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レジェンドガール  作者: 井村六郎
第四章 旅の再開
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第四十四話 海を渡る

前回までのあらすじ


ウンディーネを浄化して、お礼のキスをもらった。申し訳程度の百合要素である。

 アレクトラは、玉座の間を訪れていた。

「イノーザ殿。あなたに折り入って頼みがある」

「いかがされたかな?」

「私のラボに行きたい」

「ラボ?」

 それを聞いて、イノーザは妙に思った。確かアレクトラのラボは、ノアもろともゼドに消滅させられたはずである。

「私の国が飛び立つ前。城の地下のさらに地下に、もう一つラボがあった。そこに私が造りかけていた最終兵器がある」

 実はノアを空中国家化する計画は、かなり前からあった。そして万が一を見越して、あの城の地下ラボ。そのさらに下にもう一つ、ラボを作っておいたのである。ノアが何らかの理由で危険な事態に陥った時、手が打てるように。

 そしてそこには、世界征服の為の最終兵器として造っていた魔科学兵器がある。竜帝ルカイザーの攻撃が早かったせいで、完成前に逃げなければならなくなってしまったが、その未完の最終兵器を完成させるつもりでいるのだ。

「それで人手を借りたいというわけか。では、ヴィガルダと造魔兵を付けよう。造魔兵の人数は、三十人くらいでいいかな?」

「それで構わない」

「よし。聞いての通りだヴィガルダ。ご協力しなさい」

「……かしこまりました」

 やはり信用していないが、イノーザからの命令ならば仕方ないと、ヴィガルダはアレクトラと造魔兵を連れて出撃した。



 キリエの故郷、ペイルハーツに向けて旅を続ける杏利とエニマとキリエ。ペイルハーツは魔法文化が盛んな国で、陸路でも行けるが、海路を行った方が早いという事で、二人は今、港を目指している。

「わあ……」

 やがて杏利の目に飛び込んできたのは、青い空と青い海。そして青い海に隣接している、港町だった。

「絵に描いたような港町ねぇ~」

 まるでアニメやマンガにでも出てきそうな、典型的な港町を見て、杏利は少し興奮している。

「じゃ、船を探しましょうか」

「そうね。レッツゴー!」

 遊びに来たわけではないのだ。急いで船を探し、ペイルハーツへと渡らなければならない。見たところ海は穏やかで、危険な存在が争っている様子はないから、今のうちだ。



 船に乗る為のチケットを買う二人。

「出港時間は十二時三十分となっております。お乗り遅れにお気を付け下さいませ」

「「はーい」」

 出港までは、あと一時間後だ。せっかくこんな素敵な場所に来た事だし、少し見て回る事にする。エーテルポーションの補充もしておきたい。二人とも魔力が切り札なので、エーテルポーションが切らせないのだ。

「いいわね」

 杏利は一番を見ながら言った。いかにも取れたてで鮮度満点といった感じの魚が、たくさん売れている。やはり、こういう活気のある感じが一番だ。

「おっ? お前さん方、旅のお方かい?」

 と、ある店を開いているおっちゃんが、二人に声を掛けた。

「そうだけど……」

「だったらこれ、買っていきなよ」

 おっちゃんは杏利達に、自分が売っている商品を勧めた。

「……これ干物?」

「ああ。保存が利くからね、冒険者に人気なんだ。骨もないし味もいいよ」

 そういう事なら、買っておいても悪くはない。砂漠で買った非常食はとっくになくなってしまっているし、別にいいだろうと思い、杏利はいくつか干物を買った。それ以外にも水など、いろいろなものを買っておく。船の旅なのだから、備えておくのはむしろ当然だ。



 一時間後、出港の時間となり、杏利とキリエは船着き場に来た。

 そこにあった船を見て、杏利は絶句した。見るからに鋼鉄で出来ている船体。その船体からいくつも突き出ている砲身。甲板の上にもたくさん設置してある大砲。船の旅というからもっと落ち着いた船を想像していたのだが、外見があまりに物騒すぎる。

