第五十八話 宣教師達との再会
前回までのあらすじ
絶体絶命の危機に陥った杏利だったが、エニマの記憶を見たことで、己の中の本当の願いに気付き、心想を会得。見事ヴィガルダを撃退した。
「心想、顕現」
一日使ってたっぷりと休養を取った杏利は、自分の心想について理解を深める為に、特訓をしていた。
「世界に降り注げ、黄昏の光(アルフヘイム・ラグナレク)」
杏利の身体から黄金の光が溢れ、心想が発動する。だがその輝きは、ヴィガルダと戦った時ほど強くはない。
「いくつかわかったわ」
心想とは、心の中に想い描く感情の強さで出力が変わるという事。それから、一度使うだけでもかなりの体力を消耗するという事を、理解した。
「消耗の方は、まぁ慣れでしょうね。何回も使っていけば、そのうちあんまり疲れなくなってくると思うわ」
「和美も最初のうちは、慣れるまで苦労しておった。お前なら和美以上の速度で、己の力に適応するじゃろう。しかし驚いたぞ? お前が心想を、それもあんなタイミングで、和美と全く同じ名前と効果のものを使えるようになるとはな」
もしかしてとは思っていた。しかし杏利が身に付けたら心想は、和美の心想と全く同じだったのだ。運命を感じずにはいられない。
「あたしもびっくりしたわ。心想を使えるようになりたいって思ってはいたけど、こんなに早いなんて思わなかった」
ゼドに会ったら、彼も驚くだろう。もっとも、心想を得たからといって、それだけで勝てる相手ではない。ゼドは杏利が目覚めるよりずっと前から心想が使えて、以降使い続けている。だから杏利よりずっと使い馴れているし、出力も上だ。まぁ、それはおいおい解決する事にしよう。
「じゃ、そろそろ出発しましょ」
「もう少し休んでいかなくて大丈夫か?」
「平気平気。モタモタしてたら、魔王軍に逃げられちゃうわ」
エニマは杏利の身体を気遣ったが、今の心想は一瞬使っただけで、立って歩けなくなるほど疲れてはいない。それに、急がなければ決定的な何かを逃がしてしまう。もしまたイノーザやヴィガルダ、他のロイヤルサーバンツと鉢合わせるような事があったとしても、簡単には負けない。杏利とエニマはすぐ出発した。
突如壊滅した町、クマイトに向かって旅を再開する杏利とエニマ。馬車の馬が全滅してしまったので、歩きだ。杏利の心想はどんなダメージも回復させられるが、死んでしまった者を生き返らせる事は出来ない。
二人が半日ほど歩いていた時、エニマは後ろを振り向いた。
「どうしたの?」
「……馬車じゃ」
「えっ?」
なんと、馬車が来ているのだという。自分達は、馬車の停留場にもなっている休憩所がある方から来たのだが、これは一体どういう事だろうか。
杏利が振り返って見てみると、確かに馬車がやってきていた。だがこの馬車、杏利達が乗っていた馬車とは感覚が違う。
白いのだ。馬車の車体も、引いている馬も、御者も、全て白かった。そして何より、スピードが違う。普通の馬車の二倍くらいの速度で、あっという間にこちらまで来た。
と、馬車は杏利達の真横で止まり、車体の扉が開く。
「杏利様!!」
「ロージットさん!?」
なんと馬車には、ロージット、マリーナ、ジェイクの、三人の宣教師達が乗っていたのだ。
「しばらくぶりですね、杏利様にエニマ様」
「はい。本当に……もしかしてロージットさん達もクマイトに向かってるんですか?」
「やはり杏利様も……」
クマイトが壊滅し、状況を確認してくるよう大僧正から指令を受け、ロージット達もまたクマイトに向かっていたのである。
「どうでしょうか? 目的地は同じなのですし、ご一緒されませんか?」
「……そうですね。お願いします」
こうして、杏利とエニマはロージット達に同行させてもらう事になった。
走り出す馬車。外の景色が、飛ぶように通りすぎていく。まるで自動車に乗っている気分だ。
「わぁ、速い!」
「この馬車はライズン教団専用の聖馬車ですからね」
「これなら二日もあれば着きます!」
