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レジェンドガール  作者: 井村六郎
第五章 光の勇者
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第六十七話 武器の都、アームルズ

前回までのあらすじ



ウルベロを辛くも撃退した杏利達だったが、ゼドはさらなる力を求めて、妖剣烈心の封印を解きに行ってしまう。憎悪を持つ者がこの刀を手にすると、その者は刀に宿った怨念に操られてしまう。杏利とエニマはゼドより先に烈心を確保する為、ヒノト国から旅立つのであった。

 妖剣烈心。

 一人の刀鍛冶の憎悪から生まれ、三千人以上もの大虐殺を引き起こしたという悲劇の剣。

 この刀は感情によって強度を変化させる金属、心鉄こころがねで造られており、三千人全ての憎悪が込められた結果、心想が使える者でもない限り破壊は不可能といわれるほど強化されてしまった為、やむを得ず封印された。

 サクヤの話によると、烈心はヒノト国の遥か北に存在する、武器の町アムルーズに安置されているという。

 杏利とエニマはスレイプニルを駆り、アムルーズを目指していた。馬車でもニ週間はかかる距離にある町だが、スレイプニルならそれよりずっと短い時間で行ける。

 急がなければならない。烈心は自身を手に取った者を操る刀で、特に憎悪を持つ者は操られやすいらしいのだ。そしてその刀を、ゼドが手に入れようとしている。

 ゼドが着くより先にアムルーズにたどり着き、烈心を守らねばならない。

「しかし、先回りが出来たとして、ゼドに勝てるのか?」

 エニマは率直な疑問を述べた。

 杏利は心想を会得したので、ゼドとの力の差はかなり縮まったはずだが、それでも勝てるかどうかはわからない。

 何よりあの男とは、目的を果たす為の執念が違う。執念を持つ者は強い。

「勝てるかどうかじゃないわ。勝つのよ!」

 しかし、ゼドの執念がどれだけ強かろうと、勝たなければならないのだ。もしゼドが烈心を手に入れてしまったら、確実に操られてしまう。そうなったら、本当に勝てなくなってしまうのだ。

「そうじゃな。さて、そろそろサームイン雪原に入るぞ」

「……ひどい名前ね……」

 杏利は呟いた。



 杏利達がしばらく進むと、雪が積もっている場所がちらほら見えてきた。進むに従って、段々と雪の量が増えてくる。

 やがて二人の目の前に、一面真っ白な雪原が姿を現した。

 サームイン雪原。アームルズを囲むようにして存在している、広大な雪原だ。

 杏利の場合はマジックマントがあるので、寒冷地対策は既に出来ている。あとは、このまま突き進むだけだ。

「気を付けるんじゃぞ。サームイン雪原には、強力なモンスターが住みついておるからな」

「わかってる」

 サームイン雪原は強力なモンスターの巣窟であり、あまり陸路による往来がない。今となっては、飛空船が主な移動手段だ。

 モンスターが強すぎて、モンスアウトもほとんど効果がない。だから、入るならば激戦を覚悟しなければならない。

「望むところよ!」

 この程度の障害など乗り越えられず、ゼドを止められるはずがない。

 アームルズを目指して、杏利達は雪原に足を踏み入れた。



 まず最初に襲い掛かってきたのは、真っ白な猿のモンスター、ウェンディゴだ。ウェンディゴは群れで行動し、特殊な能力を持たない代わりに、一体一体の力が強い。気性が荒く、すぐ別の種族に戦いを挑む。

「好戦的なモンスターってワケ。でもね、今は相手してるヒマないのよ!! バニドライグ!!!」

 寒冷地に住んでいるモンスターは、暑さに弱い。つまり、火属性を弱点としている。もはや誰かに聞くまでもない、当たり前の常識。それを万能の天才、一之瀬杏利が知らないわけがない。

 大威力の火属性魔法一発で、ウェンディゴ十頭をまとめて灰塵に変えた。

 次に襲ってきたのは、コールドクリスタルというモンスターだ。

 このモンスターは、以前対峙したパープルガーディアンの青バージョンと言えるモンスターである。身体はパープルクリスタルの代わりに、氷で出来ている。また、周囲に冷気がある限りどこまでも巨大化していくという特性を持っていて、サームイン雪原で最も危険なモンスターとして指定されているのだ。

