第六十五話 アヴェンジャーキラー
前回までのあらすじ
ネタバレ。ウルベロ以外はかませ。
シャーズと死闘を演じる杏利。
時間を自在に操るシャーズの能力に、一撃、また一撃と、どんどんダメージが蓄積されていく。
しかし杏利は、戦いを重ねる中で、シャーズの能力は決して万能ではないという事に気付いた。
それは、シャーズが時間に関して起こせる事象が、一つだけであるという事。
例えば、シャーズは限定して時間を巻き戻す事により、エニマの加護や強化魔法を消してしまえる。
だが、一度の時間操作で消せるのは、どちらか一つだけ。つまり、両方を同時に消した上で時間を止め、丸裸になった杏利を攻撃する事は、出来ないのである。
これにより、消される度に掛け直す事で、杏利は一撃死を免れていた。
しかし、突破口が開けたわけではない。
「はぁっ!!」
音を置き去りにして繰り出される杏利の突き。だが、その攻撃はシャーズの肌に触れた途端、弾かれてしまった。
今のように、シャーズは自身の肌を流れる時間を止める事で、あらゆる攻撃を無効化する。以前よりさらに力を増した杏利の一撃も、時の鎧を貫くには至らない。というより、物理法則に縛られた攻撃は通じない。
(正攻法は通じない、か……)
それでも、シャーズを倒す方法は一つある。
「何を考えている?」
その方法を使おうと思っていると、シャーズに話し掛けられた。
「何をしても無駄。私の時間操作は最強の能力。だから、ロイヤルサーバンツになるのは私」
そして、またシャーズの姿が消える。杏利は急いで振り向こうとするが、
「遅い」
もうシャーズは目の前に来ていた。
そしてシャーズは、杏利の口の中に片方の剣を突っ込む。防御魔法をいちいち解除するのが面倒なので、防御力が上がっていようと関係ない場所を攻撃したのだ。
剣は杏利の口を貫通し、シャーズは剣を引き抜く。
「終わった」
血を流しながら倒れた杏利を見て、シャーズは呟いた。口を貫通されて、生きている人間はいない。
「これで私が、ロイヤルサーバンツに……!!」
勇者杏利を倒した功績は大きい。間違いなく、ロイヤルサーバンツに昇格してもらえる。シャーズはそう思って、喜んだ。
「こんな勝ち方したくなかったんだけどねぇ……」
杏利は棒立ちになっているシャーズを見ていた。
彼女がこうなっているのには理由がある。シャーズが時間を止める寸前で、幻惑の宝光を使ったのだ。
シャーズを倒す数少ない方法の一つは、幻惑の宝光で幻を見せながら、一撃で消滅させる事である。
「まるであたし、卑怯者みたい……」
もう一つの方法として、心想の使用があった。こちらを使えば、もっと確実にシャーズを倒せる。しかし、大量の造魔兵が攻めてきている今、一瞬使うだけでも大きく体力を奪われる心想を使うのは、得策ではない。
「気にするな。これは負けられん戦いじゃからな」
エニマが杏利を慰めた。
そう。これはサクヤの故郷を守る為の、負けられない戦いなのだ。
「……そうね。にしても……」
杏利は片手をシャーズに向けながら、魔力を込める。
「お城がボロボロになっちゃうなぁ……後でサクヤさんに謝らなきゃ」
今から杏利が使うのは、大威力の魔法。使えば城が大ダメージを受けるだろう。しかし、そう言ってもいられない。
「ビルツジライガ!!!」
光属性の上級魔法は、未だに幻覚を見ているシャーズを完全に消滅させ、壁を破壊し、その先にいた造魔兵の大群も消し去った。
「あ~あ……やっちゃった……」
杏利は後味の悪そうな顔をしていた。
サクヤはバズラムの重力操作能力によって、何度も何度も床や天井に叩きつけられていた。
「姫様!!」
シンガとリュウマ、シキジョウとアカガネは助けに行こうとするが、常に途切れる事なく造魔兵が雪崩れ込んでくる為、加勢出来ない。
「うっ……!!」
「何とも頑丈なものだな。それがこの国の守護桜、六枚桜の加護の力か?」
床や天井が陥没するほどの衝撃を何度もぶつけられているにも関わらず、未だにサクヤが死んでいない理由は、六枚桜の加護によるものだ。でなければ、最初の一撃でサクヤはプレス機で潰された缶ジュースのように、ぺしゃんこにされて鮮血と臓物をぶちまけている。
「まったく、小娘のくせに面倒な……ならば、こうしてくれよう」
バズラムは重力を操り、サクヤを空中に浮かべた。
