第四十五話 流されて勇者
前回までのあらすじ
ざざーん、ざざーん……ざばざばざば!! ドーンドーン!! ずるっ!! バキッ!! ゴスッ!! ドボーン!!
ノアの跡地にやってきたヴィガルダとアレクトラ。そして、造魔兵多数。
「む? 町が出来ているな」
状況を見て呟くアレクトラ。かつてノアがあった場所には今、大きな町が出来ていた。ノアが飛び立った後この場所は更地も同然だったのだし、千年も経っているのだから町ぐらい出来ていてもおかしくはない。
「悪いが、潰してくれんか」
そんな歴史の移り変わりに対して、アレクトラは狂気に満ちた発言をした。せっかく出来た町を、潰せと言ったのだ。
「いいのか?」
世界中が魔王軍の攻撃対象ではあるが、人間であるはずのアレクトラがあまりにあっさりそんな事を言った為、さすがのヴィガルダも思わず聞き返した。
「いいに決まっているだろう。我々の目的は、あの下にあるのだぞ? 下に眠っているものに比べれば、上の町など飾り以下だ」
挙げ句飾り呼ばわりである。あの町に生きている人々の事を、全く考えていない。ヴィガルダは、アレクトラはそういう人間だという事を思い出した。
「まさか出来ないなどと言うつもりはあるまいな?」
「……いや、問題ない」
殲滅戦を行うのに、この戦力は少なすぎる。しかし、町を潰すぐらいなら、ヴィガルダ一人で可能だ。
一方町では、ヴィガルダ達の出現が察知されていた。というのも、ヒルビアーノで造られた造魔兵探知機が作動したからだ。この装置は、半径五十キロ圏内に近付いた造魔兵を見つけ出す。
さらに、町の住人達は同じくヒルビアーノで製造された、結界発生装置を起動する。それだけではない。
「魔王め!! 貴様らをこの町には一歩も入れさせない!! この勇者が相手だ!!」
イノーザ世界中に宣戦布告してから、世界各国に特殊な冒険者が現れ始めた。大金を稼ぐ為でも、危険なダンジョンを踏破する為でもなく、ただ一つ、イノーザを倒す為だけに旅をする冒険者。彼らは人々から、勇者と呼ばれている。その勇者がこの町にいたらしく、仲間を率いて出陣してきた。
「……オーダージェノサイド」
対するヴィガルダは静かに呟き、デュランダルの石突で、地面を突いた。
デュランダルは槍モードから剣モードに変化する。だが今回は、その先の変化が起こった。剣モードの刃が、凄まじいエネルギーを放ちながら、どんどんどんどん伸びていくのだ。その長さは、百キロにも達するほど長大である。
そしてヴィガルダは、長く伸びたその刃を、町目掛けて叩きつけた。
ジェノサイドモード。多数の敵や拠点を潰す時に使用する、ヴィガルダの奥の手だ。このモードになると、デュランダルはヴィガルダの意思に応じてどこまでも伸びていき、さらに強力なエネルギーを発する。
「――――!!」
ここからでは攻撃が届くはずもなく、目を見張る事しか出来ない勇者。結界は簡単に真っ二つにされ、光る刃が町に直撃した。遅れて町は大爆発を引き起こし、空に光の柱が立ち上る。
勇者達は、魔王軍の幹部を討ち取って名を挙げる事も出来ず、町もろとも塵一つ残さず消え去ったのだった。
「……やりすぎたか」
巨大なクレーターを作ってから、ヴィガルダは呟いた。とりあえず、デュランダルを槍モードに戻しておく。
「いや、上出来だ。では行こう」
だがアレクトラは、特段ヴィガルダを責める事もなく、町の跡地へと向かう。
「確かこの辺りだ」
クレーターの一部に来たアレクトラは、片手をかざす。すると、巨大な階段が現れた。それを降りていく一同。
「さて、システムは生きているかな?」
アレクトラはそう言いながら、壁に手をかざす。すると、部屋全体がライトアップされた。
「これは……」
そこは、巨大な格納庫だった。そこら中に研究機材が置いてあり、ここがラボであった事を伺わせる。千年も経っているというのに、どれも朽ち果てた様子がない。
「物質保存システムは、私がコールドスリープに入っている間も、動作していたようだ」
