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レジェンドガール  作者: 井村六郎
第五章 光の勇者
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第五十六話 激突と、エニマの決意

前回までのあらすじ



ペイルハーツを出発した杏利とエニマ。何者かに消滅させられたという、クマイトの町を目指していたが、そこにヴィガルダが現れた。

 エニマの切っ先とデュランダルの切っ先が、真正面から衝突する。エニマによる刺突を受ければ、大抵の武器は破壊されてしまう。しかし、デュランダルは砕けなかった。魔王軍が保有する独自の技術で造られた武器は、伝説の武器にも負けないほど頑丈で強力なのである。

「はぁぁぁぁっ!!」

 もちろん一度突いただけで終わらせなどしない。連続で刺突を何度も繰り出し、ヴィガルダの肉体を貫こうとする。

「……」

 それに合わせて同じく突きを繰り出すヴィガルダ。杏利が繰り出す全ての攻撃を、難なく防いでいる。

(涼しい顔しやがって……!!)

 杏利は必死で攻撃しているが、ヴィガルダの方は余裕綽々といった感じだ。この戦いに来るまでの間にさらなる戦いを乗り越え、以前の戦いよりずっと強くなったはずなのに、ヴィガルダには通じない。どうやらヴィガルダもまた以前より強くなっているようだが、ここまで力の差が離れていただろうか。

(あしらわれてる……!!)

 いくら攻撃しても、軽くあしらわれているような感覚が、拭えなかった。

「どうした。その程度の実力で、真の勇者を名乗るつもりか?」

「舐めんなクソジジイ!!」

 杏利が叫んだ瞬間、杏利の力が強まる。エニマの加護が、また一段階レベルアップしたのだ。

「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 怒涛のラッシュを繰り出してから、思い切りエニマを振る。力を大きく増した杏利の攻撃に、さすがのヴィガルダも後ろに下がる。

「コフィアイザー!!」

 この機は逃さない。杏利はヴィガルダ目掛けて、巨大な氷の塊を飛ばした。

「ぬん!」

 ヴィガルダは戦闘形態に変身し、デュランダルの突きで氷塊を砕く。

 だが、その時にはもう、業火が殺到していた。

 杏利はコフィアイザーが破られる事を見越して、コフィアイザーを唱えた直後にバニドライグを唱えていたのだ。炎の波に呑み込まれるヴィガルダ。

「やったぞ!」

「この程度で倒せる相手なわけないでしょうが!! ビルツジライガ!!」

 間髪入れずに、ビルツジライガの照射を始める杏利。

 だが次の瞬間、杏利は右に大きく飛び退いた。光の魔力を切り裂いて、巨大で長大な刃が襲い掛かってきたのだ。ついさっきまで杏利がいた場所に、剣モードに変形したデュランダルの刃が、深々と突き刺さる。

 その所業をやってみせた男、ヴィガルダは、二発の上級魔法をまともに喰らったというのに、平然としていた。

「ショックだわ。あたしも結構強くなったはずなのに」

「貴様がそうであるように、俺も力を増しているのだ。同じにはならん」

 やはり、ヴィガルダも前回より強くなっていた。ただでさえ杏利より強かったのに、さらに強くなられては手が付けられない。

(それでも、あたしは勝つ!!)

 だがいくらヴィガルダがいくら強かろうと、杏利は勝たなければならない。ヴィガルダに勝てないようなら、イノーザに勝つのは絶対に不可能だからだ。

「スキルアップ!! センスアップ!!」

 やはり魔法で攻めるよりも、体術で攻める方が杏利の性分に合っている。これまで何度も助けられてきたスキルアップと、ペイルハーツで会得した新たな魔法、センスアップで自分を強化する杏利。

(悔しいけど、パワーは奴の方が上。それなら……!!)

 それから、人外の速度でヴィガルダの周りを駆け抜け、攻撃を加えていく。

(スピードで削り尽くす!!)

