第三話 腕試し
前回までのあらすじ
魔王軍の進撃に怯えていた杏利だったが、戦う事を決意して見事魔王軍を撃破する。この世界を救う為、杏利は勇者として旅立つのだった。
ドナレス国から旅立った杏利とエニマ。
杏利の服装は、召喚された時の制服のままだ。なんだかんだで結構気に入っている服だし、制服は普通の服より頑丈だからだ。服に関しては、下着だけもらった。その下着は、腰から提げている小さなポーチの中に入っている。
ただのポーチではない。トラベルポーチという、旅行者用のポーチだ。見た目は小さなポーチだが、魔法が掛かっており、中は杏利の世界のトランクケースの三倍の容量がある。密閉も完璧だ。下着以外にも、資金やランプなどいろいろ入っている。
エニマは抜き身だと危ないので、刃を鞘に入れてある。槍全体がエニマの目であるそうなので、見えなくなる事はないそうだ。
準備万端の二人は今、国から少し離れた場所にあるという、洗礼の洞窟を目指していた。
『まずは、洗礼の洞窟に行くべきですね』
『洗礼の洞窟?』
今のままイノーザを倒しに行っても、恐らく勝てない。それに、イノーザがどこにいるのか、誰も知らないのだ。ただ、イノーザという存在が間違いなく存在するという事だけ、確定している。そこで杏利は、イノーザの居場所を探りながら、自身の腕をさらに磨く事にしたのだ。ヒルダ聞き出したのは、洗礼の洞窟というダンジョンである。
『この世界にはダンジョンと呼ばれる場所が存在します。洗礼の洞窟はその中でも比較的に難易度が低めで、腕試しにはうってつけですよ』
ダンジョンにはモンスターが住み着いており、場所によっては宝もある。なので、さらなる強さを求める流浪の冒険者や、まだ見ぬ秘宝を求めるトレジャーハンターなどが潜るのだ。
洗礼の洞窟は、その中でも駆け出しの戦士や、基本をおさらいしたい者に人気のダンジョンである。住み着いているモンスターも弱く、内部も複雑ではない為、あまり実力に自身のない者、腕試しがしたい者、初めてダンジョンに挑む者にとっては、まさしく洗礼となるのだ。
杏利はこの異世界、リベラルタルの洗礼を受ける為、洞窟に向かった。
「杏利。言い忘れておったがな、わしには倒した相手の力や特殊能力、魔法や技などを奪う機能が付いておる」
「え、何それ。チートじゃん」
杏利は驚いた。ただ力が強いだけの槍ではないと思っていたが、そんなチート性能が付いているとは思っていなかった。
「じゃあ魔王なんて楽勝でしょ! 七百年前に覚えた技とか、みんな使えるわけだし!」
「……申し訳ない話なんじゃがの、そういうわけにもいかないんじゃ」
「えっ?」
「わしが奪った能力はな、長い間全く使わないでいると威力が落ちて、最後には使えなくなってしまうんじゃ。何せ七百年も経っておるからの、全ての技が使えなくなっておるのじゃ」
「全てって……あのガンゴニールストライクは?」
「あれは最初から使えるよう設定されておった技じゃから、この先何百年経とうと使える。それ以外にも、加護の付与や能力の強奪など、初めからある能力は消えないんじゃ」
先代勇者が得たという技には興味があったので、残念だった。
「苦労を掛けさせて本当にすまんが、ゼロからのスタートじゃ」
「別にいいわ。技がないなら、また覚えればいいだけの話だもの」
「すまん。だが、技を得るだけが強くなる方法ではないぞ」
エニマには、まだ強くなる機能がある。戦えば戦うほどに、エニマと持ち主の適合率は上がっていくのだ。適合率が上がれば、加護の性能や使える技の威力も上がる。
「戦い続ければ、あたしとエニマの相性も、よりピッタリになるって事ね?」
「その通りじゃ」
杏利にとっての腕試しは、エニマにとっての腕試しにもなるのだ。
しばらく歩いていると、大きな洞窟が見えてきた。そのすぐそばには、看板が立て掛けてある。
「……何て書いてあるの?」