 急いでいるにも関わらず、こんなモンスターに出くわした事は、不運としか言い様がない。

「弱点は同じなんでしょ? なら簡単ね」

 しかし、この場合不運だったのは、コールドクリスタルも同じである。いや、コールドクリスタルの方が不運だと言える。

 なぜなら、急いでいる杏利の前に現れてしまったから。

「バニドライグ!!!」

 強力なモンスターである事に違いはないが、対処法もまた違わない。コールドクリスタルも、火属性を弱点としているのだ。

 コールドクリスタルは吹雪とツララの同時発射で、杏利を殺そうとしたが、桁外れの魔力を持つ杏利が放つバニドライグの前には無力で、全ての攻撃を打ち破られ、一瞬で溶かされ消滅した。

「大丈夫か杏利? そんな勢いで魔力を使っては……」

 全力に近い戦い方をする杏利を見て、エニマは心配した。

 杏利は強い。とはいえ、魔力量には限界がある。あまり魔力を使いすぎると、ガス欠で動けなくなってしまう。空での戦いのように。

「平気よ」

「意地を張るな。スレイプニルがあるといっても、目的地まではまだまだ時間が掛かるんじゃ。ペース配分を考えんと、アームルズに着く前に倒れてしまうぞ」

「平気ったら平気!!」

 杏利の体調を心配して、エニマは力を出しすぎないよう注意するのだが、杏利は聞こうとしない。

「ゼドだったらこんな程度で倒れたりなんかしないし、あたしより簡単にアームルズに着くはずだわ!!」

「……お前はどうしてそこまでゼドに固執するんじゃ……」

 妙にゼドに張り合おうとするし、これではまるで、負けず嫌いな子供のようだと、エニマは思った。

「……ゼドがあたしの目標だからよ。負けっぱなしなんて、嫌だもの」

 と思ったら、本当に負けず嫌いだった。

 よくよく考えてみれば、杏利はゼドに勝った事がない。いいところまでは行くのだが、負けてしまう。どうにかして勝ちたくてしょうがないのだ。

 だからこそ、ゼドを目標にしている。自分より遥かに強い、ゼドを。

「あたしは、あいつの実力に勝ちたい。妖剣なんかに操られたゼドに、勝ちたくなんてないの。だから、ゼドより先に妖剣を手に入れて」

「手に入れて、どうするんじゃ? 妖剣烈心は如何なる手段を使っても破壊出来ず、破壊する為には浄化が必要。そしてその浄化さえ、何者にも出来なかった」

 心想が使えるとはいえ、烈心をどうにか出来るかどうかは難しい。ゼドを説得しようにも、杏利の言葉など聞き入れはしないだろう。

「何度も同じ事を言わせないで。言って聞かないなら、身体でわからせる。今度こそ、あたしが勝つ」

 言葉が届かないというのなら、殴って止める。殴って殴って殴って、頭を冷やさせる。それ以外にない。

「……ま、それしかないの」

 エニマもそう思っていた。

 ゼドの決意は固い。何を言ったところで、それを曲げる事はない。

 ならば、実力で打ち負かす。打ち負かして、自分が選んだ方法は間違っているのだと、憎しみでは駄目なのだとわからせるしかない。

「何がなんでも、ゼドはあたしが止めるわ。それが、あの時ウルベロを倒せなかったあたしの責任だから」

 あそこでウルベロを倒しておけば、ゼドは一生杏利を恨む事になっただろうが、妖剣に手を出す事もなかった。だから杏利は、その事に責任を感じているのだ。

「ガァァァァァァァ!!!」

 次に襲ってきたのは、氷霊剣士というモンスターだ。

 氷霊剣士は寒冷地で死亡し、誰にも供養されずに霊体化、さらにモンスター化したアンデッドモンスターであり、非常に珍しく、それゆえに強力なモンスターである。

「くどい!! バニドライグ!!!」

 とはいえ、火属性が弱点である事は、今まで倒してきたモンスターと同じだ。いや、氷属性持ちのアンデッドなので、今までのモンスター以上にダメージが通る。バニドライグを放ち、焼き尽くそうとする杏利。

