第三十九話 空からの帰還
前回までのあらすじ
不死身の存在になっていたノアの王アレクトラと、その部下達。それに対しゼドは、奥の手である心想、安綱・怨讐剣鬼を発動する。不死すら斬り殺すその圧倒的な力は、ノアを塵一つ残らず消滅させた。
ゼドがその後どうなったかは知らない。
サグベニア号は町に帰る為、空の上を行く。
「それにしても、ゼドにあんな切り札があったなんてね……」
ベッドの上に横になり、杏利は呟いた。
今日は本当に疲れた。空飛ぶ国にたどり着いたと思ったら、ゼドとハプニングでキスするわ、その後エニマにキスされるわ、最強の超魔の一人と戦うわ、国王が復活して戦うわ、極めつけにゼドの本気を見る事になるわ。これだけいろいろな事が起きて、疲れないはずがない。
一番衝撃を受けたのは、ゼドの奥の手を見た事だ。己の感情を具現化し、力に変える特殊な術技、心想。ゼドの心想、安綱・怨讐剣鬼。
「何でも斬れてその上魔力も必要ないんですって? 何それ? ふざけてるわ。そんなの使われたら、勝ち目なんてないじゃない」
以前ゼドが砂漠で魔力切れを起こした時、今なら自分に勝てると言っていたが、あれはウソだったという事を理解した。あんな奥の手が用意されていたのでは、最初から杏利に勝ち目などない。いくら何でもひどすぎる。
「全くもってその通りじゃな。しかし、それだけゼドの憎悪が強かったという事じゃ。心想は、心想を使えるという才能がなければ使えん。かといって才能だけがあっても、心想が使える事にはならん。心想を使うには強い感情が、感情の爆発が必要なのじゃ」
「……感情の爆発ねぇ……」
エニマに言われて、杏利は考える。
心想の使用には、具現化するほどの強い感情が必要だ。才ある者が強い感情を胸に抱いた時、その感情が形となり、能力となる。実際に形を持って動き出すほど強い憎悪など、杏利には想像も出来なかったが。
「ねぇエニマ。心想について、もっと詳しく教えてくれない?」
「いいぞ。まず心想が使えるようになった時、心の中に心想の名と、呪文が思い浮かぶ」
「ゼドが唱えてたアレね?」
「うむ。しかし、実はあの呪文、唱えなくとも良い」
「……そうなの?」
「というより、心想の発動を決意した時点で、もう心想は断片的に発動しておる。完全発動には、心想の名を言わねばならんがな」
言われて、杏利はあの時の状況を思い出す。そういえば、呪文を一節唱えた段階で、もうあのオーラは出現していた。
「しかし、呪文は感情をより高める為に、心が生み出しておるものじゃ。故に、当然唱えた方が強い」
その証拠に、ゼドが唱えた呪文は、呪文というよりも自身の感情の吐露に近かった。憎いとか憎悪とか、復讐とか、そんな単語が多く含まれていた。これは頭の中で考えて唱えているわけではなく、自分の気持ちを訴えているだけなのだ。だから心想が使えるようになると、唱える呪文の内容は、自分が感じた想いをひたすら吐き出すものとなる。
「あたしも使えるようになる?」
「それはわからん。だが、和美は使っていた」
「あたしの先祖が!?」
杏利の先祖、一之瀬杏利は心想を使えていた。だからエニマは、心想の存在を知っている。あとは、他の心想を知る者から聞いた情報だ。
「じゃあ、あたしも……!!」
「早まるな。心想は遺伝する力ではない」
先祖や親が使えたからといって、子が使えるとは限らない。心想の才は、遺伝するものではないからだ。だから、杏利が使えるわけではない。
「でも、心想が使えなきゃゼドには……」
「勝てんじゃろうな。心想は基本的に心想でしか破れん」
心想を使っている者とそうでない者とでは、力の差が天と地ほどに離れている。使えない者が使える者に勝つ事は、ほぼ不可能だ。勝とうと思ったら、使われる前に倒すしかない。
