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レジェンドガール  作者: 井村六郎
第五章 光の勇者
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第六十九話 光と闇

前回までのあらすじ



ゼドは烈心に操られてしまった。ゼドを救う為、杏利は心想を発動する。

 斬滅のオーラは鬼を形作り、ゼドと共に得物の刀を振るう。杏利が避けても、避けた方向にオーラを飛ばし、追撃する。

 一方杏利は、かわしきれないオーラに光をぶつけ、消滅させる。隙を見てはエニマに光を纏わせ、烈心に叩きつけていた。

 杏利の心想とゼドの心想は、完全に対極を成す能力である。ゼドのオーラは闇となって杏利を飲み込み消滅させようとし、杏利は光を飛ばす事で闇を消し去る。能力や概念をも斬滅してしまう闇を、杏利は消す事に成功していた。

「すごい……これが、杏利姉さんの心想……これが、心想使い同士の戦い……!!」

 チェルシーは感嘆の声を漏らしていた。

 どちらも、まともに命中させれば一発で勝負が決まる、一撃必殺同士の戦い。ゼドと杏利は互いの必殺を殺す事で、戦いを拮抗させていたのだ。

 しかし、いくら杏利が天才であっても、経験の差というものは厳然と現れる。

 最初に発現させた時からずいぶん効果を維持出来るようになったが、やはり体力の消耗が激しい。杏利の表情には疲労の色が浮かび、そしてそれは目に見えて濃くなってきていた。

 一方ゼドはといえば、相変わらず憎しみと怒り以外の表情を見せず、疲れた様子もない。烈心の力が流れ込んでいるせいか、それとも疲労を感じない身体にされているのかは定かではないが、持久戦で勝つのは無理そうだ。

「杏利お姉ちゃんは心想が使えるようになったばっかりだから、まだ上手く使えないんだわ!」

「このままじゃ、杏利お姉ちゃんが……」

 ティナとミーシャは焦る。遠からず、杏利の体力は尽きるだろう。そうなれば心想が強制解除され、杏利は斬滅されてしまう。

「……頼みの綱は杏利姉さんだ。杏利姉さんが全力の一撃をあの刀に叩き込めるよう、もう一度私達で気を惹こう!」

 チェルシーは作戦を立てる。ゼドの気を惹く方法は、烈心を浄化する事だ。そうすれば、ゼドはすぐにでもこちらに襲い掛かってくるだろう。

「でも、出来る事ならただ浄化するだけじゃなくて、僅かでも動きが止められる攻撃をした方がいい」

 となると、シャイニーでは駄目だ。あれは浄化するだけで、物理的なダメージを与えない。

「ミーシャ。ビルツジライガは使えるね?」

「えっ!?」

 ミーシャはチェルシーの問いかけに驚いた。

 キリエが帰ってきてから、アヤはより一層激しい自主トレに励むようになった。

 だが、キリエ誘拐事件は、ミーシャの心にも火を点けたのだ。彼女もまた、一層の鍛練に励んだ。しかし、武術を極めるだけでは強くなれない。

 そこで思い付いたのが、上級魔法の修得だ。ビルツジライガの修得は、何ヵ月も前から課題にしており、つい先日、ようやく使えるようになった。

「シャイニーに比べれば、浄化力は劣るかもしれない。でも、生半可な威力の魔法では、陽動も足止めも出来ないんだ」

「でも、魔力が……」

 ビルツジライガは強力な上級魔法。だが撃てるようになったといっても、ミーシャの魔力総量はまだまだ少ない。万全な状態で、しかも一発撃てば魔力が尽きる。シャイニーを使った時にかなりの魔力を失ってしまったので、このままでは撃てないのだ。

