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レジェンドガール  作者: 井村六郎
第五章 光の勇者
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第七十四話 新生、勇者の槍

前回までのあらすじ



杏利は試練をクリアした。

 魔王イノーザの城。

 ここには、とてつもなく巨大な工場がある。この工場でイノーザは、造魔兵を始めとする侵略兵器を研究し、製造しているのだ。

「できた~♪」

 しかし利用しているのは、イノーザだけではない。彼女の直属の配下、ロイヤルサーバンツの面々も、ここに専用の研究室を用意し、自身に必要なものを作っているのだ。

「一之瀬杏利発見器! これがあれば、杏利ちゃんがどこにいるか簡単に見つけられちゃうもんね~♪」

 ラトーナは一刻も早く杏利を始末する為、杏利の生命反応を見つける、腕時計型の装置を造ったのだ。

 彼女もただ悪戯に杏利と戦っていたわけではない。あの試験の時、杏利との再戦に備えて、杏利の生命反応を記録する装置を造っていた。そして戦いの最中にこっそりそれを使い、杏利の生命反応を記録。そしてそれを、この装置にインストールした。

 これで杏利がどこにいようと、簡単に見つけ出し、始末する事が出来る。

「んじゃ、早速杏利ちゃんをぶっ殺しに行っちゃいましょうかね~♪」

 ラトーナは杏利を捜しに行く為、自分の研究室を出た。

「……ん?」

 と、ラトーナは気付く。

「ヴィガルダ?」

 この工場に、ヴィガルダが来ていた。

 いや、それだけなら何も珍しくないのだが、ヴィガルダが向かう先が問題だった。

(この先って確か……)

 ラトーナは胸騒ぎして、こっそりヴィガルダを追いかけた。



 ヴィガルダが訪れたのは、イノーザとロイヤルサーバンツにのみ入る事が許されている、機密区画。

 その一番奥にある金庫の扉に番号を入力し、開く。そしてその中に入っていた、小さな注射器を取り出した。

「ヴィガルダ!! あんた何してるの!?」

 それを見ていたラトーナが、ヴィガルダに声を掛ける。

「……ラトーナ、来ていたか」

「あんたそれ、リミットブレイカーじゃない!!」

 リミットブレイカー。その名の通り、使用した者を、肉体の限界を超えて強化する薬品だ。

「でも、それを使えば私達だって二十分ももたないわ!!」

 しかし限界を超えるパワーアップである為、その力に肉体が耐えられず、短時間で崩壊してしまうのだ。超魔の中でも最強の存在であるロイヤルサーバンツでさえ、例外ではない。

「一体誰と戦うつもりなの? まさか、一之瀬杏利!?」

 ヴィガルダはラトーナの問いに、無言で頷いた。

「確かに強いとは思うけど、それを使ってまで倒さなきゃいけない相手なの!? それじゃまるで、死にに行くみたいじゃない!!」

 杏利は時とともに力を増している。だがそれでも、命を捨てて戦わねばならないほどの相手ではない。

「……実を言うとな、まだ決めあぐねているのだ。これを使うべきか、否か。俺は見極めねばならん」

「見極める? あの勇者を? どうして? 前から思ってたけど、あんたはどうしてそこまであいつにこだわるの?」

 ラトーナにはわからなかった。ヴィガルダが持つ杏利への関心は、明らかに度が過ぎている。

「俺が生きる理由は、イノーザ様の為。あの方の望みを叶える事こそ、我が存在理由。だが、俺にそれは出来ぬ。あの方との長きに渡る触れ合いの中で、よくわかった。しかし一之瀬杏利は、希望になってくれるかもしれん。俺とイノーザ様の希望に……」

「なにわけわかんない事言ってんのよ。イノーザ様の望みって、この世界を支配する事じゃないの?」

 それがイノーザの望みのはず。ヴィガルダにはそれが叶えられず、杏利が叶えられるなど、意味がわからない。

「違う。この世界を支配する事は、イノーザ様の真の望みではない」

「えっ!?」

「お前にはわからんかったか。あれだけイノーザ様を愛していると言っておきながら、お前にはイノーザ様の望みが理解出来なかったのか。まぁ、イノーザ様の口から直接お聞きした俺が言えた事ではないかもしれんがな」

