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レジェンドガール  作者: 井村六郎
第一章 杏利の旅立ち
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第五話 つかの間の休息

前回までのあらすじ


エビルスタッフを倒した杏利とエニマは、苦戦しながらも洗礼の洞窟をクリアした。

 ラマスビレッジ。洗礼の洞窟近くに存在する為、腕試しの拠点にする冒険者が多く、活気のある村。

 洗礼の洞窟をクリアした杏利とエニマは、この村に休息の為にやってきた。

「む。ガンゴニールストライクが撃てるようになったぞ。威力は全快時には届かんが」

「ふーん。やっぱり二十分くらいかかるみたいね」

 杏利は懐中時計を見ながら言った。洗礼の洞窟からここに来るまで、次にガンゴニールストライクを撃てるようになるまでの時間を計っていたのだ。

 撃てるようになったといっても、最低限モンスターを殺傷出来る威力だ。二十分掛かって、そこまでしか回復出来ない。やはりガンゴニールストライクはこれまで通り、一発限りの切り札という扱いにするしかなさそうだ。ちなみにこの世界の時間の読み方は、地球と全く同じらしい。住む世界や文明が違っても、人間がいるなら考える事は同じという意味だろうか。

「それじゃ、今日泊まる宿に、チェックインしましょうか」

「うむ!」

 日はすっかり傾いていて、もうすぐ夜になる。村や町には所々にモンスター避けの仕掛けがしてあるので大丈夫だが、夜はモンスターが活発に動き回る時間帯なので、外に出るのは危険らしい。大人しく休むのが吉だ。

「えーっと……」

「あそこじゃ」

 エニマに宿屋を見つけてもらって入った杏利は、チェックインする前にロビーでソファーに腰掛け、ポーチの中に手を入れる。トラベルポーチは魔法が掛かっている為、出したい物を思い浮かべながら手を入れると、それを手元に移動させてくれるのだ。

 杏利がポーチから出したのは、布袋だった。明らかにポーチの口と合っていない大きさだが、これも魔法で出し入れする物に応じて自動で口が拡張するようになっており、出し入れし終わると元に戻る。布袋の中に入っているのは、アスベルからもらった旅の資金だ。

 この世界の通貨は硬貨と紙幣で、読みはギナである。硬貨は銅貨、銀貨、金貨の三種類。銅貨は一ギナ。銀貨は十ギナ。金貨は百ギナ。それ以上は紙幣となり、千ギナ札。五千ギナ札。万ギナ札がある。

「……よし」

 金額を確認した杏利はカウンターに行き、店員の女性に話し掛けた。

「いらっしゃいませ」

「一晩泊めて下さい」

「かしこまりました。当店では一晩二十ギナとなっておりますが、よろしいですか?」

 杏利はアスベルから三百万ギナもらっているので、充分足りるだろう。

「はい」

「お食事等のオプションはいかがなさいますか?」

「うーん……」

 杏利は考える。正直な話、こういう世界での宿屋で出る料理には、とても興味があるのだが、

「いえ。泊まるだけで結構です」

 この村の料理にも興味があったので、今日は外食する事にした。

「かしこまりました。では、こちらにお名前を」

「……あ……」

 店員に宿帳を出され、杏利は固まった。よくよく考えれば、杏利はこの世界の文字を知らない。読めないし、書けもしないのだ。

(待っていろ)

 すると、頭の中にエニマの声が響き、少し頭痛がした。

「つっ……」

「お客様?」

「……大丈夫です」

 店員に心配されたが、頭痛はすぐに引いた。さて名前をどうしようかと思った時、

(……あれ?)

 杏利は奇妙な事に気付く。わかるのだ。この世界の文字で、自分の名前をどう書いたらいいのか。文字自体を、完璧に理解している。杏利は店員から万年筆を受け取ると、宿帳にサラサラと自分の名前を書いた。万年筆はちゃんと返す。

