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レジェンドガール  作者: 井村六郎
第四章 旅の再開
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第五十話 特訓と…

前回までのあらすじ



幼女祭り。

 キリエと別れた後、仕方なくエニマと二人で情報収集に歩く杏利。だがこれほど大きな町であっても、めぼしい情報が手に入らない。

「ホント、清々しいくらい何も情報がないわね」

「じゃが、一週間滞在する事にしたんじゃろ? ならきっと、いつかは何か情報が手に入るはずじゃ」

 しかし、情報の出入りも早いはず。一週間も粘れば、必ず情報は手に入るだろう。そう信じて、気長に待つ事にした。情報がなければ、動こうにも動けない。

「あ、そろそろ行かなきゃ」

 途中で休憩を挟みながら町中で聞き込みしているうちに、もう夕方だ。またあの広場に行かなければならない。杏利とエニマは急いだ。



 広場。

「ごめん杏利!」

 到着して早々に、キリエが両手を合わせて謝った。

「ど、どうしたの急に?」

「私も一週間後に、大魔導師の適正テストがあるの。だから勉強しなくちゃいけなくて……」

 転職というのは、どの世界でも簡単には出来ない。職業ギルドに申請し、その時にギルドが指定した日に適正テストを受け、合格しなければならない。テストの内容はペーパーテストと、実技テストだ。キリエの場合は大丈夫だろうが、念には念を重ねたいとの事。元々キリエは、故郷であるこの町で大魔導師になる為に帰ってきたわけだし、その気持ちは尊重したい。

「じゃあ仕方ないわね。いいわよ。アヤ達の特訓は、あたしとエニマで何とかするから」

「本当にごめん! じゃあ後お願いね!」

 急いで勉強を始める為、キリエは自宅に走っていった。

 ふと、杏利は思う。

「そういえば、あんた達の試験って、ペーパーテストはないの?」

「今回はないんだ。その分、実技試験の方をかなり難しくしてある」

「いい結果を出したら、特別単位をくれるんですって!」

「ふーん……」

 チェルシーとアヤの説明を聞いて、杏利は妙に思う。上級職に転職する為のテストにさえペーパーテストがあるというのに、なぜ魔法学校の試験にはないのだろうか。これではまるで、知識など必要ないと言っているようなものである。ここまで実技を徹底して、意味があるのだろうかと。

「……まぁいいわ。もう決まってるものをどうこう言っても仕方ないし、早く特訓を始めましょ!」

「「「「はい!!」」」」

 勢い良く返事をする四人。いくら勇者とはいえ、他人の学校の決まり事に口出しするような権限はない。なら、従うしかないのだ。

「特訓の内容は今朝と同じよ。攻撃してくる標的が相手なら、まず自分達がやられないようにする事。それには先手を取る事と、身を守る事よ」

「でも、キリエお姉ちゃんなしでどうするの?」

「心配はいらん」

 ティナの疑問に答えて、エニマが二人に分身し、片方を槍化させて杏利が持つ。

「後衛組の相手はわしが務めよう」

 エニマには分身能力がある。これを使えば、杏利に自分を持たせたまま、後衛チームの相手をする、という事も出来るのだ。ただ分身すると、エニマの力も分割されてしまうが。

「ホントにいいの? 正直、半分の力で相手するには、手に余ると思うけど」

「お前はわしを誰だと思っとるんじゃ。七百年前、和美とともに魔王グライズを倒した聖槍、エニマ・ガンゴニールじゃぞ? 例え本調子でなかろうと、魔法使いの小娘相手に負けるか」

 自信満々にチェルシーとミーシャの前に立つエニマ。

「さて、始めるかの」

「「はい!」」

「ああそうそう、わしも堅苦しいのは苦手じゃ。わしの事はそうじゃな……エニマちゃんと呼べ♪」

 ウインクして可愛いアピールをするエニマ。

「いや、エニマお姉ちゃんの方がいいか? それともエニマちゃまの方が」

「真面目にやれや!!」

「アザトース!!」

 わけのわからない事を言っているエニマの顔面に、杏利のドロップキックが炸裂する。

「……杏利お姉ちゃんって、いつもこんな事してるの?」

「仕方ないでしょ。相方がこんなのじゃ」

 アヤは杏利のドロップキックにドン引きしていたが、杏利もやりたくてやっているわけではない。エニマが変態でさえなければ、こんな事はしないのだ。そこへ、件の変態槍が復帰してきた。

