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レジェンドガール  作者: 井村六郎
第五章 光の勇者
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第七十三話 霧深き山の魔仙人 後編

前回までのあらすじ



かませとか言わない。

「……無事に戻ってこれるかしら?」

 ラティーはミストマウンテンを見上げながら、杏利な戻ってこれるかどうか心配していた。

「大丈夫さ。あのエニマを使いこなせる勇者様だぞ?」

 ビンクスはそのそばにいて、ラティーを元気付ける。

 エニマは、ここにいない。彼女は今、釜の中にいた。

 凝縮の釜。武器を頑丈にしたり、欠損した部分を修復する為に使う、魔法の釜だ。

 エニマはラティーの力で休眠状態にされ、グランドストーンを外されて、槍の部分を大量のブラックオリハルコンとともに、釜の中に溶かされていた。

 この釜の中に入れていれば、槍の部分は大量のブラックオリハルコンを凝縮された、非常に強固な武器として排出される。そこに、エニマの意志が封入されているグランドストーンと、もう一つのグランドストーンを埋め込むのだ。

「どのみち戦えない俺達には、信じて待つ事しか出来ない」

 魔仙人達は長い時を生きてきたからか、頭が固い。こちらが鍛冶目的で使うと言っても、グランドストーンをくれなかった。

 こうなると、杏利が力を認めてもらう以外、グランドストーンを手に入れる方法はないのだ。



 コロシアムを模した空間、無の異界で睨み合う杏利とゴラベルグ。

 戦うとは言ったが、杏利はまだ仕掛けていない。理由は、相手が無属性魔法の使い手だからだ。

 通常の属性魔法なら、どんな攻撃をしてくるか予想が出来るので、対処がしやすい。例えば火属性なら炎を出して燃やす、水属性なら水流を撃ち出して押し流すなどだ。

 ところが無属性は、どの属性にも属さない、言ってみれば決まった形を持たない魔法。色も、形も、常に変わる。だからゴラベルグが、どんな魔法を使ってくるかわからないのだ。型というものがなく、弱点もない魔法など、どう攻めればいいかわからない。

(いや、弱点ならある)

 弱点があるとすれば、それは同じ無属性の魔法だろう。魔法を封じる魔法、反射する魔法、魔力そのものを奪う魔法など、いろいろある。

 杏利は先程、魔法反射魔法リフレックを唱えた。リフレックは効果が持続するタイプの魔法ではないが、いざとなればこれを使って跳ね返せばいい。

(それなのに、何なのこの胸騒ぎは?)

 飛び込んではいけない気がする。迂闊に仕掛けてはいけない気がする。

(……悩んでいても仕方ないわ)

 杏利はまだ、センスアップの効果を残している。スピードなら、まだ自分の方が上のはず。ムオルとの戦いでかなり魔力を消耗したし、これ以上疲弊しないうちに勝つ。勝って次の試練に挑む。

「っシッ!!」

 口から鋭く息を吐き、杏利はゴラベルグに突撃する。風をも超え、音をも置き去りにして、ゴラベルグの急所を穿たんとする杏利。

 だが杏利の一撃が心臓を貫く前に、ゴラベルグが行動を起こした。

「ディリーテス!!」

 ゴラベルグの片手から波動が飛び、センスアップが解除された。

 そうだ。無属性魔法を極めているなら、補助魔法を解除するディリーテスが使えるのは、当然の事である。杏利らしくないミスだった。

 一瞬の後悔。それによって訪れる、一瞬の動作の鈍り。その一瞬さえあれば、ゴラベルグには充分だった。

「ふん!!」

 ゴラベルグは素早く踏み込み、杏利のみぞおちに掌底を打ち込んだ。

「がはっ!!」

 吹き飛んで仰向けに倒れる杏利。ゴラベルグは魔法の使い手には似合わない筋骨隆々の男であり、その外見に違わぬ剛力の一撃に、杏利は腹の中の物を全て吐きそうになったが、吐き出したのは空気だけに留まった。

 功を焦った。もっと慎重に攻めれば、あんな馬鹿みたいな一撃をもらう事はなかった。さすがに最後から二番目の魔仙人だけあって、一筋縄ではいかない相手である。もっともっと考えて、慎重に立ち回らなければならない。そもそも魔法を扱う技量については、最初から負けているのだから。

