第六十一話 巨神大戦
前回までのあらすじ
激闘を繰り広げる杏利達。杏利とエニマは新たな力、勇者の馬スレイプニルを使えるようになった。
新たな力、勇者の馬スレイプニルは、凄まじい速度で走る事が出来た。だが、杏利は気付く。速いだけでは駄目だ。敵は空。飛んでいる敵に攻撃する手段が必要だ。
「エニマ!! この馬、飛んだりとか出来ないの!?」
「すまん!! それは無理じゃ!!」
やはり速く走れるというだけで、ペガサスのように羽が生えて飛んだりするという事は出来ないそうだ。
「杏利様!!」
と、ロージットが話し掛けてきた。余談だが、杏利とエニマは落とされた時、聖馬車のかなり後方に落ちており、今追いついたところだ。
「素晴らしい馬ですね。あれだけ離れていたのに、もう追いつかれるとは」
「でも、速いだけじゃあいつに追いつけない!」
「私に考えがあります」
ロージットはノアギガントに追いつく作戦を杏利に話した。
「ん?」
アレクトラはカメラを使い、地上の様子を見る。地上では、杏利がスレイプニルの速度をなぜか落とし、聖馬車から離れていた。
「まだ何かするつもりか? 無駄な事を……」
だが、このノアギガントに追いつけるはずがない。それに、自己修復機能もある。さっき破壊した足は、もう直っているのだ。自分は圧倒的な優位に立っていると思ったアレクトラは、杏利達を無視する事にした。
「走れ!!」
杏利はスレイプニルに命じて、最高速を出させる。あまりの速度に振り落とされそうになったが、これをこらえなければキリエは助けられない。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
スピードアップしたスレイプニルは大きく跳躍し、聖馬車の上へ。聖馬車の車体を足場にして、さらに跳躍した。スレイプニルは速度も凄まじければ跳躍力も凄まじく、ノアギガントにかなり迫る。
「ビルツジライガ!!!」
そのスレイプニルに向かって、ビルツジライガを唱えるロージット。光の魔力弾は、うまくスレイプニルが落ち始める地点まで飛んでいき、スレイプニルはそれを足場にしてさらなる跳躍と加速を為し遂げた。
「スキルアップ!!」
今度は杏利が自身の身体能力を強化し、スレイプニルの上に立って跳躍。一気にノアギガントを追い越した。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
それからエニマを巨大化させ、ノアギガントの背中へと刃を叩きつける。
「うおおああああああああああああ!!!」
杏利の渾身の一撃はブースターを破壊し、さらに大重量を以てノアギガントを地面に叩き落とした。
「止まって下さい!!」
「はい!!」
ロージットの指示で聖馬車を止めるリュート。ノアギガントは高速で大地に落下し、クレーターを作った。このまま突っ走っていれば、あの落下に巻き込まれていたところだ。
「っ!!」
杏利はエニマを元に戻してから、反動を利用して宙返りし、下で待っていたスレイプニルの上に降りると、そのままスレイプニルを走らせてノアギガントの正面に回り込んだ。
「この私を這いつくばらせるとは……許さんぞ貴様ァッ!!」
ノアギガントの頭を攻撃しようとする杏利だったが、それより早くノアギガントが顔を上げ、目と口の光線で杏利を攻撃してきた。それを回避し、距離を取る杏利。その僅かなタイムラグの間に、ノアギガントは立ち上がってしまった。
「で、これからどうするんじゃ?」
「……まずキリエを助けるわ。さっきと同じ要領で、高さを確保してから、あそこに向かってあんたを投げる」
作戦を説明しながら、杏利はノアギガントの胸部を指差す。あそこにキリエがいる。
「あたしがアレクトラの気を惹いてる隙に、キリエを助け出して」
「お前何を言っておるんじゃ!? 危険すぎるぞ!!」
杏利はエニマに、キリエ救出を任せると言い出した。だが、当然その間はエニマが杏利から離れる事になる。そうなれば、杏利は丸腰も同然だ。あの巨大な魔科学兵器に、素手で勝てるはずがない。
「大丈夫よ」
「大丈夫なものか!! もっと別の作戦を」
「エニマ」
必死で作戦を変更しようとするエニマの言葉を遮り、杏利は言った。
「あたしを信じて」
まっすぐな瞳。必ず勝てるという確信に溢れたその目を見るだけで、何を言っても無駄だとエニマはわかった。それに、エニマ自身も、絶対に大丈夫だという感じがしたのだ。
「……わかった」
杏利はやっと言う事を聞いてくれたエニマに微笑むと、スレイプニルを駆り、再度ノアギガントに突撃する。
「それほどまでに死にたいというのなら、望み通り貴様の息の根を先に止めてくれる!!」
それを見たアレクトラは、またミサイルや光線の雨あられを見舞う。
「師匠!! 私達には、どうする事も出来ないんですか!?」
マリーナはロージットに尋ねた。
今彼女達は、ノアギガントの魔力吸収範囲の、ギリギリ外にいる。これ以上近付けば、魔力を吸収されてしまう。杏利を助けようとすれば、逆に苦しめてしまうのだ。エニマの加護のように、魔力吸収を防ぐ何かがあるわけでもない。
「ここは、杏利様にお任せしましょう」
しかし、杏利には何か考えがあるようだ。ロージットはそれを確かめる為、静観する事にした。本当は自分がやるべき事なのだ。歯痒くて仕方ない。だが、この場でノアギガントを破壊し、アレクトラを滅ぼす事が出来るのは、杏利とエニマのコンビだけなのだ。
「はっ!!」
杏利はスレイプニルを操り、爆風を利用して跳躍する。
(かなり魔力を吸い取られたわね……)
エニマによる対魔力吸収も、絶対ではない。ボディーブローのようにガリガリと吸い取られ、もう杏利はあと一回しか魔法を唱えられなくなっていた。
(でもそれで充分!!)
