第四十六話 商船?
前回までのあらすじ
人懐っこいリヴァイアサンは好きですか?
杏利はレノ達にもてなされ、島での生活を楽しんでいた。今は港で買った干物を、せんべい感覚でバリバリ食べている。
「私達島の外との接触、あまり好まない。危ないから」
確かに、危ないと言えば危ないだろう。主に魔王のせいで。だが島に籠っているだけでは生活出来ない。そこで、一週間に一度は商船が来るよう、契約しているのだ。金はないので、島で採れる動植物との物々交換。それと、一定範囲までシーモアが護衛に付くという事で、港側も了承している。
「本当はもっとここにいて欲しい。でも、あなた勇者様。勇者様には、魔王イノーザ、倒してもらわないと困る」
「私達にはシーモアいる。だから大丈夫。勇者様は安心して、魔王を倒す旅、続けて欲しい」
面倒だったので、杏利は自分の素性を明かした。原住民達も、やはり魔王の打倒を願っている。本当に世界中の人々が、魔王の存在に迷惑しているのだ。
「ありがとうございます。ところで、商船ってどんな船かわかりますか?」
「その日によって違う。でもこの島、滅多に船来ないから、来ればわかる」
「わかりやすい船もある。魔王軍の軍艦とか、海賊船とか」
「海賊船?」
その言葉を聞いて、今更ながらに杏利は思い出した。魔王軍以外に、海賊も蔓延っているのだ。
(そっか。そっちにも気を付けなきゃいけないわね……)
しかし、こんな大変な時期に賊などよくやるものだ。いや、こんな時期だからだろうか。いずれにせよ、魔王だけでなく、同じ人間まで脅威になるというのは、悲しい話である。
「勇者様。長老がお呼びです」
と、そこへ若い女性が、杏利を呼びに来た。杏利は女性について、原住民達の長老の元へいく。
この村の長老はとても高齢で、立って歩く事が出来ず、もう何年も寝たきりの生活をしている。ちなみにレノは彼の息子で、次の長老にはレノがなる事になっている。
「ご足労頂いて申し訳ない。ですが、あなたに伝えておかねばならない事がありましての」
「伝えておきたい事?」
「何やら、この島に不吉な影が迫っている。それもその影は、どうもシーモアとカイラを狙っているようなのです」
長老は、未来予知能力を持っているらしい。予知といっても、あまり具体的な内容はわからず、何かに気を付けた方がいい、程度の事しか予知出来ないそうだが、よく当たるのだそうだ。
「旅の勇者様にこのような頼みをするのは筋違いだとわかっておりますが、少し気にかけておいては頂けませんかな?」
「……わかりました。心に留めておきます」
「有り難い……」
長老は安心したように眠りについた。何があるのかはわからないが、杏利はシーモアとカイラの事を気にかけておく事にした。
その頃、キリエ達を乗せた船は、港に着いていた。
「お願いします!! 私も連れていって下さい!!」
杏利が消息不明になった事は既に海軍に連絡されており、捜索隊が結成されようとしていたところだ。キリエは自分もその捜索隊に加えるよう、海軍に頼んでいる。
「これ以上遭難者を増やしたくないから、君には待っていてもらいたいんだが……」
「私だって戦えます!! 杏利は私の友達だから、私が助けたいんです!!」
キリエはジュエルデーモンとの戦いで、杏利に助けられた事を思い出していた。今度は自分が助けたいと、ずっと思っていたのだ。
「……わかった。特別に君の協力を認めよう」
キリエの必死の訴えに胸を打たれ、将校は彼女の協力を認めた。
「ありがとうございます!!」
キリエは深々と頭を下げる。
間もなくしてキリエは捜索隊の船に乗り、船は夜明けを待たずして出発した。
翌朝。杏利は桟橋に案内された。