「魔力が足りないなら、私の魔力を使ってくれ」

「えっ?」

 しかし、魔力の補給源ならある。

「ティナ。アヤもだ」

 この場で光魔法を、ビルツジライガを使えるのは、ミーシャだけだ。他の魔法では、ゼドに防御させる事すら出来ない。

 それなら、自分達に魔力は必要ない。真に魔力を必要としている者に、全て託す。チェルシーはミーシャの片手を握り、自分の魔力を与えた。

「うん!」

「わかったわ!」

「お姉ちゃん……アヤちゃん……」

 ティナとアヤも、ミーシャの手を取って自分の魔力を託した。

「あなた達だけじゃ無理よ」

「「「「先生!!」」」」

 そう言って、レティシアも自分の魔力をミーシャに譲渡する。

「……こんな時にこんな事しか出来ないなんて、私ったら教師失格ね」

 レティシアは優れた大魔導師だが、光魔法だけは使えない。ゼドを助けようにも、彼女にそれは不可能なのだ。本来は彼女が進んでやるべき事を、まだ幼く未熟な女子生徒に任せなければならないというのは、はっきり言って教師としての自信をなくす。

「先生は全然悪くない。ただ、状況がかなり特殊だっただけ」

 チェルシーは不器用ながらも、レティシアを慰める。そもそも、レティシアが社会科見学の行き先にここを選んでくれなければ、ゼドに会う事もなかったのだ。それに自分達の魔力だけでは、ミーシャがビルツジライガを撃つのに充分な量を確保出来なかったかもしれない。

「……ありがとう」

 自分を慰めてくれているチェルシーに、レティシアは礼を言った。

「羨ましいですな。そういう事が出来るというのは」

 そこへ、鞘を取ってきた館長が来た。彼は特殊な力を一切持たない為、戦いに参加出来ない。だから、幼くても大切な人の為に戦う事が出来るアヤ達を、羨ましく思っていた。

「しかし、あれに正確に魔法を撃ち込むのは至難の業。どうやって当てる?」

 確かに、館長の言う通りである。ゼドは動き回っている上、斬滅のオーラに包まれているので、このままではせっかくのビルツジライガも当たらない。

「杏利姉さんの攻撃が当たった瞬間、少しですがあのオーラが消える時間があります」

 杏利は今、烈心を狙うと同時にゼドにも攻撃している。これは、斬滅のオーラが烈心の浄化を妨げているから、オーラの消滅と刀の浄化を一緒に行っているのである。

 オーラはすぐにまたゼドを包んでしまうが、全身に光を当てられて消されると、再展開するのに二秒程度のタイムラグが生じている。そこを狙えば、烈心にビルツジライガを当てられるはずだ。

「勝負は、次に杏利姉さんが、光をゼドさんの全身に浴びせた時だ。合図は私がする」

「う、うん!」

 不安に思いながらも返事をするミーシャ。

 本当に、自分にやれるのだろうか? 怖くて仕方ない。

 しかし、ミーシャは思い直す。杏利は、今の自分よりずっと危険な状況に身を置いており、もっと怖い思いをしているはずなのだ。

 なら、杏利を助けるくらい軽いものだ。チャンスは恐らく、一度きり。これを逃せば、恐らく杏利は倒されてしまう。

 ミーシャは杏利を救う為、全神経を集中させた。



 ゼドと激闘を繰り広げる杏利。烈心を浄化する為には、ゼドの心想が邪魔だ。両方を浄化しようとすると、一気に体力を消耗する。

(まずい……このままじゃ……!!)

