第四十話 泉の邪精霊
前回までのあらすじ
どうにか生きて地上に戻ってこれた杏利。結局イノーザの居場所はわからないままだったが、キリエと再会する。特に行くあてもなかった杏利とエニマは、キリエの里帰りに同行する事にした。
一方イノーザの城では、生きていたノアの王アレクトラが、イノーザ達と同盟を結んでいた。
ブラックミノタウロス。黒い牛が、そのまま人間の姿になったようなモンスターだ。怪力を誇り、武器を扱う知能を持つ。
「モォォォォォォ!!!」
「うおおおおおお!!!」
巨大なハルバードを持って駆け抜けるブラックミノタウロスと、それに真正面から激突する杏利。
ブラックミノタウロスは怪力で知られているモンスターだが、それでも加護で強化されている杏利と打ち合えるほどの力はない。別の要因がある。
レッドインプ。非力だがとても強い魔法の力を持つ、小型の悪魔系モンスター。他のモンスターと協力して、狩りを行う習性を持つ。このモンスターがいて、ブラックミノタウロスにスキルアップの魔法をかけていたのだ。
「バニスド!!」
杏利がブラックミノタウロスと戦っている間に、キリエがレッドインプの相手を請け負う。
「キキッ!」
キリエがバニスドを唱えると、レッドインプはアクアロンを唱え、炎を打ち破る。残った水がキリエに向かって飛んでくるが、想定済みだ。
こちらが魔法を唱えれば、必ず弱点属性の魔法で破ってくるとわかっている。
「スパレイズ!!!」
レッドインプがその手を使えば、こちらはその弱点属性の上級魔法を使う。魔法を使うにはある程度間隔がいるが、準備さえしていれば即座に使える。
「ギギギッ!! グギャァァァァァ!!!」
水を破壊して飛んでくる強烈な電撃。レッドインプは黒焦げになり、絶命した。
「ブモォォォォォ!!」
ブラックミノタウロスは強引にハルバードを振るい、杏利は反動を利用して背後に飛び、跳躍してブラックミノタウロスを斬りつけた。
二体のモンスターを撃破した杏利とキリエ。だが、まだ終わらない。二人は背中を合わせ、一つの方向に片手を向けて、同時に唱える。
「「バニドライグ!!!」」
放たれた巨大な炎は空中で絡み合い、より巨大な炎となって殺到する。
「ギシャァァァァァァァァァァァ!!!!」
炎が着弾した場所にいた巨大なムカデが、一瞬で灰になった。グランドセンチピード。毒液を飛ばす危険な大ムカデで、二人の戦いが終わるのを待って襲い掛かろうとしていた。だがその存在に気付いていた二人によって、襲い掛かる前に始末されてしまったのだ。
「「イェーイ!!」」
今度こそ全てのモンスターを倒した杏利とキリエは、ハイタッチする。
「二人とも、なかなか息が合っておる。最強コンビ結成じゃな!」
エニマは二人の戦いぶりを称賛した。
「この辺りのモンスターは、あたし達の敵じゃないわね」
「相手の実力もわかったし、これで安心して進めるわ」
二人とも、本当に強くなった。これなら、よほど強力なモンスターが出てこない限り、大丈夫だ。
ここから少し行ったところに村があり、そこを抜けると港町に着く。そこから船に乗って進んだ先に、キリエの故郷があるのだという。とりあえず、今日は村で休む事にした。
「村まで競争!!」
「あっ! 待ってよキリエ!」
突然駆け出すキリエを、慌てて追いかける杏利。二人は仲のいい友人関係を結んでいた。
で、村に着いたわけだが、
「「「……」」」
杏利もエニマもキリエも、黙っていた。この村、どことなく活気がない。いかにも、何か起こってますと言わんばかりの空気が漂っている。
「……一応、聞き込み、やっときましょうか」
「うん」
「そうじゃな」
もしかしたら、魔王関係の情報が得られるかもしれない。そう思って、杏利達は聞き込みを始めた。
「すいません」
杏利は第一村人、暗い顔をしている老人に話し掛けた。
「ん? お前さん達旅の方かな? ディーネの村へようこそ。と言いたいところなんじゃが、今この村はとても深刻な状態にある。早いところ出ていった方がいい。もしかしたら、お前さん達も危ないかもしれねぇから」
「何かあったんですか?」
杏利は老人の対応に既視感を覚えながらも、今この村で何が起きているのかを尋ねる。
「……一ヶ月ほど前からな、子供が消えとるんじゃ」
「「子供が消えてる?」」
このディーネの村では、一ヶ月前から奇怪な事件が起きている。深夜を過ぎると、子供がいずこかへ姿を消すというものだ。誰かに誘われるようにいなくなったとか、赤子が目の前で空気に溶けるように消えたとか、とにかく様々な形で失踪している。
もうこの村には、大人か老人しか残っていない。失踪事件が起きてからまだ一週間しか経っていないが、子供達がどこに行ったのか、いつ戻ってくるのかもわからない以上、村は滅亡するかもしれないと、村人達は恐れているのだ。
「何でこんな事に……もしかすると、これは泉の邪精霊の祟りじゃろうか……」
「泉の邪精霊?」
気になるワードが飛び出し、杏利は尋ねた。
「実はな、この村の近くには泉がある。そしてその泉には、恐ろしい邪精霊が住んでいたという伝説があるんじゃ」
昔、この村の近くの森の中にある泉には、人間の子供を好んで食べるという邪悪な精霊が住んでいた。