 スキルアップで強化してなお、杏利のパワーはヴィガルダに届かない。ならば、手数を増やす。ヴィガルダが追い付けないほどの速度で攻撃し、その頑丈な肉体を削り尽くす。

 腕を斬りつけ、右横腹を突き、胸板を殴り、左足を蹴る。顔面、背中、腕、足、喉。攻める、攻める、攻める。ひたすら攻撃を繰り返し、ヴィガルダを倒そうとする杏利。音を置き去りにする速度で、攻撃、攻撃、攻撃。

「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 だが突如、ヴィガルダは咆哮した。ただの咆哮ではない。全身からエネルギーを放つ為の咆哮だ。

「くあっ……!!」

 予想外の反撃をされ、一瞬動きが鈍り、吹き飛ばされる杏利。こんな反撃をされるとは思っていなかった。

 そして、焼けるような痛みが全身を襲った。いつもなら耐えられる痛み。だが、今回は耐えられない。膝をつく。

 センスアップを使ったせいだ。感覚を超化する魔法。反射神経や動体視力など、あらゆる感覚を強化して、自身の速度を高速化する魔法。しかし、この魔法は痛覚神経をも強化してしまう。その為、いつもより受けるダメージが大きくなってしまうのだ。

(強力だと思って覚えてみたけど、副作用がここまでとはね……こりゃ雑魚散らし以外には使えないわ)

 雑魚モンスターの殲滅ならまだしも、こういうボス戦で使うべきではないと、杏利は理解した。

 しかし、相当な数の攻撃を叩き込んでやったというのに、ヴィガルダはこれでもまだ平然としていた。頑丈すぎる。

「目のつけどころは悪くなかったが、それでも俺を倒すには至らん」

「そうみたいね。けど、あたしはまだ戦えるわ」

 杏利はエニマを杖代わりにして立ち上がった。

「わしも戦えるぞ!」

「あたしもエニマも、まだ折れてない。これであたし達の攻め手がなくなったなんて、思わない事ね!」

 そうだ。魔力もまだ尽きていないし、戦う事は出来る。これからどんどん攻めていけば、必ずヴィガルダを倒せる。

「……攻め手、か……だがな、策をいくら弄したところで、俺に勝つのは不可能だ。お前には、一撃に乗せる想いが足りていない。その想いがない限り、俺は倒せん」

「想い、ですって……?」

「そういえば、まだ聞いていなかったな。お前は何の為に戦っている? お前に命を懸ける覚悟はあるのか?」

 ノアで戦った時と同じ質問を、今一度繰り返すヴィガルダ。

「下らない事聞くんじゃないわよ」

 もちろん、答えられるようにしている。

「この世界を救う為。そしてあんた達を倒す為よ!!」

 そう言いながら、杏利は駆け出し、ヴィガルダの顔面に向けて突きを繰り出した。

「それがお前の答えか」

 だが、ヴィガルダはエニマの穂先を掴んで止めた。

「!?」

 杏利はどうにかしてエニマを押し込もうとするが、動かない。完全に止められている。

「嘘だな」

 そしてヴィガルダは、杏利の答えに対して辛辣に返した。

「嘘じゃない!! あたしは旅を続けて、いろんな人と出会って、あんた達がやってきた事を見てきた!!」

 国に攻め入り、村に毒ガスを使い、人心を惑わし、挙げ句の果てには子供を自分達の戦力として徴兵しようとした。人を人とも思わず、どこまでも相手を見下し尽くしている、魔王軍の蛮行。何度はらわたが煮えくりかえりそうになったか、杏利自身も覚えていない。

「だからあたしはあんた達を許さない!! あたしは絶対に、あんた達を倒してみせる!!」

 決して許しはしない。必ずイノーザを倒す。杏利はその想いを、ヴィガルダにぶつける。

 それを聞いたヴィガルダは、穂先を離してエニマを杏利に返した。

「なるほど。お前は俺達の侵略行為に対して、紛れもない怒りを感じているというわけだ」

「そうよ!!」

「それは確かに当然の事だと思うし、異世界の人間であっても例外なくそう感じると思う。だが、本当にそれだけか?」

「は? どういう意味?」

「俺にはまだ、お前の中に別の想いがあると思っている。俺達やイノーザ様への怒り以上に、強い感情があるはず。それは何だ?」

 ヴィガルダは杏利の中に、もっと強く、もっと重要な感情があると思っている。それは杏利自身も自覚していない、無意識な想い。ヴィガルダはそれを知りたがっているのだ。

「その想いを、俺の前にさらけ出せ!!」

 言いながら、ヴィガルダは真っ向唐竹割りに斬り掛かってきた。それをエニマで受け止める杏利。

「そうでなければ、お前は俺に勝てんぞ!!」

「くっ!!」

 今度は真横から一文字に斬り掛かってくる。大きく後退し、射程範囲から、衝撃波から逃げる杏利。あの大剣では小回りが利かないが、破壊力は必殺級だ。いくらエニマが頑丈とはいえ、何発も受けられない。

