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レジェンドガール  作者: 井村六郎
第五章 光の勇者
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第五十七話 想いよ、黄昏の光となれ

前回までのあらすじ



杏利とエニマ。ヴィガルダにフルボッコにされる。

(……んっ……)

 杏利は目を覚ました。

(なに? 何が起きたの?)

 自分は確か、エニマを回復魔法で治そうとして、亀裂の入った頭に手を伸ばした。そして、そこから先の記憶がない。

(……動けない……?)

 何が起きたのかを確かめようとするが、なぜか身体が動かない。声を出す事も出来なかった。仕方なく目だけを動かして、自分がどこにいるのかを確認しようとする。

(ここは……)

 見覚えのない場所だ。自分は休憩所でヴィガルダと戦っていたはずだが、どうしてこんな場所にいるのだろうか。

(……いや、知ってる! この場所は……!)

 しかし、落ち着いてよく見てみる事で、ここがどこなのかがわかった。

 ここは、エニマが安置されていた、あの地下の祭壇だ。気付けなかったのは、自分がエニマの視点にいたからである。

(もしかしてあたし、エニマになってるの?)

 そうとしか、考えられなかった。

 間もなくして、ある変化が起こる。一人の女性を連れた一団が、杏利の前にやってきたのだ。

(あたしがいる……)

 その女性は、杏利そっくりだった。着物を着ている以外に、杏利と区別出来る部分がない。

「あんたなの? あたしを呼んだ槍って」

「そうじゃ。わしの名は、エニマ・ガンゴニール」

 女性が尋ねると、杏利は喋っていないのに、勝手にエニマの声が聞こえた。

「驚いた……ほんとに槍が喋ってる……あ、ああ、申し遅れたわね。あたしは一之瀬和美よ」

(一之瀬和美!?)

 それは、杏利の先祖の名前である。

 この瞬間に、杏利は今起こっている出来事を正しく理解した。杏利はエニマになっているのではなく、エニマの記憶を見ているのだ。

 神秘の槍エニマ。彼女は今、人間における頭部に大ダメージを受けている。そこに高い同調率を持つ杏利が触れた事で、エニマの記憶が杏利の中に流れ込み、エニマが過去に経験した出来事を、追体験しているのだ。

「……ねぇ。悪いんだけど、二人きりにしてもらえる?」

「はっ」

 和美は兵士達に席を外してもらうよう頼み、兵士達は祭壇から出ていく。話を聞いている者が誰もいなくなったのを確認してから、和美はエニマに尋ねた。

「どうしてあたしを呼んだの?」

「お前がわしを一番使いこなせる人間だからじゃ。何せわしは、そんな人間を呼び出す為に自我を与えられたんじゃからな」



 様々な神話や伝説において、自我を持つ武器はしばしば登場する。しかし、なぜ自我を持っているのか、明確な理由は語られていない。

 だがエニマを造った者達は、こう考えて自我を与えた。


『最強の武器の使い手は、最強の武器自身に選ばせるべき』だと。


 時は現在より七百年前。魔王グライズの出現によって、今にも世界が滅びるかもしれないという時代。いかなる武器も通じない魔王を倒す為に、既存の武器全てを凌駕する最強の武器を造る必要があった。リベラルタルにおいて最も頑丈な金属、ブラックオリハルコンを惜しみなく使い、強力な魔力を秘めた永久魔水晶グランドストーンを組み込まれ、自己修復機能や倒した相手の能力を奪う機能まで与えられたエニマは、まさに最強の武器である。

 しかし、武器はどこまで行っても武器だ。使い手がいなければ意味がない。そしてその使い手も、戦をした事もないような素人では駄目だ。エニマの強大な力を完璧に使いこなせる、最強の使い手が必要だった。

 ではその使い手を誰にするか。戦う相手は極大な魔力と、武力を誇る魔王だ。こんな怪物相手に、凡愚を選ぶ事は許されない。そこでエニマに同調率を設け、さらに自分と最も同調出来る人間を見つけ出せるよう自我を与えた。この世界にそんな人間がいなかった時の事を考えて、さらにさらに慎重を重ねた技術者達は、エニマに次元を越える力をも与えたのだ。

 これらの様々な要素が合わさって選ばれた、唯一無二の使い手が、和美だった。

「だからお前はわしにとって、一番特別な人間なんじゃ。巻き込んでしまってすまないと思っておるが、どうか協力して欲しい。この世界を救えるのはお前だけ……わしにはお前しかいないんじゃ。頼む」