「一之瀬杏利様ですね。では一晩のご宿泊ですので、二十ギナお願いします」

「はい」

「確かに」

 杏利は布袋から一万ギナ出して店員に渡し、おつりを受け取って布袋をポーチにしまった。

「ではお客様のお部屋は、十二号室となっております。二階のお部屋でございます」

 代金を受け取った店員は、杏利に十二号室と書かれたプレートが付いた鍵を渡す。

「どうぞごゆっくり」

「ありがとうございます」

 杏利は鍵を受け取ると、ひとまず二階に上がっていった。



「あんたテレパシーなんて使えたんだ?」

 十二号室に入ってベッドの上に腰掛けた杏利は、エニマに尋ねた。

「うむ。覚えた能力を効率的に使う為の機能としてな」

 それだけではない。エニマには自分の記憶を持ち主にコピーする機能もある。この世界の文字について知っていたので、杏利に教えたのだ。

「そんなに便利な機能があるって知ってたら、もっと早く使ってもらったのに……」

「すまんな。で、これからどうする? 飯を食いに行くのか?」

 エニマは今後の予定について訊いた。確かに今から夕食を摂りに行くが、それだけではない。

「情報収集もしたいわね。あたしも遊ぶ為に来たわけじゃないから」

 この旅の目的は、魔王イノーザを倒す事である。そしてイノーザがどこにいるかは、誰も知らない。だから、情報が欲しい。

「エニマはどこか情報が集まりそうな場所って知らない?」

「それなら酒場じゃな」

「……酒場か……」

 お決まりのパターンである。杏利は一応高校を卒業したが、今年でまだ十九歳なので、未成年だ。酒は飲めない。

「酒場といっても酒だけを出しているのではない。頼めばミルクぐらいは出してくれるし、情報屋も金があるなら文句は言わない」

「え。お金取るの?」

「当然じゃろ。一応商売じゃからな」

「……仕方ないわね」

 釈然としないものを感じながらも、とりあえずやるべき事をやろうと、杏利はエニマを持って宿屋から出ていった。



 エニマのおかげでこの世界の文字が読めるようになった杏利は、すぐに料理屋を見つけ出して入店した。この店は冒険者御用達のようで、装備を預かるサービスをしている。少し可哀想な気がしたが、杏利は店員にエニマを預けた。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

 杏利がテーブルに着き、メニューを眺め始めてから数秒後、注文を取りに店員が来た。

「おすすめってありますか?」

 異世界の料理屋で食事を摂るなど初めての事だったので、何を頼んでいいやらよくわからない。そこで杏利は、店員にこの店のおすすめを訊いた。

「一番のおすすめは、コカトリスの薬草和えですね。肉料理ですけど、ヘルシーで身体にいいですよ」

「コカトリス……」

 有名なモンスターの名前だ。まさか実際に聞く事になるとは思わなかった。

「マンドラゴラの塩ゆでサラダもおすすめですね」

「マ、マンドラゴラ……」

 さらに有名な名前が出た。杏利が知る通りの存在なら、とても料理として出せるものではないのだが、この世界では調理が出来るらしい。

「あ、海鮮スープも人気ですね!」

「海鮮、スープ……」

 普通の料理だ。しかしなぜだろう。前二つの料理の名前を聞いた後だと、ただのスープではないように思えてならない。

「いかがなさいますか?」

 杏利は考える。他のメニューを頼みたかったが、やはりコカトリスだのマンドラゴラだのと聞くと、全てのメニューが不安になってくる。とはいえ、この世界ではこんな料理ばかりだろうし、元の世界に帰るまで何も食べない、というわけにもいかない。

(ああもう、諦めなさい一之瀬杏利!)

 なので、杏利は覚悟を決めた。

「コカトリスの薬草和えと、マンドラゴラの塩ゆでサラダと、海鮮スープを下さい!」

「かしこまりました。ドリンクはいかがなさいますか?」

「……水で」



 食事を終えた杏利は、エニマを受け取ると、代金を払って店を出た。

「どうじゃった? 異世界初めての外食は」

 エニマに感想を求められたので、

「……衝撃的だったわ」

 とだけ返しておいた。本当に、いろいろな意味で衝撃的な料理だった。ちなみに海鮮スープは普通だった。

「そうかそうか。衝撃的じゃったか」

「……もうこれ以上この話題続けたくないから、さっさと酒場に行くわよ」

 エニマに何か言われる前に、杏利は足早に酒場へと入った。

 時刻が酒を飲むのにちょうどいいのもあって、中は賑わっている。全員が飲酒や談笑に夢中で、誰も杏利を見ようとはしていない。気付いてすらいないようだ。マンガやアニメでは、よく入ってきた主人公を客が舐めるような展開があるので、自分もそうなると予想していた杏利としては拍子抜けである。まぁ目立つよりはいいので、情報屋を捜す事にした。