「フリエイズ!!」

 とにかく動きを封じなければ。そう思って、ヴィガルダに吹雪を放つ。

「はぁっ!!」

 だがその吹雪は、ヴィガルダが放つ衝撃波に跳ね返されてしまう。明らかに、先程より威力が上がっている。ヴィガルダの能力、ストレングスは、強化レベルを調整出来るのだ。今までは本気ではなく、ここで本気になったのである。

「エグゾブロ!!!」

 普通魔法をぶつけても、倒すどころかダメージも与えられない。そこで杏利は、合体魔法エグゾブロを使った。しかし、エニマがペイルハーツで使おうとしていたエグゾブロは、バニスドとスパルビの合体魔法。今回使ったのは、バニドライグとスパレイズの合体魔法だ。威力は桁違いに跳ね上がる。

 ありったけの魔力を込めて放つ。融合する炎と雷が、互いの威力を上げながら、ヴィガルダに激突した。杏利の魔力は非常に高くなっており、今放ったエグゾブロは、以前戦った魔王軍の飛行戦艦程度なら、三隻まとめて塵に出来るほどの威力を誇っている。

「……何度同じ事を言わせるつもりだ。それでは勝てん」

 しかし、これほどの大魔法をぶつけてなお、ヴィガルダにダメージを与える事は出来なかった。

「なんという男だ……強すぎる!!」

 エニマは戦慄する。ヴィガルダの戦闘力は、恐らく心想を使っていない状態のゼドより強い。異常と言えるレベルの戦闘力だ。

「平気よ。まだやれるわ!」

 今唱えたエグゾブロで、杏利は魔力のほとんどを使いきってしまった。だが、まだ戦えると言う。

 杏利はポーチから、透明な魔石を一つ、取り出した。それに力を入れて握り潰すと、一瞬で魔力に変換され、杏利に吸収されていく。

 ペイルハーツで購入した、補助魔石という魔石である。これは無属性ですらない、ただの魔力の塊だ。しかし、魔力に分解して吸収する事で、使用者の魔力を回復させる作用がある。早急に魔力を回復したいがエーテルポーションを飲む暇がない、という状況の為に作られた魔石だ。

「考えられる手を、全部使ってみるわよ!! スキルアップ!!」

 杏利はスキルアップで能力を強化してから、エニマを巨大化させた。目には目を、歯には歯を、巨大な武器には巨大な武器で対抗する。デュランダルの三倍以上に巨大化したエニマを、ヴィガルダに叩きつける杏利。

「ぬんっ!!」

 だが、容易く弾かれてしまった。

「ラチェイン!!」

「ぬぅあっ!!」

 ラチェインで拘束しようとするも、力ずくで抜け出されてしまう。仕方なく、エニマを元の大きさに戻して突撃する。

 互いの武器を叩きつけ、二人はつばぜり合う。だが、

「ぬぅ!?」

 密かに分身していたエニマが、背後から膝蹴りを見舞った。そのまま畳み掛けようとするも、

「鬱陶しい!!」

 ヴィガルダはデュランダルを無理矢理振り回し、二人を遠ざけてしまう。

「スキルアップ」

 何をしてもヴィガルダにダメージを与えられない。動きを止める事さえ出来ない。

(もう、これしかない)

 杏利はエニマの分身を回収し、スキルアップで能力を上げながら、魔石で自分とエニマの魔力を回復し、構える。使うのは、能力を上げた状態で放つ、最高威力のガンゴニールストライクだ。

「「ガンゴニィィィィィィィルッ!!!」」

 全てをこの一撃に懸ける。この一撃で、今度こそヴィガルダを葬り去る。

「「ストラァァァァァァァァイクッッ!!!!」」

 突く。放つ。飛び出す。眼前の敵目掛けて、槍となった杏利が飛んでいく。それはあらゆる敵を穿ち、破壊する、必殺の一撃となる。

 はずだった。

「タイラントスマッシャー!!!」

 対するヴィガルダは、デュランダルのエネルギーを込める。すると、デュランダルの長大な刀身は、青い稲妻を帯びて発光し、ヴィガルダはそれを杏利目掛けて振り下ろした。

 杏利とエニマが力を合わせた渾身の一撃は、ヴィガルダの剣に止められてしまう。

「どうやら、貴様も真の勇者ではなかったようだ。ならばもう、貴様に用はない。死ねい!! 勇者気取りの小娘が!!」

 落胆の言葉を唱え、そこからさらに力を加えるヴィガルダ。

「!!!」

 ヴィガルダが押し込んだ瞬間に、大爆発が起きた。



 ヴィガルダの技、タイラントスマッシャーは、ガンゴニールストライクを遥かに上回る威力の技だった。ガンゴニールストライクを魔力の奔流の上から簡単に叩き潰し、炸裂したエネルギーは、休憩所を跡形もなく消し飛ばした。

