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レジェンドガール  作者: 井村六郎
第五章 光の勇者
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第六十二話 魔法剣士の故郷

前回までのあらすじ



杏利とエニマは苦戦しながらも、今度こそアレクトラを倒した。

 魔王イノーザ討伐に向けて、旅を続ける杏利とエニマ。

「ところで杏利。次はどこに行くんじゃ?」

 今二人は新たな力、勇者の馬スレイプニルを駆り、どこかへ向かっている。

「前に話してた、ゼドの故郷よ。ちょっと思うところがあってね」

 杏利はゼドの故郷、イルボートに向かってスレイプニルを走らせていたのだ。

「地図の通りだと、このまままっすぐ行けばいいはずなんだけど……」

「イルボートに行くのか? 何しに行くんじゃ?」

「情報収集。それから……」

 もちろんイノーザの居城を知る為だが、もう一つ理由がある。

 それは―――。



 スレイプニルを駆使して、四日走り続けた杏利は、山の中にある人里を見つけた。

「ここが、イルボート……」

 とうとう杏利達は、ゼドの故郷にたどり着いたのだ。

 イルボートは、ヒノト国の領内にある、武術の里。ここに住む者達は来るべき時に備え、日夜鍛練に明け暮れている。

「ここがゼドの故郷なんだ……結構活気があるじゃん」

 杏利は忍者の隠れ里のような雰囲気を想像していたのだが、予想に反して里の中は賑やかで、普通の村といった感じだ。

「今、ゼドと言われませんでしたか?」

 と、後ろから話し掛けられて、杏利は振り向く。そこには、白髪の男性がいた。

「はい。言いましたけど、何か?」

「私はシュイル。ゼドの父です」

 これは、とんでもない相手が出てきた。目の前にいるこの男性は、ゼドの父親なのだという。

「あなたが……」

「ゼドのお友達か何かですかな?」

「……友達っていうか、腐れ縁みたいな感じですけど」

「はぁ……よろしければ、私の家に寄って行かれませんか? いろいろとお話をお聞きしたいのです」

「いいですよ」

 ちょうど、ゼドの家に行こうと思っていたところなのだ。杏利とエニマはシュイルに連れられ、エグザリオン一家の家に向かった。



「そうですか。あなたが槍の勇者で、そちらが伝説の槍……」

「私達のゼドが、ご迷惑をお掛けしましたね」

「いえ! 迷惑だなんてそんな!」

 ゼドの家に着いた杏利とエニマは、自分達の素性と、ゼドとの関係をシュイルに、それからゼドの母、キーラに話していた。

「強いですね、ゼドは。あたしも強くなったはずなのに、全然勝てる気がしない」

「……確かにあの子は強い。今や、この里でもゼドに並ぶ者はいません。しかし、その強さの源は……」

 ウルベロへの憎しみ。最愛の姉、ソアラの命を奪った者への、憎悪。シュイルは悲しみの表情を浮かべていた。

 例の襲撃があった日、里一番の実力者であるシュイルとキーラは、里の付近で猛威を振るっていた魔王軍を殲滅する為、家を留守にしていた。思えばあの魔王軍は、ウルベロをここに乗り込ませる為の陽動だったのかもしれない。だから二人は、ソアラとゼドを守る事が出来なかったのだ。

 二人が里に戻ってきた時には、全てが遅かった。ソアラは死に、ゼドの心は憎悪の色に染まっていたのだ。

 ソアラの亡骸を丁重に葬った後、ゼドは里のすぐ近くにある谷へ行き、魔障気の中で狂ったように修行を始めた。死にかけては魔障気から脱出し、回復してから戻り、血を吐きながら何度も何度もそれを繰り返した。

 しばらく経った後、ゼドは魔障気に完全に適応し、里一番の魔力を手に入れていた。それからは里で腕の立つ者に片っ端から挑み、それからウルベロを殺す為に出奔したのだそうだ。

「あの子は今でも、あの時いなかった私達を恨んでいる。可哀想な事をしてしまった」

 幼少期に一生消えないトラウマを刻みつけられてしまった。守ってくれるはずの人達が守ってくれなかった。その恨みはどれほど深いだろうか。敵が陽動作戦をしてくる可能性を考慮せずに動いてしまった事を、シュイル達は悔いている。杏利はシュイルに尋ねた。

