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レジェンドガール  作者: 井村六郎
第四章 旅の再開
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第四十八話 魔法の町、ペイルハーツ

前回までのあらすじ



海賊達を成敗し、魔王軍を返り討ちにした杏利は、無事キリエと合流し、旅を再開した。

 港にたどり着き、再びペイルハーツを目指す旅を始めた杏利とエニマ、そしてキリエの三人。一日歩いたがペイルハーツには着かず、今夜は野宿だ。

「キリエ。ペイルハーツってどんな国なの?」

 焚き火を囲んで、新しく買った非常食を食べながら、杏利はキリエに尋ねた。

「前にも言った通りよ。魔法文化が盛んで、すごく大きい魔法学校があるの。私は通ってないけどね」

「魔法学校……」

 興味深いワードだ。杏利の世界でも、漫画やゲーム、アニメなどで、魔法学校は出てきた。やはり、魔法が存在する世界には、魔法を学ぶ為の学校があるのだ。

「どうしてキリエは入学しなかったの?」

「魔法を習う気がなかったからよ。妹と違って」

「妹!? あんた妹がいるの!?」

「七つほど歳の離れた子がね。ったく、父さんも母さんも、年甲斐もなくお盛んなんだから……」

 自分の両親に文句を言うキリエ。杏利とエニマは苦笑いする。

「まぁ妹がいるっていうのは、悪い気分じゃないけど。話が逸れたわね。魔法なんて興味なかったし、正直勉強するのが面倒だったのよ」

「そういうもんなの? あたしなんか自分の世界に魔法があったら、両親に無理言ってでも勉強しに行くけど」

「それは魔法がない世界にいるお前だからそう感じるんじゃ」

 エニマの言う通り、魔法がない世界の人間なら、魔法を使えるようになりたいと思うだろう。しかしリベラルタルは、最初から魔法がある世界だ。やる気さえあれば誰でも使える世界であり、珍しさも有り難みもない。だから、魔法を学びたくない人間も現れるのだ。

 杏利とエニマがサクサク覚えて使っているので忘れられがちだが、本来魔法の習得というものはかなり面倒である。やる気があれば使えるようになるというのは、そういう意味だ。

「私がシルフに会ったのは三年前。その時初めて、魔法を習わなかった事を後悔したわ」

 精霊については、前々から話を聞いてはいた。強い魔力を持つ者の元へ寄ってくるという事も。これは魔法を習う習わない以前に、この世界の一般的な常識だ。

 そして実際に見て、今までの自分を殴ってやりたいと思った。精霊がこんなに素晴らしい存在だと思わなかったのだ。当然危険な精霊もいるが、それでもたくさんの精霊に会いたい。そう思ったキリエは、猛勉強を始めたのだ。

「じゃあキリエは、独学でそこまで魔法が使えるようになったのね」

「すごいやつじゃのう。お前と同じくらい魔法が使えるようになるには、最低でも五年は必要になるというのに」

 二年も早い。キリエは魔法使いでありながら、大魔導師にも匹敵する実力者である。彼女もまた、天才と呼べる人間だった。

「好きな事だったから打ち込めたのよ。敬遠してたけど、やってみると結構楽しくてね」

 時間の合間を見つけては、魔法の勉強を続けた。余裕があれば、モンスター相手に実戦形式で魔法を使ったりもした。全て、精霊に会いたいが為である。

「……ん?」

 ここで、杏利は気付いた。キリエは杏利と同い年で、この世界における高校に通っていた。聞くところによると、杏利が高校を卒業する一週間前に、キリエは自分の学校を卒業したそうだ。それで、ラマスビレッジにいた。とても一週間でたどり着ける距離ではないので、時期が合わない。