「リカローア!!」

 制服もマントも無惨に破れ、血まみれになって気絶していた杏利だが、突如として唱えられた上級回復魔法によって傷だけは塞がり、気絶状態から復活する。

「……エニマ……?」

 リカローアを唱えたのは、エニマだった。彼女の魔力は全く残っていなかったが、まだ一つだけ魔石が残っており、エニマはそれを使って自分と杏利の魔力を回復させたのだ。

「……ここまでよく頑張ったな、杏利。あとはわしが引き受ける」

「引き受けるって、どういう事!?」

 エニマが見せた笑みに不吉な予感を覚えた杏利は、エニマに尋ねる。

「お前が逃げられるよう、わしが時間を稼ぐという意味じゃ」

「逃げるって、嫌よ!! あたし、あんたを置いてなんて逃げられないわ!!」

「逃げるんじゃ、杏利」

「嫌よ!! 第一、あんたがいなきゃあたしは元の世界にも帰れないのよ!?」

「生きてさえいれば、必ずその方法は探し出せる。ここで死んでしまっては、それすら出来ん」

「それでも!!」

「杏利」

 絶対にエニマを一人になんかさせたくない。なんとしてでも踏み留まろうとする杏利。だがエニマは、そんな彼女に優しく言い聞かせる。

「言ったじゃろう? お前はわしの光じゃと。例えわしが消えたとしても、光には、いつまでも消えないで、輝いていて欲しいんじゃ」

 エニマは強い。だが、ヴィガルダには勝てない。杏利と二人で挑んでも勝てなかったのに、一人で挑めば確実に殺される。

 しかし、それでも時間稼ぎは出来る。エニマは自分にとって唯一無二の光である杏利を守る為、自分の命を捨てる道を選んだのだ。

「まだ生きていたのか。だが安心しろ。次は確実に仕留める」

 吹き飛ばされていた二人の姿を発見し、ヴィガルダが向かってくる。

「お別れじゃ。元気でな、杏利。わしの光よ」

「エニマ!!」

 もうこれ以上、別れの挨拶は出来ない。そう思ったエニマは、ヴィガルダに突撃した。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 杏利を絶対に殺させない。エニマは咆哮を上げて、真っ直ぐに駆け抜ける。

「錯乱したか」

 鼻を鳴らして迎え撃つヴィガルダ。

「だめ……」

 ヴィガルダはエニマの拳を鎧で受け止め、蹴りをデュランダルの柄で防いで逆に蹴り飛ばす。

「やめて……!!」

 すぐに立ち上がって髪を鎖に変え、ヴィガルダ目掛けて伸ばすエニマ。ヴィガルダはそれを掴み取り、エニマを引き寄せて顔面を殴り飛ばす。

「いや……!!」

 何度も何度もエニマは立ち向かう。その度にヴィガルダは、エニマを叩き伏せる。これはもう、戦いとすら呼べない。大人と子供の喧嘩。いや、それ以上に力の差が離れている。

「もうやめてぇぇぇぇぇ―――っっ!!!」

 この惨劇から逃げるどころか目を離せず、叫ぶ事しか出来ない杏利。

「ぐああああああああ!!!」

 遂にヴィガルダの凶刃が、エニマの頭上に振り下ろされた。苦悶の声を上げるエニマを、ヴィガルダが蹴り飛ばす。飛ばされたエニマは、杏利の前まで転がってきた。

「う……ぐあ……」

 エニマの頭から顔にかけて、亀裂が入っている。彼女の中でも特に重要な部分にダメージが入ると、こんな風に亀裂となって現れるのだ。もうエニマは虫の息。完全に破壊される寸前である。

「エニマ……」

 杏利は這いつくばり、その傷を自身の回復魔法で治そうと手を伸ばす。

 次の瞬間、エニマの亀裂から、金色に輝く光が溢れた。

「えっ?」

 杏利はわけもわからないまま光に呑まれ、意識を失った。

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