「させるか!」
何をするつもりか知らないが、これ以上好きにはさせない。そう思って、シキジョウはバズラムに手裏剣を投げつける。
だが、手裏剣は途中で軌道を変え、サクヤに向かって飛んでいき、腹に命中した。幸い六枚桜の加護のおかげで、刺さってはいない。
「シキジョウ!! あんた何やってんだい!!」
「す、すいやせん姫様!! けど何で……」
アカガネは怒るが、シキジョウはなぜこうなったのかわからなかった。彼が投げる手裏剣は百発百中であり、外した事などないのだ。
「簡単だ。重力を集めているのさ」
その答えは、バズラムが自ら明かした。
バズラムはサクヤを中心に、周囲の重力を集めているのだ。これにより、バズラムに向かう飛び道具は、全てサクヤに向かってしまうのである。影響を受けないのは、バズラムのみだ。
「このままブラックホールを作り出し、原型がないほどに押し潰してやろう!!」
さらに重力を強めていくバズラム。
「はっ!!」
だがサクヤが気合いを入れた次の瞬間、サクヤに集まっていた重力が消え去った。
「な、何!? 貴様……何をした!?」
「六枚桜の力は、この程度の事で敗れはしない!! 邪悪なる力を滅する事も、また守護なり!!」
六枚桜の加護を受け継ぐテンノウイン家の人間は、その加護の真の力を引き出す事が出来る。
そしてその真の力とは、自身を害する力の消去。
例えば、人体が耐えられないような高重力なら、余分な重力分を抹消して必要な分だけ受ける。
サクヤは六枚桜の加護を使い、バズラムの重力を無効化したのだ。
「そして、この世界を蝕む邪悪を滅ぼす事こそ、我が使命!! 滅びよ、超魔!!」
サクヤはバズラムに向かって突撃する。バズラムは重力波で反撃するが、六枚桜の加護に全て消されてしまう。
「はぁぁぁっ!!」
サクヤの右手に加護の力が集まり、桜色の光弾が出来る。そしてサクヤは、それをバズラムの心臓目掛けて叩きつけた。
「ば、馬鹿な……!!」
バズラムは六枚桜の力を受け、消滅した。
「ふっ!!」
さらに加護の力を全身から放出し、造魔兵達だけを消し去る。
「お見事です。姫様」
「ですが、無理をなさらないで下さい。奥方様に続き、姫様まで命を落とされるような事があっては……」
「わかっています。ですが、私はテンノウイン家の娘。この身に宿りし命こそ、正義の先駆けとならねばなりません」
シンガとリュウマから、あまり無茶をしないよう注意されたサクヤ。しかし、彼女もテンノウイン家の人間である。邪悪が蔓延る事があれば、己の全てを懸けて立ち向かわなければならない。
例えその結果、死ぬ事になったとしても。
「サクヤさん!」
そこへ、杏利が合流してきた。
「杏利様! ご無事でしたか!」
「何とか。それより、突然造魔兵の侵入が止まって……」
それは恐らく、兵士達の体勢の立て直しが終わったからだろう。六枚桜の加護によって、兵士達はダメージを受けない。なら、あとは倒すだけだ。
これなら勝てそうだと安心する杏利。
だがその時、すぐ近くの壁を突き破って、ゼドが飛び出してきた。
「ゼド!!」
杏利は驚く。床に叩きつけられたゼドは、鋭利な刃物で斬られたかのように、全身をズタボロにされていた。
「どうしたどうした。そんなもんかよ? お前の憎しみはさ!」
続いて、今破壊された壁の向こうから、両手に二本のオルトロスを持ったウルベロが出てきた。
「ウルベロ!!」
「おやおや、いつぞやの女勇者様じゃありませんか。悪いが俺は今すっげぇ気分がいいもんでな、邪魔しないでくんねぇか」
おどけた口調で言い放つウルベロ。だが杏利の存在など眼中になく、ゼドに向き直る。
「お前達、手を出すな……これは、俺の戦いだ……!!」
刀を杖代わりにしながら立ち上がるゼド。
(ゼドがここまでズタボロにされるなんて……)
おかしい。どう考えてもおかしいと、杏利は思っていた。
最初にウルベロと戦った時、杏利はゼドの方が強いと思った。あの戦いの時からそれなりに時間が経過しているので、ウルベロもあのままという事はないだろうが、それでもここまでゼドを圧倒するのはおかしい。
「杏利!! こやつ、ゼドの力を吸い取っておる!!」
その理由に気付いたのは、エニマだった。
「ほう、気付いたか。さすが、伝説の槍だな」