「この島に、こんな所があったのね……」
なるほど、ちゃんと商船を迎える場所は作ってある。
「……見えた」
少しすると、水平線の向こうに一隻の船が見えた。あれが商船だ。周りを安全確保の為、シーモアが泳いでいるからすぐわかる。レノ達は大きな旗を持って、商船を誘導する。商船は旗がある場所へと真っ直ぐに進み、桟橋に着いた。
「お疲れ様です! 港の品をお届けに来ました! 今週もいいもの、たくさんありますよ!」
「助かる。報酬、こっちだ」
「ありがとうございます!」
商船が桟橋に着くと、商船から屈強な男性が出てきてレノに頭を下げた。
「ところで、一つ頼みある。こちらの方を、港まで送り届けて欲しい」
「……ああ、はい、いいですよ」
船員は杏利を見た後、少ししてから答えた。
「ただ、今日は急遽もう一隻商船が来る事になっていまして、ちょっと遅れてるんです。出発はかなり遅くなりますが、それでもよろしいですか?」
どうやら、今日だけは二隻、商船があるらしい。少し妙ではあるが、まぁ向こうにも都合があるのだろう。
「勇者様。いいか?」
「はい。あたし一人の為にこれ以上迷惑掛けられませんから」
仕方ない。向こうも商売だ。キリエに心配を掛けさせてしまうが、自分は生きているのだから何も問題はないだろう。
と、杏利は船員の様子がおかしい事に気付いた。他の船員はせっせと荷物を船から下ろしているのに、この船員だけは海の方を向いて、何かを探しているように見える。
「あの……どうかしたんですか?」
「ん? ああ、この島にはリヴァイアサンの子供がいるって聞いたから、見てみたいな~って思って」
リヴァイアサンの子供。カイラの事だろう。
「シーモア。カイラはどうしたの?」
(あの子は洞窟に待たせている。今日は危ないからな)
海原の絶対王者と呼ばれているリヴァイアサンだが、子供にそこまでの力はない。だから親のリヴァイアサンは、子供に危険がないよう、住みかに待たせるのである。
「そうか……残念だなぁ……」
カイラに会えない事を残念に思う船員。気持ちはわかる。子供のリヴァイアサンは、言ってみればイルカのようなものだ。杏利もイルカは好きだし、同じ気性を持つカイラが好きだった。
そんな事を思っていたら、カイラに会いたくなってしまった。帰ろうにも積み降ろし等でまだまだ時間がかかりそうだし、洞窟に行ってカイラと遊んでこようと思い、杏利はレノに言う。
「あたし、ちょっとカイラのところに行ってきます」
「構わない。まだしばらくかかるからな」
レノから許可をもらったので、杏利は洞窟へ行く。その時杏利は、長老が言っていた事を思い出したが、シーモアは大丈夫だろうと思った。むしろ、心配なのはカイラの方だ。杏利は洞窟へ急いだ。
「しかし驚いたなぁ。こんなに上手くいくなんて」
杏利の姿が完全に見えなくなって数分後に、ふと、船員が呟いた。レノはそれが気になって、船員に尋ねる。
「何の事だ?」
「この事だよ」
その時、船員が服のポケットから何かを取り出した。拳銃だ。デザートイーグルである。
「お前ら動くな!! 死にたくなかったら大人しくしてろ!!」
突如として豹変した船員。周りの船員達も剣を抜き、レノ達原住民に突き付ける。船員達が下ろしていた積み荷の中からも別の船員が飛び出し、同じように剣を突き付けた。
「お前達海賊か!」
「ああ。一週間に一度、商船がこの島を出入りしてたのは知ってたからな。先に商船を襲って、商人どもに成り済まして来たってわけだ」
商人達の正体は海賊だった。そのまま島に近付いてもシーモアに撃退されてしまうので、怪しまれないよう商船を強奪し、商人のふりをして上陸したのだ。本物の商人達は、既に海の底である。
(貴様ら!!)
