第七十一話 霧深き山の魔仙人 前編
前回までのあらすじ
修行編、スタート。
階段を登り続ける杏利。いくら登っても終わりが見えず、この階段の果てがどうなっているのか、見当も付かない。まるで、天国への階段を登っている気分だ。
「……着いたみたいね」
二十分近く登り続けていると、ようやく終わりが見えてきた。
杏利が階段を登りきると同時に、あれだけ長かった階段が跡形もなく消え去った。
「まさに、天国への片道切符ってわけ?」
帰りは自力で下山する事になりそうだ。しかしその為には、ここでやるべき事を終わらせなければならない。
「来てやったわよ! 七魔仙人!」
杏利が呼ぶと、目の前の霧が少しだけ晴れ、七つの切り立った岩が現れた。その上に、一人ずつ誰かが乗っている。あれが、七魔仙人と呼ばれる超人達なのだろう。
「よくぞ参られた」
「そなたが来た理由はわかっておるぞ」
「永遠に輝きを失わぬ魔石、グランドストーンを欲しているのだろう?」
右から順番に、三人の魔仙人が話す。やはり、彼らは杏利の目的を知っているようだ。それ以外にここに来る理由がないというのも、一つの理由だろうが。
「わかってるなら話は早いわ。こっちは時間がなくてね、一刻も早くそれが必要なの」
「よほどの事情でもない限り、ここに来る者などおらんだろう」
「しかし、我らも素質と力を持たぬ者に、永久魔水晶グランドストーンを渡すわけにはいかぬ」
「見るがいい」
魔仙人の一人が手をかざすと、かざした方向に石で出来た祠が現れた。その祠の中に、真紅の光を放つ宝石がある。
間違いない。エニマに使われているものと同じ、グランドストーンだ。
「あれが、グランドストーンだ。しかし、今の貴様には触れられまい」
「グランドストーンは魔障気が集積して出来上がる魔石。つまり、あの祠には高濃度の魔障気が集中している」
「このミストマウンテンを包む霧は、それ自体が魔障気の塊。我らの力で無害化してあるがな」
「しかし無害化してあるといっても、毒性を消したわけではない。毒性のみを、あの祠に集めているのだ」
「……そんな事出来るの?」
ミストマウンテンは魔障気が噴き出る場所だと聞いていたが、霧自体が魔障気とは知らなかった。
「魔導を極めれば容易い事」
「今は我らの力で、祠を包む魔障気の色を消したが、毒性はそのままだ」
「ほんの一瞬でも魔障気の領域に入り込めば、全身の肉は裂け、骨は朽ち、惨い苦しみを味わいながら死ぬ事になる」
「……なるほど。グランドストーンが欲しけりゃ、あんた達に霧を取っ払ってもらうしかないってわけね」
霧がある限り、グランドストーンを入手する事は出来ない。そして霧を消し去る事が出来るのは、七魔仙人だけ。となれば、力を認めさせるしかない。
「いかにも」
「グランドストーンがどうしても欲しいというなら、我ら全員を打ち倒し、力を示せ」
「出来なければ、貴様はここで死ぬ事になる」
「我らを倒せぬ者に、未来を切り拓く資格なし!」
「さぁ、貴様の力と信念の強さを、この場で示せ!」
七魔仙人は、杏利に戦うよう求めてくる。彼女としても、断るつもりはない。
「いいわ! じゃあ早速始めようじゃない!」
「その意気やよし! ではまずこの私が相手に立とう!」
杏利が了承すると、右端の岩の上から、赤い装束に身を包んだ魔仙人が、飛び降りてきた。ちなみに、七魔仙人は全員ハゲである。
「私は猛火のジュヴィラ!! これより、火の試練を開始する!!」
ジュヴィラと名乗った魔仙人が両手を打ち鳴らす。
すると、先程までの霧に包まれていた景色が一変し、そこかしこから真っ赤な溶岩が噴き上がる、火口の中に二人はいた。