 杏利にも限界が近付いている。どうにも、烈心の邪気を完全に祓うのは無理そうだ。ならば、どうにかして烈心をゼドから引き剥がさなければならない。

「強い力を持っている。しかし、限界が近いようだな。当然だ。我らの憎悪を受けられる存在などない」

 ゼドの口を借りて、烈心の犠牲者となった怨霊達が言う。何度も打ち込んでやっているが、未だに限界が見えない。

「これで終わらせてやろう。貴様を殺し、我らの憎悪をこの世の全ての生ある者どもに知らしめるのみ」

 ゼドが烈心を掲げると、鬼が動いた。ゼドの身体から溢れたオーラが、鬼の中に流れ込み、その身体をどんどん、はっきりとしたものに変えていく。

「そっちがその気なら……!!」

 全力を放つ事に決めた杏利。そうでなければ、あの男には、憎悪の根源には勝てない。

「行け!! 滅刃羅刹!!!」

 ゼドが烈心を杏利に向けると、鬼が刀を振り上げ、杏利に飛び掛かる。

「「スーパーガンゴニィィィィィルストラァァァァァァァァァイクッ!!!」」

 杏利もまた、心想を合わせたガンゴニールストライクを放ち、真正面から激突した。

 闇と光がぶつかり合い、せめぎ合う。

「無駄な足掻きを……」

 ゼドは呟き、オーラをさらに強めていく。杏利とエニマは、その力の奔流に押し込まれていた。

「ちょ、ちょっとチェルシー!! オーラを消すどころか、杏利お姉ちゃん負けてるじゃない!!」

「これじゃあ、ビルツジライガが撃てないわ!!」

 アヤとティナは慌てている。やっと勝機が掴めたと思ったのに、これではどうしようもない。

「……!!」

 と、ミーシャは気付いた。ゼドの背中だけ、斬滅のオーラがない。

 さすがのゼドであっても、激情家である杏利の心想を破るのは、簡単ではない。かなりの量のオーラが必要になる。そして今は、オーラの放出口を前面に絞っているのだ。

 つまり、今のゼドは背後が死角。あそこを狙えば、ビルツジライガは届く。

「チェルシーちゃん。私、やるね」

「えっ?」

 どうやらチェルシーはまだ気付いていないようで、気付いたのはミーシャだけらしい。

「ビルツジライガ!!!」

 ミーシャはゼドの背中を狙って、過去最高の威力のビルツジライガを唱えた。

「あっ!!」

「あそこだけオーラがない!!」

 そこでようやく、アヤとティナが気付く。

「ぐあっ!!」

 ビルツジライガは見事ゼドの背中に命中し、ゼドは大きく体勢を崩した。

「今じゃ!! 杏利!!」

「うあああああああああああああああああああああ!!!」

 この機を逃さない。最後の力を振り絞り、杏利は踏み込む。

 飛び出した杏利の一撃は、鬼の刀を破壊し、さらにどてっ腹をぶち抜いた。残った光が、鬼を消滅させる。遮るものがなくなった杏利は、一気にゼドへと向かう。

「!!」

 烈心でスーパーガンゴニールストライクを防ぐゼド。しかし、今のゼドは全身に光を浴びた時と同じだ。再展開まで、少し時間が掛かる。

「あああああっ!!!」

 咆哮とともにもう一歩、杏利が押し込む。その瞬間、ゼドの手から烈心が弾き飛ばされ、ゼドも吹き飛んで倒れた。と同時に、杏利の心想も解除される。限界だ。

「やった……!!」

 レティシアは一息つく。ゼドを烈心から引き剥がした。これでもう、勝ったも同然だ。

「まだよ!!」

 しかし、杏利は地面に転がっている烈心を、睨み付けている。スーパーガンゴニールストライクをまともに喰らったはずなのに、烈心からは未だに邪気が溢れていた。

 まだ油断は出来ない。早く鞘に入れて封印しなければ。杏利はエニマを手放し、烈心に近付く。

(落ち着け。あたしは、誰も憎んでなんかいない。だから大丈夫! 刀に操られたりなんかしない!)

 心想が使えない分自分にそう言い聞かせ、心を強く持つ杏利。

 そして杏利は、烈心の柄を掴んだ。

「!!!」

 杏利は目を見開く。烈心を手に取った瞬間に、邪気が噴き出し、杏利の中に入り込んできたのだ。

(憎い!! 憎い!! 憎い!!)

(俺を殺したあの男が憎い!!)

(生きている者全てが憎い!!)

(晴らしたい……この恨みを晴らしたい……!!)

 声が聞こえる。この刀に殺された者達の怒りが、憎しみが、一斉に杏利の中へと押し寄せる。

(憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!)

(殺してやる!! 殺してやる!!)

(おお口惜しや!! 口惜しやぁぁぁぁ!!)