ウルベロは、自分に憎悪を抱く者の力を、吸い取る事が出来るのである。相手が強くウルベロを憎むほど、ウルベロは相手の力を骨の髄まで吸い取れるのだ。
「これが俺の能力、アヴェンジャーキラーだ!」
アヴェンジャーキラー。まさしく、復讐者殺しとも言うべき力である。
「ま、まさか、あんた自分の能力を使う為に、わざとゼドが自分を憎むよう仕向けたの!?」
杏利の中で、嫌な想像が膨れ上がる。
「ああ。アヴェンジャーキラーは少々使いづらい能力だが、復讐の為に戦うやつは強い。その力を奪い取る事が出来れば、俺はもっと強くなれる! 俺は俺の目的を果たす為に、一刻も早く強くならなきゃいけないんだ」
詳細は知らないが、ウルベロはとにかく力を求めている。その為に自分に憎悪を向ける者、復讐者を量産し、殺す事を繰り返してきたのだ。
以前杏利に言った、強い相手と戦う事を望んでいるというのは、間違いではない。ただ、自分を憎んでいる事がどれほど重要かを、教えていなかっただけだ。
「わかったか? お前ら姉弟は俺の踏み台なんだ。姉貴の仇を取りたい。殺したい。それは自分の意思。そうだな、確かにその通りだ。しかしそいつは、俺の思惑通りの事。お前は俺が吸い殺す為に生かしてやってたんだよ!!」
見る者が凍りつくような笑みを浮かべて、全てが自分の計画通りだった事をゼドに教えるウルベロ。ゼドはまんまと、ウルベロに踊らされていたのだ。
「ウ・ル・ベ・ロォォォォォォォ!!!」
その言葉は、ゼドを挑発するには充分すぎだった。
ゼドは無数のエーテルブレードを射出しながら、ウルベロに立ち向かう。火、水、風、氷、地、雷、闇、無。自分が使える全ての属性の魔力を、エーテルブレードへと変える。
「効かねぇなぁ!!」
だがそれらは、ウルベロの身体に触れた瞬間、全てウルベロに吸収された。
「そぉらっ!!」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ウルベロは両手のオルトロスを振るう。二本の蛇腹剣がゼドの全身を斬り刻み、膝を付かせた。
「ウルベロ!!」
「貴様!!」
それを見ていたシンガとリュウマが斬りかかり、シキジョウとアカガネが手裏剣を投げる。
「すっこんでろ!! 邪魔なんだよ!!」
しかし、ゼドの力を吸収する事で大幅なパワーアップを遂げたウルベロは、四人を一瞬で戦闘不能にしてしまった。
「このクソ野郎!!」
次に挑むのは杏利だ。
「邪魔だっつったのがわかんねぇか!?」
対するウルベロは、オルトロスの刀身を二本とも別れさせ、杏利を襲う。エニマがすぐに穂先と石突を鎖に変え、迎撃する。
(捌ききれん……!!)
だが、今回はあの時と違う。向かってくるのは、変幻自在に動き回る四本の刃。二本の鎖では、単純に手数が足りない。
「ああっ!!」
エニマの防御はあっけなく崩壊し、杏利は肌を斬りつけられた。
「対策はしてあるんだよ!! バーカ!!」
ウルベロは前回の戦いから学んでおり、再び杏利と対峙した時必ず勝てるよう、オルトロスを二本用意したのだ。
「杏利様!! もう許さない!!」
これで残ったのはサクヤのみ。彼女もまた、ウルベロに向かっていく。
「あっ!?」
だが、彼女の歩みは止まった。止まって、膝を付く。
力が入らない。いや、力が吸い取られていく。
「おお? 何だ、お前も俺を憎んでたのか?」
ウルベロのアヴェンジャーキラーだ。サクヤもまた、自分にとって実の姉のように接していたソアラを殺されて、ウルベロを憎んでいる。そのせいで、アヴェンジャーキラーに嵌まってしまった。
「どうして……六枚桜の加護があれば、お前の力を無効化出来るはず……」
「そりゃお前の憎しみが強いからさ。相手が俺を強く憎めば憎むほど、比例して俺はそいつから力を吸い取れる。お前の憎しみは俺の能力と惹き合い、それが加護の力を上回った。簡単な話だ」
「そんな……」
力が抜けていく。吸い取られていく。ソアラの仇が目の前にいるのに、何も出来ない。
「サクヤさん!! ゼド!! ウルベロを憎んじゃ駄目!!」
「無駄だ。憎しみってのはそう簡単に捨てられるもんじゃねぇんだよ!」
杏利は二人に、ウルベロへの憎悪を捨てるように言うが、ウルベロから見れば、それは無理と言えるものだった。