 ラトーナはヴィガルダの言葉を聞いて、不機嫌そうな顔をした。ヴィガルダは遠回しに、自分がイノーザに対して抱いている愛を、表面上のものでしかないと言ったのだ。

「じゃあ何よ!? イノーザ様が本当に願っている事って、一体何なの!?」

 ならば、ヴィガルダは一体イノーザの何を知っているのかと、ラトーナは問い質した。

「……」

 ヴィガルダは黙る。伝えるべきか、伝えざるべきか、考えているのだ。

 だが、これはイノーザの部下であるなら、いつか必ず知る事になる。だからヴィガルダは、意を決してラトーナに伝えた。

「……嘘よ。嘘よ、そんなの!!」

「ラトーナ!! 待て!!」

 案の定ラトーナは動揺し、ヴィガルダが止めるのも聞かず、工場から出ていった。



「イノーザ様!! イノーザ様!!」

 ラトーナはイノーザの玉座を訪れた。ヴィガルダから聞いた、イノーザの真の望みを確かめる為だ。

「どうしたんだいラトーナ? ずいぶんと慌てているようだが」

「イノーザ様、私の質問に、正直に答えて下さい!!」

 イノーザはいつも通り、玉座にいた。ラトーナはヴィガルダから聞いた事を、そのままイノーザに尋ねた。

「……ヴィガルダから聞いたんだね?」

「答えて下さいイノーザ様!! 本当なんですか!? あなたがこんな事を望んでいるなんて……!!」

 ラトーナは再度尋ねる。それに対し、イノーザは答えない。ただ、悲しそうな顔をして、ラトーナを見ているだけだ。

 その沈黙が、イノーザの答え。ラトーナはヴィガルダが言っていた事が、嘘ではないという事を理解した。

「……嫌、い……嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ラトーナは逃げ出した。

「ラトーナ!!」

 イノーザは手を伸ばした。伸ばしたが、引いた。ラトーナが聞いたそれは、イノーザがずっと前から望んできた事だったから。



「そんな……そんな……!!」

 イノーザ自身の口から聞いても、まだラトーナは信じられなかった。自分が誰よりも愛しているイノーザが、そんな事を望んでいるなど。

「……元はと言えば、あいつのせいよ……あいつさえ現れなければ、ヴィガルダがそんな決意をする事もなかった」

 唐突にラトーナの思いは、杏利に向いた。ただしそれは悲しみではなく、怒りだ。

 杏利が、あの勇者がこの世界に現れなければ、ヴィガルダが結論を出す事もなかった。せめて、もう少しその時を延ばせたはずだったのだ。

「……そうだわ。私があいつを殺せば、イノーザ様は……そうよ」

 ラトーナは呟きながら、杏利発見器を手に取った。

「これがあれば、あいつを見つけ出せる。あいつを、殺せる……!!」

 これさえあれば、勇者一之瀬杏利を、殺す事が出来る。

「うふふ……うふふふふふふ……!!」

 ラトーナは笑いながら、椅子から立ち上がった。



「あの~、ビンクスさん?」

 修行を続けていた杏利は、ひとまず中断してビンクスに尋ねた。

「何でしょうか? 今手が離せないのですが」

 ビンクスはラティーとともに、エニマを金槌で打ち続けていた。

「……エニマを打ち直してもらう事をお願いした身で、こんな事を訊くのは筋違いだってわかってますけど、まだ終わらないんですか?」

 実はエニマを打ち直し始めてから、もう十日経過している。当初は一週間の予定だったのだが、三日もずれ込んでいた。

「申し訳ございません。ですが、打ち直せば打ち直すほどに、様々な問題点が目立ってきまして……」

 ビンクスは最初エニマを見た時に問題はないと言っていたが、実際に打ってみるといろいろ納得のいかないところがあったようで、納得いくまで打ち直している。

 まぁ、エニマは七百年もの間、地下の祭壇に放っておかれたのだ。いくら自己修復能力があるといっても、金属そのものにガタがくるのだろう。

「私もまだまだ未熟なもので……ですがご安心を! 必ずエニマを打ち直してみせます!」

 そう言って、ビンクスはエニマを打ち続ける。

「よし、あとはこれを嵌め込めば……」

 と、ビンクスはこの前杏利が取ってきた、グランドストーンを嵌め込んだ。特殊な技術で圧縮し、エニマに嵌められるようにした。グランドストーンを嵌めてから、再び打ち始める。

