第六十六話 ヒノト国の奇跡
前回までのあらすじ
自分に憎悪を抱く者から力を吸い取るウルベロの能力、アヴェンジャーキラーに苦戦する杏利達。しかし、杏利の活躍で、ウルベロを撃退する事に成功するのだった。
天守閣。
「なんという事だ……」
戦いが終わって、クニミツは六枚桜を見上げていた。
「父上!」
「お殿様!」
そこへ、サクヤと杏利達が来る。ゼドは起こしていない。起こしたら絶対に面倒な事になるから。
「サクヤか……」
「こ、これは……!!」
サクヤは、傷だらけになり、枯れ果てた六枚桜を見て絶句する。
「ウルベロね……」
杏利は予想を付けた。
六枚桜に結界が張ってある事は前以て聞いていたし、それを突破してこれだけの斬撃傷を付けられる存在など、ゼドとサクヤの力を吸ってパワーアップしたウルベロ以外に考えられない。恐らく、撤退する寸前に付けたのだろう。
「最後の最後で、余計な事をしてくれるのう……」
「このままでは、ヒノト国が!!」
エニマは苦い顔をし、シンガは焦る。
六枚桜の加護がなければ、ヒノト国は大きく弱体化する。次に魔王軍が大軍で攻めてきたら、間違いなく敗北するだろう。
「……仕方あるまい。いつかこの日が来るような気がしてはいたのだ」
「ち、父上……!!」
「何なの? サクヤさん、お殿様は何をしようとしているの!?」
何かを諦めた話し方をするクニミツを見て、ただならぬ気配を感じた杏利は、クニミツが何をするつもりでいるのかをサクヤに訊いた。
「……六枚桜に、己の命を捧げるつもりなのです」
魔法を使っても、死んでしまった命を蘇らせる事は出来ない。
しかし六枚桜だけは、血液に自身の力が宿っている者、すなわちテンノウイン家の人間を生け贄に捧げる事で、生き返らせる事が出来るのだ。
「以前にも六枚桜は、グリーンアウトっつう植物に感染する病で、死んだ事があった」
「その時は、殿の奥方様がその命を捧げられた事で、蘇らせたのです」
シキジョウとアカガネは語る。
十年前、この世界にはグリーンアウトという病気が流行っていた。
植物に感染する病で、感染した植物は灰色になって枯れてしまう。どんなに青々と繁っている草木も、色を抜かれたように死んでしまうので、グリーンアウトという名前が付けられたのだ。
ヒノト国は六枚桜の加護に守られていた為流行らなかったが、国の転覆を狙う者によってウイルスが注入され、六枚桜は感染してしまったのである。
今でこそ特効薬が開発されているが、当時は治す方法がなく、六枚桜は枯れてしまった。
国を守る為、サクヤの母、ルリコは命を捨て、その血を捧げる事で六枚桜を蘇生させ、ヒノト国は救われたのである。
「サクヤさんのお母さんがいないと思ったら、そういう事だったんだ……」
おかしいとは思っていた。だが、サクヤに尋ねても、教えてくれなかったのだ。
「今回は私が命を捧げよう。この国の主の座は、サクヤ。お前に託す」
「父上……承知致しました」
「ちょ、ちょっとサクヤさん!! そんなあっさりいいの!?」
「仕方ないのじゃ、杏利。こやつらの命は、一人だけのものではない。多くを救う為には、己の命を捨てなければならん時もあるのじゃ……」
サクヤとクニミツを止めようとする杏利だが、エニマに諫められてしまった。
彼らは一国の主と、その血を継ぐ者である。国の為には、自分の全てを捨てなければならないような、そんな決断を迫られる時もある。彼らの命は、生まれた時から既に、彼らだけのものではなくなっているのだ。これはこの国の問題である。
死に対しては、心想も無力だ。杏利の心想で、六枚桜を生き返らせる事は出来ない。それでも、それでも何とかする方法はないか。誰も犠牲にならずに済む方法はないかと、杏利は必死で考える。
「!!」
そして思い出した。杏利はポーチを漁り、中から一粒の種を取り出す。
蘇りの種。以前海賊と魔王軍の企みから救った島民から、お礼としてもらった、植物を復活させる奇跡の種。
「そうだ。これを使えば……!!」
杏利はスキルアップを唱えると、天守閣から飛び降りた。