「しかし、使える可能性もなくはないぞ。わしが知る限り、心想の才を持つ者は激情家じゃ」
「激情家……」
杏利はそれほど激情に燃えているわけではない。しかし、いざという時の感情の爆発力はある。その点は、ゼドも共通していると言えるだろう。そしてそれは、きっと和美にも共通していた事。
「焦るな。必ずしもゼドに勝つ必要はない。お前が勝つべき相手は、魔王イノーザただ一人なのじゃからな」
「……うん」
杏利はしぶしぶ納得した。確かに、エニマの言う通りだ。倒すべき相手は、ゼドではない。杏利がこの世界に呼ばれた理由は、イノーザを倒す為。イノーザを倒せるだけの力があれば、それで充分なのだ。
翌日、サグベニア号は町に着いた。
「みんな、本当にありがとう!」
「これがお礼の報酬だ!」
ビスケとゴローが、杏利達に報酬を払う。ギルドに申請していたクエストだが、報酬は二人が払うと言っていた為、こうなっている。報酬は、占めて四千ギナだ。
「ノアはゼドが潰しちゃったけど、良かった?」
「いいのいいの。危険があったら排除してくれて構わないってギルド本部も言ってたし」
「今回は国そのものが危険だったけど、あんな恐ろしい場所は壊して当然だよ」
確かに、世界征服を狙う国なら、破壊しても構わないだろう。というかあの場で壊滅させなかったら、誰にもあの国を滅ぼせなくなるところだった。
「……ゼド、大丈夫かしら?」
その最功労者であるゼドは、消息不明である。
「心配はなかろう。ああいう人間はしぶとい」
しかし、エニマの言う通りだと杏利は思った。
ゼドは自分の能力で死ぬような、間抜け極まる人間ではない。その証拠に、心想を発動しても何も問題なかった。本当に全てを斬る能力なら、発動した段階で地面も全て斬って、地上に落ちていたはずである。この事からも、斬るものを選べるか、選べるように鍛練したと推測出来る。あれでヘマをしないのなら、その後ヘマを打つ事もしない。
杏利とエニマは、ビスケとゴローに別れを告げて、次の町に行く事にする。といっても、行くあてなどないのだが。
「あれ、杏利?」
そんな時、懐かしい声が後ろからして、杏利は振り向いた。
「キリエ!」
そこには、旅の魔法使い、キリエがいた。どうやら、杏利達がノアで一悶着起こしている間に、この町にたどり着いていたらしい。
「久しぶりね」
「うん! ホントに……」
杏利はキリエに再会出来た事を喜ぶ。
「久しぶりじゃのうキリエ」
「えっ?」
今のエニマは人化している。人化出来るようになったのはキリエと別れた後なので、キリエはわからない。
「エニマよ。人間に変身出来るようになったの」
「えっ!? そうなの!?」
案の定、キリエは驚いている。その後、杏利は呟いた。
「……はぁ、知った顔に出会ったのに、この違いは何なのかしらね?」
「?」
ゼドと再会した時は緊張感があったが、キリエと再会した時は安心感がある。同じ知った顔でも、ずいぶんと違いがあった。
「私と別れた後、いろいろあったみたいね」
「まぁ、いろいろね……」
確かにいろいろあった。ありすぎた。
「でも、その分強くなったんじゃない?」
「まぁね」
「私もかなり強くなったわよ。上級魔法を一度に十五発くらいは唱えられるわ」
「そんなに?」
キリエの方も、いろいろあったようだ。
「ねぇ。今からまた発つの?」
「そのつもりよ。どこに行くかは決めてないけどね」
「だったら一緒に行かない? 私、里帰りするつもりなの。杏利に私の故郷の事、紹介したいし」
「いいわねそれ」
イノーザの居城はわからないままだったし、目的地もない。それなら、少しでも気の乗る旅がしたい。というわけで、杏利はキリエの旅に同行する事にした。