「いたた。相変わらず、杏利の足は効くのぅ。お前達、油断しとると防御の上から潰されるぞ」

 前衛組に注意を促す変態幼女。それでも杏利の攻撃力の高さを証明する実験台にはなったので、まんざら役に立たなかったという事はないか。

「ったく……まぁそういう事だから、行くわよ!」

「「「「はい!!」」」」

 能書きもほどほどにして、杏利達は午後の特訓を始めた。



 二時間後、四人はやっぱりへばってしまった。杏利が回復魔法で疲労を癒し、エーテルポーションで魔力を回復させる。極限まで身体を痛め付けてから回復させる事で肉体の成長を、魔力を使い切ってから回復させる事で、魔力の成長を図る。攻撃力と持久力が伸びれば、その分スピーディーに試験をクリア出来るし、魔力が増えれば魔法の使用回数が増える。

「今朝はああ言ったけど、魔力の伸びがものすごくよかったら、上級魔法も教えるわ」

 上級魔法が使えるようになる。それを聞いて、チェルシー、ティナ、ミーシャは張り切った。

「んー……」

 だが、アヤだけはいまいち気乗りしないらしい。

「どうしたの?」

「アヤは使える魔法剣の種類が増えなくて不満なんだよ」

 杏利がアヤに尋ねると、チェルシーがアヤの気持ちを代弁して言った。

「ふ、不満だなんてとんでもないわ!! でも私、魔法剣士を目指してるから……」

「……あー……」

 アヤは慌てるが、不満に思うのも当然だと、杏利は思った。

 アヤの魔法剣は完全ではなく、まだ三種類しか使えない。一人前の魔法剣士を目指しているアヤとしては、一刻も早く全ての魔法剣を使えるようになりたいのだ。

「魔法剣ねぇ……同じような事、やれって言われたら出来ると思うけど……」

 杏利がやると魔法剣ではなく、魔法槍になってしまう。それでは駄目だ。

(あたしが知る中で一番強い魔法剣士はゼドだけど、あいつ人にものを教えるとかしないだろうなぁ……)

 それに今どこにいるのか、生きているのかすらわからない。

(……まぁ、使う武器が変わっただけで、感覚は同じでしょ)