マリーナとジェイクが説明した。この馬車は、ライズン教団が急ぎの旅に使用する、聖馬車という馬車だ。鍛え上げられ、祝福儀礼を受けた馬は、普通の馬の何倍も強い聖馬となる。車体の方もホワイトミスリルで造られており、またなるべく速く走れるように作ってあるのだ。
急いでいるなら飛空船を使えばいいと思うかもしれないが、クマイトの近くには飛空船が着陸出来る場所がない。それに、地上には造魔兵がいる可能性もあるのだ。それは無視出来ない。
「そうですか……杏利様も、過酷な旅路を歩まれたのですね」
ジェイクは杏利の戦いを労うように言った。本当に、生きているのが奇跡と言えるような激闘と冒険の数々だ。杏利もまた、自分は才能だけだがよく生きていると思っている。
「ロージットさん達はどうでした?」
「我々の旅は順調ですよ。しかし残念な事に、二人、魔王に寝返った者がいました」
ロージット達は杏利達と別れた後も旅を続けたが、あれから二人の背信者と出会った。どうにかして救おうと説得を続けたが、それも叶わず、殺すしかなかったという。
「やはり元凶の魔王を討たない限り、これからもこういった者が現れるでしょう」
「……ごめんなさい。あたしがあそこで、イノーザを倒せるくらい強くなってたら……」
自分がもっと強ければ、あの時点で全ての悲劇を終わらせる事が出来た。力不足悔やんで、杏利はロージットに謝る。
「いいえ! 杏利様はよくやって下さっています」
「魔王と戦って生きているというだけでも、充分すぎる功績です。杏利様以外では、こうはいかなかったでしょう」
「異世界の住人でありながら、関係ない世界の為に命を懸けて下さっている。我々はあなたに感謝しております」
ロージット達は慌てて訂正した。本来自分達の手で解決しなければならない事を、他の世界の人間にさせるなど、あっつはならない事だ。ロージット達もまた、力量不足を感じているのである。
「でも、次に会った時は必ずあたしが勝ちます。だってあたしは」
杏利がイノーザとの戦いに備えて得た力について話そうとした時、突然聖馬車が急停止した。
「どうしましたか!?」
驚いて飛び出すロージット達。杏利とエニマも続く。
聖馬車の行く手には、大量の造魔兵が展開されていた。人間型だけでなく、獣人型や陸戦型、空戦型までいる。
「こんな所にこれだけの大部隊を展開するとは、どうやら当たりらしいのう!」
聖馬車が向かう先には、クマイトがある。クマイトは元々、ノアがあった場所。そしてこの魔王軍の大部隊。何か拠点があるわけでもないここに、これだけの兵力が展開されているなど、どう考えても不自然だ。考えられる理由としては、ここから先に他者を近付けたくない、何らかの理由があるという事。そしてその理由は――。
「アレクトラが生きていてイノーザと手を組み、何かをしているから、か……上等!! まとめて蹴散らしてやるわ!!」
「その意気じゃ!!」
杏利はエニマを槍化して手に持ち、構える。もはや疑う余地はない。アレクトラは確実に生きている。でなければ、これだけの異常事態に説明が出来ない。
「ジェイク! 私とマリーナが前線に出ます! あなたは馬車に造魔兵を近付けないように!」
「はい師匠! リュートさん、隠れて下さい!」
「はい!」
ここまで来て足を潰されては困る。ロージットとマリーナが前衛となり、ジェイクは後衛でサポートに回る役だ。リュートと呼ばれた御者は、馬車の中に隠れた。
「何を企んでるのか知らないけど、させないわ!!」
杏利は突撃した。
「「スキルアップ!!」」
杏利とエニマが同時にスキルアップを唱え、二重の能力強化をしてから、正面の造魔兵に刺突を繰り出す。人外の力で繰り出された一撃は、目の前の一体のみならず、その後ろにいた造魔兵数体をも衝撃波で貫き、バラバラに粉砕する。素早くエニマを引き抜いた杏利は、そのまま横薙ぎにエニマを振るう。小さな嵐と見紛うような衝撃波が、飛んでくる弾丸もろとも造魔兵を吹き飛ばした。
ロージットは退魔法を唱えてから聖鎧を纏い、マリーナと強力して造魔兵を次々と倒していく。ジェイクもまた光魔法を唱え、造魔兵を寄せ付けない。
「それにしても、なんて数……!!」