次にいつ戻ってこれるかはわからない。百年後かもしれないし、五百年後かもしれない。そこでアレクトラは、戻ってきた時にすぐ研究が再開出来るよう、物質保存システムを作成しておいた。これは大地や空気中の魔力を少量消費し、その魔力で一定の空間内の物質の劣化を阻害するという装置だ。同様のものが、ノアにも設置してあった。
「さて、それではお待ちかねの最終兵器だぞ」
そう言ってアレクトラは、一同を壁の前に連れてくる。壁には、巨大なロボットが立て掛けてあった。両腕に小さな盾を装備し、腰には剣を携えている。まるで人間をそのまま大きくしたかのようなロボットだ。
「巨神ノアギガントだ。もうほぼ完成に入っていてな、二週間もあれば起動出来るだろう」
「では、人員を置いて俺は城に戻る。何かあれば、これで連絡しろ」
ヴィガルダはアレクトラに、小さな端末を渡す。魔王軍が作った、通信用の端末だ。
「助かる」
「使い方は、それを手に持って『連絡アプリを使用』と唱える事。それで自動的にこちらに繋がる」
「了解した」
アレクトラが端末を受け取ると、ヴィガルダはラボから出ていった。
「……ん……」
「杏利!! 杏利!!」
「……う……」
杏利を揺り動かすエニマ。杏利はゆっくりと目を開け、身体を起こす。
「よかった!! 気が付いたか!!」
「……ここは……」
それから、周りを見回す。目に入ったのは、広い砂浜。砂浜には海が広がり、反対には森が広がっている。ここは浜辺だ。
次に杏利は、自分が気を失う前の事を思い出す。海に投げ出され持ちこたえようとしたがマストが折れ、そのマストが顔面に命中した。そこから先の記憶がない。
「……流されたのね……どうしよう……」
杏利は頭を押さえた。幸いにも、どこかの島に流れついたようだが、さてこれからどうしたものか。
「……ん?」
ふと、杏利は気付いた。自分の足元に、魚が何匹か転がっている。港で買った干物ではない。死んではいるようだが、濡れていて新鮮だ。
「何この魚?」
「ああ、それはな」
エニマが説明しようとした時、海の方で、ザパン、と音が聞こえた。驚いて見てみると、そこにはドラゴンがいる。ただのドラゴンではなく、海蛇のように胴体が長く手足も羽もない。代わりにヒレが付いていて、今口に魚をくわえている。
そのドラゴンは砂浜の上を這いながら杏利のそばに来ると、魚を置いて杏利にすり寄った。
「キュウ~!」
「な、なになに!? 何なの!?」
近付いてみると、杏利と同じくらい大きく、杏利は押されてしまう。それでもなお、ドラゴンはすりすりと杏利の顔に頭をすり付けた。
「リヴァイアサンの幼性じゃ」
「り、リヴァイアサン!? これが!?」
リヴァイアサンといえば、杏利の世界でも有名な、海に住むドラゴンである。この生き物は、その幼性であるらしい。
「リヴァイアサンは比較的温厚なモンスターでな、こやつがわしらをここまで連れて泳いでくれたんじゃ」
リヴァイアサンは、泡の守りという能力を持っている。シャボン玉のような泡で、対象を包む能力だ。泡は能力者が自在に操る事が出来る。危うく溺れかけていた杏利とエニマを発見したこのリヴァイアサンが、二人を泡で包み、空気を確保してからここまで連れてきた。それから、魚を取ってきて介抱してくれていたのだという。
「そっか、あんたが助けてくれたんだ。ありがとう」
「キュウ!」
杏利が頭を撫でてやると、リヴァイアサンは嬉しそうに鳴いた。
「でも、これからどうしたらいいのかしらね……」
「うむ……」
杏利とエニマは考える。何とか船に合流したいが、ここがどこなのかもわからないのだ。見た感じ島のようだが、船が通るルートから大きく離れた島かもしれないし、無人島かもしれない。
「いっそ狼煙でも上げてみる?」
「よせ。不用意にそんな事をすれば、魔王軍が攻めてくるかもしれん」
忘れていた。海には、魔王軍がいるのだ。狼煙を見たのが魔王軍だったら、攻めてくるかもしれない。
二人が魔王軍に知られずに、キリエ達と合流する方法を考えていると、杏利の腹が、きゅう、と鳴った。