「ああ、あの村ね、ちょっと離れたところに飛空船の発着場があるのよ」

 なんと、キリエは飛空船で来ていたのだ。まさかあの村の近くに、飛空船の発着場があるとは思わなかった。

「……そうだったんだ……全然知らなかった……」

 まぁ知っていたとしても、杏利は乗らなかっただろう。この旅は修行も兼ねているのだから。

「そろそろ寝ましょ。明日の夕方までには、今度こそペイルハーツに着かないと」

「……そうね」

「では寝るかの」

 夜の野外は危険だ。出来る限り、野宿は避けたい。明日また野宿をする羽目にならない事を祈りながら、杏利達は眠った。



 翌日、杏利達は朝の七時に、急いで出発した。今日は本当に、急いでペイルハーツにたどり着かなければならない。

「こっちは急いでるって、言ってるでしょうが!!」

 そう言いながら、杏利はホブゴブリンを頭から両断した。これで、杏利達を襲ってきたモンスターの殲滅は完了だ。

 杏利達は先を急いでいる。しかし、さっきからずっとモンスターが襲ってきているのだ。大体、三百メートルぐらいの間隔で出てきているだろうか。

「エンカウント率高過ぎでしょ! クソゲーかっての!」

 杏利は、エンカウント率が高過ぎて全然進めないゲームを思い出し、八つ当たりにホブゴブリンの死体を蹴り飛ばした。ホブゴブリンの死体はミンチになった。グロい。

「このままじゃキリがないわね……腕試しの旅だからあんまり使いたくなかったけど、今は急いでるし仕方ないか」

 キリエはそういうと、片手を真上に伸ばし、魔法を唱える。

「モンスアウト!!」

 すると、二人をドーム状のピンク色の光が包んだ。光はすぐに消える。

「今のは?」

「モンスアウト。十五分間モンスターの接近を防ぐ魔法よ」

「そんな便利な魔法があるの!?」

 知らなかった。知っていたらもっと早く使ってもらったのだが、二人とも腕を上げながら旅をしているので、キリエとしても使うのは緊急時にと決めていたのだろう。

「っていうかその魔法、十五分も効果が続くんだ? バリアっぽいから五分だと思ってたのに」

「この魔法ね、バリア系とか能力強化系より、効果が緩いのよ」

 モンスアウトは、アタックガードやステルヴィのような、劇的な効果を持つ魔法ではない。あくまでもモンスターを遠ざけるだけの魔法だし、強すぎるモンスターには効果がない。そんな緩い効果の魔法に、バリア系や能力強化系の魔法と同じ感覚で魔力を使うと、それらより長く効果が続く。

「じゃあ、ある程度実力のあるモンスターは、あたし達に近付けるってわけね?」

「そういう事。まぁ私にはこれがあるから、そんなモンスターは滅多にいないと思うけど」

 そう言いながら、キリエは自分の左腕を、杏利に見せた。キリエの左腕には、銀色の宝石が填まった、青いリングが装着されている。杏利の記憶にある限り、キリエは今までこんなものを着けていなかった。

「それは?」

「エフェクトサポーター。補助系魔法の効果と持続時間を倍増させる装備アイテムよ」

 つまり今キリエが使ったモンスアウトは、通常モンスアウトを抜けてくるモンスターも遠ざけられるし、持続時間も三十分まで延びているのだ。

「すごいわね!! いつそんなの手に入れたの!?」

「一昨日よ。港で掘り出し物屋があるのを見つけてね。一万ギナもしたけど、五万ギナ出してもいいくらいの買い物をしたわ」

「……やけに羽振りがいいわね……そんなに使って大丈夫なの?」

 エフェクトサポーターが優秀な補助アイテムである事は認めるが、そんなに荒い金遣いをして大丈夫なのかと、杏利は不安になる。

「大丈夫大丈夫。この前も、懸賞金が二十万も付いてるお訪ね者を一匹豚箱送りにしてやったから。私ってよくそういうのと出くわすのよね―」

 キリエは冒険者ギルドに登録していない。なので、クエストに参加して報酬を受け取るという事は基本的に出来ないのだが、懸賞金が懸かっている相手を倒せば、それをもらえる事は変わらない。

 キリエの場合は魔法使いになってからというもの、何らかのトラブルが絶えないらしい。結果、旅の金には困っていないわけだが。

「ある程度魔力を持ってると、そういうトラブルを惹き付けやすいっていうのは聞いた事があるわ。杏利とエニマも気を付けてね」

「……もう手遅れだと思うけど」

「うむ」

 今まで散々トラブルに巻き込まれてきたので、今さらそんな事を言われても遅いというものだ。

「っと、無駄話はこれくらいにしておきましょ。モンスターが寄ってこないとはいえ、時間は待ってくれないから」

 エフェクトサポーターがあるとはいえ、モンスアウトの効果は三十分しか続かないのだ。当然三十分ではペイルハーツに着かないし、時間を浪費すればそれだけ掛け直す回数も多くなる。

