第五十四話 魔王イノーザ
前回までのあらすじ
ラトーナと激闘を繰り広げる杏利達。ゼドの介入によって窮地を脱し、ラトーナを追い詰めるのだが、そこへ魔王イノーザが姿を現した。
魔王イノーザ。杏利が倒さなければならない宿敵。どこにいるのかもわからない相手だったが、それがなんと、こんなタイミングで杏利の前に現れた。
「あれが、魔王イノーザ……?」
ティナは疑問を抱く。彼女も含めて、アカデミーにイノーザの姿を見た事がある者はいない。恐ろしい存在だという、話のみだ。だからティナは、頭から角を生やしているだの、見上げるほどに巨大だの、腕や足が何本もあるだの、いろいろな想像をしていた。
しかし、蓋を開けてみれば、美しい女性だ。ラトーナが名前を呼んでいたから間違いないと思うのだが、ティナは未だにこの女性がイノーザだと、信じられないでいる。
「見た目に惑わされちゃ駄目だ。とてつもなく大きな力を秘めている……!」
だが、落ち着いて力を探っていたチェルシーは、紛れもなく魔王と呼ぶに相応しい存在であると理解していた。
(何なんだこいつは!? 魔力を持っていない!! じゃあ一体、この力は何だ!?)
イノーザの力は確かに強い。だがそれは、魔力ではない。魔力とは違う系統の、何かとてつもなく大きな力を持っているとだけ、チェルシーは感じていた。
「イノーザ様……どうして……」
ラトーナは呆然としたまま、イノーザに尋ねる。
「私の部下の危機なんだ。主人が動くのは当然だろう?」
そう言いながらイノーザは片手をラトーナに向けた。瞬間、ラトーナを拘束していた魔力が消失し、ラトーナは座り込む。
イノーザがやったのは、倒されるかもしれない、アジトの位置がバレる可能性があるなど、様々な危険を孕んでいる行為だ。しかし、そんな行為を平然と実行した。
「イノーザ様……ごめんなさい……」
それをさせてしまったのは、他ならぬ自分である。ラトーナは涙を流しながら、イノーザに謝った。
「いいよ。私もたまには、外に出たかったからね」
クスリと笑って、ラトーナを慰めるイノーザ。それから、視線を杏利に向けた。
「初めまして。君が一之瀬杏利で、その槍がエニマ・ガンゴニールか」
イノーザは杏利を、それからエニマを見る。
「私の命を狙っている勇者。しかし、その程度の実力で私を狙うのは無謀というものだ。君は決して、私を倒せない。生涯を懸けても、君の力は私の命に届かない」
「そんな事、やってみなきゃわからないじゃない!!」
魔力を高めていく杏利。その状態で、杏利はエニマにテレパシーで話し掛けた。
(エニマ!! ガンゴニールストライクよ!!)
(うむ!!)
今この場でやるべき最善の行動は、イノーザを倒す事。イノーザは、完全に杏利を下に見ている。油断している。今が最大のチャンスだ。イノーザが力を使う前に、こちらの全力を叩き込んで倒す。
エニマの全魔力を、杏利の全魔力を込めたガンゴニールストライク。多少消耗はしているが、それでもかなりの威力がある。
杏利とエニマの魔力の高まりを感じて、イノーザ相手に勝負を仕掛けるつもりだと察したキリエ。正直無謀とは思ったが、どこにあるかわからないアジトにいるイノーザが、こんな所に出てきてくれたのだ。今をおいてあの女を倒す機会は、確かに存在しない。
「ラチェイン!!」
それなら自分も最大限サポートをしようと、全魔力を込めたラチェインをイノーザに掛ける。
(サンキューキリエ!)
杏利は心の中でキリエに礼を言った。これでイノーザは、ガンゴニールストライクを避けられない。あとは、叩き込むだけだ。
「「ガンゴニィィィィィィィルッ!!!」」
今まで放った中で、間違いなく最大の威力を誇るガンゴニールストライクを、
「「ストラァァァァァァァァイクッ!!!!」」
杏利とエニマは放った。
口の端を僅かに吊り上げるイノーザ。それから、イノーザはまるで紙で出来た鎖を引きちぎるかのように、ラチェインを解除した。
(私のラチェインが!?)