なぜなら、今まで彼がアヴェンジャーキラーに嵌めて殺してきた相手は、彼への憎悪を捨てていなかったからだ。
こういう能力を持っているという種明かしまでした事もある。だが、憎しみを抱いて戦っては勝てないとわかっていてもなお、自分の憎悪はウルベロの命に届くはずだと、憎悪を捨てなかった。
これらの経験から、愛しい人を殺された時に一度抱いてしまった憎悪は、相手を殺すか、自分が死ぬ以外、絶対に捨てる事が出来ない。ウルベロは、そう結論を出していた。
「だが憎悪を捨てない限り、俺を殺す事は不可能だ。従って、そいつらは死ぬまで俺を憎み続けるしかないのさ」
そしてその憎しみは、ウルベロを害するどころか、逆に育ててしまう。ここまでの流れを、ウルベロは意図的に行っているのだ。
「この世界の全ての生き物は、俺を憎めばいい。それは俺の力となり、さらなる憎悪を誘き寄せる。全員俺の餌であり、遊びがいのあるオモチャだ。わかるか? お前らは一生、この俺に利用され続けて終わるんだよ!」
サクヤとゼドを嘲笑うウルベロ。
「この、外道め……!!」
サクヤはそれでも戦おうとして、
「俺の戦いだと言ったはずだ」
いつの間にか後ろから接近していたゼドに殴り飛ばされた。
サクヤは一瞬で意識を刈り取られ、鞠のように床を跳ねてから止まる。
「ゼド!! あんたなんて事を……!!」
杏利は怒るが、ゼドは無言でウルベロを睨み付けている。
「……ほう……アヴェンジャーキラーの弱点に気付きやがったか」
ウルベロはゼドを見て呟いた。
アヴェンジャーキラーは、自分を憎む者の力を吸収する能力。だが、気絶するなどして憎悪を消されると、力を吸収出来ないのだ。
「だからわざとお姫様を気絶させやがったな? 目の付けどころは悪くない。だが、それだけじゃ意味がないんだよ。わかってんのか? 一番俺を憎んでるお前の意識が残ってるんだぜ?」
そう。ゼドが気絶しない限り、アヴェンジャーキラーの効力は続く。
「何の話をしている? 俺は俺の戦いの邪魔をする女を殴っただけだ」
「……素直じゃねぇなぁ」
ゼドはウルベロの指摘を認めず、ウルベロはそれを茶化す。それがまた、ゼドの憎悪を刺激する。
「これは俺だけの戦いだ。そしてその戦いは、今終わる!!」
ウルベロを殺す為、姉の仇を取る為に、ゼドは全ての力を解き放つ。
詠唱をする必要はない。そんな事をしなくても、ゼドの憎悪は既に、過去最高の精度まで高まっているのだ。
「心想、顕現!! 安綱・怨讐剣鬼!!!」
ゼドの全身からオーラが溢れ出し、天井を突き破るほどの巨大な鬼が出現する。
「これがお前の心想か」
「そうだ!! お前を殺す為に身に付けた力だ!!」
イノーザがゼドの心想を見ている為、ウルベロはイノーザからその情報を得ている。それがどれだけの力を持っているのかも、知っている。
「これで終わりだ!!」
かつてない威力の斬撃を、鬼を操り、放つ。
「ああ。お前がな」
だがこのタイミングで、ウルベロは戦闘形態に変身した。
同時に、鬼が剣先からオーラに分解され、ウルベロの口へと吸い込まれていく。やがて鬼も分解され、ゼド自身のオーラも、全てウルベロに吸収されてしまった。
憎しみが形となり力となった心想である安綱・怨讐剣鬼は、ウルベロにとってこの上ない最高の餌だったのだ。
「あ……」
呆然と立ち尽くすゼド。ウルベロを殺す為、全てを捨てて修行に励み、会得した心想が、あまりにも呆気なく、しかも最悪の形で破られてしまったのだ。もう、どんな顔をしたらいいのかわからない。
「気は済んだかマヌケ? それで理解したか? お前はどこまで行っても、どんな力を身に付けても、俺の食い物にされるしかないんだよ」
ゼドの全てを打ち破り、愉悦に浸るウルベロ。己に憎しみを抱いて挑み、そして果たせずに死ぬ。そんな顔を見る事が、彼にとって最大の喜びなのだ。
「……うあああああああああああああああああああ!!!!」
それでも刀を振り上げ、ウルベロに向かっていく。ウルベロは右のオルトロスを振るい、刀を破壊した。
「もう剣を強化出来るだけの魔力も残ってねぇか。これ以上は吸えねぇらしい」
心想も魔力も、力という力全てを吸い尽くした。もうゼドには、力が残っていない。
「じゃあもうお前に用はねぇよ。サクッと死んでくれや」
ウルベロはとどめを刺す為、左のオルトロスを振り上げた。
