第六十三話 ゼドとサクヤ
前回までのあらすじ
ゼドとサクヤは幼馴染みだった。
イノーザの城。
「せっかくの任務中に、すまないね」
イノーザの前には、ヴィガルダ、ラトーナ、ウルベロの三人がいた。魔王に使える超魔の集団、ロイヤルサーバンツの全員集合だ。
「どうなさったんですか、イノーザ様?」
「今日集まってもらったのは、ちょっとした企画があるからなんだ」
ラトーナに尋ねられて、イノーザは自分が考えた企画を説明する。
「お前達のおかげで、私達の計画も順調に進んでいる。この流れをさらに円滑にする為に、ロイヤルサーバンツの人員を増やす事にした」
「へぇ、俺達と同格の超魔を造るって事ですかい?」
「ああ。正確には、もう造ってある」
「ええ~!!?」
ウルベロにとっては興味深い企画だったようだが、ラトーナが明らかに不服そうな声を上げた。
「どうしたんだいラトーナ? ずいぶん嫌そうじゃないか」
「そんな事したら、私とイノーザ様がイチャイチャ出来ないじゃないですか!! 今でさえむさ苦しい男といやらしい男が人員ですっごく頭にきてるのに、これ以上増やされたりなんかしたら限界ですよぉ~!!」
ここぞとばかりに不満をぶちまけるラトーナ。どうやら、人員が増える事によってイノーザと二人きりになれる時間が減るのが嫌らしい。
「冗談じゃねぇ。イノーザ様の命令がなきゃ、てめぇみたいな雑魚はとっくの昔に殺してるところだよ」
ウルベロはウルベロで、ロイヤルサーバンツにラトーナがいる事に不満があるようだ。
「あ? やるっての?」
「やるかクソレズ?」
ラトーナの周囲に陽炎が揺らめき、ウルベロはオルトロスを手に取る。
一触即発。今にも殺し合いが起きそうだ。ヴィガルダが、そろそろ止めに入ろうかと思った時、
「はいそこまで」
イノーザが二人の間に割って入った。
「ウルベロ。あんまりラトーナを煽るような事を言うんじゃない。ラトーナも、私の目的は知っているだろう? それに逆らうつもりかな?」
「そ、そんなつもりは……」
「……けっ」
イノーザが二人を交互に見て睨みを利かせると、ラトーナは小さくなりながら力を消し、ウルベロは舌打ちしながらオルトロスを納めた。
「心配しなくても、私とお前の絆が断たれるわけじゃない。お前はいつだって、私の可愛い娘だよ」
「イ、イノーザ様……」
それから、イノーザはラトーナの顎を片手で掴み、キスをした。
「あーあーまた始まったよ……」
「……イノーザ様。話が進みませぬが」
「ああ、すまないね。ラトーナが可愛くてつい脱線してしまった」
ウルベロが片手で額を押さえる隣で、ヴィガルダが早く本題に入るようイノーザに言うと、イノーザはラトーナから唇を離し、玉座に戻った。ラトーナは顔を紅潮させて、床に座り込んでいる。
「二時間ほど前、私は新しく三人の超魔を製造した」
イノーザは右手を高く掲げ、指を鳴らす。すると、部屋の中に三人の超魔が瞬間移動してきた。
「バズラムです。よろしくお願いします」
右端にいる端正な顔付きの男性の超魔。
「カチュアですわ。どうぞよしなに」
真ん中の白い帽子を被り、白いワンピースを着た女性の超魔。
「シャーズ。よろしく」
左端の背中に二本の剣を背負う少女の超魔。
この三人が、イノーザが新たに造った超魔達だ。
「いずれも、お前達と遜色ない実力者だと思っているよ。あとは、お前達にロイヤルサーバンツの一員として相応しいか、実戦で判断してもらいたいんだ」
「実戦? どこか攻め落としたい所でも?」
「ああ」
イノーザはヴィガルダに、新たな超魔達をロイヤルサーバンツに迎えるべきか、判断する為のテストの内容を話す。
「ちょっとヒノト国を潰してもらいたくてね。あの国は守りが硬く、中の人間は平和を謳歌している。私がいる世界に平和など無用だ。全ての生物は、等しく殺し合わねばならない。というわけで、あの国を塵一つ残さずこの世界から消してくれ」
「我々が戦争を仕掛けた時も、一番初めに噛みついてきた国ですな」
「でしたら、その判断は俺に任せてもらえませんかね?」
イノーザの任務を請け負う為、進み出たのはウルベロだった。
「それは構わないが、お前一人でいいのか?」
「ラトーナの趣味は抜いておくとして、ヴィガルダはイノーザ様の意向に全面的に賛成のはずです。そうだろヴィガルダ?」
「……違いない」
「ちょっと! 私の趣味って何!?」
「俺も特に異存はない」