「ゼドは旅に出てから、ここには戻ってきてるんですか?」

「いえ、一度も。戻りたくないのでしょう」

 どうやら復讐の旅に出て以来、イルボートには一度も戻ってきていないようだ。

「それはないと思います。少なくともここにはお姉さんのお墓がありますし、お墓参りには戻ってくるんじゃないですか?」

「……それは、あるでしょうな……」

 死んでからも姉の事を想い続けているゼドが、姉の墓がある故郷に戻ってこないはずがない。きっと墓参りに戻ってくるはずだ。

「杏利様。よろしければ、あなたもソアラの魂を慰めてやってくれませんか? ゼドと知り合ったというのなら、あの子も喜ぶでしょうから」

「はい。元々ここには、その為に来ましたから」

 キーラの頼みに頷いた杏利は、ソアラの墓参りに行く事にした。



「なるほどな。杏利はゼドの姉の墓参りに来たかったのか」

「うん。少し気になってね」

 杏利は里の花屋で花束を買い、墓地に来た。買ったのは、白い花びらを持つ花だ。これはシズメユリと呼ばれている花で、イルボートでは墓参りによく供える花として知られている。

「……浮かばれないでしょうね。自分のせいで弟が復讐に命を懸けてるって知ったら」

「うむ……」

 シュイルに教えてもらった墓を探し、墓石を水で洗ってから、その前に花束を供える。それから杏利はしゃがみ込み、ソアラの冥福を祈って手を合わせた。それを見たエニマも、真似をして合掌する。


「またお前か」


 そうしていた時、近くから聞き慣れた声が聞こえた。

「噂をすれば、じゃな」

 エニマと一緒に杏利が見ると、そこにはペイルハーツで別れた時と全く変わっていない、ゼドの姿があった。

 唯一変わっている部分があるとすれば、それはシズメユリの花束を持っているところだろうか。杏利の予想通り、姉の墓参りの為に帰ってきたのだ。このタイミングで来たのは予想外だったが。

「姉さんの墓に花を供えてくれたのか」

「……うん。あんたには結構世話になってるし、いいかなって思って」

「……また一つ借りが出来たな」

 そう言うと、ゼドもまた姉の墓前に花束を供え、しかし合掌はせず、深々と頭を下げた。

「いつか戻ってくると思ってたわ。ここにはお姉さんのお墓があるからね。お父さん達には挨拶してきた?」

「すると思うか? あんな役立たずどもにくれてやる言葉などない」

 シュイル達の予想通り、ゼドは二人を恨んでいた。

「俺が帰る場所は、この姉さんの墓前だけだ。こんな雑魚しかいない場所に置いておくのは、正直に言って我慢ならんが」

「ちょっと。仮にも自分を生んで育ててくれた人達や、自分の故郷に向かってそれはないんじゃない?」

「そうじゃ。親不孝にもほどがあるぞ」

「余計な世話だ。姉さんを守ってくれなかったあいつらに、向けてやる情などない」

 ゼドが恨んでいるのは、両親だけではなかった。あの時自分と姉とともにウルベロに挑み、巻けた者、助けてくれなかった者全てを恨んでいた。それほどまでにソアラは、ゼドにとって大切な存在だったのだ。

「お前には帰るべき場所も、迎えてくれる大切な人もいる。だが俺には、もういないんだ。お前は決して失いたくない大切な人を、目の前で殺された事があるのか? ないだろう? お前に俺の哀しみと憎悪は、一生理解出来ない」

 確かに、ない。殺され掛かったが、守り抜く事が出来た。だがゼドは、守れなかったのだ。

「……そうね。あたしにはわからないわ。でも、あんたはもうちょっと考えるべきよ」

「何をだ」

「あんたの事を、心配してくれてる人の事。あんたの両親だけじゃない。あたしだって心配よ」

「わしは大して心配じゃないがの」

 そう言った瞬間、杏利はエニマの脳天を殴った。

「まぐす!!」

「……とにかく、あんまり無茶はしないで。それであんたが死んだりしたら、一番悲しむのはソアラさんよ」

 杏利はそう言うと、気絶したエニマを引きずって、墓地から出ていった。

「……意外だな。あいつが俺を心配していたとは」

 ゼドは呟いた。



「ったく、大事な時に余計な口挟んでんじゃないわよあんたは!!」

 目覚めたエニマを連れて、杏利は歩いていた。

「余計なものか!! わしはあいつが嫌いじゃ!! なんたってあいつは、お前のファーストキスを奪ったんじゃからな!!」

「んなっ!! ば、バカッ!!」

 エニマは今でも、事故とはいえゼドが杏利の唇を奪った事を恨んでいる。杏利はあの時の事を思い出して赤面した。

「あやつめ……今度会ったらボコボコにしてやるのじゃ……」

「絶対あんたがボコボコにされるわね……」

 心想も使えないエニマでは、ゼドに勝てない。細切れにされるのがオチだ。

「それで、墓参りも済ませたし、今度はどこに行くんじゃ?」

「そうね……」

 とりあえず、情報を集めてみようと思う。ゼドの故郷だから、何か情報を持っている人間はいるはずだ。



「何にもわからなかったわね……」

 というわけで聞いてみたが、結局イノーザについての情報は手に入らなかった。

「次はどうする?」

「……実はもう一つ、行ってみたい場所があったのよ」

 イルボートに来た理由は、墓参りや情報収集だけではない。ゼドが修行を積む為に使ったという、魔障気の谷だ。杏利はまだ魔障気というものがどんなものかを見た事がなかったので、行ってみたかったのだ。

