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レジェンドガール  作者: 井村六郎
第五章 光の勇者
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第七十話 試練の時

前回までのあらすじ



杏利達は辛くもゼドから烈心を引き剥がし、封印する事に成功した。

「…ん……」

 杏利は、診療所のベッドの上で、目を覚ました。

「おお! 気が付いたか!」

 そのすぐそばにはエニマがいて、杏利が起きた事を喜んでいる。

「エニマ? あたし、どうなったの?」

「ゼドが姿を消した後、すぐに気絶したんじゃ」

 今回の杏利は、相当な無茶をした。限界を超えて力を行使し、力尽きて丸四日、全然目を覚まさなかったのだ。

「まったく……お前が奴のエーテルブレードを掴んだ時は、肝が冷えたぞ」

 あの時杏利は、無意識に手に魔力を込め、強化していたのだ。そうでもなければ、高密度な魔力が込められたゼドのエーテルブレードを掴んだ瞬間に、杏利の指が全て落ちている。

「アヤ達は?」

「もう帰った。今回の研修旅行は、二泊三日だったらしいからな。お前によろしく伝えてくれと言っとったよ」

「……そう……」

 まぁ、それは仕方ない。彼女達は、遊びに来ていたわけではないのだ。

「とりあえず、ゼドは助けられたけど、これでまた、どうしたらいいかわからなくなったわね」

 これから二人は、またイノーザ討伐の旅を始めるわけだが、手掛かりは何もない。

「……それなんじゃがな杏利。実は、行きたい場所があるんじゃ」

「え? 珍しいわね。あんたがどこかに行きたいなんて」

 どうやらエニマは、どこか行きたい場所があるらしい。こんな事はとても珍しいので、どこに行きたいのか杏利は興味を抱いた。

「ここから西へ、歩いて六日ほどの距離の場所に、ミストマウンテンという山があるんじゃ」

 アームルズから遥か西に、とても大きな山がある。麓から頂上まで常に濃い霧が立ち込め、一年中晴れる事がないので、ミストマウンテンと名付けられた山だ。

「血筋や後継者が絶えていないなら、その山の麓には鍛冶屋が住んでいるはず。そしてその鍛冶屋こそ、わしを打った鍛冶屋なんじゃ」

「エニマを打った鍛冶屋? その人に会いに行きたいって事?」

「うむ。どうも今のままでは、イノーザに勝てそうにないからな……」

 杏利は一日ごとに、限界を超えて飛躍的な成長を遂げている。しかし、いくら倒した敵の能力を奪って進化出来るといっても、槍でしかないエニマの力には限界がある。

 そこでエニマは、自分を打った鍛冶屋に打ち直してもらい、さらなる力を得ようと思ったのだ。

「しかしもう七百年も前の話じゃ。今もまだ、そこに鍛冶屋がいるかどうかは……」

「いいじゃない。どうせイノーザがどこにいるかわからないし、新しい手掛かりが入るまでの暇潰しとしては、行ってみる価値があるわ」

 杏利は心想を会得し、確かに強くなった。だが、それでもまだ、イノーザには届かないと感じている。

 アヤ達から力を借りて、四苦八苦しながら妖剣を封じるような実力では、絶対にイノーザに勝てない。

 なら、修行がてら他の場所を回ってみるのもいいだろう。特に、エニマを打った鍛冶屋の家系というなら、非常に興味深い。

「それじゃ、早速行きましょうか」

「うむ」

 二人は手続きを済ませ、退院した。

「……そう言えば……」

「ん?」

「妖剣はどうなったの?」

 杏利にとって、気掛かりな事が二つ。

 まず一つ目は、烈心の事。杏利が死闘の末封印した恐怖の妖剣は、どうなったのか。

「烈心なら昨日、シルムヘルトからライズン教団の役人が来てな、移送したぞ」

 シルムヘルトまではかなりの距離があるが、通信機と飛空船のおかげですぐにライズン教団の宣教師達が到着し、烈心を持ち帰ったそうだ。杏利がかなり浄化してくれていたおかげで、持ち帰りは簡単だったらしい。