「どうした? 今までの試練を突破出来たお前なら、この程度の一撃などいなせると思っていたのだが、早く試練を突破しようと焦ったか?」

「……あんまり調子に乗るんじゃねぇぞ……一撃当てた程度の事で、勝った気になりやがって……!!」

 ゆっくりと起き上がり、まるで悪役のような口調で凄む杏利。だが相手は、齢と経験を重ねた魔仙人。この程度で怯みはしない。

 作戦を立て直す。まず、ゴラベルグの戦い方から見切らなければならない。

 杏利もよく使っているのでわかるのだが、無属性魔法の大半は、補助魔法だ。だから無属性魔法しか使えない場合、自身を強化、もしくは相手を弱体化させ、物理攻撃で殴り勝つ、という戦い方を取らざるをえなくなる。

 こちらには武器もあるし、肉弾戦なら負けない自信があった。魔法も強力な上級攻撃魔法が揃っているし、ゴラベルグほどのレパートリーは多分ないだろうが無属性魔法も使える。

(それなのに、不安が拭えないのは何でかしらね)

 無属性魔法しか使えないゴラベルグに比べて、明らかに杏利の方が有利なはず。それなのに、負けるかもしれないという不安を消し去る事が出来なかった。

(っていうか、攻撃魔法が使えても無意味じゃない。多分あいつは、リフレックが使えるんたから)

 リフレック。相手の魔法を跳ね返す、無属性魔法。杏利が使えるなら、ゴラベルグも当然使えるだろう。この時点でゴラベルグ相手に、魔法を使って戦うという選択肢は消えた。

(となると、やっぱり肉弾戦!)

 それしかない。杏利は魔法戦よりも、肉弾戦の方が得意なのだ。ならば無理に魔法を使うより、肉弾戦を仕掛けた方がいい。今度は油断しないように、ゴラベルグの一挙手一投足に気を付けて。

「来んのか? ならばこちらから行くぞ!」

「!!」

 先にゴラベルグが動いた。強化魔法でも使っているのではないかという速度で杏利に接近し、拳を、蹴りを放つ。

「魔法使いのわりには、肉弾戦に頼るのね!」

 杏利はそれをかわし、カウンターで槍の柄をゴラベルグの頭に叩きつけた。だが、杏利の攻撃が届く直前で、ゴラベルグが自身の太い腕を挟み、防ぐ。

 まるでトラックのタイヤのゴムを殴っているような感覚に槍を弾かれかけたが、杏利はその反動に身を任せる事で、後退した。

「我は無属性魔法を極めると同時に、肉体と武術を鍛え上げた。無属性魔法は武術と組み合わせる事で、より大きな効果を発揮するのだ!」

 そう言いながら、ゴラベルグは右腕で殴りかかってきた。確かに、下手に魔法を使うよりも、補助魔法で能力を上げて殴った方が効率がいい時もある。

「なるほど。でもね、武術にかけてはあたしも自信があるの!」

 杏利はまず、槍の穂先でゴラベルグの拳を跳ね上げる。すぐにもう片方の腕で殴ってきたが、不安定な姿勢で殴ってきた為威力が弱い。杏利は跳ね上げた反動を利用して槍を持ち替え、柄でゴラベルグの左腕を弾き、石突でゴラベルグの胸を突く。

「さっきのお返しよ。スキルアップ!!」

 動きが鈍った隙を突いてスキルアップで能力を上げた杏利は、ゴラベルグのみぞおちを殴り付けた。

「ごはぁっ!!」

 ゴラベルグはさっきの杏利と同じように、口から大きく息を吐き出して吹き飛ぶ。だが、倒れはしなかった。

「くくく……やるではないか。だがな、貴様は無属性魔法の真の恐ろしさを知らん。それを今から教えてやろう!」

 不敵に笑いながら、ゴラベルグは片手を杏利に向ける。

「受けるがいい! これが我のオリジナル魔法!」

 その片手に、魔力が集中していく。

(どんな魔法を使ってこようと、跳ね返す!)

