第五十六話 激突と、エニマの決意
前回までのあらすじ
ペイルハーツを出発した杏利とエニマ。何者かに消滅させられたという、クマイトの町を目指していたが、そこにヴィガルダが現れた。
エニマの切っ先とデュランダルの切っ先が、真正面から衝突する。エニマによる刺突を受ければ、大抵の武器は破壊されてしまう。しかし、デュランダルは砕けなかった。魔王軍が保有する独自の技術で造られた武器は、伝説の武器にも負けないほど頑丈で強力なのである。
「はぁぁぁぁっ!!」
もちろん一度突いただけで終わらせなどしない。連続で刺突を何度も繰り出し、ヴィガルダの肉体を貫こうとする。
「……」
それに合わせて同じく突きを繰り出すヴィガルダ。杏利が繰り出す全ての攻撃を、難なく防いでいる。
(涼しい顔しやがって……!!)
杏利は必死で攻撃しているが、ヴィガルダの方は余裕綽々といった感じだ。この戦いに来るまでの間にさらなる戦いを乗り越え、以前の戦いよりずっと強くなったはずなのに、ヴィガルダには通じない。どうやらヴィガルダもまた以前より強くなっているようだが、ここまで力の差が離れていただろうか。
(あしらわれてる……!!)
いくら攻撃しても、軽くあしらわれているような感覚が、拭えなかった。
「どうした。その程度の実力で、真の勇者を名乗るつもりか?」
「舐めんなクソジジイ!!」
杏利が叫んだ瞬間、杏利の力が強まる。エニマの加護が、また一段階レベルアップしたのだ。
「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
怒涛のラッシュを繰り出してから、思い切りエニマを振る。力を大きく増した杏利の攻撃に、さすがのヴィガルダも後ろに下がる。
「コフィアイザー!!」
この機は逃さない。杏利はヴィガルダ目掛けて、巨大な氷の塊を飛ばした。
「ぬん!」
ヴィガルダは戦闘形態に変身し、デュランダルの突きで氷塊を砕く。
だが、その時にはもう、業火が殺到していた。
杏利はコフィアイザーが破られる事を見越して、コフィアイザーを唱えた直後にバニドライグを唱えていたのだ。炎の波に呑み込まれるヴィガルダ。
「やったぞ!」
「この程度で倒せる相手なわけないでしょうが!! ビルツジライガ!!」
間髪入れずに、ビルツジライガの照射を始める杏利。
だが次の瞬間、杏利は右に大きく飛び退いた。光の魔力を切り裂いて、巨大で長大な刃が襲い掛かってきたのだ。ついさっきまで杏利がいた場所に、剣モードに変形したデュランダルの刃が、深々と突き刺さる。
その所業をやってみせた男、ヴィガルダは、二発の上級魔法をまともに喰らったというのに、平然としていた。
「ショックだわ。あたしも結構強くなったはずなのに」
「貴様がそうであるように、俺も力を増しているのだ。同じにはならん」
やはり、ヴィガルダも前回より強くなっていた。ただでさえ杏利より強かったのに、さらに強くなられては手が付けられない。
(それでも、あたしは勝つ!!)
だがいくらヴィガルダがいくら強かろうと、杏利は勝たなければならない。ヴィガルダに勝てないようなら、イノーザに勝つのは絶対に不可能だからだ。
「スキルアップ!! センスアップ!!」
やはり魔法で攻めるよりも、体術で攻める方が杏利の性分に合っている。これまで何度も助けられてきたスキルアップと、ペイルハーツで会得した新たな魔法、センスアップで自分を強化する杏利。
(悔しいけど、パワーは奴の方が上。それなら……!!)
それから、人外の速度でヴィガルダの周りを駆け抜け、攻撃を加えていく。
(スピードで削り尽くす!!)