「船っていうより軍艦ね……」

「時代が時代だもの。これくらいしっかりしてないと、海なんか危なくて渡れないわ」

 今海は危険な状態である。しかし、だからといって海を渡らないわけにはいかない。結果、こんな風に船を武装で固める羽目になったのだ。

 杏利はこれを見て、一刻も早くイノーザを倒さなければならないという決意を強めた。

「船が出るわ。乗りましょ」

「……そうね」

 杏利はキリエに促され、船に乗った。



「んん~……潮のいい香り……」

 甲板に出て、杏利は船旅を堪能していた。船にのるのは初めてではないが、この潮の香りは好きだ。船の上から見る海面は、陸から見た時よりも輝いているように見えて、こうして見ていると本当に危険な場所とは思えない。

「エニマ」

「何じゃ?」

 杏利は、ふと隣で一緒に海を見ているエニマに話し掛けた。

「……守らなくちゃね、この世界」

「……うむ」

 この世界、リベラルタルを必ず守るという誓い。この美しい世界を、魔王の好きになどさせないと、二人は誓った。



 その直後の事だった。突然、甲板にアナウンスが入ったのだ。

『乗客の皆様にご案内申し上げます。緊急事態が発生致しましたので、中央ロビーへお集まり下さい。繰り返します。緊急事態が発生致しました……』

「緊急事態?」

 アナウンスの内容に首を傾げる杏利。間もなくして船員達が現れ、大砲の発射準備を始めた。

「大変よ杏利!!」

 そこへ、キリエがやってきて、杏利とエニマに情報を伝える。

「魔王軍が来てるって!!」

「魔王軍が!?」

 緊急事態とは、魔王軍の襲撃の事だったのだ。それで船員達が、戦闘の準備を始めたのである。魔王軍の襲撃と正確に伝えなかったのは、乗客がパニックになるのを避ける為だろう。

 杏利は大砲が向けられている方角へと、目をこらす。見ると、この船の二倍はあろうかという軍艦が、何隻も向かってきていた。それだけでなく、軍艦の周囲には、巨大な首長竜や、亀のようなモンスターも見える。海戦型造魔兵だ。

「そこの娘さん方!! 何やってる!? ここは危ないぞ!!」

 船員の一人が、まだ避難していない杏利達の存在に気付き、急いでロビーに行くよう促す。

「あたし達にも協力させて下さい。あたし、槍の勇者なんです」

「槍の勇者!? こいつは驚いた……じゃあお願いします!!」

 ここで引き下がらないのが杏利だ。自分の素性を話して協力を申し出ると、船員は逆にお願いして迎撃の準備に戻った。

 杏利は一番偉いと思われる船員のそばに行き、指示を仰ぐ。

「あたし、槍の勇者の杏利です。協力させて下さい」

「助かるよ。といっても、あの大規模戦力をまともに相手するつもりはない。ある程度蹴散らして、素早くこの海域から離脱する」

 造魔兵は大量にいるし、軍艦もたくさんある。だが、こちらの戦力はこの軍艦一隻のみだ。いくら対魔王軍戦を想定して強化してあるとはいえ、まともにぶつかれば勝ち目などあるはずがない。

 だから、逃げる。船員が杏利達に依頼したのは、敵陣を突っ切る為に突破口を作る事だ。

「わかりました」

 杏利はエニマを槍に変えて持ち、キリエと一緒に船首に立つ。

「あと少しでこっちの射程に入る。始まったら敵の攻撃には最低限反撃して、真正面を集中的に狙え。突破口を開いたら、一気にこの海域を抜けるぞ!」

 船員達に指示を出すリーダー。既に砲身は正面に向けられ、甲板には専属の魔法使い達まで出てきている。いつでも戦闘を始められる。

 その時だった。ザパンッ! という音があちこちでして、何かが甲板に飛び乗ってきた。魚と人間が合わさったような姿をした造魔兵や、ダイバースーツに身を包んでいる造魔兵だ。造魔兵達は次々と甲板に上がり、持っている銛やニードルガンで攻撃してきた。魔法使い達が一斉にアタックガードを唱え、造魔兵達の攻撃から船員達を守る。

 同時に、魔王軍の艦隊も攻撃を開始してきた。相手が自分達の距離に入るのを待っていたのは、こちらだけではなかったのだ。ただし攻め手は、魔王軍の方が多かった。密かに海中で戦闘を行える造魔兵達を先行させ、奇襲を行わせたのだ。次々と造魔兵が乗り込んでくる。見えていないだけで海の中はもう、造魔兵でいっぱいなのだ。