「……はぁ……」

 どうやら、まだ終わりそうにないと思った杏利は、外に出た。

 エニマの意思が封入されたグランドストーンは、未だに休眠状態のままで、まだ話は出来ない。

 いつから彼女と話せない事が、こんなに苦痛になっていただろうか。知らないうちに、エニマの存在は杏利にとって、とても大きな存在になっていたのだ。

 いくらそう思っても仕方ないので、十日前から借りているブラックオリハルコンの槍を使って、また修行を始める。



 その時だった。



 空から光の柱が降ってきて、ちょうど杏利の目の前に落ちたのだ。



「な、何!?」

 目も眩むような光に、手で顔を覆いながら、何が起きたのかを確認しようとする杏利。

「見つけた……見つけたわ……一之瀬杏利!!」

「ラトーナ!?」

 光が落ちた場所から出てきたのは、ロイヤルサーバンツの一人、ラトーナだった。

「杏利様!! 何事ですか!?」

 驚いたビンクスが、エニマを打ち直す作業をラティーに任せ、様子を見に来た。

「来ちゃだめ!! こいつは魔王の手先の一人よ!!」

「何ですって!?」

 杏利はビンクスを制し、心中焦る。

(ヤバい!! こんなタイミングで、しかもよりによってこいつが仕掛けてくるなんて!!)

 相手はあのラトーナ。いかに心想を身に付け、修行で鍛え直したとはいえ、エニマなしで勝つのは無理だ。

「ビンクスさん!! あたしが足止めするから、その間にエニマを打ち直して下さい!!」

「は、はい!!」

 いつまで足止め出来るかわからないが、エニマが使えない事には話にならない。ビンクスは杏利の指示を受けて、エニマを打ち直す作業に戻った。

「どうしてあたしの居場所がわかったかわからないけど、こっちとしても好都合よ。あんたとの因縁、ここで決着つけてあげるわ!」

 槍を構える杏利。

「一之瀬杏利……殺す……!!」

 対するラトーナは、戦闘形態に変身してオベロンを出した。

(何なのこいつ!? 様子がおかしいわ!!)

 どういうわけか、今回のラトーナはずいぶんと口数が少ない。彼女と交戦した回数は決して多くないが、それでも様子がいつもと違うのは明らかだった。

 よくわからないが、今ラトーナから感じられる感情は、怒り。そして、焦りだ。ラトーナは杏利に対して怒りを向けており、また同時に何かに対して焦っている。それだけは確かだった。

「ずいぶんお怒りね。何か嫌な事でもあった?」

「嫌な事!? そうね。あったわ。すごく嫌な事が!!」

「何をそんなに焦ってるの? ロイヤルサーバンツのくせにいつもより余裕がないわよ」

 杏利はどうにか会話を繋ぎ、戦う時間を引き伸ばそうとする。

「黙れ!! お前が知る必要はない!! お前のせいだ……お前さえ現れなければ、ヴィガルダが結論を急ぐ事もなかった……お前は邪魔なのよ。私とイノーザ様の関係に、お前は邪魔なのよ!!」

「ヴィガルダが? イノーザとの関係? あんた何言ってるの? あたしにわかるように説明しなさいよ!」

「うるさい!! うるさいうるさいうるさいうるさい!! うるさぁぁぁぁぁぁぁい!!!」

 ラトーナが言っている事が、あまりにも支離滅裂だったので、杏利は詳しく説明するよう求めたが、ラトーナは答えず炎を放ってきた。

(ここまでね)

「アクロディア!!」

 どういう事なのか知りたかったが、話を引き伸ばせるのはここまでが限界だと悟り、杏利はアクロディアを放たれる。

 魔障気のすぐそばで修行したおかげで、杏利の魔力はかなり上がっており、ラトーナの炎を容易く鎮火出来た。しかし、ラトーナの能力、マクスウェルは熱量操作。氷も操る事が出来る。ラトーナはアクロディアを凍らせ、オベロンで砕いて無効化した。