「すいません。ここに情報屋さんって来てませんか?」

 客に聞き込みして回り、情報屋を捜す。

「ああ、それならあそこにいるぞ」

 どうやら来ていたようだ。杏利は教えてもらった情報屋の男に話し掛ける。

「あなたがこの村の情報屋さんですか?」

「……そうだが、何の用だ? ここはガキの来るところじゃないぜ」

「あたしは十八よ。まだお酒は飲めないけど、ガキなんて呼ばれる歳じゃないわ」

「ハッ。違いねぇ」

 情報屋の物言いにムカついた杏利は、思いっきりタメ口で返してやったが、情報屋は特に堪えた様子もない。その態度にさらにムカついたが、杏利は息を深く吐いて心を落ち着けた。喧嘩をしに来たわけではないのだ。

「情報を売ってもらいに来たの。魔王イノーザはどこにいるかわかる?」

「わからねぇな。表社会にも裏社会にも、魔王の居所を知ってるやつはいないだろうよ」

 この情報屋は知らないようだ。それならばと、杏利は次の質問をする。

「ここからあんまり遠くない場所で、強いモンスターがいる場所ってある?」

 今のままでは、イノーザと戦っても勝てない。それなら、いつ戦う事になったとしても勝てるよう、腕を磨くだけだ。

「あんまり遠くなくて強いモンスターがいる場所ねぇ……そういえば、面白い情報があるぜ」

「面白い情報? それって何?」

「俺が何の仕事やってるか、わかってるだろ?」

 情報が欲しければ金を出せ。情報屋は遠回しに、そう言っている。

「……いくら欲しいの?」

「ん~……三十ギナだな」

「たっか……宿代より高いとかぼったくりじゃないの? もうちょっとまけなさいよ」

「おいおい。俺だって生活が懸かってるんだぜ? それにこの情報はとっておきで、本当なら倍出したって安いくらいなんだ。これ以上はまけられねぇよ」

「……まぁいいわ」

 仕方なく杏利は銀貨三枚、三十ギナを出して情報屋に渡した。

「まいどあり。で、情報なんだけどよ。トフナの町の近くにある洞窟に、覇者のルビーがあるらしいんだ」

「覇者のルビー?」

 情報屋の話によると、覇者のルビーとはその名の通り、手に入れた者はこの世の覇者になれると言われている古代の宝らしい。事実、名だたる王は皆このルビーを手に入れており、このルビーを巡っていくつもの国が戦争を続け、また滅んでいったそうである。

「長年行方不明になっていたんだが、それがようやく見つかったんだ。ところが今その覇者のルビーを、ものすごく強いモンスターが守っていて、誰も手が出せないんだと」

「モンスターがルビーを守ってる? それっておかしくない?」

 人間が誰にも渡したくなくて守っているというならまだわかるが、モンスターである。モンスターが手に入れたところで、意味などなさそうなものだが。

「確かにそうだ。けどな、このルビーにはいろいろいわくのある伝説が多いんだ。ルビーの周りでわけわかんねぇことが起きてるってことは、まさしく本物の覇者のルビーであるってことの証明だぜ」

 魔性の宝石、覇者のルビー。その周りで起きる、不可解な出来事。確かに、そうかもしれない。いずれにせよ、強い相手と戦えるなら行く。

「それからこれはサービスだ。今覇者のルビーを手に入れる為に、あっちこっちが戦力を募ってる。この村も例外じゃなくてな、ギルドに申請に行けば戦力として登録してもらえるぜ。しかも、出発は明日だ。今から行けば間に合うかもな」

 ギルド。この世界ではゲームの用語ばかり聞く。

「わかったわ。ありがとう」

「またのご利用、お待ちしてるぜ」

 必要な情報を手に入れた杏利は、情報屋に別れを告げて酒場を出ると、ギルドに向かう。



「ギルドかぁ……」

「登録するのか?」

「実は迷ってるのよねぇ」

 杏利は異世界の人間だ。登録したところで意味はないし、資金は溢れるほどあるので、報酬も必要ない。

「トフナの町って、歩いてどれくらい掛かるのかしら?移動が面倒なのよねぇ……」

「では、馬車を使うといい」

「……馬車、か……」

 異世界での交通手段としてはお決まりの方法だ。

「面白そうね。じゃあ覇者のルビーを守ってるモンスターを倒しに、トフナの町に行きましょうか!」

「うむ!」

 方針は決まったので、宿屋に戻る一人と一本。明日は大急ぎである。

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