スキルアップで強化してなお、杏利のパワーはヴィガルダに届かない。ならば、手数を増やす。ヴィガルダが追い付けないほどの速度で攻撃し、その頑丈な肉体を削り尽くす。
腕を斬りつけ、右横腹を突き、胸板を殴り、左足を蹴る。顔面、背中、腕、足、喉。攻める、攻める、攻める。ひたすら攻撃を繰り返し、ヴィガルダを倒そうとする杏利。音を置き去りにする速度で、攻撃、攻撃、攻撃。
「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
だが突如、ヴィガルダは咆哮した。ただの咆哮ではない。全身からエネルギーを放つ為の咆哮だ。
「くあっ……!!」
予想外の反撃をされ、一瞬動きが鈍り、吹き飛ばされる杏利。こんな反撃をされるとは思っていなかった。
そして、焼けるような痛みが全身を襲った。いつもなら耐えられる痛み。だが、今回は耐えられない。膝をつく。
センスアップを使ったせいだ。感覚を超化する魔法。反射神経や動体視力など、あらゆる感覚を強化して、自身の速度を高速化する魔法。しかし、この魔法は痛覚神経をも強化してしまう。その為、いつもより受けるダメージが大きくなってしまうのだ。
(強力だと思って覚えてみたけど、副作用がここまでとはね……こりゃ雑魚散らし以外には使えないわ)
雑魚モンスターの殲滅ならまだしも、こういうボス戦で使うべきではないと、杏利は理解した。
しかし、相当な数の攻撃を叩き込んでやったというのに、ヴィガルダはこれでもまだ平然としていた。頑丈すぎる。
「目のつけどころは悪くなかったが、それでも俺を倒すには至らん」
「そうみたいね。けど、あたしはまだ戦えるわ」
杏利はエニマを杖代わりにして立ち上がった。
「わしも戦えるぞ!」
「あたしもエニマも、まだ折れてない。これであたし達の攻め手がなくなったなんて、思わない事ね!」
そうだ。魔力もまだ尽きていないし、戦う事は出来る。これからどんどん攻めていけば、必ずヴィガルダを倒せる。
「……攻め手、か……だがな、策をいくら弄したところで、俺に勝つのは不可能だ。お前には、一撃に乗せる想いが足りていない。その想いがない限り、俺は倒せん」
「想い、ですって……?」
「そういえば、まだ聞いていなかったな。お前は何の為に戦っている? お前に命を懸ける覚悟はあるのか?」
ノアで戦った時と同じ質問を、今一度繰り返すヴィガルダ。
「下らない事聞くんじゃないわよ」
もちろん、答えられるようにしている。
「この世界を救う為。そしてあんた達を倒す為よ!!」
そう言いながら、杏利は駆け出し、ヴィガルダの顔面に向けて突きを繰り出した。
「それがお前の答えか」
だが、ヴィガルダはエニマの穂先を掴んで止めた。
「!?」
杏利はどうにかしてエニマを押し込もうとするが、動かない。完全に止められている。
「嘘だな」
そしてヴィガルダは、杏利の答えに対して辛辣に返した。
「嘘じゃない!! あたしは旅を続けて、いろんな人と出会って、あんた達がやってきた事を見てきた!!」
国に攻め入り、村に毒ガスを使い、人心を惑わし、挙げ句の果てには子供を自分達の戦力として徴兵しようとした。人を人とも思わず、どこまでも相手を見下し尽くしている、魔王軍の蛮行。何度はらわたが煮えくりかえりそうになったか、杏利自身も覚えていない。
「だからあたしはあんた達を許さない!! あたしは絶対に、あんた達を倒してみせる!!」
決して許しはしない。必ずイノーザを倒す。杏利はその想いを、ヴィガルダにぶつける。
それを聞いたヴィガルダは、穂先を離してエニマを杏利に返した。
「なるほど。お前は俺達の侵略行為に対して、紛れもない怒りを感じているというわけだ」
「そうよ!!」
「それは確かに当然の事だと思うし、異世界の人間であっても例外なくそう感じると思う。だが、本当にそれだけか?」
「は? どういう意味?」
「俺にはまだ、お前の中に別の想いがあると思っている。俺達やイノーザ様への怒り以上に、強い感情があるはず。それは何だ?」
ヴィガルダは杏利の中に、もっと強く、もっと重要な感情があると思っている。それは杏利自身も自覚していない、無意識な想い。ヴィガルダはそれを知りたがっているのだ。