 しかし、炎が当たる寸前で、氷霊剣士は吹雪に姿を変え、消えてしまう。

「なっ!?」

 驚く杏利の横から、実体化した氷霊剣士が、再度襲い掛かる。

「バニドライグ」

 だが、杏利より先にエニマが反応し、今度こそバニドライグで、氷霊剣士を焼滅させた。

「どうやら今の氷霊剣士、少しばかり腕に覚えがあったようじゃな」

「エニマ……」

「別にゼドを目標にする事は構わん。じゃがな杏利、もう少しわしの事を見てくれ」

 杏利は一人ではない。自分と力を合わせれば、どんな不可能も可能に出来る。だから一人で背負い込まず、一緒に戦おうとエニマは言った。

「見てるわよ。旅を始めたその時からね」

 だが、それは言われるまでもなかった。

 杏利がこの世界で一番頼りにしている存在は、紛れもなくエニマなのだから。



 サームイン雪原に入って三日後。

「ここが……アームルズ……」

 遂に杏利とエニマは、アームルズに到着した。

 スレイプニルを消し、街の中を散策する杏利達。アームルズは周囲を防壁に囲まれ、そこかしこに雪が積もっている街である。

「武器屋……多っ……」

 そして、世界で最も多くの武器屋を保有する街だった。

 今まで杏利達が訪れた街には、せいぜい一軒か二軒程度しか武器屋がなかったのだが、軽く見て回っただけなのに、六軒もの武器屋を発見した。

「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!! 本日発売の新型魔化学兵器だよ!!」

(魔化学兵器まで!?)

 魔化学兵器を販売している武器屋は初めて見た。

「あんた、見ない格好だけど、旅の方かい?」

 杏利が興味深そうに見ていると、一人の中年男性が声をかけてきた。

「あ、はい」

「やっぱりねぇ。すごいだろう? 魔化学兵器を売ってる店なんざ、世界中どこを探してもこの街にしかねぇよ。といっても、この店が出来たのはほんの二ヶ月前なんだけどな」

 やはり、魔化学兵器の販売店はアームルズにしかないのだそうだ。しかし、この男性の話によると、この店が開店したのはつい最近らしい。

「魔王軍の攻撃が段々激しくなってきてるから、こっちも強力な武器を造らなきゃ対抗出来ないのさ。いくら武器屋の街っていっても、昔はここまでする事はなかったんだけどねぇ……」

 日に日に勢いを増す魔王軍の進撃。聞くところによると、使う武器も強力なものに変わってきているそうだ。

 これに対抗するには、同じく強力な武器を造ってぶつけるしかない。しかしそれを考慮しても、ただのモンスター相手なら魔化学兵器は過剰戦力だ。杏利は空中国家ノアでの戦いで、魔化学兵器の大盤振る舞いを喰らっているからよくわかる。

 このままでは、魔王を倒した後も兵器だけが残り、千年前の大戦のようにまた人間同士の殺し合いを始めてしまうだろう。

 それを防ぐには、一刻も早くイノーザを倒さなければならない。

 しかしそれよりも、杏利はやる事を思い出した。

「すいません。この国のどこかに妖剣があるって聞いて来たんですけど、どこにあるかわかりますか?」

「ん? 妖剣っていうと、博物館に展示してあるやつか?」

 いきなりビンゴだ。この男性は、烈心がどこにあるのか知っていた。

「何だってそんなもんが見たいのかわかんねぇなぁ。とんでもない人数を斬り殺した上、斬られた人間の怨念が道連れを求めて、抜いた人間を操るんだろ? 欲しいってんならやめといた方がいい」

「あたしは欲しくありませんけど、剣を狙ってる人がいるんです」

「えっ!?」

「博物館の場所を教えて下さい!」

 時間が惜しい。杏利は男性から博物館がどこにあるかを聞き出すと、急いで烈心の確保に向かった。



 博物館。

「ここね……」

 たどり着いた杏利とエニマは、中に入る。

「さすが、武器の博物館じゃな。そこかしこに様々な武器が展示されておる」

 古の英雄が使った剣や、一番最初に造られた銃など、いろんな武器がたくさん展示されている。中にはレプリカもあったが、よくもまぁこれだけの武器を集めたものだとエニマは思った。