 しかし、魔法であるなら跳ね返せる。杏利はゴラベルグの魔法を見逃さないようにしながら、リフレックを発動する準備をした。


 そして、


「イリグケミスト!!!」


 ゴラベルグの手から、七色に輝く魔力弾が発射される。どんな効果がある魔法かは知らないが、跳ね返してしまえばいい。

「リフレック!!」

 杏利はリフレックを唱える。彼女の前に、あらゆる魔法を反射する、魔力の膜が発生した。

「リフレック!!」

 だがなんと、ゴラベルグもリフレックを唱えた。杏利のリフレックの手前に魔力の膜が発生し、イリグケミストを反射する。

 驚くのはここからだった。反射した先に、また別の魔力の膜が展開されていたのだ。その魔力の膜にイリグケミストが命中し、また反射される。その先にも魔力の膜があり、反射。それを何回か繰り返したあと、イリグケミストの魔力は、杏利のリフレックが展開されていない右側から奇襲をかけ、驚いて反応が遅れていた杏利に命中した。

「がっ!?」

「我は無属性魔法を極めし者。魔法を極めれば、一度の発動で複数同じ魔法を発動出来るようになる」

 そうだ。そうだった。さっきも自分がやったばかりだったのに、完全に忘れていた。

 ゴラベルグは、杏利がリフレックを使って自分の魔法を跳ね返してくる事を、予想していたのだ。だから弾かせる前にこちらから弾き、予想外の方向から魔法を命中させる。さすがは、魔仙人と呼ばれる者といったところか。

「そして我がイリグケミストは、対象に複数の状態異常を発生させる」

 自分が使った魔法について、悠長に説明するゴラベルグ。そんな彼の目の前で、杏利は地面に崩れ落ちた。

「もう聞こえておらんかもしれんがな」

 ゲームなどによく登場する状態異常という概念は、この世界にもある。そしてこの世界における状態異常とは、魔法や能力などによって生じる、肉体や精神の不調だ。

 例えば、少しずつ体力を奪い、やがて死に至らせる毒状態。

 例えば、一時的に視覚や聴覚を失い、周囲で何が起きているかわからなくなる知覚不全状態。

 例えば、魔法的な力で無理矢理精神をかき乱され、正しい判断が出来なくなる混乱状態。

 その他様々な状態異常が、一度に杏利を苦しめていた。

「本来なら魔法封印状態も付加したかったところだが、そこまでやると攻略不可能になる。だからそれだけは外しておいてやった」

 ゴラベルグは状態異常回復魔法を使えば助かると、杏利に教える。だが知覚不全状態まで併発している杏利には、当然聞こえない。自分で気付くしかないのだ。

「一分待ってやろう」

 こうなってしまえば、あとはもう虫を捻るのと同じ事。このまま頭を叩き潰すのは、簡単な事だ。

 しかしそれでは試練の意味がない。ただの殺し合いだ。そこでゴラベルグは、一分の時間を与える事にした。一分以内にイリグケミストを解く事が出来れば、それで良し。出来なければ、このまま殺すのみ。

(しまった! しまった!)

 一方杏利は、判断を誤った事を焦っていた。

 完全にゴラベルグを舐めていた。相手を弱体化させる魔法なら、跳ね返して逆に弱体化させてやろうと思っていた。だが、その判断は誤りだった。バッドプロテークで、弱体化を無効化すればよかったのだ。

(どうしよう!? どうしよう!?)

 普段の彼女なら、すぐ回復魔法で治せばいいと気付ける。しかし今の彼女は混乱状態と、あらゆる全てが恐ろしくなる恐慌状態に陥っており、正常な判断が出来ない。毒で少しずつ苦しくなっていくので、それがさらに彼女を焦らせる。

(あたし、死ぬの?)

 少し落ち着けば助かるのに、それが出来ない。時が経てば経つほど杏利は苦しみ、頭の中は乱されていく。

(嫌……嫌……死にたくない……誰か助けて……)

 目からは涙がこぼれ、既に立ち上がる力もない。毒による体力の減少は微々たるものだが、杏利にとっては一秒ごとに生命力がごっそり奪われていくような、そんな感覚を与える。

 それは錯覚でしかない。だが杏利は、それが錯覚だと気付く事が出来ないのだ。

(死……)

 死への恐怖に、杏利は今まさに屈しようとしていた。



(……杏利!?)

 休眠状態にあったはずのエニマが、突如目覚める。杏利と高い同調率を得ていたエニマは、自分が使われていない時でも、杏利の身に危機が迫っている事に気付いたのだ。

(杏利!!)

 エニマは心の中で、強く杏利に呼び掛けた。



(杏利!! 落ち着け!!)