「もしかしたら、あたしももっと強くなれるかもしれないし!」

「あまりおすすめしたくない場所なんじゃがの~……」

 近くの人間から魔障気の谷の場所を聞いた杏利は、早速行ってみる事にした。



 たどり着いた場所は、魔境だった。

 その谷は地面や壁から、赤紫色の禍々しい煙が、プシュー、と音を立てて常に噴き出し続けている。あの赤紫の煙が、魔障気だ。

「ほんと、一目で毒ガスってわかるわねぇ……」

 見るからに有害そうで、嫌悪感を煽る色だ。

「……やばい、無理。ほんと無理」

 魔障気の中に入った杏利は、五秒もせずに中から出てきて、咳き込んだ。

「ゲホッ! ゴホッ!」

「だから言ったじゃろうが。おすすめは出来んと」

 悪い空気だからというのもあるが、かなり高い魔力を持つはずの杏利が少ししか耐えられなかった。こんな所で何年も修行して暮らすなど、正気を疑う。狂気の沙汰もいいところだ。

「でも、ゼドはそれをやったのよね……」

 エニマから水をもらい、少し落ち着く。ゼドはこんな、環境汚染や公害などという言葉が生易しく聞こえる場所で何年も修行したのだ。

「奴は異常じゃ。もっとも姉を殺された時点で、正気なぞとっくに消し飛んどったんじゃろうが」

 異常と言うよりほかない。しかしそんな手段を取るしかないほど、追い詰められていたという事なのだろうが。

「……行きましょ。ここにいると鬱になるわ」

「そうじゃな」

 杏利とエニマは早々にこの場を離れる事にした。

 いつまでも魔障気を見ていると、死にものぐるいで修行していたゼドの姿を、幻視してしまいそうな気がしたから。



 その後、イルボートをあとにした杏利とエニマは、サクヤの故郷であるヒノト国に行く事にした。

「わあ……」

 国の入り口に立った瞬間、杏利は感嘆の声を漏らした。

 入り口からでも見える、ヒノト国の中央。そこに、とてつもなく巨大な桜の樹があったのだ。その根本にある城がサクヤの家、大桜城である。

「あの大きな桜の樹が、六枚桜かしら?」

「そうだ。常に散る事なく咲き続ける大神木。この国はあの桜に守られ、春以外の季節が永遠に来ない」

 杏利の後ろには、いつの間にかゼドが来ていた。

「ゼド! あんたこんな所でどうしたの?」

「少し、様子を見たい相手がいてな。あいつの無事さえ確認すれば、すぐにまた発つ」

「せっかく実家に帰ってきたんだから、もっとゆっくりしていけばいいのに」

「ウルベロを殺すまで、俺は立ち止まれない。今回は特別だ」

 数年ぶりに戻ってきたというのに、羽休めをするつもりはないらしい。ここに戻ってきたのは、あくまでも確認の為だ。

「ところで、様子を見たいというのは誰なんじゃ?」

 エニマがゼドに尋ねる。


 その時、


「杏利様? 杏利ではありませんか!」


 懐かしい声が聞こえた。

「サキさん! シンガさん達も!」

「お久しぶりです。お二人ともお元気そうで」

 そこにいたのは、サキ達だった。ここは彼女達の故郷なので、経過報告に来たのだろう。

「……そちらの方は?」

 リュウマが杏利に尋ねる。そちらの方とは、ゼドの事だ。しかしゼドはサキの声が聞こえた瞬間になぜか杏利の陰に隠れてしまい、顔も隠している。

「……ゼド? あなたなの?」

 すると、サキがゼドを見て言った。ゼドはちらりとサキを見ると、また顔を隠す。

「やっぱり! 戻ってきてくれたのね!」

「……サクヤ……」

 サキはゼドに抱きつき、ゼドは背を向けたままサキの名を呼ぶ。

「えっ、知り合い?」

「ゼドとお嬢様は、幼馴染みなのです」

 シンガはそう言った。

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