「殺してやる……お前さえいなければ……お前さえいなければ!! ああああああああああああああ!!!」

 もはや発狂しているとさえ言えるラトーナは、口から熱線を叫びながら放ってきた。それをどうにかかわす杏利。

「スパレイズ!!」

 杏利はスパレイズを唱え、ラトーナがそれをオベロンで弾く。

「ウイエルガ!! アーガイズ!!」

 風を、土の塊を、放つ。そしてそれを、さっきと同じようにオベロンで弾く。心なしか、ラトーナは今までより戦闘力が上がっている気がする。

「スキルアップ!!」

 魔法が通じないと思った杏利は、能力を強化してラトーナを斬りつけた。だが、ラトーナはオベロンで簡単に防いでしまう。

「この程度。こんな程度の力しかない雑魚が、私とイノーザ様の関係を脅かすなんて……」

 膨れ上がるラトーナの殺気。まずい、急いで離れなければ。

「おこがましいのよォォォォォォォォォ!!!」

 しかし間に合わず、ラトーナは全身から炎を爆発させ、杏利を吹き飛ばした。

「あうっ!」

 ボールのように跳ねながら、地面に叩きつけられる杏利。

 ラトーナには余裕がない。焦っている。だがそれは、今まで以上に本気だという事。その強大な力を全開にし、杏利を圧倒する。

(まずい……こうなったら、心想を使うしか……!!)

 エニマの加護がない為、ラトーナの力を満足に受ける事も出来ない。それなら、今自分が使える全ての力を、使うのみだ。


「心想、顕現!! 世界に降り注げ、黄昏の光!!!」


 杏利は心想を発動し、黄金の光を全身から溢れさせた。

「さっさと終わらせるわよ!!」

 光で自身の能力をさらに強化した杏利は、四方八方を飛び回りながら、ラトーナの全身を斬りつける。

「ぐっ!! 貴様ぁぁぁぁぁ!!!」

 激怒したラトーナは、大量に分身を作り出し、炎と氷を滅茶苦茶に打ち出してきた。

「ちょっと!?」

 光でバリアを張り、攻撃を防いでから、一気に分身を薙ぎ払う。その中に本物のラトーナもいて、ダメージを負わせられた。

「負けない……こんな事で私は、絶対に負けない!!!」

 しかし、ラトーナは何度でも分身を作り出し、より一層激しい攻撃を仕掛けてくる。

「死ねぇっ!!」

 オベロンが炎を纏い、槍に激突した。そしてオベロンの刃先が、光の守りを突破し、槍を破壊したのだ。しかも槍が熱で変形し、その変形が杏利の手元まで侵食してきた為、杏利は慌てて槍を手放した。

 ヴィガルダやウルベロにさえ通じた心想を使って、なお杏利は追い詰められているのだ。信じられなかった。しかし、杏利は思い出す。こいつはイノーザから、直々に力をもらっていたのだと。いつまでも強さが同じなはずはない。

(まずいわね……!!)

 このままでは、杏利が心想を使える限界時間が来てしまう。

(まだなの!? エニマ!!)

 いや、ラトーナが口から吐いた炎を受け、心想が解けてしまった。いつもならこんな簡単に心想が解除される事はないのだが、ラトーナが間違いなく今までで最強と言えるパワーアップをしていた事と、状況がうまく飲み込めていない事、そしてラトーナの鬼気迫る姿に圧倒され、杏利の気迫が呑まれてしまっていたなど、様々な条件が重なり、効果時間が短くなっていたのだ。