だが、見た事もない文字で書かれていた為、杏利は何と書いてあるのかわからなかった。恐らくこれは、この世界の文字だ。
「待っておれ」
エニマが言った瞬間、杏利の全身に力がみなぎってきた。この感覚、先日の魔王軍との戦いと同じだ。エニマは加護を与えたのである。
同時に、看板の文字が読めるようになった。加護を受けると、この世界の文字も読めるようになるらしい。
看板には、
『ここは洗礼の洞窟。大変危険な為、冒険者以外は近寄らないで下さい』
と書かれていた。
「ありがとうエニマ。どうやらここが、例の洗礼の洞窟ってやつみたいね」
他に洞窟も見当たらないし、近くには村がある。杏利はヒルダから、洗礼の洞窟の近くには村があると聞いていたので、ここで間違いないだろう。近くに拠点として使える村がある事も、この洞窟が人気である理由だ。
「それじゃあ早速入ってみましょ」
「うむ」
一度加護を解き、この世界初めてのダンジョンに挑もうとする杏利とエニマ。
その時、
「何だお前ら? そんな格好で洗礼の洞窟に挑むつもりか?」
後ろから声を掛けられて、杏利は振り向いていた。
そこにいたのは、頑丈そうな鎧を着て腰に剣を携えた男と、稽古着を着た軽装の男。帽子を被ってローブを羽織り、杖を持っている女と、服に十字が描かれており、同じく杖を持っている女の、四人がいた。
(うわ、マジ?)
杏利は我が目を疑った。戦士、格闘家、魔法使い、僧侶。典型的なRPGのパーティーである。まさか、実際に見る事になるとは思っていなかった。だが、ここはまさしくゲームが現実となったかのような世界である。こんな光景を見る事になったとしても、特段おかしくはない。
「悪い事は言わない。やめておいた方がいいぜ?」
「俺が見たところ、君は武術をたしなんでいるようだが、ここに挑めるほどの練度はなさそうだ。引き返してもう少し修行を積んだ方がいい」
戦士と格闘家は、杏利に洗礼の洞窟への挑戦を考え直すよう言う。
「っていうかそもそも、あなた本当に冒険者なの? なんか武器持っただけの町娘にしか見えないんだけど」
「そんな事を言ってはいけませんよ。この人もきっと、我々と同じように腕を上げる為にこられたのでしょうし」
魔法使いは値踏みするように杏利を見て、僧侶は魔法使いの失礼な物言いを諌めた。
「ま、いいや。今から俺達が入るから、入り口の真ん中に立ってられると邪魔なんだ。どきな」
広い入り口だからよけていけばいいものを、戦士はパーティーの先頭に立ち、片手で杏利を押し退けて、仲間と共に洞窟の中に入っていった。
「じゃあね」
魔法使いが手を振っているのが見えた。僧侶が申し訳なさそうにおじぎをし、パーティーは洞窟の中に消える。
「……何なのあいつら? 滅茶苦茶ムカつく」
「態度の悪い冒険者は、七百年後の未来にもいるもんじゃな」
杏利は苛立ち、エニマは呆れた。全く以て気分が悪い。
「まぁ何を言われようと気にするな。それより、早くわしらも入らんと」
「……あんな奴らが入った後で行くのは癪だけどね……」
気が滅入りそうになりながらも、杏利はエニマを担ぎ直し、洞窟に向かった。
と、中に踏み込もうとした時だった。
「「「「うわああああああああああああ!!!!」」」」
さっき入ったばかりのパーティーが、血相を変えて洞窟から出てきたのだ。驚いた杏利は、洞窟の脇によける。パーティーはそのまますごいスピードで逃げていき、見えなくなってしまった。
「ケケッ! ケケケッ!」
その後から、パーティーを追いかけるようにして、何かが出てきた。
杖だ。先端に人間の頭蓋骨が付いた杖が、跳びはねながら洞窟から出てきたのだ。杏利は洞窟の入り口の脇にいる為、杖は杏利の存在に気付いていない。
「え、何あれ!? 何で杖が跳ねてるの!?」
「あれはエビルスタッフじゃな」
「エビルスタッフ?」
エニマはあの杖の正体を知っているようで、杏利に教えた。