マリーナは戦慄する。倒しても倒しても、造魔兵の数は減らない。通常は人間型のみで構成されている魔王軍だが、今回は獣人型や陸戦型、空戦まで加えられているという混合部隊なのだ。
造魔兵は基本的に、人間よりも頑丈で力も強いが、腕に覚えのある冒険者なら苦戦はしないし、魔法を使える者と連携すれば、さほど腕が良くなくとも勝てる。だが、他の造魔兵が追加されれば、そうはいかない。
「いくら師匠と杏利様がいても、これでは……!!」
いかんせん数が多すぎる。二人とも善戦しているが、このままではジェイクも、聖馬車を守りきれない。
「……仕方ないわね。ロージットさん!! マリーナ!! 少しでいいから時間を稼いで下さい!!」
「わかりました!!」
「了解です!!」
杏利の命を受けて、ロージットとマリーナが動いた。
「神の威光よ。我が拳に宿りて、邪悪を打ち砕きたまえ!!」
ロージットが唱えると、彼の右拳に光が集まる。そして、腕を大きく引き、正拳突きを繰り出した。
「正義の光拳(ジャスティス・フィスト)!!!」
すると、ロージットの拳から巨大な光弾が飛び出し、敵陣に風穴を空けた。
「キックエッジ!!」
マリーナも大きく足を振り、光を飛ばす。ロージットほどではないが、こちらも敵の数を減らした。
(これだけ減らせば!!)
正直まだまだ造魔兵は残っているが、杏利にとっては多少多い方がいい。新しく手に入れた、あの力に慣れる為には。
「心想、顕現」
杏利の身体から、黄金の光が溢れる。
「世界に降り注げ、黄昏の光(アルフヘイム・ラグナレク)」
それは、杏利の心想が発現した証。詠唱なしの心想。それがどの程度の力があるか、確かめる為のちょうどいい練習台が欲しかった。
「はっ!!」
杏利はまず、空を飛び回っているうるさい蝿へと意識を向けた。すると、杏利の身体から溢れた光は拡散し、空戦型造魔兵達を呑み込み、消滅させた。
「まだまだ!!」
次は光を纏ったエニマを高速で、何度も突き出す。エニマの切っ先からは光線が飛び、一発で数十の造魔兵を貫通、消滅させる。
「これでラスト!! スーパーガンゴニールストラァァァァァァァァァイクッ!!!」
最後に、ガンゴニールストライクを繰り出す杏利。心想と組み合わせたガンゴニールストライク。その破壊力は、今まで使っていたガンゴニールストライクが可愛く思えるほどで、地を埋め尽くす人間型造魔兵も、巨大な陸戦型造魔兵もまとめて一撃で消し去った。
「すごい……」
「これが、杏利様の心想!!」
マリーナとジェイクは、杏利が手に入れた新しい力、世界に降り注げ、黄昏の光の力を目の当たりにして、その破壊力と神々しさに感動していた。
(これが心想……神に最も近いと言われる力……)
クリアレスもまた、心想を使う事が出来ると言われている。ゆえに心想はこの世界において、神に最も近い者が身に付けられる、神聖な力とされているのだ。
ロージットはライズン教団一の力と信仰心の持ち主だ。しかしそんな彼でさえ、心想は会得していない。
(……いけませんね。この私が嫉妬など……まだまだ信仰が足りません)
自分に使えない力を杏利が使っているところを見て、わずかだが嫉妬を抱いてしまったロージットは、内心猛省していた。
「……うっ!」
「杏利!」
造魔兵を全滅させ、心想を解除した杏利は、膝をついた。すぐエニマが人化し、杏利を支える。
「大丈夫よ。ちょっと疲れただけだから」
だが、雑魚相手なら詠唱をせずとも充分全滅させられる事がわかった。やはり、心想は強力な技だ。
「杏利様、大丈夫ですか!?」
「はい。まだ使い慣れてなくて、疲れるんです」
「そうでしたか……」
駆け寄ってきたロージットは、杏利を抱き上げる。
「ろ、ロージットさん?」
「また助けられてしまいましたね。ありがとうございます。ゆっくり休んで下さい」
「……まぁ、当面は多用出来んという事じゃな」
エニマは少しむっとしながらも、ロージットの行動が善意である為、特に何も言わなかった。
こうして杏利を回収した一同は、クマイトに向けての旅を再開した。