「そうね。急ぎましょ!」

 杏利達はペイルハーツに向かって駆け出した。



 キリエがモンスアウトを十八回ほど掛け直した頃、三人はとても大きな町に着いた。これまで来た中で、間違いなく一番大きい。

「ここがペイルハーツ……」

 杏利が見てみると、あちこちに魔法使いの装いをした人が歩いている。本当に、魔法文化が盛んなのだ。

「何とか日が沈む前にはたどり着けたわね。ここは強い魔法使いがたくさんいるから、魔王軍も簡単には手出し出来ないわ」

 時刻は夕方だが、まだ明るい。ギリギリ間に合った。ペイルハーツに着けば、もう安全だ。

「今日は私の家に泊まっていってよ。家族に紹介したいからさ」

「いやさすがに悪いわ。キリエは久々の帰郷でしょ? 家族水入らずで楽しんできなさいって。宿代ならたくさんあるし」

「気にしなくていいのに。せめて顔くらいは出してってよ」

「……じゃあ少しだけ」

 こうして杏利とエニマは、キリエの家に行く事にした。



「ただいま」

「あらキリエ! おかえりなさい!」

 家に帰ったキリエを迎えたのは、キリエの母、リオだ。

「こちらの方々は?」

「旅先で知り合った友達。杏利とエニマよ」

「あらあら。キリエがお世話になってます」

「いえ。あたし達も助かってますし」

「母さん。アヤは?」

 アヤというのは、キリエの妹の事である。

「もうそろそろ帰ってくると思うけど……」

 そう言いながら、リオはドアから頭を外に出す。

「あっ! アヤ!」

 どうやら見つけたらしい。見ると、キリエに似て長い黒髪で、ベレー帽を被っている幼い少女が、同じ年代くらいの三人の少女と一緒にいた。

「あ、お姉ちゃん!」

「どうやら、今日はキリエ姉さんが帰ってたみたいだね」

「じゃあ、あたし達はこの辺で帰りましょっか!」

「アヤちゃん、また明日……」

「うん、じゃあまた明日ね!」

 アヤは友達に別れを告げると、こちらに駆け寄ってきた。

「ただいまお姉ちゃん。帰ってたの?」

「今帰ったところよ」

 キリエはアヤにも、杏利とエニマを紹介する。

「勇者様なの!? すごい!!」

 目をキラキラと輝かせて杏利とエニマを見るアヤ。反応が完全に、幼い少女のそれだ。こんな感じで純粋な瞳に見つめられたのは、初めてかもしれない。

「ね、ね、泊まってって! 勇者様の冒険聞きたい!」

「ちょっ、ちょっと待って!」

 興奮したアヤは、杏利の腕を引っ張り、家の中に連れ込もうとする。

「泊めてくれるのは嬉しいけど、迷惑が掛かるわ」

「そんなのいいから!」

「アヤ! 勇者様に失礼でしょ! ごめんなさいね」

 リオがアヤを杏利から引き離す。

「しばらくここに留まるつもりだから、お話はいくらでも聞かせてあげる。それで我慢してもらっていい?」

「……うん」

 アヤはまだどこか納得していない感じだったが、それでも了承した。とりあえず、今日はもう夜になるので、杏利とエニマは宿に泊まる事にした。



「そうか。この町にも勇者様が来て下さったか」

 そう言ったのはキリエの父、ジョージである。今マトリック家は、夕食を摂っていた。

「それで、しばらく家に残るんでしょ?」

「うん。それと私もかなり強くなったし、そろそろ大魔導師になれるんじゃないかなって」

 ここペイルハーツには、転職を行う施設がある。キリエは魔法使いから、大魔導師に転職するつもりでいるのだ。精霊に会いたいだけで使役したいわけではないので、これでいい。