 和美に頼み込むエニマ。杏利は不安を感じていた。この不安は、杏利の不安ではない。エニマの不安だ。本当に使ってもらえるか、和美が一緒に戦ってくれるかどうか、すごく不安に思っている。

「いいよ。面白そうじゃない」

 だからこそ、和美が了承した時に感じたエニマの喜びは大きかった。

「本当か!! 嬉しいぞ!! これからよろしくな、和美!!」

「こっちこそよろしくね、エニマ」

 和美はエニマの柄を手に取り、祭壇から引き抜く。これが、初代槍の勇者誕生の瞬間だった。



 それから、和美とエニマは幾多の激戦を重ね、遂に魔王グライズの前にたどり着いた。

「年貢の納め時だよ、グライズ」

「小娘が……己の愚かさを思い知るがいい!!」

 両手を広げ、その強大な力を解き放つ魔王。エニマはその力に対して、恐怖を感じている。自分はこの魔王を倒す為に造られた。だが、こんな相手に本当に通じるのだろうかと。

「心配ないよ、エニマ。あたしとあんたが力を合わせれば、絶対勝てる」

「和美……!!」

 和美もまた、恐怖を感じている。しかし、エニマと一緒だと思えば勇気が湧いてきて、どんな困難も乗り越えられる気がしてくるのだ。そんな彼女からエニマも勇気をもらい、自分の中の恐怖を吹き飛ばす。

「心想、顕現」

 そして和美は、冒険の途中で身に付けた心想を駆使し、見事グライズを撃破してみせた。



「お別れね、エニマ」

 戦いは終わり、和美は城に戻ってきた。

「とうとうこの時が来たか。長いようで、あっという間じゃったな……」

 和美がこの世界に来た目的は果たされた。早急に、元の世界に帰らねばならない。

「……和美。お前さえ良ければ、このままリベラルタルに留まって欲しい。わしはもっとお前と……いや、よそう。お前の帰りを待つ者達が、いるはずじゃからな……」

 もっともっと、ずっと一緒にいたい。それは、和美もまた同じ気持ちだった。しかし、それは叶わない。和美には和美の、エニマにはエニマの、生きる世界がある。

「……きっとまた、あんたの力が必要になる時代が来る。その時あんたは、また勇者召喚をしなくちゃならない」

 それはいつになるかわからない。わからないが、その時自分は生きてはいない。またエニマの勇者になる事は、きっと出来ない。確証はないが、和美にはそんな予感があった。


「次にあんたの勇者になってくれるのは」


 だからこそ、願わずにはいられなかった。


「あんたの事を、心から大切にしてくれる人だったらいいな」


 その言葉に、杏利は衝撃を受けた。和美にとってエニマと歩んだ旅路は、かけがえのない思い出だ。エニマの事を、心から大切にした。だから次に来る勇者にも、エニマを大切にして欲しい。そんな想いを、杏利は痛いほど強く感じた。



 それからも杏利は、エニマの記憶を見続けた。その感情も感じ続けた。それはもう、地獄だった。暗い地下の祭壇で、ひたすら自分がまた必要とされる時を、エニマは待ち続けていたのだ。その間ずっと、悲しい、寂しい、和美に会いたいと、思い続けていた。

(エニマはこんな気持ちを味わい続けてたんだわ。七百年もずっと……)

 それはどんなにつらい事だっただろうか。



 だが、その感情にも終わりが来た。ある出来事が起きたのだ。新しい勇者召喚だ。その儀式でエニマは、杏利を召喚した。

 杏利はエニマの心の中が、歓喜で包まれていくのを感じていた。それはもう、暗闇の中に光が射し込んだ気分だ。嬉しくて嬉しくてしょうがない。

(こういう事だったんだ……)

 エニマが言っていた、杏利は光だという事が、比喩でも何でもないという事がよくわかった。まさに光だ。杏利はエニマに、希望を運んできた存在だったのだ。



「……はっ!」

 そこで杏利の意識は、元の世界に戻ってきた。相当長い事記憶の世界にいたはずだが、状況は行く前と何も変わっていない。どうやら現実世界では、一秒も経っているかいないかだったようだ。