「杏利!?」
エニマも同じように飛び降りる。
二人がたどり着いたのは、六枚桜の根元。杏利は土を掘り返し、そこに蘇りの種を植えてから、土をかけて埋め直す。
「一応、水はあげた方がいいかしらね」
杏利はアクアルを唱えて、水をかける。
変化はすぐに起こった。
種を植えた場所が光ったかと思うと、光は六枚桜へと移ったのだ。
光はどんどん大きくなっていき、その光の中で、六枚桜の傷が癒え、枯れてしまった部分が色を取り戻していく。
やがて光が消えた時、六枚桜は元通りに復活していた。
蘇りの種の元であるライフツリーは、種の中に命を作り出す。その命が死んでしまった植物に移り、復活させるのだ。
「これは……!!」
「奇跡だ!! 六枚桜が蘇った!!」
シンガとリュウマは喜ぶ。杏利は一人の犠牲も出す事なく、六枚桜も、ヒノト国も、救ってみせたのだ。
魔王軍を殲滅してから、五日もの日が経った。
その間、ヒノト国の兵士と国民達は、国の復興に務めていた。もちろん、杏利とエニマも一緒だ。
「本当に、ありがとうございます。あなた方には一体何とお礼を言えば良いか……」
サクヤは杏利達が国を救ってくれた事を、心の底から感謝している。杏利のおかげで、サクヤは父を失わずに済んだのだ。
「いえ。あたしも、この国を守れてよかったです」
杏利としても、サクヤの故郷であるヒノト国を守れてよかったと思っていた。
「……ところで、ゼドの様子はどうですか?」
杏利はサクヤに、ずっと気掛かりだった事を尋ねる。
「……医師の診断では、まだ、目を覚まさないようです」
今回の戦い、一番大きなダメージを受けたのはゼドだ。肉体的にも精神的にも消耗が激しく、回復魔法や薬を使っているが、この五日間昏睡状態に陥ったまま、目を覚まさない。
仕方なかったとはいえ、ゼドをこんな状態にしてしまったのは自分なので、杏利はずっと気になっていたのだ。
「これから、ゼドの様子を見に行きます」
「そうですか……」
「杏利様は、会っていかれないので?」
復興は、杏利の存在が必要ない程度には進んだ。ならば、長居は無用。一刻も早く魔王を倒し、二度と今回のような事態が起きないようにしなければならない。
杏利は別れの挨拶をする為、サクヤに会いに来たのだ。
「遠慮しておきます。絶対タダじゃ済みませんから」
確かに、殴り返してくるくらいはしそうだ。
「そうですね。では私が、杏利様とエニマ様の分もよろしく言っておきます」
そういうわけで、サクヤに言付けて、杏利とエニマはクニミツに挨拶をする事にした。
「此度の戦、勇者様のおかげで勝ち申した。そのお礼を差し上げまする。これへ」
クニミツは近くにいた女中に命じて、杏利に礼を渡した。
「これ、ブラックオリハルコン!?」
女中が杏利に渡したのは、ヒルビアーノでもらったのと同じ、ブラックオリハルコンだった。
「どうしてこれが?」
「伝説の聖槍エニマ・ガンゴニール。実は、一人で造り上げたものではないのです」
エニマを造る時、世界各国から優秀な鍛冶屋と、賢者が集められた。その鍛冶屋の一人に、ヒノト国出身の者がいたのだ。
このブラックオリハルコンはその時の余りであり、記念にと持ち帰ったのだという。
「何かの役に立つのではと、思いましてな」
「……ありがとうございます。じゃあ、遠慮なく頂きますね」
杏利はポーチにブラックオリハルコンを入れた。
「そなた達の旅路に、六枚桜の加護のあらん事を」
クニミツは杏利とエニマに祝福の言葉を送り、二人はその場をあとにした。
城から出る途中、杏利は立ち止まった。
「どうかしたのか?」
「……やっぱり、ゼドに会ってくるわ」
杏利はエニマに答える。殴られるかもしれないが、殴ってごめんぐらいは言いたい。なぜなら、このままヒノト国を出れば、自分がゼドから逃げたような気がするからだ。それは何だか、癪に触る。
「ほぼ間違いなく殴られるぞ?」
「覚悟してるわ」
エニマから警告されたが、それでもやっぱりゼドから逃げたくないので、医務室に向かった。
「失礼しま―す……」