「せっかくだからさ、杏利がどんな大冒険してきたか、聞かせてよ」
「いいわよ。といっても、キリエが満足するかどうか、わからないけどね」
二人は楽しく談笑しながら、キリエの故郷に向かった。
イノーザの城。
「イノーザ様、お連れしました」
「ご苦労。下がっていいぞ」
「は」
イノーザの前に一人の男を連れてきた造魔兵は、一礼して下がっていった。
今日は珍しくヴィガルダ、ラトーナ、ウルベロの三人が揃っており、三人は男を訝しげに見ている。
「私を助けてくれた事には感謝しよう。だが、どのような目的があっての行動かな? 魔王とやらよ」
「私が手を出す理由など、興味があるから以外にない。そなたが持つという、魔科学技術とやらにな」
イノーザが話し掛けている相手は、ノアの王、アレクトラだった。
杏利達がノアで戦っている間、サグベニア号に張り付いていた造魔兵は、戦いを見守っていたのだ。そして、アレクトラの事を面白く思ったイノーザの命令で、崩落に巻き込まれる寸前にアレクトラを連れ、ここに逃げてきたのだ。
イノーザ達は、高度な物質転移システムを保有している。対象となる人物の目の前というのは無理だが、あらゆる場所に大多数の造魔兵を送り込める為、そのおかげでこの城の場所は特定されずにいるのだ。
また、その逆もまた然りで、味方を回収する事も出来る。この転移システムがある限り、どこにでも部隊を送り込めるし、どんな危険な状況からでも一瞬で撤退出来るのだ。
「……私の国は滅んだ。機材も技術も、全て消されてしまった」
「だが知識は頭の中に残っているのだろう? ここに置いてやる代わりに、お前の技術を貸せ。必要とあれば、我々の施設や技術も提供しよう」
「……了解した」
どのみち、もう帰る場所はない。ここに身を置く以外に、生き延びる道はないのだ。
「賢明な選択をしてくれて助かる。ヴィガルダ、彼を部屋にご案内しなさい」
「……かしこまりました」
ヴィガルダは、今回のイノーザの決定に納得していない。しかし、イノーザの決定は絶対だ。仕方なく、アレクトラを住む為の部屋に案内した。
「イノーザ様。本当によろしいんですの?」
「あいつ、この世界の人間でしょ? 外部と繋がってここを教えたりとか、逃げたりしませんか?」
納得出来ていないのは、ラトーナとウルベロも同じだった。外部の人間を招くという、城の場所を世界中に知られるかもしれない危険を侵したイノーザの決定は、さすがに疑問に残る。
「心配しなくても、そんな事はされないさ。何せ奴はもう私達と同じ、はみ出し者なんだからね」
彼女達は、はみ出し者である。ここ以外に居場所のない、無法者達なのだ。その無法者に、アレクトラは仲間入りした。だから心配はいらないと、イノーザは言った。
(冗談じゃねぇ。ここは俺の城になる場所だぞ? 何してくれやがる……)
(イノーザ様は、何があっても私がお守りしなきゃ!)
ウルベロとラトーナは、それぞれ別の事を考えていた。
(屈・辱!! なんという屈辱だ!!)
アレクトラは屈辱を感じていた。千年前、彼は魔科学兵器で数多の国を滅ぼし、生き残った者を路頭に迷わせてきた。そんな底辺の中の底辺と見下してきた連中と、自分は同じ存在になっている。屈辱を感じないはずがない。
(元はと言えばあの魔法剣士!! あのクソ餓鬼のせいだ!! まさか奴があのような力を持っていたとは……!!)
次にゼドを恨む。ゼドさえいなければ、こんな事にはならなかった。ゼドさえいなければ、今頃自分の国は世界を支配していたはずなのに。
(許さん……断じて許さん!! あれさえ完成すれば、貴様など……!!)
ヴィガルダに案内されながら、アレクトラはゼドへの報復を誓っていた。