「エニマ! 今治すわ! リカローア!」

 戻ってきたと同時に自分がやろうとしていた事を思い出し、回復魔法を唱える杏利。

 だが、エニマの傷は治らなかった。リカローアは確かに発動しているはずなのに、亀裂が消えないのだ。

「どうして……」

「あ、杏利? まだ逃げておらんかったのか?」

「エニマ!! あんたの傷が治せないの!! 回復魔法が……」

「無理じゃ。わしの傷は、回復魔法では治せん。生物が負った傷とは違うからな」

 エニマの負傷は、生物が傷を負うのとは異なる。負傷ではなく、破損だ。回復魔法は生物には効くが、無生物には効かない。エニマは生きている槍だが、元々槍である為、回復魔法が適用されない。彼女の傷を治すには自己修復機能を使うか、鍛冶師に打ち直してもらうしかないのだ。

 そしてエニマはヴィガルダの攻撃で、自己修復機能に深刻なダメージを受けてしまっている為、治せない。この状況で鍛冶屋になど連れていけないし、そもそもエニマを打ち直せる人間など限られている。

「そんな……」

「わしはもう駄目じゃ。今の攻撃で、わしの中枢が大きすぎるダメージを受けた。お前の姿が、見えない……」

 エニマは、自分の思考や能力の中枢を司るグランドストーンに、ダメージを受けている。これは、人間が脳を傷付けられるのと同じだ。結果、能力が使えないのみならず、人間で言う視神経まで傷付き、エニマの目は失明していた。

「杏利……何で早く逃げてくれなかったんじゃ……お前の声さえ聞かなければ、耐えられたのに……」

 エニマの目から、涙が流れる。これは実際に涙が流れているのではなく、魔力が水に変換され、涙のように見えるだけだ。

 涙は偽りのもの。しかしエニマが感じている悲しみは、偽りでは断じてない。

「杏利の姿が見えない……光が、わしの光が見えん……嫌じゃ……暗いのは嫌じゃ……寂しいのは嫌じゃ……一人ぼっちになるのは、もう嫌じゃぁ……!!」

「エニマ……!!」

 エニマは怖がっている。闇の中に連れ戻され、一人で放置される事を、心から怖がっている。杏利はエニマを抱き締めた。

「道具の分際で恐怖を感じているのか」

 だが、無情にもヴィガルダが迫ってきた。状況は、何も変わっていないのだ。今にも殺されそうになっているという、かつてないほどの危機的な状況は。

「安心するがいい。貴様も、貴様の主も、二人まとめて同じ場所に送ってやる。それなら寂しくないだろう」

 デュランダルを振り上げるヴィガルダ。杏利にはそれが、自分達の命を刈り取りに来た死神の鎌に見えた。

(……何が勇者よ……何が光よ!!)

 ヴィガルダの言う通りだ。自分は強いつもりでいた。勇者になったつもりでいた。蓋を開けてみれば、こんなに弱い。こんな弱い人間が、勇者であるはずがない。光としては、あまりにも弱すぎる輝きだった。

(……光になりたい……あたし、エニマの光になりたい……!!)

 エニマを守りたい。自分を誰よりも慕い、光であると強く求めてくれたエニマの為に、彼女に相応しい光になりたい。杏利は強く、そう願った。

(これからもずっと一緒にいるから!! もう一人ぼっちになんてさせないから!!)

 だから、だから――――!!

(光になりたい!!!)


 杏利が心から願ったその想いは、彼女の中から黄金の光となって溢れた。


「何!?」

 ヴィガルダはその光に吹き飛ばされ、また近寄る事も出来ない。

「……そうか……これが……!!」

 胸の内に、言葉が浮かんでくる。杏利はそれを唱え始めた。


「照せ、照せ、照せ。光よ、あまねく天地を照らしゆけ」


 それは、光を呼び覚ます祝詞。


「輝け、輝け、輝け。我が言霊を聞き届けよ」


「こ、この詠唱は……」

 それは、かつてエニマと共に戦った、初代勇者が唱えた勇気の言葉。


「護りを、祝福を、導きを、力を。愛しき生命の為に、生命が生きる世界の為に、我は黄昏の歌を謳う」


 それは、愛する者の為に光になりたいと願う、優しくも強く、そして美しい祈り。


「聞き届けよ、我が魂の叫びを。刮目せよ、我が魂の極光を」


 それは、杏利の想いを実現する為の力。


「心想、顕現」


 黄金の光は、さらなる輝きと煌めきを放って、杏利を、エニマを包み込んだ。


「世界に降り注げ、黄昏の光(アルフヘイム・ラグナレク)」


 光に包まれた瞬間、エニマの身体に変化が起きた。回復魔法で塞げなかった亀裂が消え去り、それ以外の傷も全て消滅した。

「杏利? 見える……見えるぞ……杏利の姿が!」

 失っていた視力も回復した。

(目覚めたか……)