「杏利お姉ちゃん?」

「ねぇ、杏利お姉ちゃんじゃない!?」


 と、懐かしくも幼い声が聞こえて、杏利とエニマは振り返る。

 そこには、アヤ、チェルシー、ティナ、ミーシャの、四人の魔法学校生がいた。そのそばには、レティシアもいる。

「みんな! それに先生も!」

「やっぱり杏利姉さんだったね」

「お前達、どうしてここにおるんじゃ?」

「今日は夏休み前の研修旅行なの」

 ニルベルオスマジックアカデミーでは、年に何回か研修旅行がある。アヤ達は魔化学兵器などの、魔法が組み込まれた武器について勉強する為、飛空船でアームルズに来たのだ。

「勇者様はどうしてここに?」

「ゼドのやつが、ここに展示されておるという妖剣烈心を狙っておってな、奴が来る前に確保しに来たのじゃ」

「烈心はどこにあるんですか?」

「それならこの先です。私達もちょうど行くところだったので、一緒に行きましょう!」

 事態の重さを把握したレティシアやアヤ達とともに、杏利達は妖剣烈心の確保へと向かう。



 たどり着いた先は、博物館の最奥部。

 妖剣烈心は武器の街であるアームルズでも危険と判断されており、外部の者が簡単にはたどり着けない最奥に安置されているのだ。まぁ、武器の街だからこそ、妖剣の危険さがわかるのかもしれないが。

「これが……妖剣……」

 ミーシャは呟く。他の武器が華々しく展示されているのに対し、妖剣は台座の上に、スポットライトを当てられて、どこか不気味さを放つような形で置かれていた。

「……いや、違う!」

 しかし、エニマは烈心を見て言い放った。

「これは烈心ではない!」

「えっ!?」

 杏利は驚く。この刀は、妖剣烈心ではないというのだ。

「この刀、フィアージがかけられている」

 チェルシーもまた、この刀が烈心ではない事を見抜いた。

 非常に巧妙ではあるが、この刀には相手に不安や恐怖を感じさせる無属性魔法、フィアージがかけられていたのだ。

 烈心は一目で邪悪な刀だとわかるくらい、怨念を放っていると言われている。これはそのレプリカであり、フィアージを使う事で本物であるかのように演出しているのだ。

「でも、補助魔法って五分しか効果が続かないんでしょ?」

 確かに杏利の言う通り、補助魔法では永久的な演出には向かない。

 すると、エニマが立ち入り禁止の紐を乗り越え、中に入った。

「エニマ!」

 杏利が呼び止めるが、エニマは止まらず、烈心のレプリカを手に取り、鞘から引き抜いた。


 レプリカには、刀身がなかった。


 いや、よく見ると透明な刀身がある。


 しかし、それは金属の刀身ではなく、石で出来た刀身だった。


 魔石だ。刀身の形になるように造られた、フィアージの魔石である。


「これだけの大きさなら一日……いや、一週間は効果が続く」

 この博物館の館長は、妖剣の刀身そっくりな大きさの魔石を造り、一週間ごとに同じものを造って取り付けていたのだ。

「誰だ!! 立ち入り禁止の看板が見えなかったのか!?」

 そこに、警備員が二人やってくる。警報装置が作動し、エニマを取り押さえに来たのだ。

「待って下さい!」

 しかし、警備員達を杏利が止める。

「あの妖剣は偽物ですね? 妖剣を狙っている人がいます。本物の妖剣がどこにあるか教えて下さい。あたしは妖剣を保護しに来た勇者、一之瀬杏利です!」

 杏利は警備員を説得した。



 しばらくして、この博物館の館長が現れ、杏利達は警備室に通された。

「そうでしたか。あなたが勇者の……」

「それで、本物の妖剣はどこにあるんですか? もしかして、近くにあるとか?」

「お察しの通りです。本物の妖剣は、この博物館の近くにあります」

 妖剣烈心は非常に危険な刀だ。盗まれないようレプリカを配置したが、何かあった時すぐ保護出来るよう、本物はすぐ近くに隠してある。

「ご案内します!」

 館長は警備員達を共に、杏利達を本物の烈心が隠してある場所へと連れていった。

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