 次にゼドの件だ。

「ゼドは? あいつはどうしたの?」

「……わからん。恐らくシルムヘルトに行ったんじゃろうが……」

 ゼドの行方は掴めなかったようだ。

 頭の硬い男だが、さすがに今自分がどういう立場にいるのか理解出来たと思う。だから、自分を鍛える為にシルムヘルトに行ったのだとは思うが、少し心配だ。

「あの館長さんは、シルムヘルトで修行したら、自分に欠けているものがわかるって言ってたけど、具体的にはどういう修行をするのかしらね?」

「そうじゃな……鏡心の間に通されるかもしれん」

 ライズン教団はエニマが造られた頃から存在していた、とても歴史のある宗教団体だ。詳細についてはエニマもあまり知らないが、心鏡の間の試練は有名なので知っている。

「己と向き合い、心の弱さを克服する為の試練、らしい。あまりにも危険で命を落とす者もいるそうだから、大僧正の許可なく受ける事は出来んらしいが」

「そんな危ない試練を? ゼド、大丈夫でしょうね?」

「それはヤツ次第じゃな」

 死ぬかもしれない試練。生き残れるかどうかは、ゼド次第。だがどのみち今のままでは烈心を使えないし、ウルベロにも勝てないのだ。

「試練を突破出来た時、その者は見違えるほどの強さを得ていると聞く。わしらもうかうかしておると、せっかく追い抜いたのにまた抜かれてしまうぞ」

「……そうね」

 ゼドの事は、ゼドに任せるしかない。今は杏利自身も、そしてエニマも、強くならなければならないのだ。

「行きましょう!」

「うむ!」

「はぁっ!」

 杏利とエニマはスレイプニルを呼び出すと飛び乗り、一路ミストマウンテンを目指した。



 杏利とエニマが旅立って数日。

「何あれ……」

 二人はとうとう、ミストマウンテンを見つけた。

 行く手に、とても大きな山が見えたのだ。頂上が雲の中に突っ込んでいて、全く見えない。

 しかも、この山、真っ白なのである。

「あれ、霧?」

 霧だ。本当に麓まで、すっぽり霧に覆われてしまっている。これは、ミストマウンテンと呼ばれるわけだ。

 しかし、杏利は観光に来たのではない。この山の麓に住んでいるという、鍛冶屋を探しに来たのだ。

 杏利はスレイプニルを駆り、ミストマウンテンの周囲を、ぐるりと回ってみる事にした。



 見れば見るほど、奇妙な山だった。山の周囲は高い柵で囲われており、誰も入れないようになっている。まぁあらゆる意味で危険そうな山だし、こういう措置は当然だと思う。

 しばらく周囲を探索していると、二人は大きな建物を見つけた。日本にある、たたら場と良く似た建造物だ。ここが、件の鍛冶屋の家だと判断し、杏利は呼び掛ける。

「ごめんください!!」

「……はい!!」

 少しして声が返り、引き戸を開けて一人の女性が出てきた。

「どちらさまでしょうか?」

「あたしは、一之瀬杏利です。打ち直してもらいたい武器があって、ちょっとお願いに来ました」

「こんな辺境の鍛冶屋を訪ねてこられるなんて……とりあえず中へ。詳細をお聞きします」

 杏利とエニマは女性に通され、中に入った。



 建造物の中には予想通り、大きなたたらがあり、その前には一人の男性がいて、金槌で剣を打っていた。

「兄さん、お客様よ」

「……珍しいな。いらっしゃい」

 女性に兄と呼ばれた男性は手を止め、杏利達のところに来た。

「私達の鍛冶屋にようこそ。私はビンクス・ルーピア。そっちにいるのは、妹のラティ―です。本日はどういったご用件で?」

「実は……」

 杏利は自分とエニマの素性と、エニマを打ち直してもらいに来た事を話した。

「なるほど……」

「兄さん。とうとうこの時が来たのね」

「ああ。俺達一族の最高傑作、エニマ・ガンゴニールを携えた勇者を助けよ。先祖代々受け継いできた使命を果たす時が、ようやく来た」

 二人はエニマを打った鍛冶屋の子孫であり、いつか必ずエニマを持って勇者が現れるので、勇者の手助けをするよう先祖からの言葉を受け継いできたのだ。

「まずエニマの状態を見ましょう。エニマ、槍に戻ってくれるかい?」

「うむ」

 エニマは槍に戻るとビンクスの手に収まり、ビンクスはエニマを見て、破損や異常などがないかどうか確かめた。

「……特に構造や強度も、脆くなってはいないな。となると、必要なのは強化か。どういった強化をして欲しい?」

「全部じゃ。攻撃力も防御力も、能力もわしの魔力の絶対量も、全て強化して欲しい」

「……全般の強化か……材料が必要だな。ラティー、ブラックオリハルコンをあるだけ持ってきてくれ」