「その想いを、俺の前にさらけ出せ!!」
言いながら、ヴィガルダは真っ向唐竹割りに斬り掛かってきた。それをエニマで受け止める杏利。
「そうでなければ、お前は俺に勝てんぞ!!」
「くっ!!」
今度は真横から一文字に斬り掛かってくる。大きく後退し、射程範囲から、衝撃波から逃げる杏利。あの大剣では小回りが利かないが、破壊力は必殺級だ。いくらエニマが頑丈とはいえ、何発も受けられない。
「フリエイズ!!」
とにかく動きを封じなければ。そう思って、ヴィガルダに吹雪を放つ。
「はぁっ!!」
だがその吹雪は、ヴィガルダが放つ衝撃波に跳ね返されてしまう。明らかに、先程より威力が上がっている。ヴィガルダの能力、ストレングスは、強化レベルを調整出来るのだ。今までは本気ではなく、ここで本気になったのである。
「エグゾブロ!!!」
普通魔法をぶつけても、倒すどころかダメージも与えられない。そこで杏利は、合体魔法エグゾブロを使った。しかし、エニマがペイルハーツで使おうとしていたエグゾブロは、バニスドとスパルビの合体魔法。今回使ったのは、バニドライグとスパレイズの合体魔法だ。威力は桁違いに跳ね上がる。
ありったけの魔力を込めて放つ。融合する炎と雷が、互いの威力を上げながら、ヴィガルダに激突した。杏利の魔力は非常に高くなっており、今放ったエグゾブロは、以前戦った魔王軍の飛行戦艦程度なら、三隻まとめて塵に出来るほどの威力を誇っている。
「……何度同じ事を言わせるつもりだ。それでは勝てん」
しかし、これほどの大魔法をぶつけてなお、ヴィガルダにダメージを与える事は出来なかった。
「なんという男だ……強すぎる!!」
エニマは戦慄する。ヴィガルダの戦闘力は、恐らく心想を使っていない状態のゼドより強い。異常と言えるレベルの戦闘力だ。
「平気よ。まだやれるわ!」
今唱えたエグゾブロで、杏利は魔力のほとんどを使いきってしまった。だが、まだ戦えると言う。
杏利はポーチから、透明な魔石を一つ、取り出した。それに力を入れて握り潰すと、一瞬で魔力に変換され、杏利に吸収されていく。
ペイルハーツで購入した、補助魔石という魔石である。これは無属性ですらない、ただの魔力の塊だ。しかし、魔力に分解して吸収する事で、使用者の魔力を回復させる作用がある。早急に魔力を回復したいがエーテルポーションを飲む暇がない、という状況の為に作られた魔石だ。
「考えられる手を、全部使ってみるわよ!! スキルアップ!!」
杏利はスキルアップで能力を強化してから、エニマを巨大化させた。目には目を、歯には歯を、巨大な武器には巨大な武器で対抗する。デュランダルの三倍以上に巨大化したエニマを、ヴィガルダに叩きつける杏利。
「ぬんっ!!」
だが、容易く弾かれてしまった。
「ラチェイン!!」
「ぬぅあっ!!」
ラチェインで拘束しようとするも、力ずくで抜け出されてしまう。仕方なく、エニマを元の大きさに戻して突撃する。
互いの武器を叩きつけ、二人はつばぜり合う。だが、
「ぬぅ!?」
密かに分身していたエニマが、背後から膝蹴りを見舞った。そのまま畳み掛けようとするも、
「鬱陶しい!!」
ヴィガルダはデュランダルを無理矢理振り回し、二人を遠ざけてしまう。
「スキルアップ」
何をしてもヴィガルダにダメージを与えられない。動きを止める事さえ出来ない。
(もう、これしかない)
杏利はエニマの分身を回収し、スキルアップで能力を上げながら、魔石で自分とエニマの魔力を回復し、構える。使うのは、能力を上げた状態で放つ、最高威力のガンゴニールストライクだ。
「「ガンゴニィィィィィィィルッ!!!」」
全てをこの一撃に懸ける。この一撃で、今度こそヴィガルダを葬り去る。
「「ストラァァァァァァァァイクッッ!!!!」」
突く。放つ。飛び出す。眼前の敵目掛けて、槍となった杏利が飛んでいく。それはあらゆる敵を穿ち、破壊する、必殺の一撃となる。
はずだった。
「タイラントスマッシャー!!!」
対するヴィガルダは、デュランダルのエネルギーを込める。すると、デュランダルの長大な刀身は、青い稲妻を帯びて発光し、ヴィガルダはそれを杏利目掛けて振り下ろした。