「まず腹ごしらえじゃな。わしは大丈夫じゃが、お前はかなり体力を消耗しているはずじゃ」
「……そう言われたら、なんか身体がダルくなってきたかも……」
戦っていたし、荒海の中を漂い続けていたのだ。消耗もする。そこで杏利は、まず体力を取り戻す事から、始める事にした。
そこらにある木を適当に斬り倒し、解体して薪と串を作る。
「バニス!」
リヴァイアサンが取ってきてくれた魚を刺したら、魔法で濃い煙が出ない程度に薪に火を付け、焼く。
「アクアル!」
次に海水で濡れた服とマントを脱ぎ、魔法で出した水で洗ってから、木に掛けて干す。下着も同じように替えの下着に着替え、洗ってから干す。木はたくさんあるので、干す場所には困らない。
「さてと……」
ちょうど魚が焼けたので、食べる。
「うん、美味しい。味が薄いのが難点だけど」
杏利は調味料など買っていない。こういう経験をして、杏利は調味料の有り難みというものを理解した。
「……」
と、杏利は気付く。実はさっきから、リヴァイアサンが海に戻らず、ずっと杏利を見ているのだ。海ほど素早く動けなくなるというだけで、陸上でも活動は出来るらしい。そんなリヴァイアサンが、杏利が食べている焼き魚を、じっと見ている。
「あんたも食べる?」
「キュウ!」
杏利が尋ねると、リヴァイアサンは頷いて返事した。
「熱いから冷ましてね」
杏利は焼き魚をふぅふぅ吹いて冷ましてから、リヴァイアサンの口にくわえさせ、串を引き抜く。リヴァイアサンは程よく焼けた魚を、美味しそうに咀嚼していた。
「美味しい?」
「キュウ!」
どうやらお気に召したらしい。
「杏利~。わしにもわしにも」
「……はいはい」
それを見ていたエニマが、自分も食べさせて欲しいと言い、仕方なく杏利は食べさせてやった。
しばらくして服が乾き、乾いた服を身に付けた杏利は、火を消してリヴァイアサンに別れを告げ、島を探索する事にした。モンスターが出てきても大丈夫なよう、エニマを槍に変え、邪魔な草を切り払いながら、森の中を進む。
しばらく行くと、村が見えてきた。どうやらここは、無人島ではなさそうだ。村の中を歩いているのは木の葉などで作った服やアクセサリーを身に付けている、半裸の男女達。この村に住んでいる、部族なのだろう。
「原住民とか初めて見た……」
杏利が呟いた時、
「お前何者だ!」
背後から声が聞こえた。見ると、屈強な原住民の男達が、石で出来た槍を持って杏利に突き付け、警戒している。
「落ち着いて! 怪しい者じゃないわ!」
杏利は原住民達に自分の名前と、自分が魔王軍に襲われた事、嵐に遭って海に落ちた事、リヴァイアサンの子供に助けられてこの島に流れついた事を、包み隠さず話した。
「カイラに助けられたのか? なら悪い人間じゃないな」
原住民のリーダーと思われる男が言うと、原住民達は槍を下げた。
「私はレノ。旅の方、こちらに来て欲しい」
それからレノと名乗った男は、杏利と他の原住民達を連れて、どこかに歩き始めた。
杏利が案内されたのは、巨大な洞窟だった。洞窟をずっと進んでいくと、大きな湖に出る。海と繋がっている、とても大きな湖だ。
すると、
「キュウ!」
湖から、さっき別れたリヴァイアサンの子供が出てきた。
「あんた! ここに住んでたの!?」
「彼女の名前、カイラ。住んでるの、彼女だけじゃない」
「えっ?」
レノがそう言った時だった。湖面が盛り上がり、巨大なリヴァイアサンが顔を出したのだ。
「あ、う……」
その巨大さに圧倒される杏利。レノは教えた。
「彼女はシーモア。この島に住んでるリヴァイアサンで、カイラの母。この島が魔王軍に襲われないの、彼女のおかげだ。魔王軍強い。でもシーモアもっと強いから、魔王軍この島に手出し出来ない」
リヴァイアサンは、海原の絶対王者と呼ばれているモンスターだ。海での戦闘で、リヴァイアサンに勝つ事は不可能である。
(お前か。私の子が助けたという人間は)
力が強いだけでなく、知能も高い。永く生きた個体は、テレパシーで人間と会話をする事も出来る。
(災難だったな。仲間はいるのか?)