「動くなよシーモア。動いたらこいつらが死ぬぜ」
(くっ……)
「さてと、もうすぐお頭が乗った俺達の船が来る。その後は魔王様の艦隊がお出ましだ」
「お前達魔王と手を組んだか!?」
「その通り。イノーザ様はこの島を制圧出来たら、世界を征服した後俺達に制海権を下さるんだ。お前らには俺達の出世の為に、協力してもらうぜぇ」
自分達の目的を語った海賊は、他の海賊に目配せし、頷いた五人の海賊が、大きな網を持って杏利が消えた方向に走っていった。
「何するつもりだ!?」
「念には念をと思ってな。シーモアの娘を人質に取らせてもらうぜ。いや、竜質か」
シーモアが自分達に逆らえないよう、カイラを捕まえるつもりだ。
(勇者様……どうかカイラを……!!)
頼りになるのは杏利だけだ。杏利がカイラを守ってくれるよう、レノは必死に祈った。
リヴァイアサンの洞窟。
「カイラ! あたしよ! 出ておいで!」
湖に着いた杏利は、カイラに呼び掛ける。すると、
「キュウ!」
カイラが嬉しそうな声を上げながら顔を出し、杏利のそばまで寄ってきた。
「よーしよーし。いい子いい子」
杏利がカイラの頭を撫でてやると、カイラが喉を鳴らす。まるで猫のようだ。触った感じはヌメヌメしているが、不思議と不快感はない。
「これ食べる?」
杏利が見せたのは、魚の干物だ。それを見て頷くカイラ。
「はい、どうぞ」
「キュウ~!」
干物を食べるカイラ。口に合うか心配だったが、咀嚼している。
「……ウウウウ……!!」
と、干物を飲み込んだカイラが、杏利の後ろを睨み付けて唸り始めた。
「えっ?」
杏利が振り向いてみると、そこには海賊が一人いる。だが杏利は、海賊だと気付いていない。
「あなたは確か商船の……どうかなさったんですか?」
「い、いやぁ、ウチの船長が、あんたに用があるって……」
「……わかりました。じゃあね、カイラ」
杏利はカイラに別れを告げて、洞窟から出て――
「引っ掛かんないから」
いこうとするのをやめて、海賊の首を掴み、持ち上げて地面に叩きつけた。
「がはっ!」
「いくら何でも怪しすぎ。で、あんた一体何者なの?」
海賊を行動不能にした杏利は、問い詰める。その時だった。
「やぁぁぁっ!!」
隠れていたもう一人の海賊が飛び掛かり、剣で斬りつけてきた。海賊を離してよける杏利。そうこうしている間に、また別の海賊が現れ、カイラに向かって網を投げた。
「キュウ―!」
「カイラ!!」
悲痛な声を上げて網に囚われるカイラ。残りの海賊が杏利に襲い掛かり、杏利をカイラに近寄らせない。五人の海賊のうち二人が、カイラを陸に引きずり上げて、どこかに連れていこうとしている。
「させるか!!」
杏利は二人の海賊目掛けて、エニマを投げつける。エニマは空中で人化し、海賊の一人の首に蹴りを喰らわせた。
「なっ、何だお前!?」
驚く残った海賊に構わず、エニマはみぞおちに膝蹴りを浴びせる。
「見ての通り、槍じゃ」
どう見ても槍には見えないが、まぁ槍だ。
「このアマァァ!!」
杏利の前に立つ三人は、丸腰の杏利に襲い掛かる。だが、彼女はエニマを投げる前にニーベルングの指輪を装備していた。だから、エニマの加護が掛かったままである。屈強な海賊とはいえ、今の杏利には勝てない。
剣をかわして一人目の胸板に拳を浴びせ、二人目を蹴り飛ばし、三人目の腕を掴んで引き寄せ、頭突きを喰らわせて戦闘不能にした。
「今助けてやるからな」
エニマは右手を槍の穂先に変え、網を切ってカイラを湖に戻した。
「もう一度訊くわよ? あんた達は何者? ここに何をしに来たの?」
杏利は倒れた海賊の一人の胸ぐらを掴み、再び尋ねる。
「だ、誰が喋るか!!」
「ふーん、そう。エニマ!」
「うむ」
エニマは槍に変身して杏利の片手に収まり、幻惑の宝光を発動して、杏利はその光を海賊に見せた。
「あんた達は何者? ここに何をしに来たの?」