杏利とエニマが力を合わせた渾身の一撃は、ヴィガルダの剣に止められてしまう。
「どうやら、貴様も真の勇者ではなかったようだ。ならばもう、貴様に用はない。死ねい!! 勇者気取りの小娘が!!」
落胆の言葉を唱え、そこからさらに力を加えるヴィガルダ。
「!!!」
ヴィガルダが押し込んだ瞬間に、大爆発が起きた。
ヴィガルダの技、タイラントスマッシャーは、ガンゴニールストライクを遥かに上回る威力の技だった。ガンゴニールストライクを魔力の奔流の上から簡単に叩き潰し、炸裂したエネルギーは、休憩所を跡形もなく消し飛ばした。
「リカローア!!」
制服もマントも無惨に破れ、血まみれになって気絶していた杏利だが、突如として唱えられた上級回復魔法によって傷だけは塞がり、気絶状態から復活する。
「……エニマ……?」
リカローアを唱えたのは、エニマだった。彼女の魔力は全く残っていなかったが、まだ一つだけ魔石が残っており、エニマはそれを使って自分と杏利の魔力を回復させたのだ。
「……ここまでよく頑張ったな、杏利。あとはわしが引き受ける」
「引き受けるって、どういう事!?」
エニマが見せた笑みに不吉な予感を覚えた杏利は、エニマに尋ねる。
「お前が逃げられるよう、わしが時間を稼ぐという意味じゃ」
「逃げるって、嫌よ!! あたし、あんたを置いてなんて逃げられないわ!!」
「逃げるんじゃ、杏利」
「嫌よ!! 第一、あんたがいなきゃあたしは元の世界にも帰れないのよ!?」
「生きてさえいれば、必ずその方法は探し出せる。ここで死んでしまっては、それすら出来ん」
「それでも!!」
「杏利」
絶対にエニマを一人になんかさせたくない。なんとしてでも踏み留まろうとする杏利。だがエニマは、そんな彼女に優しく言い聞かせる。
「言ったじゃろう? お前はわしの光じゃと。例えわしが消えたとしても、光には、いつまでも消えないで、輝いていて欲しいんじゃ」
エニマは強い。だが、ヴィガルダには勝てない。杏利と二人で挑んでも勝てなかったのに、一人で挑めば確実に殺される。
しかし、それでも時間稼ぎは出来る。エニマは自分にとって唯一無二の光である杏利を守る為、自分の命を捨てる道を選んだのだ。
「まだ生きていたのか。だが安心しろ。次は確実に仕留める」
吹き飛ばされていた二人の姿を発見し、ヴィガルダが向かってくる。
「お別れじゃ。元気でな、杏利。わしの光よ」
「エニマ!!」
もうこれ以上、別れの挨拶は出来ない。そう思ったエニマは、ヴィガルダに突撃した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
杏利を絶対に殺させない。エニマは咆哮を上げて、真っ直ぐに駆け抜ける。
「錯乱したか」
鼻を鳴らして迎え撃つヴィガルダ。
「だめ……」
ヴィガルダはエニマの拳を鎧で受け止め、蹴りをデュランダルの柄で防いで逆に蹴り飛ばす。
「やめて……!!」
すぐに立ち上がって髪を鎖に変え、ヴィガルダ目掛けて伸ばすエニマ。ヴィガルダはそれを掴み取り、エニマを引き寄せて顔面を殴り飛ばす。
「いや……!!」
何度も何度もエニマは立ち向かう。その度にヴィガルダは、エニマを叩き伏せる。これはもう、戦いとすら呼べない。大人と子供の喧嘩。いや、それ以上に力の差が離れている。
「もうやめてぇぇぇぇぇ―――っっ!!!」
この惨劇から逃げるどころか目を離せず、叫ぶ事しか出来ない杏利。
「ぐああああああああ!!!」
遂にヴィガルダの凶刃が、エニマの頭上に振り下ろされた。苦悶の声を上げるエニマを、ヴィガルダが蹴り飛ばす。飛ばされたエニマは、杏利の前まで転がってきた。
「う……ぐあ……」
エニマの頭から顔にかけて、亀裂が入っている。彼女の中でも特に重要な部分にダメージが入ると、こんな風に亀裂となって現れるのだ。もうエニマは虫の息。完全に破壊される寸前である。
「エニマ……」
杏利は這いつくばり、その傷を自身の回復魔法で治そうと手を伸ばす。
次の瞬間、エニマの亀裂から、金色に輝く光が溢れた。
「えっ?」
杏利はわけもわからないまま光に呑まれ、意識を失った。