ラトーナが立ち上がって怒ったが、ヴィガルダが賛成しているので多数決には勝っている。というわけで、ウルベロは華麗に無視して話を進めた。
「なら、あとは実力を確認するのみ。それぐらいは、一人いれば事足りる。違いますか?」
ウルベロもヴィガルダも、どんな結果であろうとイノーザの意向には従うつもりだ。どっちみちロイヤルサーバンツの増員が確定しているなら、別に一人でもテストは出来る。ウルベロはその役目を、自分から買って出たのだ。
「それもそうだね。よし、ならこの件はウルベロに任せよう」
「ありがとうございます。しかしヒノト国ほどの大国が相手では、いくら実力が高いといっても四人で落とすには荷が重い。造魔兵を何百体か頂いても?」
「千体でも二千体でも、何なら一万体連れていっても構わないよ。造魔兵ならいくらでも造れるし、新しいロイヤルサーバンツの実力の確認と、ヒノト国の壊滅が成るなら、手段は問わない。時間を掛けたっていい」
「かしこまりました。では、準備が終わり次第出撃します。じゃあバズラム、カチュア、シャーズ。準備を始めるぞ。来い」
「「「は」」」
三人の新たな超魔達は、ウルベロに続いて部屋を出ていった。
「……相変わらず嫌なやつ」
「イノーザ様。本当によろしかったのですか? 最近ウルベロの行動は、私から見ても目にあまりますが」
ラトーナはウルベロの事があまり好きではない。むしろ嫌いだ。一方ヴィガルダはウルベロの事が、好きでも嫌いでもどっちでもない。ただ同じ主を持つ仲間であり、少し素行が悪い男としか見ていなかった。
しかしその素行の悪さも、最近度が過ぎている。何しろあの男、頻繁に城を留守にするのだ。そのうえ、ラボにもかなりの頻度で出入りしている。一体、何を企んでいるのか。
「構わないさ。退屈しのぎにはなる」
そんなウルベロの行動を、放任しているイノーザにも責任はあるが。
一方、城のラボ。
ここで造魔兵や超魔、武器の製造が行われている。
(ロイヤルサーバンツの増員だぁ? あのクソ女、余計な真似しやがって)
ウルベロは準備に必要な造魔兵と武器の製造をしている。今回はかなり大掛かりな作戦なので、準備もそれなりに大掛かりなものになるのだ。全てが終わって出撃出来るようになる頃には、明日になっているだろう。
(好き勝手やってられるのも今のうちだぜ)
準備を続けながら、ウルベロは笑った。
(必ずてめぇを殺してやるぜイノーザ!! 魔王の地位は、俺のものだ!!)
サキ――いや、サクヤ達と再会した杏利達は、彼女と共に城に案内された。
「父上。このサクヤ、只今戻りました」
「御苦労」
杏利達が通された部屋の一番奥に、白髪で立派な髷を結んでいる老人が座っていた。サクヤはその老人の前に正座し、頭を下げる。
なぜならこの老人がサクヤの父であり、ヒノト国を治める領主、クニミツだからである。
「サクヤ。そちらの方々は?」
「一之瀬杏利様と、エニマ・ガンゴニール様でございます」
「そなた達が……噂はかねがね。本日はよくぞ参られた」
「一之瀬杏利です」
「エニマじゃ」
杏利達の活躍はクニミツの耳にも届いており、二人を労う。
「それから、ゼドだな? いや、立派になった」
クニミツはゼドにも労いの言葉を掛け、ゼドは無言で頭を下げた。
「して、サクヤよ。此度の世直しの旅、どうだった?」
「は。ここ数ヵ月、諸国を監視して回りましたが、その大半で、魔王に与する者がいました」
「やはりか……嘆かわしい事だ。力欲しさに、保身に走り、魔王に迎合するとは……」
サクヤの報告を聞き、イノーザに協力する者達が何人もいたと知って、クニミツは嘆く。
「未だ油断ならん状況とはいえ、しばらく休め。杏利殿もエニマ殿も、ゼドも、そうするように」
「はい」
「うむ」
クニミツに言われ、返事をする杏利とエニマ。
しかし、ゼドだけは立ち上がった。
「申し訳ございませんが、私はすぐ発たねばなりませぬ」
「……ゼドが敬語を使ってる……」
普段見られぬ光景に杏利が驚いていると、サクヤが耳打ちした。
「ゼドの家系は、私の家に代々仕えていますから」
ゼドの家系、エグザリオン家は、代々テンノウイン家に仕える魔法剣士の家系である。その為、礼は尽くす。一応自分の家系の主であるので、ゼドは敬語を使っているのだ。
「そう言うな。姉の仇討ちを望むそなたがこの国に戻ってきてくれたのは、サクヤの為なのだろう?」