「スキルアップ!!」
残った魔力を振り絞り、スキルアップを唱えて、スレイプニルの上から跳躍する杏利。
「うおおおおおお!!!」
そこから思いきり片腕を引き、
「らァァァァァァァァァァァ!!!!」
全力でエニマを投げつけた。
「おおおおおおっ!!」
エニマも咆哮を上げ、スレイプニルを回収して自身の貫通力を上昇させ、ノアギガントの宝玉に向かって飛んでいく。杏利渾身の投擲によって、エニマは見事宝玉を突き破り、内部に侵入した。
「やった!」
これで後は、キリエの救出をエニマに任せればいい。
「あっ!?」
だが安堵したその直後、ノアギガントの巨大な左腕が伸びてきて、杏利を掴んだ。
「わはははははは!! とうとう捕らえたぞ!!」
勝ち誇るアレクトラ。
「キリエ!!」
「エニマ!!」
一方宝玉内部では、エニマが突入と同時に人化し、右手だけを槍に変えて、キリエを拘束するリングを破壊していた。
「ありがとう」
「さぁ、早く逃げるぞ!!」
力が抜けて歩く事が出来ないキリエを、抱き上げるエニマ。そしてエニマは、ノアギガントに捕まった杏利の姿を目撃する。
「杏利!!」
いくらスキルアップで強化されていようと、あんな巨大な手で掴まれたら簡単に握り潰されてしまう。
「……くっ!」
だが、助けに行く事はしなかった。今ここでキリエを捨てて戻れば、杏利を裏切る事になる。
「飛ぶぞ!! しっかり掴まれ!!」
「うん!!」
エニマは杏利が無事に逃げられるよう祈り、キリエを抱えて飛び降りた。
「握り潰してやる!! 苦しんで死ね!!」
ノアギガントを操り、少しずつ左手の力を強めていくアレクトラ。こうなってしまえばもう、杏利には圧死の未来しかない。
「照せ、照せ、照せ。光よ、あまねく天地を照らしゆけ」
にも関わらず、杏利が唱えているのは、祈りの言葉だった。
「輝け、輝け、輝け。我が言霊を聞き届けよ」
命乞いではない。それは勝利に向けた祈り。必ず勝つという確信。そして、光への渇望。
「護りを、祝福を、導きを、力を。愛しき生命の為に、生命が生きる世界の為に、我は黄昏の歌を謳う」
祈りの歌を謳い続ける杏利。
「む? 貴様何をごちゃごちゃと……」
アレクトラはそれに気付く。
「聞き届けよ、我が魂の叫びを。刮目せよ、我が魂の極光を」
しかし、杏利はそれに全く構う事なく詠唱を続ける。
「心想、顕現」
そして杏利が捧げた祈りの言葉は、
「世界に降り注げ、黄昏の光(アルフヘイム・ラグナレク)!!」
黄金の光となって炸裂した。
「な、何ぃ!?」
杏利の身体から光が溢れ出し、ノアギガントの左手を粉々に吹き飛ばす。さらに溢れる光はエニマとキリエを優しく抱き締め、ロージット達の前にゆっくりと降ろした。
「杏利が呼んでおる。キリエを頼むぞ」
「……はい!!」
エニマはキリエをロージットに渡し、槍化して光へと飛んでいく。
光はエニマを取り込んでから、少しノアギガントから離れて、形を変える。
重厚な鎧兜。槍。そしてそれを纏い、手にする巨人。それらは全て、黄金の輝きを放っていた。杏利は光を操り、ノアギガントと同じ大きさの巨人作り出したのだ。
この瞬間にアレクトラは察した。自分が真に警戒しなければならなかった相手はゼドではなく、杏利だったのだと。
「受けて立つ!!」
ならばここで倒すのみ。アレクトラはミサイルや光線を一斉掃射し、巨人を倒そうとする。
だが、巨人には全く通用しなかった。ミサイルも光線も、魔力吸収すらも完全に無効化している。
「行くわよ、エニマ!!」
「うむ!!」
巨人の中心。杏利が一歩を踏み出すと、それに合わせて巨人も一歩を踏み出す。大地を揺るがす、黄金の巨人。いや、その威容は人などではない。
まさしく神。杏利の世界に伝わる、北欧神話の主神オーディンが、地上に降りてきた。そんな錯覚さえ抱かせる。
「ちっ!」
遠距離攻撃が通用しないとわかったアレクトラは、近接攻撃へと切り替える。左手を再生させながら、右手を左腰に伸ばすノアギガント。そして剣の柄を手に取ると、引き抜いた。