「信じられない真似するわね本当に!!」

 そう言いながらも、杏利は反撃を始める。斬りつけ、突き刺し、蹴り飛ばして海に落とすなど、造魔兵の数を減らしていく。

「スパルビ!!」

 キリエはスパルビを何度も唱え、造魔兵を炭に変える。ウンディーネ戦と同じだ。この手の相手には雷属性が効く。

 船員達も負けてはいない。造魔兵相手に応戦し、戦艦や大型造魔兵に対しては大砲や魔法を喰らわせる。

 確実に数は減っているはずなのだが、造魔兵はどんどんと現れ続け、途切れる事がない。艦隊は砲弾を放ち、大型造魔兵は口から光弾を撃ち、敵の攻撃は時と共に激しくなっていく。

「このままではまずい!! 早く突破口を開かんと、わしら全員海の藻屑にされてしまうぞ!!」

「わかってるわよ!! わかってるけど……!!」

 エニマが急かすが、杏利とて絶え間なく襲い掛かってくる造魔兵の相手に手一杯で、軍艦を撃沈して道を開くどころではないのだ。

「この船って結界発生装置とか積んでないの!? ヒルビアーノみたいに!!」

「あんなの量産したりなんかしたら、国がいくつか潰れるわよ」

 せめて造魔兵を遠ざけられればいいのだが、ヒルビアーノで見た結界発生装置は、製造に高いコストが掛かる。そうホイホイと造れるものではないので、頑丈な盾を作るしかないとキリエは答えた。

 その代わりに船内にはまだ魔法使いがいて、防御魔法で船全体を覆ってくれている。だが、長期戦には向かない。だが、敵が多すぎて思うように戦えず、長引いてしまっている。

 だが、天運は彼女達を見放さなかった。東の空から、巨大で分厚い、黒い雲がやって来たのだ。スコールである。この状況ではありがたい。激しい雨と風、そして海流に、魔王軍の艦隊は乱れる。波も大荒れになり、造魔兵が乗り込む事も不可能になるはずだ。

 間もなくしてスコールは戦場を直撃し、叩きつけるような雨が杏利達を襲った。だが被害を被ったのは敵も同じで、風に煽られた軍艦はあらぬ方向を向き、同士討ちまで発生している。造魔兵達は、一体も乗り込んでこない。海中も大混乱に陥っているのだ。

「チャンスだ!! みんな早く中に戻れ!! この混乱に乗じて逃げ切るぞ!!」

 今なら魔王軍からも、容易く逃げられる。次々と戻っていく船員達。

「杏利!! エニマ!! 早く!!」

 甲板には杏利とエニマ、キリエとリーダーを残すのみとなっている。急いで駆け出す杏利。

「あっ!」

 だが濡れていた甲板に足を滑らせ、転んでしまった。さらに間が悪い事に、大波が襲ってきて、船が大きく傾いた。杏利はエニマをしっかりと握ったまま、甲板の上を転がって、甲板から落ちた。

「杏利!!」

 キリエが叫ぶ。危ういところで穂先を鎖に変え、マストに巻き付けて空中で持ちこたえるエニマ。

 しかしその時、マストに砲弾が直撃して折れた。魔王の砲撃である。嵐が強すぎて、どこをどう撃ったらいいかもわからないような砲撃だったが、運悪く命中した。しかもさらに運が悪い事に、アタックガードの効果が切れた直後だったのだ。

「あ」

 あまりに突然であり得ない出来事に、呆けた声を出す杏利。その直後、折れたマストが飛んできて、杏利の顔面に直撃。エニマを離して、荒海の中に落ちた。

「杏利!!」

 エニマは鎖を伸ばして杏利に巻き付け、自分を引き寄せると、人化して杏利に抱き着く。しかし、二人とも海の中に消えていってしまった。

「杏利!! エニマ!! 杏利ぃぃぃぃ!!!」

「よせ!! お前まで落ちるぞ!!」

 船体が元に戻り、縁に飛び付いて海に手を伸ばすキリエ。彼女を引き戻すリーダー。遺憾だが、このままでは全滅だ。杏利がどこかに生きたまま流れ着いてくれる事を願いながら、リーダーはキリエを船内に連れていった。

「杏利ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 キリエの叫びは嵐に掻き消され、間もなくして船は魔王軍の隙を縫って離脱した。

 しばらくして嵐は治まったが、魔王軍は海に落ちたはずの杏利を発見する事は出来なかった。

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