キリエも消耗しているが、エフェクトサポーターで強化されているラチェインを、ここまであっさりと解かれてしまうとは思わなかった。
だが、杏利とエニマは、もうイノーザの眼前にまで迫っている。かわすタイミングはない。
イノーザは、ガンゴニールストライクをかわさなかった。
真正面からエニマの刃を片手で掴み、止めたのだ。
「「なっ!?」」
魔力の障壁を易々と貫き、エニマを掴んでも傷一つ負わない。
「だから言っただろう? 無謀だと」
イノーザはそのままエニマを持ち上げ、軽く投げ飛ばした。
「あうっ!!」
「むあっ!!」
地面を転がる杏利とエニマ。
イノーザは、あまりにも強大な力の持ち主だった。ガンゴニールストライクを、簡単に受け止めた。もう杏利達は、ガンゴニールストライクを放てない。ガンゴニールストライクが効かないなら、イノーザにダメージを与えられる攻撃手段などない。
「この程度とはね。予想を遥かに下回る弱さだよ、槍の勇者。さて、帰ろうか、ラトーナ」
「あっ!?」
イノーザは杏利とエニマに辛辣な言葉を吐いた後、ラトーナを抱き上げた。大好きな主人にお姫様抱っこされ、赤面してしまう。
「待て」
だが、このまま帰らせはしない。次に動いたのは、ゼドだった。
「何だい?」
「俺は貴様などどうでもいい。だが、これだけは教えろ。ウルベロはどこだ!」
「……ああ、君がウルベロを捜してるっていう魔法剣士か」
「答えろ!!」
ゼドを前にしても余裕を崩さないイノーザに、ゼドは苛立ち、ウルベロの居場所を聞こうとする。
「答えるわけがないだろう。あんな性格だが、それでも私の部下だよ?」
「なら、腕ずくで聞き出すだけだ」
「やめておきなさい。君はそこの勇者よりも強いようだが、それでも私以上ではない。痛い目を見て終わるだけだよ」
「これを見ても同じ事が言えるか!?」
全くウルベロの居場所を教えようとしないイノーザに、遂にゼドは激怒した。
「心想、顕現」
ゼドの全身からオーラが溢れ出す。それを見て、アヤ達はあのオーラに触れてはならないと本能的に察し、慌ててゼドから離れる。動けないレティシアは、キリエが抱えていった。
「安綱・怨讐剣鬼」
直後、溢れたオーラは、ゼドの後ろに巨大な鬼を出現させる。詠唱なしの、安綱・怨讐剣鬼。だが、詠唱を行わずとも、充分すぎるほどの破壊力を秘めている。
「あれが、ゼドさんの心想……!!」
「あ、あああ……!!」
アヤはそれを見て恐怖し、ミーシャはしりもちをついている。
「ほう、己の感情を力に変える術技、心想か。確かに凄まじい憎悪だ」
これにはさすがのイノーザも驚いたようで、鬼を見上げている。
しかし、すぐまた余裕を取り戻した。
「それでも、私の命には届かないがね」
「何だと!?」
あらゆる全てを切り裂き滅する、ゼドの安綱・怨讐剣鬼。それを見てなお、イノーザは自分に勝てないと言った。
「とはいえ安心して欲しい。今日は君達と、戦いに来たわけじゃないんだ。あくまでも、この可愛い私の娘を迎えに来ただけだよ」
「そ、そんな…イノーザ様ったら……」
ラトーナは顔を赤くしたまま、隠してしまう。
「だが、帰る前に言っておこう。ウルベロを殺したいなら、その憎悪を捨てる事だ。彼に対して憎悪を抱く限り、君は絶対に勝てない。絶対に、ね」
イノーザの言っている事が、ゼドには理解出来なかった。
(俺はウルベロに勝てない? 勝ちたいなら憎悪を捨てろだと?)