 無い物ねだりをしても駄目だ。槍で、魔法剣を代用する事にした。


 その時だった。

「ギキャキャッ」

 奇妙な声が聞こえて、一同は振り向く。そこには、凶暴な犬歯を剥き出しにして笑っている、男性がいた。

「え、何?」

「アヤ! 不用意に近付くな! こいつ、人間じゃない!」

 男性に話し掛けたアヤに、チェルシーが鋭く叫ぶ。

 その瞬間、男性が人の顔を持つ人間大サイズの、灰色のスライムへと姿を変えた。

「こいつは、メタモールじゃ!」

 エニマがこのモンスターについて説明する。

 メタモールは、様々な生物に変身する能力を持っているスライム系モンスターで、その気になれば先程のように、人間に変身する事も出来る。

「メタモールは臆病なモンスターじゃから、人間に変身して町に入り込むなどという事はしないはずなんじゃが……」

「でも現実にしてるじゃない。こうなったら、倒すしかないわ!」

 人間に変身出来るモンスターなど危険極まりないし、何よりアヤ達が危ない。杏利はエニマを槍に変えて、メタモールに突き付ける。

「ギケッ!」

 杏利が戦闘体勢に入った事に気付いたのか、メタモールが動いた。突如として爆発し、周囲に飛び散ったのだ。

 飛び散った飛沫はあっという間に大きくなり、やがて全ての飛沫が先程と同じ大きさのメタモールに変身した。その数、およそ三十。

「分裂能力!?」

 メタモールは変身だけでなく、分裂も行う事が出来る。既に杏利達は、大量のメタモールに包囲されてしまっていた。

「いくら杏利お姉ちゃんでも、これだけの数を一人で相手にするのは無理よ!」

「あたし達も戦うわ! 特訓の成果、見せてやろうじゃない!」

「下手に刺激すれば増えるだけだ。大火力の魔法で一気に仕留める!」

「モンスターでもあんまり傷付けたくないけど、みんなを守らなきゃ……!!」

 アヤ達四人も、杏利に加勢しようとする。彼女達は、ただの女の子ではない。立派な魔法使いの卵達なのだ。

(この子達に手出しはさせない!!)

 何としてでも守り抜くと、強く決意する杏利。


 しかし、杏利がアヤ達を守る事も、アヤ達がメタモールと戦う事もなかった。


 包囲を徐々に狭めてくるメタモール達の前に、上から飛び込んでくる者がいたからだ。


 その男は、杏利とエニマすら上回る圧倒的な魔力と黒衣を身に纏い、腰に一本の刀を携えていた。


 杏利はこの男を知っている。だからこそ、思わず名前を呼んでいた。


「ゼド!!」


 凄腕の魔法剣士、ゼド・エグザリオン。行方不明になっていた男が、生きて再び杏利の前に現れたのだ。

 ゼドは無銘の刀を抜き放ち、刀身に火を点す。魔法剣ファイアーソードを振り抜き、ゼドは目の前のメタモール四体を切り裂く。火というにはあまりに熱く大きい、猛炎とも呼ぶべき火に切り口から炙られ、メタモール四体は一瞬で焼失した。

「魔法剣士!?」

 自分の魔法剣より遥かに強力で精度の高いファイアーソードを見て、アヤは目を奪われる。

 ゼドはメタモールを倒す上で一番効果的なのが火属性とわかっている為、そのままファイアーソードを振るい、メタモールの数を減らしていく。

「ギキャッ!」

 どうにかゼドを倒そうと、分裂を繰り返すメタモール。

 それを見たゼドは、灰色のエーテルブレードを複数作り、飛ばす。

「エーテルブレードまで!?」

 魔法剣の極意、エーテルブレード。アヤが目指している技術を、あっさりと使ってみせたゼド。

 エーテルブレードが刺さったメタモール達は、動きを止める。無属性は灰色。無属性の拘束魔法、ラチェインをエーテルブレードにして飛ばしたのだ。

 分裂出来ないように動きを止めてから、再びファイアーソードで焼き払う。

「ギギギ……ギャギャギャギャーッ!!」

 だが分裂体が多すぎて、一匹だけ残ってしまった。残った一匹は、七メートルもある巨大なスライムへと変身する。

 しかしゼドは全く慌てる事なく、ラチェインのエーテルブレード四本飛ばして、メタモールを拘束。

「滅万象!!」

 自身が使える全ての属性の魔力を束ね、消滅エネルギーに変えて刀身に宿し、振り下ろして巨大メタモールを完全に消滅させた。

「すごい……あの人、何者なの!?」

 ティナが訊くと、杏利が答える。

「ゼド・エグザリオン。あたしが知ってる中で、間違いなく一番強い魔法剣士よ」

 危機が去った事を確認してから、杏利のゼドの元に駆け寄った。

「生きてたのね、あんた」

「当然だ。ウルベロの首を落とすまで俺は死なん」

 ノアを崩壊させた後、ゼドは当然落下したわけだが、エーテルブレードへの飛び移りを利用して生き延びていたのだ。ここへは、たまたま通りすがっただけである。

「あのっ!」

 と、アヤがゼドに話し掛けた。

「私、魔法剣士を目指してるんです! 私に魔法剣を教えて下さいっ!」

「……魔法剣を?」

「ちょうどよかったわ。この子、この町の魔法学校に通ってる子で、もうすぐ試験だから魔法剣を教えてあげて欲しいのよ」

「わしからも頼む」

 ゼドに頼む杏利。エニマも人化して頼んだ。

「――」

 断る、と言おうとするゼド。

「アヤ―!!」

 だがその時、キリエがやってきた。

「お姉ちゃん!」

「今父さんから町にモンスターが入ってきたって聞いたの。大丈夫だった?」

 先程ジョージが帰宅し、町の入口に設置してあるモンスター避けのアイテムが破壊されており、調査にやってきた魔法使い達が、モンスターが侵入した反応が出たと警告を出した事をキリエに教えた為、驚いたキリエがアヤ達を捜しに来たのだ。