「……」

 アヤはうつむいている。そんな彼女に、キリエは声を掛けた。

「杏利が泊まってくれなかった事、そんなに不満だった?」

 しかし、アヤは首を横に振る。

「あのね……」

 それから、自分がうつむいていた理由を話した。



 翌日、杏利とエニマは町外れにある広場に来た。理由は、朝の鍛練をする為である。ただし今回は、実戦形式で行う。

 先手必勝。飛び掛かったのは杏利。エニマに向けて右拳を繰り出す。それを飛び退いてかわすエニマ。杏利の拳は地面に激突するが、即座に左手を付き、反動を利用して空中で一回転。エニマがいる場所を確認し、踵落としを放つ。これも飛び退いてかわすエニマ。しかし、今度は飛び退いた反動を利用して、杏利に飛び掛かり拳を繰り出した。杏利は即座に腕を交差させてガードするが、見た目からは想像も出来ないほど重い打撃を受けて、腕の骨が軋む。

「くぅっ!!」

 ガードを解きながらエニマを跳ね飛ばし、拳を、蹴りを放つが当たらない。

 杏利とエニマでは、かなりの体格差がある。大きいとは強い、には繋がらない。確かに大きければそれだけ力は強くなるし、動きも速くなる。しかし、相手がもし自分よりも小柄でありながら、自分を上回るパワーとスピードを持っていた場合、攻撃は当たらず、大きい分一方的に叩きのめされる事になるのだ。

(エニマは変態だけど、実力は本物なのよね……!!)

 槍とは武器。武器とは力の具現。力そのものが人の形を得た存在であるエニマは、恐ろしく強い。

(けどね、あたしだって負けちゃいないのよ!!)

「バニスド!!」

 だが、攻撃を当てる術はある。魔法だ。隙を突いて放った中級火属性魔法が、エニマの全身を包み込む。

「……ふん!!」

 だがエニマが腕をひと振りすれば、炎は跡形もなく消し飛んだ。さすが伝説の聖槍。杏利も魔力を増したが、中級魔法程度では火傷一つ負わない。

「これで終わりではあるまい?」

「当然!」

 もちろん、これで終わったりはしない。

「フリエイズ!!」

 杏利は一度後ろに飛び、エニマに冷気を浴びせる。

「バニドライグ!!」

 しかしエニマは、素早く地面に炎を叩きつけて、冷気を吹き飛ばした。炎の中から躍り出たエニマが、杏利に拳を放つ。

 だが杏利は、かわしながらその腕を掴み取り、胸ぐらを掴んで地面に叩きつけた。投げ技。ただ殴る蹴るだけが、杏利の戦い方ではない。

「スパレイズ!!」

 だがエニマは全身から雷を放出し、杏利はエニマを離してそれから逃れる。

「その魔法、そんな使い方も出来るんだ?」

「まぁな」

 エニマは生きている槍。倒した相手の能力を奪う能力を持っている為か、魔法の学習能力も杏利と同等クラスに高い。応用力もだ。

「まだまだ終わらせないわよ!!」

「ふふ……来い!!」

 二人は戦いを白熱させていく。初級魔法、中級魔法、上級魔法の応酬を繰り広げ、

「「ビルツジライガ!!!」」

 互いにビルツジライガを相殺したところで、どちらも魔力を使いすぎている事に気付いた。

「これくらいにしておきましょうか」

「うむ。ウォーミングアップにしては、ちとやりすぎたからな」

 二人とも、少し熱くなりすぎてしまった。ここは魔法使い達が日々練習に使っている場所らしいので、暴れても問題はないと思うが、今日はまだ情報収集に歩かなければならないのだ。朝から動けなくなるくらい疲れる、などというわけにはいかない。

「あの、すみません」

 と、杏利達に声を掛ける者がいた。そこにいたのは、深い青の長髪でベレー帽を被っていて、どことなく感情が薄そうな印象を受ける少女と、黄色い短髪の活発そうな少女。そして、その後ろから隠れるようにして恥ずかしそうに杏利を見ている、黄色いポニーテールの少女がいた。

「あんた達、昨日アヤちゃん達と一緒にいた……」

 杏利は彼女達に見覚えがある。アヤの友人達だ。

「どうかしたのか?」

 エニマが尋ねると、青い髪の少女が言った。

「私達に、魔法を教えて下さい!」

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