 ヴィガルダは身構える。杏利は目覚めたのだ。己の真の力に。となれば、全力を出す必要がある。

(癒しの力? いや、それだけではないはずだ)

 発動した杏利の心想は、エニマを全快させてみせた。いや、それだけではない。杏利の身体も、衣服すらも、全て傷付く前の状態に戻っていたのだ。

 これを見たヴィガルダは、杏利の力は癒しの力ではないかと思ったが、まだ何かあるような気がしていた。

(見極める。試させてもらうぞ一之瀬杏利)

「どうやら予想に反して、貴様には勇者の資格があったようだな。だが、守りに入ってばかりでは勝てぬという事くらい、頭のいい貴様ならわかるだろう? せっかく助かった命を失いたくなければ、その力の全てを見せてみろ!!」

 そう言いながら、ヴィガルダはデュランダルにエネルギーを込めて、斬り掛かる。

「タイラントスマッシャー!!!」

 この辺り一帯を吹き飛ばした、あの技だ。稲妻を纏う凶刃が、杏利の頭へと襲い掛かる。

「……何!?」

 だが杏利はエニマを抱き締めたまま、素手でデュランダルの刀身を掴んで止めた。さらに全身から光を放ち、デュランダルから手を離しながら、ヴィガルダを吹き飛ばした。

「ぬあっ!!」

 反撃を受けながらも着地するヴィガルダ。そんな彼に対して、杏利は素早く追撃を行う。片手から、黄金に輝くエネルギー弾を連射した。その威力は凄まじく、ヴィガルダはデュランダルで防御しているが、防戦一方でエネルギー弾を振り払う事が出来ない。

 だがヴィガルダは、この僅かな攻防で杏利の心想の本質を理解していた。

 世界に降り注げ、黄昏の光(アルフヘイム・ラグナレク)は、光を操る能力だ。無論、ただの光ではない。自分や他者を強化する事も、回復させる事も、光を攻撃に転用する事も出来る。他にもいろいろ出来るだろう。非常に汎用性の高い、強力な心想だ。ゼドの安綱・怨讐剣鬼にも匹敵する。

(強い!! これほどとは……!!)

 防戦を続けるヴィガルダ。このままでは、押しきられてしまう。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 だがヴィガルダは、杏利が疲労しているのを見逃さなかった。彼女の心想は目覚めたばかりで、まだまだ不完全なのだ。長時間の発動は出来ない。

 遂にエネルギー弾の連射が止まる。止めたのではなく、これ以上撃てないのだ。

「……今回はこれで退くとしよう。約束は守らねばな」

 今攻撃すれば勝てる。だが、ヴィガルダは真の勇者の証を見せれば助けるという、あの約束を守る事にした。

「次に会う時までに、その力を完全に扱えるようにしておけ」

 そう言ってヴィガルダは瞬間移動し、イノーザの城に帰還した。

「杏利!!」

「まだよ」

 杏利は光を広げる。拡散された光は、破壊された休憩所を、時間を巻き戻すかのように修復していく。

「これで、いい、わ……」

「杏利!!」

 休憩所を完全に修復したところで心想の発動限界時間になり、光は消える。そして杏利もまた、気絶した。



「……んん……」

「杏利!」

 次に目を覚ましたのは、休憩所の宿泊用ベッドの上だった。エニマと、まだ生き残っていて光に治してもらえた職員が、杏利をここまで運んだのだ。

「よかった……本当によかった……」

 もう目を覚まさないのではないかと、本当に心配していたのだ。エニマは杏利に抱きつく。

「……あんたの記憶を見たわ」

「?」

「ごめん。見ようと思って見たわけじゃないんだけど……」

 杏利はヴィガルダとの戦いで、エニマの記憶を見た事を話した。自分が来るまでの間、エニマがどんな思いをしていたのかを知ったという事も。

「……そうか。わしの思いを押し付けるような事をしてしまったのう」

「でもそのおかげで、あたしも心想を会得出来たわ」

 とはいえ、杏利は心想を会得した。魔王に対抗出来る力を、杏利も手に入れたのだ。

「あたし、もっと強くなる。もっと強くなって、絶対にあんたを守ってみせるから」

 しかし、まだ完全な心想ではない。必ず心想を形にし、エニマを守ってみせると、杏利は誓った。

「……ありがとう。杏利」

 そんな彼女を、エニマは優しく抱き締めていた。

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