 錯乱する杏利の頭の中に、エニマの声が聞こえてきた。

(この程度の事で取り乱してどうする!? わしがいなければ戦えんか!?)

 エニマは杏利を叱咤する。

(自分一人の力で勝ってみせると、そう言ったではないか!! わしに頼りっぱなしの戦い方ではいかんと!! ならばわしに頼らず勝利をもぎ取ってみせろ!! わしが知っている一之瀬杏利という勇者は、そういう女じゃ!!)

「!!」

 自分が最も慕う存在であるエニマから叱咤を受けた事で、杏利の中の混乱と恐慌が解けた。今なら自分がどうすればいいか、はっきりわかる。

「オールキュアー!!」

 杏利は全ての状態異常を一度に回復する魔法を使い、イリグケミストを破った。

「ほう、我がイリグケミストを破ったか」

 今まさに拳を振り下ろそうとしていたゴラベルグは、その手を止め、一度下がった。

「……声が聞こえたの」

「?」

 突然そんな事を言われても、ゴラベルグには何の事かさっぱりわからない。

「この試練を一人で勝ち抜いて戻ってくるって、誰にも頼らないって約束したのに、結局頼っちゃった。あたしってこんなに弱かったのね」

 しかし、杏利はそんな事に関係なく、話を続ける。

「でも、もう頼らない。今度こそあたしは、あたし自身の力で、この試練を乗り越える!!」

(そうじゃ。それでいい)

 杏利が決意すると、それっきりエニマの声が聞こえなくなった。

「……詳細を訊くなどという野暮な真似はせん。我はただ、力を以て語るのみ」

「今度は同じ手は喰わないわ!! バッドプロテーク!!」

 跳ね返す事はしない。無効化する。杏利はバッドプロテークを唱え、イリグケミストを喰らわないようにした。

「面白い。ならば我が全霊を見せるまで!! スキルアップ!!」

 杏利の弱体化が不可能だと判断したゴラベルグは、弱らせられないならと自身を強化した。遂にゴラベルグが、本気の戦いを見せる。

「上等!!」

 杏利は槍を構えて突撃した。

 気合いを入れ直した杏利の力は圧倒的で、ゴラベルグの攻撃を全て受け流し、反撃の一撃を叩き込む。ゴラベルグもスキルアップで防御力を強化していたので、倒す事は出来なかったが、杏利は一撃も喰らわず、ゴラベルグは喰らい続けているので、ダメージは確実に蓄積していた。

「くくく、素晴らしいぞ!! ならば我が全力の一撃、受けてみるが良い!!」

 右拳に魔力を集中させるゴラベルグ。ゼドがいつもやっているのと同じ、魔力を流す事による肉体強化だ。

 ただし今回は、強化魔法の魔力を集めている。ゼドのそれとは比較にならない一撃を、放つ事が出来るのだ。

「砕け散れぃっ!!」

 駆け出すゴラベルグ。まともに受ければ、間違いなく木っ端微塵になる。

 しかし、彼の魔力集中は、全身の魔力を一点に集めるもの。従って、それ以外の場所が手薄になる。

 杏利は拳をかわして、胸を斬りつけた。

「……がはっ!」

 ゴラベルグは吐血し、胸を押さえてうずくまる。勝負ありだ。

「……見事。よくぞ、我が拳を見切った。そなたを、我らが長に挑む資格ありと認めよう。しかし、気を付ける事だ。長の力は、我々七魔仙人の中でも別格! 今までの試練と同じと思って挑めば、死ぬぞ……」

 ゴラベルグは杏利の力を認め、また忠告しながら、透明になって消えた。



 元の世界に戻ってきた杏利は、岩を見上げる。今ここにいるのは、七魔仙人の最後の一人。

「……はっきり言わせてもらうが、予想外だった。これほど早く、再び余の相手が務まる者が現れるとはな」

 最後の魔仙人は語る。才なき者は氷の試練で脱落し、才があっても嵐の試練で脱落する。それを越えた者がいたとしても、無の試練を突破出来ずに終わる。最後の試練を受けられる者が現れるのは、本当にごくわずかだ。