「うん。この人が助けてくれたから」

「こいつがゼドよ。前に話した事あったでしょ?」

「……あなたが、心想持ちの魔法剣士……」

「この人、心想も使えるの!?」

 ミーシャが驚く。心想は、学校の教科書にも載るほど強力で、半ば伝説化している術技だ。もちろん彼女達は心想の使い手など見た事はないし、自身も使えはしない。

「……お前には、姉がいるのか?」

「えっ? あ、はい……」

 それらの反応を無視して、ゼドはアヤに尋ねる。それから、しばらく目を細めてアヤを見た後、口を開いた。

「わかった。お前に魔法剣を教えてやる」

 なんとゼドは、アヤの頼みを了承したのだ。

「あ、ありがとうございます!!」

 頭を深く下げるアヤ。杏利はゼドに尋ねる。

「いいの?」

「ああ」

 ゼドは一言だけ答えた。

「あ、そうだ」

 と、杏利は思いつき、アヤ達に訊く。

「ねぇ。明日特訓が終わった後、あんた達の学校の場所、教えてくれない?」



 ニルベルオスマジックアカデミー。非常に広大な敷地を持ち、小等部から高等部まで存在する、アヤ達が通う魔法学校。

 朝の特訓を終えた杏利とエニマは、時間を置いてここを訪れ、校長と話をしていた。理由は、アヤ達の試験を見学する為である。許可を取りに来たのだ。

「あたし達は身内でもない赤の他人ですし、ついこの前出会ったばかりの関係です。でもあの子達に魔法を教えて欲しいってお願いされたから、その成果をどうしても見たくて……」

「何とかお願い出来んかのう?」

 二人は目の前にいる、優しそうな顔をした老人に頼む。彼がこの学校の校長だ。

「構いませんよ。むしろ槍の勇者様に見て頂けるなど、我々にとっては最高の栄誉です。どうかこれからも、あの子達をよろしくお願いします」

 校長は、杏利とエニマが試験を見学する事を許可してくれた。

「ありがとうございます。あ、もしかしたらあと二人来るかもしれないので、その分の許可も頂けませんか?」

「ええ、いいですよ」

 校長は快く承諾してくれた。二人というのは、キリエとゼドの事だ。ゼドは来ないと言っていたが、キリエは試験が終わり次第すぐ行くと言っていた。杏利は、ゼドの気が変わるかもしれないと思ったので、ゼドの分の許可も取ったのである。



「レティシア先生」

 杏利とエニマが帰った後、しばらくしてから校長は、職員室を訪れた。校長が向かった机には、長い金髪の女性教師が一人、座っている。

 彼女の名はレティシア。アヤ達のクラスの担任であり、今回の試験の担当を務めている。

「校長先生」

「お邪魔でしたかな?」

「いえ。いかがなされました?」

「至急お伝えしておかなければならない事がありましてね」

 校長は今回の試験に、杏利達が見学に来る事を伝える。

「まぁ。槍の勇者様が」

「我が校始まって以来の栄誉です。今回の試験は非常に素晴らしいものとなるでしょう」

「ええ。本当に」

「では、私はこれで」

 杏利達の事を伝えた校長は、職員室から退室する。

 レティシアは、自分の手元の資料に目を落とした。今回の試験はチーム戦。受ける順番があり、その順番を決めていたのである。

「まだあの四人の名前を書いてなくてよかった」

 呟いたレティシアは、資料の作成を再開した。羽根ペンを使って、次々とチームを、生徒の名前を書いていくレティシア。


 そして一番最後に、アヤ達の名前を記入した。



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