「う、おおおおおおおおおおおお!!!!」
それでも、ゼドは諦めない。折れた刀を振り上げ、ウルベロに斬り掛かる。
だがその時、横からエニマが飛んできて、オルトロスを弾き、ゼドをウルベロから遠ざけた。
その隙に杏利が割って入り、
「歯ァ食いしばれこのバカやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ゼドの顔面を殴り飛ばした。
「がっ……!!」
ゼドは吹き飛ぶ。既に気力だけしか残っていなかったゼドは、杏利の一撃であっさり気絶した。
「今さら気絶させたって遅いよ。もう俺はあいつから、搾れるだけ力を搾り取ってやったんだからな」
杏利の行為を嘲笑うウルベロ。確かに、ウルベロのパワーアップを防ぐ為の行動としては遅すぎる。
だが杏利は、最後までゼドを戦わせようと思って放置したのだ。もしかしたら、ゼドのソアラへの想いが、奇跡を起こすかもしれないと思ったから。これはゼドの戦いなのだから。
「ここから先はあたしが相手になるわ」
「は? やめとけやめとけ。もうお前なんか相手にならねぇよ」
「誰がてめぇの了解が欲しいなんて言った!!」
怒る杏利の全身から、黄金の光が溢れる。
「あたしはあんたを許さない。あんたはここで、あたしが倒す!!」
杏利はエニマを呼び寄せて掴み、そして唱える。
「心想顕現!! 世界に降り注げ、黄昏の光!!!」
杏利もまた、心想を発動したのだ。ウルベロを倒す為に。
「ああ? お前も心想が使えるようになったのか?」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
杏利はウルベロの問いに答えず、エニマを構えて突撃した。ウルベロはオルトロスを交差させてそれを止め、杏利を弾き飛ばす。
「けど無駄だぜ。なんたって俺は、ゼドの心想を吸収したんだからな!!」
今度はウルベロが、オルトロスにエネルギーを込めて振るった。安綱・怨讐剣鬼の万物切断能力こそないものの、単純なエネルギー量であらゆる力や存在を圧殺出来る。
「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
対する杏利は、心想の力を高めて、エニマから巨大な黄金の光線を放つ。
「何!?」
今のウルベロの攻撃には、安綱・怨讐剣鬼のパワーに、サクヤや今まで殺してきた諸々の復讐者達のパワーが乗算されている。杏利の心想など、真正面から斬り裂けるはずだ。
しかし、杏利の力とウルベロの力は、拮抗していた。黄金の光は四本の蛇腹凶刃を、止めていたのだ。
「どうなってる!? 俺は心想の力を吸収したんだぞ!? それに俺の力を加えれば、お前なんか簡単に倒せるはずだ!! なのに、何で倒しきれねぇ!?」
ウルベロは焦っている。彼の計算が正しければ、杏利が自分と拮抗するなど、あり得ない事だからだ。
「あたしが負けるわけがない。あんたみたいな、他人の力を奪わなきゃ強くなれないようなやつに、このあたしが負けるわきゃねぇんだよォォォォォォォォォォッ!!!!」
叫びながら、杏利はさらに心想の力を強めた。
拮抗は一気に打ち破られ、黄金の光がウルベロへと殺到する。
「ちっ!」
このままではまずいと直感したウルベロは、超スピードで光線をかわし、壁を破壊して外に逃げた。
「待ちやがれ!! このクズやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォォォォォォォォォ!!!」
吼える杏利。それと同時に、杏利の全身からさらに強烈な光が溢れ、城の中を満たし、町全体へと流れ、魔王軍だけを消し去っていく。
「こりゃ引き上げるしかなさそうだな」
杏利の心想の力で、造魔兵は全滅した。こうなってしまっては、撤退するしかないだろう。
「だがな、俺はロイヤルサーバンツだ。一度動いたら、必ず結果を出さなきゃなんねーんだよ!!」
ウルベロはオルトロスを振るう。四本に分裂した刃が狙うのは、六枚桜。
オルトロスは六枚桜の結界を突破して高速で斬りつけ、枝の大半を斬り落とし、幹に深い傷を何本も刻み付けた。
「これでこの国はおしまいだ。あばよ!」
六枚桜に甚大なダメージを与えたウルベロは、転移装置で城へと帰還した。