「早く? もしかして、あたしより先にここまで来れた人がいたの?」

「心想を使いこなす魔法剣士だった。グランドストーン目的ではなく、我々と戦う事が目的だったようだから、終わったらすぐ帰ってしまったがな」

 その魔法剣士が誰か、杏利はすぐわかった。ゼドだ。ゼドもまた、修行の為にこの山に来ていたのだ。そして、最後の試練を突破したらしい。

 自分も彼と同じ領域に来ているとわかり、思わず少し笑ってしまった。

「知り合いだったかな? だが、手を抜くわけにはいかんぞ」

「必要ないわ。それじゃ意味ないもの」

「その意気だ」

 魔仙人は杏利に片手をかざす。すると、杏利のダメージと魔力が回復した。

「とはいえ、手負いの身では余に勝つなど不可能だ。これくらいの事はしてやろう」

 自力で回復するつもりだったが、手間が省けた。気前がいいようだ。余裕の表れかもしれないが。

「さて、では始めようか。そうだ、その前にそなたの名を教えてはもらえんかな?」

 名前。そういえば、杏利はまだ自分の名前を名乗っていなかった。杏利は高らかに己の名を名乗る。

「あたしは、一之瀬杏利! 異世界からやってきた、槍の勇者よ!」

「余は混世のレギド!光と闇の試練、いざ参る!!」

 魔仙人はレギドと名乗り、岩の上に座ったまま手を叩いた。



 レギドに引きずり込まれた異界は、今までと全く違う赴きの世界だった。

 空は真っ白な光に照らされ、反対に地面は真っ黒な闇に埋め尽くされている。空が照らしているのに、地面は黒いまま。上が光で、下が闇。そんな光景が、どこまでも広がっている世界。

 光と闇の異界。それ以外に名前の付けようがない世界だった。

 レギドはその異界の空中に浮かんでいる。

「試練の形式は今までと同じだ。全力で余と戦い、そして打ち倒せ。簡単だろう?」

 どうすれば認めてもらえるかは、今までと何も変わらない。だが、相手は七魔仙人最強の男、混世のレギド。簡単に勝てるはずがない。

「そうね。じゃあ早速で悪いんだけど、バニドライグ!! スパレイズ!!」

 杏利は槍を真上に放り投げ、レギドに向けて両手からバニドライグとスパレイズを同時に放った。レギドがどんな戦い方をしてくるかわからないので、様子見の為に唱えたのだ。

 はっきり言って過剰としか思えない火力の攻撃だが、杏利は直後に過剰でも何でもない事を知る事になった。

「ビルツジライガ!!」

 レギドは杏利に向けて、ビルツジライガを唱える。その威力は、二発の上級魔法の威力を遥かに上回っており、バニドライグとスパレイズをかき消して、杏利に殺到した。

「リフレック!!」

 なら跳ね返す。杏利はリフレックを唱え、特大の反射膜を作った。

 だが、レギドのビルツジライガは、なんと反射膜を破壊してきたのだ。

「うそでしょ!?」

 予想以上のレギドの力に、杏利は素早く後退してビルツジライガをかわした。

「やっぱり魔法勝負じゃ勝てないか……」

 レギドの魔力が強力すぎて、反射魔法でも跳ね返せない。力比べでも負ける。さすが、最強の魔仙人だ。

「ほれ、忘れ物だ」

 レギドの手の中に、今杏利が放り投げた槍があった。レギドはそれに闇の魔力を纏わせて、投げ返す。

「!!」

 杏利は再び後退した。そして槍が地面に刺さった瞬間に、大爆発が起きた。

 爆心地は相変わらず黒いままで、クレーターも出来ていない。だが、槍だけは完全にひしゃげてしまっており、使い物にならなくなっていた。

「槍がなくなってしまっては、ただの勇者だな」

「なんて事してくれんのよ!! あの槍、借り物だったのに!!」

 直接攻撃の手段を奪われて焦るかと思いきや、杏利は全く別の事に憤っている。

 あの槍はブラックオリハルコンで造られていると聞いた。エニマと同じ素材だ。リベラルタルで一番頑丈な金属である。どれほどの価値があるか、いくら払えば弁償出来るか、全くわからなかった。