その剣には、刃がなかった。柄の先には、何もなかったのだ。だがノアギガントが吸いに吸い上げた魔力を込めると、柄の先に青く輝く刃が形成されていく。
魔力凝縮剣キングダムソード。ノアギガントに匹敵、もしくは上回る敵性体との戦闘を想定して造られた、魔力を凝縮して刃を作る剣だ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
アレクトラが咆哮を上げ、ノアギガントがキングダムソードを振り回す。どんな硬い物質も切断し、山をも斬り崩す一撃だ。
しかし巨人――いや、オーディンは軽く槍を向けるだけでその一撃を受け止め、さらに軽く押し返すだけで、刃を叩き折った。
「なっ!!」
折られた刃はアレクトラの驚愕など露とも意に介さず、冗談のように宙を舞う。凝縮する装置から離れた刃は、地面に刺さる前にただの魔力に分解され、霧散した。
「「はああああああああああああああ!!!」」
今度は杏利とエニマの番だ。エニマを構え、突く。同じ動作をオーディンが行い、ノアギガントの割れた宝玉へと槍を突き刺す。
「ぶっ飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
まだ終わらない。槍を介してノアギガントの中に、黄金の光な流れ込む。光はノアギガントの中を駆け巡り、腕を、足を、胴体を突き破って溢れ出す。
「ぐわあああああああああああああああ!!!!」
やがて光はノアギガントごと爆発。アレクトラもノアギガントも、破片や細胞の一つ残さず、完全に消滅した。
戦いが終わって、オーディンは消える。その後には、まるで今まで起こった事が夢だったかのように、杏利とエニマだけが残っていた。
「やっと終わったわね」
「うむ。わしらの勝ちじゃ」
「……よかった……」
恐怖の暴帝アレクトラとの戦いは、杏利とエニマの勝利で終わった。力を使い果たした杏利は、倒れ込むように眠りについた。
「杏利!!」
「「「「杏利様!!」」」」
キリエやロージット達の声を聞きながら。
丸一日ほど眠って、杏利は目を覚ました。
「杏利!! よかった……!!」
目覚めた杏利を、キリエが抱き締める。
「……おはようキリエ。ずいぶん早い再会になっちゃったわね」
「うん。本当に早かったわ」
「ペイルハーツが魔王軍に襲われたって聞いたけど、アヤ達は無事?」
「無事よ。私が身代わりになったから、町に被害はほとんどないわ」
「よかった……」
アヤ達が無事だとわかって、杏利は安堵した。
「ここはどこ?」
「あの休憩所じゃ」
エニマ曰く、戦いが終わった後、ロージット達が聖馬車を全速力で走らせ、休憩所まで戻ってきたのだそうだ。
「それにしてもすごいわね。心想を使えるようになったんでしょ? エニマから聞いたわ。あの時の杏利、まるで神様みたいだった」
「すごくなんかないわよ。あの程度で丸一日寝るくらい疲れたし」
杏利が見たゼドの心想は、もっと力強かったし、こんな風に体力を使いきったりもしなかった。まだまだ、鍛練が必要だ。
しばらくしてから、杏利とエニマは出発する事にした。
「それじゃあロージットさん、マリーナさん、ジェイクさん、リュートさん。キリエの事、よろしくお願いしますね」
「はい」
「キリエさんは、私達が責任をもってペイルハーツにお送りします」
「杏利様は、どうか安心して旅をお続け下さい」
キリエは、ロージット達がペイルハーツまで送り届けてくれる。彼らが一緒にいてくれるなら、何も心配ない。
「じゃあ杏利! エニマ! 元気でね!」
「お二人に、神の導きのあらん事を」
キリエとロージットは、杏利とエニマを見送る。
「うん。じゃあエニマ、あれお願い」
「うむ!」
杏利が頼むと、二人の身体が光に包まれる。そして光が消えた時、二人はスレイプニルに乗っていた。
「はぁっ!」
そして杏利が手綱を取り、スレイプニルは駆け出す。風よりも速く、二人は次の地へと旅立っていった。