「は、はい。一応連れはいますけど、海に投げ出されたせいで、今どこにいるのかわからないし、ここがどこなのかも……」
あまりに威厳溢れる声に、杏利は思わず敬語になってしまっている。
(そうか。ここは滅多に船が来ない場所だからな。一週間に一度、商人が港の品を届けに来る程度だ)
この島の人間はあまり外界との接触を好まないようだが、全く船の行き来がないというわけではないらしい。
キリエとはしばらく別れる事になってしまうかもしれないが、ここはその商人に港まで乗せてもらって、改めて海を渡った方がいいだろう。
「レノさん。次に商船が来るのって、いつですか?」
「確か明日の朝だ。その時に乗せてもらうといい」
明日の朝。思ったより早く帰れそうだ。
「キュウ?」
カイラが悲しそうに杏利の顔を覗き込んできた。この子はまだ子供なので、テレパシーは使えないが、人間の言葉はわかる。
「ごめんね。あたしにはまだ、やらなきゃいけない事があるから」
ここに留まる事は出来ない。そう言って、頭を撫でてやる。
「……キュウ」
カイラは納得したようで、顔を離した。
(魔王軍が来ないよう、私が海に目を光らせておこう。お前は明朝までゆっくり過ごすといい)
シーモアはそう言うと、湖側にある洞窟から、海に出ていった。
「シーモアがああ言った以上、安全は保証される。あなたの事、私達全力で守る。だから安心していい」
「……ありがとうございます」
見ず知らずの旅人である自分にここまで尽くしてくれる原住民達に、杏利は頭を下げた。
どこかの海の上。そこに二隻の船がある。片方は、鋼鉄の軍艦。もう片方は、その二倍の大きさの軍艦だ。
「その話は本当なんだろうな?」
「ああ。これはその前金だ」
小さな軍艦の上にいた超魔の男は、拳銃とマガジンを二つ、人間の男に渡す。
「見た事のない銃だな……」
「お前達が使っている銃より遥かに強力だ。うまくやってくれれば、もっと強い銃をやるよ」
「……仕事は引き受けた。いい報告を待っていてくれ」
「ああ。じゃあ明日の正午に、例の島で落ち会おうぜ」
超魔は自分の軍艦に乗ると、引き上げていった。
「お頭、大丈夫なんですかい? あの島にはリヴァイアサンが……」
「それを何とかするのが、俺達の仕事だ。あの島のリヴァイアサンは、俺達にとっても目の上のたんこぶだからな、いい加減何とかしたいって思ってたんだよ」
超魔が去った後、男の部下がやってきて心配そうに言ったが、男は耳を貸さない。
「海原の絶対王者ぁ? 認めねぇ。俺達海賊こそが海の王者だって事をわからせてやる」
男の目には鋭い眼光が光っていた。
「良いのですかバーキ様? あのような無法者に頼まずとも、我々だけで……」
「それが出来ねぇんじゃねぇか馬鹿野郎」
バーキと呼ばれた超魔は、造魔兵に返した。
「大丈夫だよ。ああいう連中こそ、使い道がある。それにあいつら、どうせ真っ当な世界じゃ生きられねぇんだしよ。同じ無法者が使ってやるべきだって」
バーキはニヤニヤと笑っていた。