 いや、そんな事を気にしている場合ではないのだが。

「はっはっはっは! そんな文句を言ってくる挑戦者は初めて見たわ! だがな、今は無事にこの異界から戻れるかどうかだけを心配しろ」

 レギドは片手を上げる。すると、空から光る魔力弾が雨のように降ってきた。

「ちょっ! そんなのあり!?」

 それをかわしていく杏利。

「まだまだ、こんなものではないぞ」

 だが、レギドがもう片方の手を杏利に向けると、地面から黒い腕が無数に伸びてきて、杏利の足を掴んだ。

 いや、足だけではない。その後も腕の出現は止まらず、杏利の両手や両肩を掴んだり、黒いロープに変化して縛り上げたりして、杏利の動きを完全に封じてしまった。

 動けなくなった杏利に、光の魔力弾が降り注ぐ。杏利は白く輝く魔力の雨にさらされ、見えなくなった。

「早く逃げんと死ぬぞ」

 言いながら、魔力弾を降らせ続けるレギド。この世界は、レギドが作り出した異界。その為、全てをレギドの意のままに操れるのだ。


「心想、顕現!!」


 しかし、次の瞬間、魔力弾の着弾地から、黄金に輝く光が爆発した。その光は天まで届き、魔力弾が止まる。


「世界に降り注げ、黄昏の光!!!」


 遂に杏利は心想を使った。魔力勝負で勝てない以上、こうする以外に方法はない。

「ほう、そなたも心想が使えるのか」

「悪いけど、この力も長くは使えないの。速攻で決めさせてもらうわよ!!」

 心想が発動した瞬間に、闇の戒めは消えている。自由になった杏利は、右手に黄金の光を集中し、破壊光としてレギドに放つ。

 だが、破壊光はレギドに命中した瞬間に霧散してしまう。

「余は光と闇を統べる者。故、光の力も、闇の力も、余の命を脅かす事はない」

 レギドは光属性と闇属性を極めた魔仙人である為、それらの属性に類する力は効かないのだという。まさしく、杏利にとって最悪と言える相性の持ち主だった。

「そしてそなたは、闇に弱い。ダスグレイガ!!!」

 闇の魔力の波動を放つレギド。その威力は、以前対決したリッチを遥かに上回っている。

 それを自身の光で無効化する杏利。しかし、どうすればいいのだろうか。心想すら通じない相手に、杏利が出来る事などない。

「いいえ!! やってみせるわ!!」

 杏利は、先程レギドに破壊された槍を、己の光で修復し、さらに回収。

(光が効かないなら、やっぱりこれよね!!)

「はあああああああああああああああああ!!!!」

 杏利はガンゴニールストライクの感覚を思い出し、光を推進力にして、空中のレギドに向かって飛んでいく。

「オルガケイオス!!!」

 対するレギドは、光と闇の魔力を合わせた波動を放った。混ざり合う白と黒のコントラストが、黄金の光と激突する。

「負けるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 勝ったのは杏利だった。想いが光の力を強くし、混沌の波動を貫通する。

「っぐ!!」

 全力を出し尽くした杏利の一撃は、レギドの心臓を貫いた。



 気付いた時、杏利はミストマウンテンに戻っていた。

「えっ?」

 周囲を見回す杏利。

「よくぞ我らの試練を全て突破した!」

 すると、誰もいないはずの杏利の周りから、魔仙人達の声が木霊する。

「ど、どこ!?」

「我らは魔導を極め、そして己自身を霧と化す事により、永遠の命を得た」

「いわばこの霧こそが、我らである」

 今まで杏利に倒された魔仙人は、死んだのではなく、霧に戻っていたのだ。

「そなたに褒美をとらせよう」

「永遠に輝きを失わぬ魔の水晶、グランドストーン。受け取れ!」

 杏利の目の前に、求めていた永久魔水晶、グランドストーンが現れ、杏利はそれを手に取る。

「行け!! そなたの帰りを待つ者がいる!!」

 それから、ここに来た時と同じ、霧の階段が現れた。

「……ありがとう」

 この試練は杏利を大きく成長させた。魔仙人に礼を言い、杏利は霧の階段を降りていった。



「ビンクスさん、ラティーさん。グランドストーン、取ってきました」

 階段を降り、山を下りた杏利は、二人に再会する。

「おお! 杏利様、よくご無事で!」

「すごい……本当に取ってきちゃった……」

 二人は驚いている。

「早速ですけど、これを使ってエニマを打ち直してもらっていいですか?」

「そ、そうですね。では、早速取り掛かりましょう!」

 こうしてグランドストーンを手に入れた兄妹は、早速エニマの強化を始める事にした。

 しかし、エニマの強化が終わるには一週間ほどかかるらしい。仕方なく、杏利は二人の家で修行しながら、完成を待つ事にした。

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