そう。ゼドが様子を見たいと言っていた相手は、サクヤなのだ。
「サクヤ。お前はどうしたい? ゼドにどうして欲しい?」
「……おそばに、いて欲しく思いまする」
サクヤに言われて、ゼドは黙る。ここぞとばかりに、杏利が追い討ちをかけた。
「ほら! あんたの幼馴染みが一緒にいて欲しいってさ! お姉さんもそうした方がいいって言うと思うわよ?」
「……わかりました」
姉の事を引き合いに出されると弱い。ゼドは遂に折れた。
「それが良い。では、杏利殿達の事は、お前に任せる。面識のある者同士の方が、接しやすかろう」
「はい、父上」
ゼドがしばらく滞在してくれるとわかり、サクヤは嬉しそうだ。
そして三人が連れてこられたのは、サクヤの自室だった。
「ここに戻るのも久しぶり。でも、あなたに会うのはもっと久しぶりよ。ゼド」
「……そうだな」
幼馴染みと再会したからか、サクヤはずいぶんとくだけた口調で話している。
「懐かしいな……私が部屋にいるといつもあなたとソアラ姉様が来てくれて、三人で城を抜け出して遊んだっけ……」
昔語りをするサクヤ。そんな彼女の言葉に、ゼドは黙って耳を傾けている。
一方杏利とエニマは、とても居心地が悪そうにしていた。
「あの~……サクヤさん? あたし達邪魔じゃありません?」
「こういう事は、知り合い同士水入らずで話したらどうかのう?」
「あら、杏利様達だって知り合いですわ。何も気を遣わなくてよろしいのですよ」
杏利とエニマは別の部屋を用意してもらいたかったが、サクヤにそう言われてしまい、拒否された。
「杏利様とエニマは、ゼドとお知り合いになってどれくらいになられます?」
「えっ? えっと……二~三ヵ月くらいでしょうか?」
「ではゼドについて、どれくらい知っておられます?」
なぜこんな質問をするのだろうか。そう思いながら、杏利は答える。
「昔お姉さんがいて、ウルベロに殺されて、その仇を」
「そうではなくて、ゼドの人間性についてです」
「人間性? 仏頂面で無愛想で、でも優しいところもあって……」
「そう。ゼドはとっても、優しいのです。それなのに……」
サクヤが暗い顔をする。
「ソアラお姉様の死で、彼は変わってしまった。今の姿からは想像出来ないかもしれませんが、ゼドは昔、私達三人の中で一番気弱だったのですよ?」
「ゼドが!?」
信じられなかった。本当に、とても想像出来ない。
「……外に出てくる」
ゼドはとても不機嫌そうに、サクヤを睨み、それから外へ出ていった。
「あの頃は本当に楽しかった。それなのに……」
サクヤ、ソアラ、ゼド。この三人の関係は、突如として消え去った。
ウルベロに破壊された。
ソアラが死んでからというもの、ゼドはサクヤに顔を見せる事もせず、毎日毎日狂ったように地獄の修行を繰り返した。
そして気が付けば、いつの間にか旅立ってしまっていた。
「でも、元気そうでよかった。杏利様のおかげですね」
「あたしは何も……」
「いいえ。さっき会った時から、彼私と同じくらい、杏利の事を意識してました」
「えっ?」
気付かなかった。さっきまでずっと、ゼドは途切れる事なく二人に意識を向けていたという。
「嬉しいですけど、寂しいものですね。自分の想い人に、そういう人間が出来るというのは」
サクヤは、ずっとゼドの事が好きだった。そしてそれが、叶わないとわかっている。なぜならゼドは、ソアラの事を想い続けているから。
「でもその想いは、断ち切らねばならない」
「断ち切るって……」
「ソアラお姉様がいつも危惧しておられたのです。あの子は私に依存しすぎている、と」
ソアラはサクヤと二人きりの時、いつもサクヤに言っていた。
ゼドは凄まじい才能を秘めている。それを発揮すれば、自分が全く追いつけなくなるほどの。
しかし、彼はいつもいつも、自分に依存しすぎている。どうにかしてそれを断ち切らなければ、ゼドはこれ以上強くなれない、と。
「杏利様。もしかしたらあなたには、それが出来るかもしれません」
「サクヤさん……」
(……姉への執着か……)
二人の話を聞きながら、エニマは考えていた。
死してなお誰よりも愛している姉への執着。簡単に断ち切れるはずがない。
それは他人が言って解決出来るものではなく、ゼド自身が解決しなければならない問題なのだ。
(しかし、きっかけを作る事は出来る)
とはいえ、きっかけ自体は作れる。ゼドと奇妙な縁が出来ている杏利なら、確かにそれは出来るかもしれない。