「な、何これ!?」
「我ら七魔仙人は己が極めた属性の異界を持つ!! 私は火属性を極めた魔仙人!! 作り上げたのは火の異界!! ここより生きて戻る方法は、私を倒すのみ!!」
これが、彼らが魔仙人と呼ばれる由縁だ。魔法を極めた者は、己の力を最大に強化する異界を作る事が出来る。ここは業火溢れる、火の異界。猛火の二つ名に相応しい異界である。
そして元の世界に戻るには、術者であるジュヴィラを倒さなければならない。それが出来なければ、杏利はここで焼け死ぬだけだ。血の一滴まで蒸発し、墓に入れる遺灰も残りはしない。
「あんたを倒せば、本当に帰してくれるのね?」
「約束しよう。だが、突破出来なければ……」
「わかってるわ。意地でも勝ってみせる!」
そう言いながら、杏利はジュヴィラに飛び掛かった。
「そうだ!! 私を殺す気で来い!! バニス!!」
迎え撃とうとジュヴィラが放ったのは、火属性の初級魔法バニス。しかし初級魔法でありながら、ジュヴィラが唱えたそれはバニドライグクラスの大きさだった。
「マジックガード!!」
杏利は攻撃を中断してマジックガードを唱え、さらにマジックマントを盾にする事で、バニスをやり過ごす。ここまでやってようやく、ジュヴィラの魔法を無効化出来るのだ。これがバニスドとかバニドライグとかだったら、どんな事になるか想像出来ない。
「はっ!!」
と、ジュヴィラが炎を纏った膝蹴りを放ってきた。杏利はマジックマントの裏で槍を構え、それを防いで岩の上に着地する。
「格闘も出来るってわけ?」
「扱えるのが魔導だけとは、一言も言っていない」
対するジュヴィラは、宙返りしてから、波打つ溶岩の上に着地した。そこは溶岩であるはずなのに、まるで見えない床でもあるかのように平然と佇んでいた。
空間の主である為、術者はダメージを受けないのだ。これで溶岩のをぶつけてダメージを与えるという攻撃は、使えなくなった。
「アクロディア!!」
火の弱点は水。杏利は水属性の上級魔法を唱え、ジュヴィラにぶつけようとする。
「ぬん!!」
しかし、ジュヴィラが気合いを入れると、彼の足元から巨大な溶岩の津波が起こり、水流を阻んだ。
大量の水によって冷やされた溶岩は一瞬で凝固し、ただの岩石となって溶岩の底に沈んでいく。
「バニドライグ!!」
杏利の魔法を防いだジュヴィラは、遂に上級火属性魔法を唱えた。
杏利の周囲に、無数の火球が出現する。その火球は、先程のバニスに比べるとかなり小さい。
しかし、杏利にはわかる。一つ一つが超高熱の炎を圧縮されており、バニスとは比較にならない威力を秘めていると。ただ大きな炎をぶつけるだけが、上級魔法ではないのだ。
「消し炭と化せ!!」
全ての火球が、一斉に杏利に向かってくる。こんな威力の炎を喰らったら、いくら魔法防御と熱防御を高めても、すぐ焼き殺されてしまう。かといってかわそうにも、今杏利が立っているのは、安定の悪い岩の上。周りは溶岩で、一歩でも踏み誤れば、大火傷どころでは済まない。
杏利は火球の弾幕の、一番大きな隙間を素早く探す。
(見つけた!!)
見つけた突破口は、正面。巧妙に隠されているが、ここが一番弾幕が薄い。普通は正面が一番弾幕が厚いが、ジュヴィラの場合は正面を犠牲にして、死角から攻撃する手を取ったのだ。
「センスアップ!!」
杏利はスピード特化の強化魔法を使い、一気に正面に飛び込む。
(魔法を極めた仙人相手に、魔法比べで勝つのは無理)
弾丸のような速度で飛んでいき、かわしきれない火球のみを、槍で弾く。下手に斬ったら破裂させてしまう。
(だったら肉弾戦!!)