しかしある時、ライズン教団が信仰する神、クリアレスが現れ、邪精霊を泉に封印した。クリアレスは泉に祠を作り、村人達に邪精霊を崇め、敬い、魂の安寧を祈れと命じた。そうする事で邪精霊は邪悪な精神を浄化され、精神に生まれ変わる事が出来るからと。そんな昔話が、この村には伝わっている。
「しかし最近は、魔王関係のゴタゴタで、邪精霊への祈りを怠っていた。だからその事を怒って、子供達を拐ったのかもしれん……」
なるほど、あり得るかもしれない。かなり昔の話らしいので、邪精霊の邪気もそれなりに抜けてきているとは思うが、元々邪悪な存在なのだ。少しでも気を抜けば、すぐまた元に戻ってしまう。
「……精霊って、祟ったりするもんなのね……」
「よっぽど邪悪な精霊はね。それ以外は、基本的に無害。私会った事あるからわかるの」
キリエが魔法使いを目指した理由は、精霊に会ったからだ。彼女が出会った精霊は、風の精霊シルフ。とても美しく、可愛らしく、そして神秘的だったらしい。
精霊は強い魔力を持つ者、すなわち魔法使いの前によく現れるという話を聞き、もう一度シルフに会いたい、それ以外の精霊にもたくさん。そう思って必死に魔法を勉強し、魔法使いになったのだ。だから精霊には詳しい。
「でも、邪精霊って封印されてるんでしょ? なら、何かするなんて無理なんじゃない?」
しかし、当の邪精霊は封印されている身なのだ。封印されていない状態ならまだしも、今子供を拐ったりなど、そんなわかりやすい悪事を働けるとは思えないのだ。
「だから言っただろう? かもしれんと。具体的な事は、何一つわかっていないんじゃ。封印の祠も特に荒らされた様子はなかったし、何が起きているのかさっぱり……」
「……もしかすると、誰かが封印を解こうとしているのかもしれないわ」
子供を拐うなど明らかに悪意のある行為だ。何か、別の意思が介在しているとしか思えない。
もしそうだとすれば、事件を引き起こしている何者かの目的は、邪精霊の復活だ。
「何でそんな事をするのよ?」
「わからない。でも、邪精霊を復活させようとしている可能性は高いわ。子供が消えている事と、子供が好物の人食い邪精霊。無関係だとは思えない」
仮に邪精霊を復活させようとしているとしてだ。その封印を解くのは、簡単な事ではない。何せ、人間の力を遥かに超える存在を封印しているのだ。簡単に解かれてしまっては、封印にならない。
「何かの封印を解くには、基本的に専用の術式が必要よ。でもそれが用意出来ない場合は、強力なエネルギーをぶつけて、無理矢理封印を破壊するって方法が使われる事もあるの」
「……つまり生け贄ってわけ?」
「そういう事」
この世界において魔力より強力なエネルギーは、生命エネルギーだ。魔力がほとんど残されていない状態で命を魔力に変換し、大部隊を殲滅したという記録も残されている。
つまり何者かは子供を集めてその命を取り出し、封印にぶつけて邪精霊を復活させようとしている可能性があるのだ。
「そんな!! 子供達が!!」
慌てる老人。このままでは、拐われた子供達が、全員死んでしまう。
「落ち着いて下さい。あくまでも推測ですから、確証はありません」
「まずは、子供達がどこに連れていかれたのかを調べないと」
キリエと杏利は老人を落ち着かせ、まずは邪精霊が封印されたという泉に行ってみる事にした。
村を出てしばらく歩くと、二人は泉を見つけた。村からさほど距離は離れていないはずなのに、何だか村がずいぶん遠くに感じる。ここだけ周りと切り離されているというかなんというか、寂しい感じがするのだ。泉が放つ独特の雰囲気が、あらゆる生物の気配を遠ざけていた。
「なるほど。神聖な気配を感じる。封印はきちんと働いているようじゃ」
エニマは周囲の気配から、封印がまだ生きている事を感じ取る。
「でも、邪悪な気配も感じるわ。邪精霊の邪気は、まだ抜けきっていない」
同時にキリエが、封印の気配の中に微かに混じっている、邪悪な気配を感じ取った。ここには確かに、邪精霊が封印されている。そして、まだ精霊に生まれ変わっていない。
「もし復活したら、間違いなくまた悪さを働くってわけね」
邪精霊がいる事はこれでわかった。しかし、肝心の子供達はいない。
「他に子供達がいそうな場所はないっておじさんも言ってたし、どうしたもんかしら?」
既に村中くまなく捜し尽くされている。しかし、子供達は見つからなかった。村人達が捜して見つけられなかったものを、杏利達が見つけられるものか。
「こうなったら、囮作戦よ」
「囮って……どうやるの?」
相手がまだ子供を集めていたとして、村に子供がいたら拐っていくのではないだろうかと、杏利は思った。そこで、拐われる子供の後を尾行して、どこに行ったのか暴こうという作戦だ。
しかし、この作戦には問題がある。拐われる子供がいない。老人に聞いたところ、拐われているのは0歳から十五歳までの子供との事。それ以上が誘拐されていないのは、単純に子供と呼べる年齢ではないからだ。杏利もキリエも二十歳未満で、未成年だが大人ではない。二人では囮になれない。
「それならいるわよ」
しかし、杏利は子供がいるという。
「歳は七百越えてるけど、見た目だけなら十二歳の女の子がね」
そう言って杏利は、エニマを見た。
「……ん?」