 杏利が負けると思ったその時、


「杏利!!」


 そこへ、一本の槍が飛んできて、ラトーナを弾き飛ばした。杏利は槍を掴み取る。


「エニマ!!」


 その槍は、エニマだった。一つしかなかったグランドストーンが石突近くに増設されており、重量感も増している。

「遅くなってすまなかったな。時間が掛かったが、パワーアップ完了じゃ!!」

 ずいぶん遅くなってしまったが、エニマの打ち直しは、今ようやく終わったのだ。

「さて、反撃を始めるとするか! 杏利! わしの新しい力を見せてやる!」

 エニマがそう言った瞬間、二つのグランドストーンから光が飛び出し、その光を浴びた杏利は、ライダースーツのような黒くて薄い鎧と兜を纏った。

「名付けて、オーディンアーマーじゃ!」

「すごい! まるでアデルみたいだわ!」

「アデル?」

「あたしの世界でやってた、メタルデビルズって番組に出てくる、変身した後のヒーローの名前」

 見た目が変わったのはもちろん、全身に今まで以上の力がみなぎってくる。杏利は自分の世界で放送していた、変身ヒーローのような気分を味わっていた。

「どんな姿になろうと、無駄よ!!」

 感動するのは後回しだ。今は、ラトーナを倒さなければならない。ラトーナは空中に氷の剣を無数に生み出し、超高速で射出してきた。

「そんな事ないわ! エニマがいるなら、あたしは無敵なんだもん!」

 杏利はエニマを目の前で回転させ、氷の剣を全て叩き落とす。

「なっ!?」

 驚くラトーナ。今の氷剣は牽制などではなく、必殺のつもりで放った。ブラックオリハルコンの槍だろうと、粉々にしてしまえるだけの威力があった。それなのに、エニマには傷一つ付いていない。

「杏利! このままわしで突け!」

「わかった!」

 杏利は言われた通り、この場所からエニマでラトーナを突いた。すると、エニマの穂先から黄金の光線が放たれ、全く予測出来なかった攻撃をされたラトーナは吹き飛んだ。

「すごい……」

「簡易的な遠距離攻撃なら、魔法を使わずとも出来るようになったのじゃ!」

 これなら、戦略の幅が広がる。しかし、エニマのパワーアップは、それだけではなかった。

「さあ、杏利!」

 エニマに促され、杏利は突っ込む。

「ちぃっ!」

 ラトーナは転がりながら起き上がり、突っ込んできた杏利の顔面目掛けて、オベロンで突いた。しかし、間違いなく鼻の頭に突き刺したと思ったのに、杏利の姿がない。

「このっ!」

 杏利はラトーナの攻撃をかわし、背後に回り込んでいた。ラトーナは振り向きながらオベロンを振るい、杏利を斬ろうとする。

 だが杏利は、オベロンの刃を弾く。弾く。また弾く。

「はっ!」

「がはっ!」

 杏利は一瞬の隙を突いて、石突でラトーナの顔を殴り、みぞおちに蹴りを入れた。

「……くぅあっ!」

 それでもラトーナは、杏利を斬ろうとする。杏利はオベロンの刃を、腕で防いだ。防いだ瞬間に、その腕でオベロンを弾き、ラトーナの顔面を殴り付けた。

「すごい……」

 杏利の腕を覆う鎧は、とても薄い。それなのに、全く傷付いていなかった。パワーもスピードも、今までのエニマの加護とは段違いだ。

「はあ……はあ……!!」

 たった数合の激突だというのに、ラトーナはもう息が上がっている。それだけ、パワーアップしたエニマの加護を受けた杏利の力が、強大になったという事だ。

「……もうここまでだ!! お前を塵一つ残らず、この世から消し去ってやる!!」

 もはやラトーナにも後がない。杏利を確実に仕留める為、大量の分身を展開し、杏利を包囲した。

「杏利!! 心想を使え!!」

「えっ!? でも……!!」

 心想は先程、使用限界時間がきたばかりである。

「いいからやれ!! 絶対に大丈夫じゃ!!」

 しかし、エニマは構わず使えと言う。

「……心想、顕現!! 世界に降り注げ、黄昏の光!!!」

 杏利はそれに従い、心想を発動した。発動出来た。

 心想は、一日に一回しか発動出来ないわけではない。何度でも使える。しかし、体力を使い果たした結果による心想の強制解除に陥った場合、ある程度の回復が必要になる。

 今の杏利は、まだそこまで回復出来ていない。それなのに、発動が出来た。

「心想の補助も出来るようになったんじゃ!」

 高い同調率を獲得していたのもあり、エニマは心想の補助が出来るようになっていたのだ。これで、杏利の負担は大幅に軽減され、また心想自体もより強力になる。

「マクスウェルボンバー!!!」

 しかし、それで怯むラトーナではない。今自分が出せる全ての力を出しきり、全方向からのマクスウェルボンバーを放った。

「エニマ!! これで決着、つけるわよ!!」

「うむ!!」

 どれほどの攻撃をしてこようと関係ない。今の自分達なら、例えイノーザが相手だろうと、負ける気がしなかった。

「「はあああああああああああああああああああ!!!」」

 杏利とエニマは光を解放し、炎を、氷を、分身を、全て消滅させる。

「うっ!!」

 今までよりずっと強力な光だ。これをまともに受けたら、いくら自分でも消されてしまう。そう思ったオリジナルのラトーナが、光の攻撃範囲から逃れる。


 だが、杏利とエニマはそれを見逃さなかった。


「「スーパーガンゴニィィィィィルストラァァァァァァァァァァァァイク!!!!」」


 逃げようとするラトーナへと、スーパーガンゴニールストライクを放つ。その驚くべき速さに避けられず、迎撃も間に合わず、ラトーナは自分の腹に、スーパーガンゴニールストライクを喰らった。