敵の得意な戦法で勝負してやる必要はない。
「コフィル!!! スキルアップ!!!」
途中で氷の足場を作り、パワーの強化をしながら、力強く踏み込んでさらに速度を得る。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
凄まじい速度で飛んでいく杏利。
「くっ!!」
ジュヴィラは大きく跳躍して回避し、杏利は岩壁に槍を突き刺して止まった。
「はぁっ!!」
ジュヴィラが再び気合いを入れると、今度は溶岩の中から溶岩で出来た竜が出てきて、ジュヴィラはその上に飛び乗った。それから、溶岩の中や壁からも竜が出てきて、杏利に襲い掛かってきた。
「スキルアップ!! センスアップ!!」
だが、やる事は変わらない。魔法勝負では勝てないのだから、直接攻撃で倒す。
杏利はさらなるスピードを得ながら、岩壁を踏み台にジュヴィラへと向かう。途中で溶岩の竜が何体か立ち塞がるが、関係ない。ぶち抜く。
「受けよ!! フラメルバースト!!!」
ジュヴィラが両手をこちらに向け、熱の光線を放つ。
「やあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
杏利は槍を破壊されないよう、魔力を込めて強化する。
突撃の速度は弱まらない。
そして、
「がっ!!」
槍はジュヴィラの心臓を貫いた。
「……見事!!」
貫かれた傷からジュヴィラの全身が炎となって消え、気付いた時、杏利は元の世界に戻っていた。
「よくぞ火の試練を突破した!」
「どうやら、馬の骨ではないようだな」
「女にしてはなかなかやる」
「これならば次の試練も受けられよう」
杏利はジュヴィラを倒し、火の試練を突破したのだ。杏利の活躍を見て、残った魔仙人達は評価する。
「あんた達、自分の仲間が死んだのに、何とも思ってないの?」
杏利は唖然としている。今の一撃で、ジュヴィラは間違いなく死んだ。それなのに魔仙人達ときたら、まるでジュヴィラという男など存在しなかったかのように、話をしている。
「他人の心配などしている場合か!? 貴様は七つ存在する試練の内、たった一つしか突破していないのだぞ!」
杏利が振り向くと、そこには青い装束を着た魔仙人がいた。
「貴様はこの先、六つの試練を突破せねばならんのだ。そんな事では、グランドストーンなど夢のまた夢。さぁ次の試練を始めるぞ! この変幻のロデファが主催する、水の試練をな!」
ロデファと名乗った魔仙人が手を叩く。
すると、また景色が変わった。今度は、どこかの海の底だろうか。
「!!」
空気がなく、水面が見えない。杏利は慌てて自分の口を押さえ、溺れないようにした。
「安心しろ。ここは俺が作った水の異界。ただの水ではないから、溺死はしない」
水の中だというのに、平然と言葉を発するロデファ。杏利が口から手を放してみると、溺れない。
「ほんとだ。息が出来る……」
「試練とは突破出来るからこそ試練なのだ。突破出来るよう、必ず糸口を用意してある。出来なければそれは試練ではなく、ただの拷問でしかない」
なるほど。息が出来ない状態で水属性を極めた魔仙人を倒すという、どう考えても突破不可能な試練をさせられるわけではないようだ。
「だが、難易度が高い事に変わりはない。先程の火の試練と同じく、突破出来なければそのまま死んでもらう。かぁっ!」
ロデファは片手を向けて渦を生み出し、杏利を吹き飛ばした。それから、強化魔法でも使ったのではないかと思える速度で、残像を残しながら杏利に向かってきた。
「くっ!」
迎え撃とうとする杏利だが、ここは水中。水が重くて、身体がうまく動かない。
「ああっ!」
防ぐ間もなく、腹と顔にロデファの拳を喰らってしまう。
「この……スパレイズ!!」
杏利はロデファに、雷属性の上級魔法を唱えた。
「ほおおおお……!!」
ロデファは自分の正面に渦の塊を作り出し、雷を散らす。
「激流清流自由自在。ゆえに俺は変幻のロデファ!!」
今度は自分の周囲に、黒く四角い塊を大量に作る。
「これは水だ。お前が防ぎやすいよう色を着けてやった。さぁ、避けてみろ!」
ロデファが着色した水の塊が、先程のロデファと同じ速度で飛んできた。杏利はかわそうとするが、身体が重くて防御も回避も間に合わない。
(考えろ! 何か攻略の糸口があるはずよ!)
杏利は打ちのめされながら、必死に考えを巡らせる。
今しがたロデファが言ったように、試練は突破出来るからこそ試練。その為ロデファは、杏利がすぐには死んでしまわない程度の威力で、何度も水塊をぶつけている。
しかし、いくら加減されているといっても、このまま受け続けていればいつか死んでしまう。
(確か昔読んだマンガに、同じようなシチュエーションがあったはず……!!)
そのマンガの主人公は、杏利と同じく水の中で相手を倒す試練を受けていた。確かその時、主人公は水の中に一定の流れが存在する事に気付き、流れに沿って動く事で、陸のように滑らかに動いていたはずだ。
杏利はダメージを受けながらも全神経を集中し、水流の向きと力を感じ取ろうとする。
(ある! わかる! この水には確かに、流れがある!)
流れを無視して無秩序に動こうとするから、速度が落ちる。流れに合わせ、沿うようにして動く。
感覚さえ掴んでしまえば、天才一之瀬杏利は容易くそれを行う事が出来る。一瞬で水中戦の極意を体得した杏利は、水塊全てをかわしきり、ロデファを切りつけた。ロデファはそれを、後ろに飛び退いてかわす。
「よくぞ体得した。だがな、ここは俺が作り出した水の異界。そして俺は、変幻のロデファだ!」
ロデファの前に、再び渦の塊が生まれる。
「スパイラーフェイル!!」
そしてその渦を、杏利目掛けて飛ばした。渦は肥大化しながら杏利を呑み込み、やがて巨大な渦と化した。
「うああああああああ!!!」
杏利は成す術もなく、渦の中で弄ばれている。
「言ったはずだ。激流清流自由自在。この水の異界ではあらゆる水流が、全て俺の思いのままとなる。さぁこの状況をどう覆す!!」
ここはロデファが作り出した世界。そこに入った時点で、杏利が圧倒的に不利になる事はわかりきっている。
(それでも、負けるわけにはいかないわ!!)