 杏利の心が潰されていく。意識が遠のいていく。強すぎる憎悪の声に、流されてしまう。


「杏利!!!」


 引き戻してくれたのは、エニマの声だった。人化したエニマが、杏利に呼び掛けてくれた。

「鞘を!! 近付かないで、そのまま投げて!!」

 正気を取り戻した杏利は、館長に言う。下手に近付くと危険なので、その場所から鞘を投げるよう、館長に言った。

「は、はい!!」

 館長は鞘を投げる。上手くキャッチした杏利は、急いで烈心をその中に納めた。

 そこでようやく、烈心の邪気が消えた。刀身と一緒に、邪気も鞘の中に納まったのだ。

「……はぁっ、はぁっ……!!」

 やっと杏利は安心し、烈心を落としながら膝をつく。

 恐ろしい刀だ。ロージットのシャイニーの十倍、いや、百倍はある浄化力の光を当ててやったというのに、邪気を完全に祓う事が出来なかった。

 憎悪を全く持たない、それも心想使いである杏利を、この刀は乗っ取り、操ろうとしてきたのだ。エニマがいなければ、彼女も操られていただろう。

「あ、危なかった……エニマ、あんたのおかげで助かったわ」

「気にするな」

 しかし、杏利の攻撃は無駄ではなかった。烈心の邪気は、鞘の上から封印の鎖を複数巻き付けても封じきれなかったのだが、今は鞘だけで完全に封印出来ている。そこまで邪気を祓う事に成功したのだ。

「でも、この刀にはもう、触らない方がいいわね」

 とはいえ、やはり接触しないのが一番いい。杏利は烈心を、どこか誰にも触れられない場所に捨ててしまおうと決意した。


 その時だった。


「杏利お姉ちゃん!!」

 アヤの叫び声が聞こえた。

 杏利が驚いて見てみると、ゼドが起き上がり、猛烈な速度でこちらに向かってきていたのだ。

 彼の目は、まっすぐ烈心を見ている。杏利は烈心を手に取り、ゼドから離れた。烈心を掴もうとしていたゼドの手は、空振りする。

「……そいつを寄越せ。それは俺がウルベロを殺すのに必要だ」

「……あんた、自分が何言ってるかわかってる? あんだけの思いしたのに何考えてんの!?」

 なんと、操られたのにも関わらず、ゼドはまだ烈心を必要としていたのだ。

「もうわかったでしょ? あんたにこの刀は使えない。武器が欲しいんでしょうけど、これはあんたに合わないわ。別の刀にしなさい」

「寄越せと言っている!! さっさと寄越せ!!」

 かなりの邪気を祓ったとはいえ、操られる危険性はまだ消えていない。鞘から引き抜けば、また操られるだけだ。だというのに、ゼドは烈心への執着を捨てない。

 ゼドはまるで、まだ烈心の怨念に憑かれているかのように、闇のエーテルブレードを作り、右手に持ち、杏利に斬りかかった。

「……」

 杏利は烈心をエニマに向けて放り投げる。


 そして、エーテルブレードを素手で掴んで止めた。


「うわっ!! ととと……あ、杏利!?」

 烈心を受け止めるのと、杏利がエーテルブレードを素手で止めたのに驚くのとで、エニマは忙しい。

「!? うおおおおおおおお!!」

 ゼドは左手にも闇のエーテルブレードを作り、杏利目掛けて振り下ろす。

 だが杏利は、これも片手で止めた。

「いい加減にしろよ……このバカ野郎……!!」

 それから、エーテルブレードを握り潰した。

「うすらとんかち!! わからず屋!! 大マヌケ野郎!!」

 驚いて動きが止まっているゼドの顔面に、みぞおちに拳を叩き込み、また顔面に今度はドロップキックを喰らわせる。

 もう力などほとんど残っていないはずの杏利。エーテルブレードを握り潰した時、彼女の手はズタズタに引き裂かれ、拳など振るえないはず。だがゼドへの怒りが、杏利に限界以上の力を与える。