若干緊張しながら、医務室の扉を開ける杏利。
そんな彼女の目に飛び込んできたのは、気絶しているサクヤと医師だった。
「サクヤさん!!」
「サクヤ!!」
驚いた二人はサクヤに駆け寄る。
「サクヤさんはあたしが見るわ! エニマは先生をお願い!」
「わ、わかったのじゃ!」
二人は役割を分担し、それぞれ回復魔法をかける。
「……う……杏利、様……?」
間もなくして、サクヤは目を覚ました。
「サクヤさん! 一体何があったの!?」
「……そうだ……ゼドが!!」
「ゼド?」
サクヤに言われて、杏利は医務室を見回す。
そういえば、ゼドがいない。この医務室で眠っているはずのゼドの姿が、どこにもないのだ。
「目を覚ましたのね? ゼドはどこに行ったの?」
「ゼドが……ゼドが、妖剣の封印を解きに……!!」
「妖剣……?」
事は数分前に遡る。
「失礼します。ゼド、気分はどう……」
医務室に入ったサクヤは、絶句した。突然布団から起き上がったゼドが、医師を殴り飛ばしたのだ。
ゼドはサクヤの存在に気付いて視線を向けたが、すぐに無視して、壁にかけてある自分の服を着始めた。ちなみに今ゼドは半裸であり、あちこちに包帯を巻いている。
「ゼド!! あなた何をして……!?」
問い詰めるサクヤを無視して、ゼドは服を着続ける。彼の服は新しいものと交換してあったので、服さえ着れば負傷者であるとは気付かれないだろう。
「答えなさい!!」
「お前には関係ない」
やっと返事をしたゼド。そのまま医務室を出ようとするが、サクヤが立ち塞がる。
「どけ」
「ちゃんと話すまで通さない!!」
強情なサクヤを見て、ゼドはしぶしぶ目的を話す。
「妖剣を取りに行く」
「よ、妖剣を!?」
ゼドの発言を聞いて、サクヤは驚いた。
三百年ほど昔、ヒノト国には一人の鍛冶屋がいた。その名はゲンレイと言い、常日頃から強力な武器を造ろうと心掛けていた、刀鍛冶である。
彼が打った刀は、どれもこれも名のある一級品だが、いくつ打っても、どれほど切れ味がよく頑丈な刀を造っても、満足する事はなかった。
何かが足りない。自分が打つ刀には、何か大切なものが欠けている。
そんな時、事件が起きた。彼の息子が、人斬りの浪人に殺されたのだ。妻に先立たれ、男手一つで育ててきた息子を殺された憎しみに狂ったゲンレイは、浪人を殺して息子の仇を取る為、より一層強力な刀の作製に取り組んだ。
そんな中彼が思い出したのは、エニマを造った鍛冶屋の中に、ヒノト国の鍛冶屋がいたという話だった。
そこからエニマの詳細についてを知り、エニマは感情を持つ生きている槍であるという事を知ったのだ。
感情を込める。そこからヒントを得たゲンレイは、非常に貴重な金属、心鉄を手に入れる事にした。
心鉄はブラックオリハルコンほど頑丈な金属ではない。だが、この金属を使って造った武器は、使い手の感情によって強度や切れ味が変化するという特性を持っていた。
その特性ゆえ安定感がなく、エニマの素材としては不適格とされた金属だが、強い憎しみがあれば、心鉄で造った刀はとてつもなく強力な武器になる。
詳細は省くが、とにかく心鉄を手に入れる事に成功したゲンレイは、ありったけの憎しみを込めて、心鉄で刀を打ち、そしてこの刀を烈心と名付けた。
憎悪に支配されたゲンレイはもはや完全に狂っており、自分を止めようとする者、自分に向かってくる者、ただ目の前に立っていた者まで構わず斬って殺し、浪人を探し続けた。
壮絶な旅の果てに仇討ちは成ったが、ゲンレイはその後も人斬りを続けた。その理由は、自分が打った烈心にあった。
烈心には今まで殺された人間達の怨念が宿り、ゲンレイはその怨念に支配されてしまったのだ。
ヒノト国の兵士達によってゲンレイは討たれたが、烈心の脅威は消えなかった。烈心は自身を手に取った者を支配し操り、殺戮を繰り返す妖剣になってしまっていたのである。
殺せば殺すほど、殺した相手は怨霊となって烈心に取り込まれ、烈心は力を増していく。この恐ろしい妖剣は、ヒノト国とライズン教団の共闘によって、とうとう封印された。