必ず全ての試練を打ち破る。それが出来なければ、イノーザを倒す事など絶対に出来ない。
(この空間での戦いに慣れきっている相手に、小手先の戦法じゃ勝てない。それなら……!!)
相手が予想も出来ないような、そして必ず勝てる手を打つ。
「ウイエルガ!!!」
杏利はそれを実行した。
ウイエルガは、風の塊を放つ魔法。それを空気がない水中で使えば、どうなるか。
「何!?」
魔力が空気を作り出し、その中で風を起こす。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
杏利は自分を中心に巨大な風の空間を生み出し、風でロデファを引き寄せ、槍で斬った。
「こ、このような奇策を打つとは……!!」
致命傷を負ったロデファは、ジュヴィラが炎になったのと同じように水になって溶け、杏利は通常空間に帰還した。
「なんと……ロデファを破ったか……」
魔仙人達の評価を聞きながら、杏利は自分の身体を確かめる。あれだけ大量の水の中にいたというのに、髪も肌も服も、全く濡れていない。やはり、あれは普通の水とは違うようだ。
「しかし、ここまではまだ序の口!! 我らの試練の恐ろしさを体感するのは、ここからだ!!」
三人目の魔仙人が岩から降りてくる。こちらは、水色の装束を着ていた。
「雪冷のアグトス!! 我が氷の試練、たっぷりと味わって頂こうか!!」
アグトスと名乗った魔仙人が、手を打ちならす。
すると、今度は周囲に氷山が立ち、猛吹雪が吹き荒れる氷の異界に、杏利は引きずり込まれた。
杏利は周囲を見回すが、アグトスがいない。氷の異界に引きずり込まれたと同時に、いずこかへ姿を消した。
逃げた、という事はないだろう。杏利の予想が正しければ、この見通しの利かない吹雪に紛れて、奇襲を仕掛けようとしている。
「そこ!!」
アグトスの気配を探っていた杏利は、背後から殺気を感じて槍を振った。
しかし、杏利の背後から近付いてきていたのはアグトスではなく、巨大な三本の鋭利な氷柱だ。危ないところだった。もし殺気に気付かなかったら、この氷柱に貫かれて即死している。
その後も、右、左、前、後ろと、次々に氷柱が飛んできた。
「無駄よ! この程度の攻撃、何発ぶち込まれても当たらないわ!」
それを余裕でかわしていく杏利。アグトスは、未だに姿を見せない。
「出てくる気がないなら……バニドライグ!!!」
杏利は槍を真上に放り投げ、両手から炎を出した。そのまま高速で回転し、吹雪を吹き飛ばす。
アグトスは氷山を操り、そこから氷柱を飛ばしていた。だが杏利が強力な火炎魔法を使った事で、彼女を包囲していた氷山は全て融解し、吹雪も吹き飛ばされて視界が開けた。
「そこだぁっ!!」
落ちてきた槍をキャッチし、炙り出す事に成功したアグトスへと駆け出す。そして、そのまま心臓を刺した。
(手応えがない!?)