「貴様!!」

「何であんたは」

 ゼドの拳をかわし、

「こっちの気持ちを!!」

 顎にアッパーを決め、

「理解しようと!!」

 肩を掴んでみぞおちに膝蹴りを当て、

「しないのよ!?」

 顔面を殴り飛ばす。

「う、ぐあ……!!」

 ゼドは今起きている事態が理解出来ない。杏利は自分より遥かに弱いはず。自分が消耗しているといっても、それは杏利も同じ事。いや、杏利の方が消耗している。

 それなのに、ゼドは杏利に一撃も当てられない。杏利から受ける一発一発が、恐ろしく重い。

「あんたは強いと思ってたけど、それはとんだ思い違いだったわ!! あんたは弱い!! 弱すぎる!! 誰かの憎悪に頼らなきゃいけないなんて、情けないと思わないの!?」

 自分の力でどんな相手も打ち倒し、窮地を打ち破ってきた男、ゼド・エグザリオン。杏利は彼の生き方に、本当に憧れていた。

 それなのに、こんな持ち主を操る欠陥武器などに頼らなければならないという、情けない姿を晒した。それが許せなかった。

「あんたなんか……あんたなんか……」

 もう言葉にならない。杏利自身も、もう何を言ったらいいかわからないのだ。心の中から、感じた事のない気持ちが溢れて、止まらない。

「うあああああああああああああ!!!」

 その気持ちが杏利を突き動かし、ゼドの顔面を殴り飛ばした。

 ゼドはもう、立ち上がってはこなかった。気絶してはいない。ただ、起き上がる気になれないだけだ。

「……どうしてそこまで、俺に構う?」

 倒れたまま、ゼドは杏利に尋ねた。理解出来ない。どうして杏利は、自分をそこまでして止めようとするのか。赤の他人のはずである。戦う目的も、全く違うはずである。それなのに、どうして……。

「わからない。でも、あんたを見てると、どうしてもあんたと一緒にいたくなる。一緒にいない時だって、いつもあたしは、あんたの事を考えてる。あたしにも、どうしてなのかわからないの」

 少し頭が冷えたのか、杏利は静かに告げる。ゼドの事をもっと知りたい。初めて会った時から、その気持ちは芽生えていた。

「それって、好きって事なんじゃないの?」

 アヤは言った。

「……好き? あたしはゼドの事が、好きなの?」

 それは、杏利が抱いた事のない感情だった。しかしアヤ達からしてみれば、好きでもない相手の為にここまで出来るはずがない。杏利はゼドの事が好きなのだと、そう見えていた。

「……意味がわからん。お前と一緒にいると、本当に調子が狂う」

 ゼドは呟く。

「俺はどうすればいい。お前にすら負けた俺は、一体どうすればいいんだ?」

 杏利を倒さない限り、烈心は手に入らない。手に入れたとしても、ゼドには使えない。そして今のままでは、ウルベロに勝てない。八方塞がりで、もうどうしたらいいかわからなかった。

「もしあなたが烈心を心から使いたいと願われるのでしたら、シルムヘルトに行かれてみては?」

 館長は、ゼドに提案した。烈心は強力な武器である事に変わりなく、使いこなす事が出来ればゼドにとってこの上ない力になる。

 だからこそ、シルムヘルトに行く事を勧めた。シルムヘルトは、烈心を封印したライズン教団の総本山である。

「昔とは違いますし、あそこに烈心を持っていけば、邪気を完全に浄化してもらえるかもしれません。同時にあなたも、自分の憎悪を捨てる為の修行を積むのです。そうすれば、あるいは……」

 シルムヘルトは、この世界で最も清らかな地と呼ばれる場所。昔より浄化の力もずいぶん強化されているし、そこで浄化してもらえるかもしれない。ゼドもそこで修行し、己の憎悪を捨てる事が出来れば、浄化出来ずとも操られる可能性を減らせる。

「そこに行けば、俺は強くなれるのか?」

「……少なくとも、あなたに欠けているもの、あなたにとって一番必要なものはわかるでしょう」

「……」

 ゼドは起き上がった。

「あなたを信用していないわけではありませんが。今のあなたにまだ烈心を渡すわけにはいかない。シルムヘルトへは、私が送っておきましょう」

 烈心についてはもてあましており、手放せるなら手放してしまいたかったのだ。邪気がかなり浄化された今なら、ここから持ち出すのも容易である。

「……」

 ゼドは杏利を見てから、幽鬼のような足取りで、外に出ていった。

 それを見送ってから、杏利は倒れた。

「杏利!!」

「「「杏利お姉ちゃん!!」」」

「杏利姉さん!!」

「勇者様!!」

 エニマ達は、倒れた杏利に駆け寄った。

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