使ってもこない。

 使われた魔法は、一定時間相手の動きを止める、ラチェインという魔法だ。しかし、今回は人数が多い。これだけの人数の動きを止めるのは、キリエも初めてである。

「急いで!! 三十秒も、もつかどうか……!!」

 必死に魔力を込め、魔法の持続時間を伸ばそうとするキリエ。だが、ジュエルデーモンに魔力を使わされた今では、大した魔力を込められない。

「充分!!」

 杏利はジュエルデーモンに斬り掛かった。

「味な真似を……!!」

 ジュエルデーモンは爪を振りかざし、杏利を迎え撃つ。キリエはジュエルデーモンを射程に捉えられなかったようだ。

「はぁっ!」

「ぐっ!」

 刃と爪を交わす二人。ジュエルデーモンは、かつて自分が最も恐れた武器。そしてその武器を使う者、勇者の再来に毒づく。

「忌々しい勇者が!!」

 右手からルビー色の光線を放つが、杏利はそれを弾き飛ばす。

「残念!! あんたもこれで終わりよ!!」

「今こそ滅びよ!! グライズの置き土産!!」

 杏利はジュエルデーモンの胸にエニマを振り下ろす。

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ジュエルデーモンは頭から両断され、絶命した。

「……くっ!」

 そこでちょうどキリエの魔力が尽き、ラチェインを解いて膝を付く。

「……あれ?」

「俺達、一体何を?」

 杏利がジュエルデーモンを倒した事で、操られていた冒険者達が正気に戻ったのだ。

「うわ! 何だそいつ!?」

 冒険者の一人がジュエルデーモンの死体に気付き、声を上げる。他の冒険者達も次々と驚き、杏利は事情を説明した。

「覇者のルビーの正体よ」



 覇者のルビーの正体が、ルビーに化けたモンスターだったという真実は、あっという間にトフナの町中に広まった。冒険者ギルドは、情報の整理とアスベルへの報告とで大忙しだ。

「お礼を言わなきゃ。杏利がいなかったら、私今頃死んでた」

 ギルドからの特別報酬は受け取らないと決めていたキリエと杏利の二人だが、二人の活躍のおかげでたくさんの冒険者を失わずに済んだので、どうしてもと言われてしまった為、二人は結局報酬を受け取った。

「お互い様よ。あたしもキリエがいなかったら危なかったし」

「……それにしても、私ってまだまだ弱いな。あんな技に掛かっちゃうなんて」

 幻惑系の攻撃は、心をしっかりと強く持っていれば掛からない。キリエは強くなったつもりでいたが、不意討ちとはいえあっさり幻惑に掛かってしまった事にショックを受けている。

「修行し直さなくちゃ。というわけで、私また旅に出るね」

「……あたしも、もっと強くなる。またいつか会いましょ!」

「うん! じゃあ元気でね、杏利! エニマ!」

「またの」

 キリエはもっともっと強くなる為に、再び旅に出た。杏利とエニマも、旅を再開する。

「それにしても、あんなやつがいたなんてね」

 杏利も、自身の力不足を感じていた。エニマの加護を以てしても、幻惑の宝光を防ぎ切れなかったからだ。エニマが叱責を飛ばしてくれなければ、杏利もやられていた。

「わしとお前の適合率がもう少し上がって、加護が強くなったら、完全に防げたんじゃがの」

「それもあるけど、七百年前の魔王って、あんな厄介なやつを造ってたのね……」

 現代の魔王も危険だと思っていたが、過去の魔王も危険だった。もしかしたらこれからも、過去の魔王の遺物と対決する時が来るかもしれない。杏利は魔王と呼ばれる存在の危険性を再認識する。

「まだまだ、あたしも未熟って事ね」

 そう言って杏利は、次の場所を目指した。

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