「わかったわ」

 ビンクスから頼まれたラティーは、言われた通りの物を持ってきた。

「……少し、足りないな。もうないのか?」

「兄さんが散々使ったから」

「……ああそうだった。参ったな……」

 ブラックオリハルコンといえば、エニマを構成している金属である。どうやら、エニマを強化するには足りないらしい。

「……あ、そうだ」

 杏利は思い出した。そう言えば、杏利はヒルビアーノとヒノト国で、ブラックオリハルコンをもらっている。ポーチから取り出し、ビンクスに渡した。

「これで足りますか?」

「……これはすごい。充分ですよ」

「あとは、グランドストーンね。兄さん」

「ああ」

「グランドストーン?」

「エニマの材料として使われている、世界最高と言われる魔石の事です」

 グランドストーンとは、永久魔水晶とも呼ばれている、魔石の一種である。

「グランドストーンはミストマウンテンの頂上にある祠の中に、五百年に一つだけ出来ると言われています」

 ミストマウンテンの頂上は魔障気が満ちている場所で、その魔障気は頂上の祠に刻まれた魔術式によって祠の中に集まり、魔石を造り出す。

 五百年かけて蓄積された魔障気が造った魔石は、どれだけ使おうと魔力切れを起こさず、自分で魔力を回復する機能も備えている。それゆえ、永久魔水晶と呼ばれているのだ。

「しかし、祠は七魔仙人によって守られており、容易には入手出来ません。我々はどうにか移動時間だけでも短縮しようと、麓に居を構えたのですが……」

 かつて、魔導を介してこの世の全てを知ろうとした、七人の賢者がいた。長きに渡る修行の果て、賢者達は不老不死の存在となり、魔仙人と名乗ってミストマウンテンに住み着いたという。

 それが、七魔仙人と呼ばれる者達だ。グランドストーンを生み出す祠を作ったのも、彼らだという。

「いつか必ず、この世界に災いが降りかかる日が来る。その時世界を救う為に必要なファクターを作るとか……」

「なるほど。つまり、試練を与えてるって事ですね?」

「はい。グランドストーンを入手する為には、七魔仙人と戦い、力を認めてもらわねばなりません」

 七魔仙人は、グランドストーンを得るに相応しくない者をそのまま殺してしまうので、ミストマウンテンは非常に危険なダンジョンと化しており、力なき者が入らないよう柵が作られた。杏利達が見たのは、その柵だ。

「……となると、グランドストーンはあたし一人で取りに行く必要があるわね」

「杏利!?」

「あたしもちょうどいい試練が欲しいなって、思ってたところなのよ」

 杏利は一人でミストマウンテンに挑み、魔仙人に力を認めさせ、グランドストーンを持ち帰ると言い出した。

 エニマは正気ではないと思ったが、杏利もまた強くなりたいと思っていたのだ。もう、エニマだけに頼る戦いは出来ない。

「わかりました。では我々は、その間に少しでもエニマの強化を進めておきます」

「お願いします」

「……そうだ。こちらへ」

 ビンクスは杏利を連れて、ある部屋に案内する。

「これは……!!」

 杏利は部屋の中を見て驚いた。部屋の至るところに、大量の武器があったのだ。

 剣、槍、斧、弓、ハンマー、メイス、とにかくいろいろある。これら全て、ビンクスが打った武器だ。

「好きなものをお貸しします。どれもブラックオリハルコン製ですから、丸腰で挑むよりは心強いと思いますよ」

「ありがとうございます!」

 これは助かる。さすがに、丸腰で乗り込むのはキツいと思っていたところだったのだ。

 杏利が選ぶのは、もちろん槍である。使い慣れた武器を選んだ。

 武器を選んだ杏利と、一度人間態に戻ったエニマを連れて、家の外に出たビンクスとラティー。杏利が武器を選んでいる間に取ってきたのか、ラティーの手には一本の鍵が握られている。

 ラティーは家のそばにある門に鍵を刺し込み、開けた。ミストマウンテンへの入り口は、ここだけである。

「それじゃあビンクスさん、ラティーさん。エニマの事、よろしくお願いしますね」

「はい」

「我々が責任をもって、彼女を打ち直します」

 杏利が試練を受けている間、ビンクス達がエニマを打ち直す準備をする。杏利がグランドストーンを持ち帰れば、本格的に打ち直すという流れだ。

「杏利。気を付けて、な」

 杏利が負けるとは思っていない。だが、心配せずにはいられないエニマ。杏利はそんなエニマに、軽く笑いかけてから、門をくぐった。



 霧深い山の中を進んでいく杏利。

(妙ね……)