次にゼドを、さらなる怒りが襲った。姉をあんな惨い方法で殺したウルベロへの復讐を、否定された気がしたからだ。
「ふざけるな!!」
吼えながら鬼を操るゼド。鬼はイノーザとラトーナ目掛けて、巨大な剣を振り下ろす。
巻き起こる煙に包まれて、二人の姿は見えなくなった。
「……逃げられたか……」
だがゼドにはわかる。イノーザ達は、この一撃を喰らう前に逃げていた。安綱・怨讐剣鬼を解除してみると、もう二人の姿はどこにもない。
「憎悪を捨てろだと? 復讐をやめろとでも言うつもりか。断じて断る。貴様などに、俺の復讐を否定などさせるものか」
ゼドは刀を納めると、どこかへと歩き出す。杏利はゼドに尋ねた。
「どこに行くの?」
「決まっている。ウルベロを殺しに行くんだ。もうこれ以上、この町に留まる理由もないからな」
試験は終わった。アヤに教えられる事は教えた。もう、この町でゼドがやるべき事は何もない。一刻も早くウルベロを捜し出し、復讐を果たす。それだけだ。
「あのっ!」
今度は、アヤがゼドを呼び止めた。
「ありがとうございました!!」
ゼドのおかげで、自分は見違えるほど強くなった。その事に礼を言い、頭を下げるアヤ。
「……」
ゼドは立ち止まって、少し黙った後に言う。
「俺は、自分の姉を守る事が出来なかった。姉さんを死なせてしまったのは、俺が弱かったせいだ。だが、お前の姉はまだ生きている。お前はこの先、自分の姉を守る事が出来る」
失った命は取り戻せない。自分にはもう、姉を守る事が出来ない。だからこそ、まだ守る事の出来る姉を、守って欲しかった。
「強くなれ、アヤ」
振り向いてそう言ったゼドの顔はとても優しくて、それでいてとても羨ましそうだった。
「はい!!」
アヤは力強く応えて、もう一度頭を下げる。ゼドは今度こそ、復讐の旅を再開した。
「お、お姉ちゃんっ!」
ミーシャがティナに話し掛ける。ティナがびっくりしていると、ミーシャは恥ずかしそうにしながらも続けた。
「私も……私も頑張るからっ……!!」
アヤとゼドの関係に対抗意識を燃やしたのか、ミーシャも自分の姉を守ると言ったのだ。
「……ありがとね、ミーシャ。あたしも頑張って、あんたを守るわ。大事な妹だもん」
しかしそれは、ティナも同じ気持ちだった。自分を姉と慕ってくれるミーシャを、守らなくてどうするのか。ティナはミーシャを抱き締める。
「……羨ましいな」
チェルシーは一言、そう呟いた。
「……ゼドって、あんな顔出来るんだ……」
今まで見た事のない顔。もしかしたら、あれがゼドの本来の性格なのかもしれない。杏利は、ゼドが心の内に秘める優しさが、ちらりと顔を覗かせた気がした。
それから、ノアで自分がそのゼドと口付けしたのを思い出し、顔を赤くして口を押さえる。
(ゼドめ……許さん……)
そんな杏利の姿を見て、エニマは密かに、ゼドへの怒りを燃やすのだった。
魔王城。
帰還したイノーザは、ラトーナを彼女の部屋へと運んでいた。
「……ごめんなさいイノーザ様。私が弱いせいで、こんな……」
ベッドの上に寝かされ、ラトーナは謝る。
「構わないさ。ああ、それにしてもひどい事をするね。お前の綺麗な肌を、こんなに汚してしまうなんて……」
言いながら、イノーザはラトーナに口付けした。口を介して、自分の力を流し込む。それがラトーナの全身に行き渡り、傷を、くすんだ肌を、瞬く間に回復させていく。
「お前は私の所有物だ。お前は私が、私の為だけに造った。お前は私の為だけに生きている。だから、私が命じない限り死ぬ事は許さない。いいね?」
「イノーザ様……ああん、イノーザ様ぁ……」
キスが、イノーザの力が気持ち良くて、ラトーナはイノーザの口の中に舌をねじ込み、さらに求める。そこから二人は、互いの胸を揉み合い、カラダを求め合う。
数分後、イノーザからの愛をたっぷり受け取ったラトーナは、気絶してしまった。顔は赤くなって恍惚とした笑みを浮かべており、身体は時折、ビクビクと痙攣している。
ラトーナを眠らせてから、イノーザは玉座に戻った。
「私の為だけに、か……」
それから、自分が先程口にした言葉を思い返していた。
『イノーザ。お前は私が、私自身の為だけに生み出した。お前は私の為だけに生きて、私の為だけに死ねばいい。それ以外の事は、何も考えるな』
それは遠い昔、ある人物から掛けられた言葉だった。
『忘れるな。お前は私に利用される為だけに生み出された、道具でしかない存在だという事を』
「……はい。存じております」
イノーザは記憶の中の人物に、静かに応えた。
「……ゼノア様」