その後三百年間、何度か憎悪の浄化が行われたが、全て失敗し、浄化は不可能と判断され、以後最悪の武器として封印されている。
「妖剣は自分を封印の鞘から引き抜いた者を操ってしまう!! 特に憎しみの感情を強く持つ者は、より操られやすいと聞いているわ!! そんな剣の封印を解きに行くなんて正気なの!?」
「俺の力は成長の限界に達した。ならば、あとは武器を手に入れる以外に強くなる方法はない」
「だからといって、わざわざ妖剣を選ばなくても……!!」
「俺の中には、もう憎しみしかない。だから奴に……ウルベロに思い知らせる!! 憎悪の力の、その真髄を!!」
ゼドは、自分の憎悪がウルベロに負けてしまった事が許せなかった。だから自分の憎悪で妖剣を支配し、その力でウルベロを倒すつもりでいるのだ。
「あの剣の憎悪は、パラディンロージットでさえ浄化出来なかったのよ!? あなたが制御出来るはずがない!!」
実は、過去にロージットが烈心の浄化を試みている。しかし浄化は失敗し、操られはしなかったものの、溢れ出した憎悪が無数の刃となり、全身をズタズタに切り裂かれて瀕死の重傷を負った。
一切の憎悪を持たないロージットですら、烈心の力に抵抗しきれなかったのだ。強すぎる憎悪を持つゼドが触れれば、一体どうなってしまうかは説明する必要もない。
「もう決めた事だ。考えは変わらない。さぁ、言う通り教えたぞ。そこをどけ」
「そんな話を聞かされて行かせるわけないでしょ!? 考え直して!!」
操られてしまうのは確実だ。そんな危険な刀を、ゼドに使わせるわけにはいかない。
「……お前を手にかけるつもりはなかったがな」
次の瞬間、ゼドはサクヤの腹を殴った。
「がっ……!!」
六枚桜の守護すら貫通するゼドの力。サクヤは呆気なく気絶してしまった。
「そんな事が……」
この世界にはエニマ以外にも強力な武器があると聞いていたが、そんな恐ろしい武器があるとは思っていなかった。
「杏利様、エニマ様。ゼドを止めて……!!」
自分には止められない。だからサクヤは、杏利とエニマに託した。
「……わかりました」
杏利は承諾した。
五日前、イノーザの城。
「どう言い訳をするつもりだ?」
ヴィガルダは目の前で頭を下げているウルベロに、怒っていた。
理由は明白だ。造魔兵を大量に動員し、挙げ句ロイヤルサーバンツ候補の新型超魔を、三人とも死なせてしまった。これで怒らないはずがない。
(くそが……!!)
しかし、ウルベロ自身も怒りを感じている。せっかく六枚桜を殺すという結果を残したはずなのに、モニターを通して見てみれば、あっさり蘇生させられていた。ウルベロは結果を残せなかったのだ。
「ヴィガルダ、そう怒るんじゃない」
「イノーザ様、よろしいのですか?」
「仕方ないさ。あのヒノト国相手に、よくやったものだよ。さすが、現役のロイヤルサーバンツだ」
「イノーザ様お優しい!! 素敵ですわ!!」
イノーザはウルベロを許し、ラトーナはのろける。
(上から物を言いやがって……今に見てろよこのクソ女!!)
表面上忠誠を誓っているように見せながら、ウルベロはその内心で、イノーザを侮辱していた。
(しかし、どうするか……)
何とか切り抜けたウルベロは、今後の自分の行動を考える。
(今の俺なら、ラトーナの雑魚は簡単に殺せる。だが、ヴィガルダはどうだ?)
彼にとって一番厄介な相手は、やはりヴィガルダだった。今回の戦いで莫大な力を得たウルベロなら、恐らく勝てるだろうが……。
(いや、まだ行動に移すのは早い)
ウルベロが今計画している事は、非常に危険な作戦だ。まだイノーザに知られるわけにはいかないし、一度実行すれば後には引けない。慎重に行動する必要がある。
(一番いいのは、やっぱりこの世界の人間と戦って、戦死してもらう事だが……)
それならウルベロがイノーザに背信しようとしている事はバレない。しかし、あの二人を倒せる者など数が知れている。
「あ―あ。誰かあいつらを殺してくれねぇかなぁ~」
ウルベロは呟いた。