杏利がそう思った瞬間、アグトスは雪となって崩れ落ちた。
「ゆ、雪!?」
杏利が攻撃したのは、アグトスが雪で作った人形だったのだ。
「いつ入れ替わったのよ!?」
全くわからなかった。
「ふははは。外したな? 今回はそれで済ませてやろう。だが、次はない」
辺り一帯に、アグトスの声が響く。
その次の瞬間、一際強い吹雪が吹き荒れ、止んだ後、杏利は大量のアグトスに包囲されていた。
「本物を探せってわけ?」
「そうだ。これぞ、私のオリジナル魔法、スノードル。だが私は慈悲深いのでな、この中から本物の私を探し出す事が出来れば、それで試練を突破したと認めてやろう」
当たり前だが、この大量のアグトスはほとんどが偽者である。今回はこの雪人形達の中から本物のアグトスを見つける事が出来れば、クリアしたと認めてくれるらしい。
「しかし、だからといって安心はするなよ? お前が本物の私を見つけるまで、死の危険は伴い続けるのだからな!」
アグトス達は氷で出来た双剣を持ち、一斉に斬りかかってきた。
杏利が本物を見つけるまで、ただ棒立ちのまま待ってくれるはずがない。常に動き、常に攻撃し、杏利を徹底的に妨害してくる。
「このっ!」
杏利はアグトスの一人を槍で斬った。外れ。このアグトスは本物ではなく、雪人形だった。
「あっ!」
しかし今回の雪人形は、崩れ落ちはせず爆発した。普通の爆発ではなく、強烈な冷気が吹き付けてきたのだ。その冷気を受けて、杏利の右手が凍った。
杏利は思い出す。先程アグトスは、次はないと言っていた。
「ああそう、こういう事……!!」
外れを攻撃すれば、ペナルティ―として冷気を受け、身体の一部が凍る。外せば外すほど身体は動かなくなっていき、本物を当てにくくなる。ヒントを与えられていたのに思わず攻撃してしまった自分に、杏利は腹が立った。
だが、憤ってばかりもいられない。一刻も早く本物を見つけなければ、この誰も助けに来ない異界の中で、永遠に氷漬けにされてしまう。それか、氷の双剣で切り刻まれてしまう。
まず、喋っていた者が本物かと考えたが、それは違うだろう。誰一人口を動かしておらず、周囲から声が響いている感じだった。それに、その考えはあまりに単純すぎる。喋っている者がいたとしたら、間違いなくそれはフェイクだ。
かといって目視で見極めようとしても、見分けが付かない。気配で探ろうとしても、全員均等に魔力で全身をコーティングされているようで、違いがわからない。わざと他と違う雪人形を用意して、引っかけようとしている可能性もある。
(駄目! わからない! こんな時エニマがいてくれたら……)
しかし、今回は自分の為の試練である。エニマをあてにしてはいけない。
(……こうなったら……!!)
杏利は本物だと思うアグトスを、手当たり次第に攻撃し始めた。
(何をやっているのだ?)
本物のアグトスは、実はこの中にはいない。吹雪に紛れ、迷彩の魔法を使い、姿を消して潜んでいる。
(そんな事をすれば、ただ凍っていくだけだというのに)
ひたすら偽者のアグトスを攻撃し、左手、右足と氷漬けになっていく杏利。本物のアグトスには、錯乱したようにしか見えなかった。
「はぁ……はぁ……うぅ……」
全身が凍り、力尽きた杏利は、雪原の上に倒れる。
「……ここまでのようだな」
人形に杏利が死んだのを確認させ、本物のアグトスは姿を現す。
「才なき者は、私の氷の試練で脱落する。どうやらお前も、凡愚だったようだな」
自分の試練がこのような結末で終わり、杏利に失望したのか、アグトスは死んだ杏利に独り言を言う。
これで、杏利は失格だ。
「そなたの死を以て、氷の試練を終了と」
だが――
「バニドライグ!!!」
アグトスが試練の終了を宣言しようとした瞬間、死んだはずの杏利が息を吹き返し、バニドライグを唱えた。
周囲の雪人形は一掃され、噴き出した冷気も押し負け、杏利の氷も溶ける。それだけに留まらず、炎のドームが二人を包み込んだ。
「あんたみたいなやつはね、相手が死んだのを直接確認しに必ず出てくるって相場が決まってんのよ。魔法のエキスパートのくせに、あたしの口を凍らせなかったのはドジだったわね!」
杏利は、アグトスが雪人形に紛れていない可能性を最初から考慮していた。だが下手に周囲を焼き払うと、先程のように入れ替わって逃げる可能性がある。
そこで口だけは凍らせないよう気を付けながら、自分が錯乱したかのようにわざと氷漬けになり、死んだふりをしたのだ。
どんな人間も、相手が死ねば必ず姿を現す。その心理を突いた奇策だった。おかげで本当に死ぬかと思ったが。
「これでもう人形と入れ替われないでしょ?」
周囲の雪は、全て焼き払った。もう雪人形は作れない。
「終わりよ!」
杏利はアグトスの胴を斬りつけた。
「……してやられたわ」
アグトスは雪となって消え、杏利は元の世界に戻った。
「ったく、今度ばかりは死ぬかと思ったわ」
杏利はリカイアで体力を回復し、エーテルポーションで魔力を回復する。
「何を勝手に休んでいる? まだ試練の途中だぞ」
もう回復したが、黄色い装束を来た魔仙人が休憩を認めず、岩から降りてきた。
「次から次へと……」
「ぼやくな。さぁ、次の試練の始まりだ! 我は轟震のドードル! 土の試練、参る!」
ドードルと名乗った魔仙人が手を叩き、次の試練が始まった。