 杏利は思った。このミストマウンテン、人外魔境の危険地帯だというのに、登りやすいように道が整備されている。

(ま、大方仙人様がやったんでしょうけど)

 七魔仙人は不老不死の存在らしいので、暇潰しにやったのだろうと、杏利は思う事にした。

(……)

 また、杏利は気付く。この深い霧の中を、全く淀みない足取りで、一直線に向かってきている者がいる。

「りゃあっ!!」

 そして、それは背後から襲ってきた。杏利は振り向かずに槍の石突を突き出し、それのみぞおちを攻撃して遠ざけた。

「誰!?」

 杏利は振り向く。今彼女が攻撃したのは、剣を持った真っ白な修行僧だった。

 修行僧は杏利に吹き飛ばされた格好で、霧の中に溶けるようにして消えた。

「エニマ、今のは何!?」

 思わず問いかける杏利。だが直後に、エニマは今いない事を思い出した。

(おっと、そうだったわ。手探りで正体を突き止めるしかないわね)

 見た感じ、今の修行僧は、人間ではない。あの消え方は普通ではないし、そもそも肌や衣服、眼球や口の中まで全て真っ白な人間などいるはずがない。

 恐らく今のは、尖兵。七魔仙人が魔法で、霧を修行僧の形に固定して、けしかけてきたのだ。

 今倒したので全てではないだろう。多分、また来るはずだ。

 いや、今来た。

「「「「「うおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」

 前方から、様々な武器を持った無数の修行僧達が向かってきた。

「「「「「はあああああああああああああ!!」」」」」

 後ろからもだ。

「なるほど、まずは小手調べってわけね」

 相手が人間でない以上、手加減をする必要はない。まぁ人間どころか、生物ですらないわけだが。

「はっ!」

 まず前方の一人目を槍で貫き、後ろに向かって投げ飛ばす。これで後ろから向かってきていた修行僧達が、数人吹き飛んだ。次に前から向かってくる修行僧をそのままの勢いで石突で突き、体勢が崩れたところで、頭から両断する。

 一人片付けたら、二人、三人と斬りつけ、後ろの一人を蹴り飛ばす。

 斬り、突き、払い、殴り、蹴り、次々と修行僧を倒していく。

(やりづらいわね……)

 別に相手が人間の形をしているから、可哀想だと思ったとか、そういうわけではない。

 原因は、武器だ。杏利が得意としている武器は槍だが、その得意な武器を選んでなお、やりづらいと感じている。

 ただ頑丈でよく切れる槍では駄目だ。エニマでなければしっくりこないし、加護も受けられない。自分がどれだけエニマに頼って戦っていたかを、杏利は痛感した。

(しかも多いし!)

 倒しても倒しても、霧修行僧達は次々と現れ続け、終わりが見えない。負ける気はしないが、このままの状態が続けば、本命にたどり着くまでにどれほどの消耗を強いられる事になるか……。

(霧から作ってんだから、当然といえば当然よね。材料はそこら中にあるから、いくらでも作れる。じゃあ、仕方ないか)

 こうなれば、取るべき手段は一つ。

(魔法で一気に蹴散らして、補充される前に頂上まで駆け抜ける!!)

 本来なら魔力の消耗も避けるべきなのだが、言っている場合ではない。

 杏利は横を向き、手を左右に向ける。

「バニスド!!」

 両手から中級火属性魔法を放ち、修行僧達を焼き払った。本当はバニドライグを使いたかったのだが、それだと威力が高すぎてやりすぎてしまう。

(よし! 今のうちに……!!)

 ともあれ、修行僧達は全滅した。また新たな修行僧が補充されないうちに、頂上に到達しなければならない。

「……えっ?」

 そう思っていた時、予想もしない事態が起きた。

 目の前に、霧で出来た白い階段が現れたのだ。

「そなたの望みはわかっておる。叶えたければ、その階段を登り、我らの下へ来るがよい」

 続いて、威厳溢れる男性の声。恐らく、この声の主こそが、七魔仙人の一人だ。

「……小手調べは終わったって事かしらね」

 修行僧を何人ぶつけても、無駄だと判断されたのだろう。この程度の雑魚など、杏利にとっては物の数にはならないと。

「そっちから招いてくれるとはね。いいわ、行ってあげる」

 杏利はそう言うと、階段を登っていった。

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