「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!」

 けたたましい悲鳴を上げるラトーナ。杏利はラトーナの腹からエニマを引き抜き、着地した。

「イノーザ様!! イノーザ様!! 助けて!! イノーザ様ぁぁぁぁ!!!」

 ラトーナは地面に落ち、腹を押さえて、イノーザに助けを求めながらのたうち回る。

 だが、今度はイノーザは現れなかった。

「イノーザ様……イノーザ様……」

 ラトーナのイノーザを求める声が、段々小さくなっていく。無駄だと思い始めたからだ。

「……そんなに、大切なんですね? 私の命より、自分の目的の方が……」

 答える者はいない。自分を愛してくれた主は、助けに来てくれない。声すらよこさない。それは、自分より大切だから。

「……わかりました。でも私は、これだけは譲れないんです。あなたが私を選んでくれないなら、私は生きたくない」

 ラトーナは呟きながら、立ち上がる。そしてラトーナの身体が、赤く発光を始めた。

「これ、まさか……!!」

「まずいぞ!!」

 杏利とエニマはラトーナの意図を察し、再び光を解放する。

「イノーザ様。私は、イノーザ様の道具失格です」

 そうしている間にも、ラトーナの光は強まっていく。

「でも、失格で構いません。私は、私、は……」


 そして、光は極限まで強まり、


「あなたを誰よりもお慕いしています」


 ラトーナは満面の笑みを浮かべて、爆発した。




「……あ、あぶな……」

「まさか自爆するとはな……」

 ラトーナは熱を操る能力で、自分自身の体内の熱を極限まで増幅し、自爆したのだ。その威力たるや、原爆すら上回る。

 だが杏利達がラトーナの意図に気付き、防御力を最大に高めた光でラトーナを包んだ為、周囲への被害は一切出なかった。もし杏利以外が戦っていれば、間違いなくこの辺り一帯は吹き飛んでいたろうが。

「とはいえ、わしらの勝利じゃ! ロイヤルサーバンツの一角も潰したし、万々歳じゃな!」

「そうね」

 杏利は心想を解き、エニマも鎧を解除し、人化する。

「あれ? あんた、大きくなってない?」

 エニマは小学生ぐらいの人間にしか変身出来ないはずだったが、今のエニマは高校生くらいまで成長していた。

「奪った能力を強化出来るようになったんじゃ! とはいえ、元の能力が粗悪じゃったから、強化してもこれが限界じゃがな」

 しかし、それでもすごいパワーアップだ。本当に、エニマはあらゆる点で強化された。

「「杏利様!」」

 そこへ、ビンクスとラティーが来る。エニマに戦いが終わるまで隠れているよう言われたのだが、戦いが終わったので出てきたのだ。

「お見事です!」

「魔王の直属の部下を、倒したのですね!」

 二人は喜んでいる。ロイヤルサーバンツという最強の幹部の一人を倒したのだから、当然だ。

 しかし、杏利はあまり喜んでいない。ラトーナが言っていた事が、どうにも気掛かりだったからだ。

(一体どういう事なの?)



「イノーザ様。ラトーナ様の生命反応が消滅しました。かなりの熱源を同時に検知したので、自爆されたものと思われます」

「ご苦労。下がれ」

「は」

 イノーザは部下から、ラトーナが戦死した報告を聞き、部下を下がらせた。

「……ラトーナ……!!」

 誰もいなくなってから、イノーザは、涙を流して泣き崩れる。

「ラトーナ……ごめん……ごめんよ……!!」

 嗚咽を漏らしながら、死んだラトーナに謝り続けるイノーザ。

「譲れないんだ……これだけは、どうしても……!!」

 本当はラトーナを助けに行きたかった。だが、行けなかった。杏利が自分の真の目的を果たす、希望になってくれるかもしれなかったから。

「ラトーナ……ラトーナ……ごめんよ……ごめん……ごめんよ……!!」

 イノーザはしばらくの間、泣き続けていた。

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