エビルスタッフとは、何らかの要因で捨てられた魔法使いの杖が、怨念を持って動き出したモンスターである。
「なんか可哀想なモンスターね……それにあんまり強くなさそう」
「見た目に惑わされるな」
この世界において魔法は、誰でも比較的簡単に使う事が出来る力だ。魔力を全く持たない人間でも、他者の魔力を長く浴び続ければ、魔力が身に付く。後は技術を学ぶのみ。
エビルスタッフは元々が魔法使いの杖である為、持ち主の魔法使いの魔力が残留している。それが意思を持ち、魔力を他者の力ではなく、己の力として身に付けたのだ。故に、強力な魔法を使いこなす。駆け出しの冒険者が勝てる相手ではない。恐らくどこからかこの洞窟に流れつき、そのまま住み着いたのだろう。
「ふーん。結構強いんだ……」
杏利は考えた。今エビルスタッフは、あのパーティーに追い付けないと判断したのか、その場に立ち止まってパーティーの後ろ姿を見送っている。杏利の存在に気付いた様子はない。今ならまだ逃げられる。しかし、エビルスタッフを倒せば、奴が使える魔法をエニマも使えるようになる。
「……決めた。あたし、あいつを倒すわ」
結局、杏利はエビルスタッフを倒す事にした。今後を考えて、魔法が使えるようになればいろいろ便利だろうと判断したのだ。
「大丈夫か? 分が悪い相手だと思うが」
「あたしは何でも出来る。強いモンスターを倒す事もね」
「では、わしの加護を与えよう」
エニマは止めたが杏利は聞かず、エニマを鞘から引き抜いて、エニマは自分の加護を杏利に与えた。同時にエビルスタッフがこちらを向き、杏利の存在に気付いた。
「先手必勝!」
鞘を投げ捨てて突撃する杏利。
「ケケッ! ケーッ!」
エビルスタッフは笑い声にも聞こえる奇妙な鳴き声を上げた。久々の獲物が嬉しいのだろう。次の瞬間、エビルスタッフが口から火の玉を吐き出す。杏利はそれをかわした。
「っと。今のが魔法?」
「火属性の初級魔法バニスじゃ」
やはり、今の火球は魔法だった。エビルスタッフは次々と火球を放ち、杏利はそれをよけていく。エニマの加護は物理攻撃への防御力だけでなく、魔法攻撃への防御力も上げてくれるが、それでも喰らわないに越した事はない。
「ケケッ!」
と、エビルスタッフは火球を放つのをやめて、代わりに今度は雷を撃ってきた。それも口から吐くのではなく、自分の手前の空間から二発同時にだ。
「あっぶ!」
それもどうにかかわす杏利。
「雷属性の初級魔法スパルクじゃ。本来は一発ずつ撃つ魔法じゃが、奴は複数発動出来るらしいの」
魔法は通常一発ずつしか撃てない。しかし技量の高い者なら、一度に二発や三発、同時に撃つ事も出来るのだ。
「ケケケケッ!」
「くっ!」
次にエビルスタッフが撃ってきたのは、氷の玉を相手に飛ばす氷属性の初級魔法、コフィルだ。しかも、三発同時発動である。その後も、エビルスタッフはどんどん魔法を使ってくる。杏利はそれらをかわし、かわせない分はエニマで弾く。
息をも吐かせぬ魔法の波状攻撃。杏利はエビルスタッフに近付けない。だがこの厄介な相手を攻略する方法は、二つある。
一つは、スタミナ切れならぬ魔力切れだ。これだけ魔法を使っていれば、いずれ魔力が尽きてエビルスタッフは魔法を使えなくなる。そこを狙って叩く持久戦だ。
二つ目は、ガンゴニールストライクの使用。いくらエビルスタッフが魔法を使えるとは言っても、ガンゴニールストライクのバリアを突破するのは、容易ではない。後の戦いが厳しくなるが、ガンゴニールストライクさえ使えば、今すぐ一発でカタが付く。
杏利が取った攻略法は、
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
エニマを目の前で高速で振り回して、魔法を全て弾きながら近付き、エビルスタッフを斬りつけるというものだった。
杏利が選んだのは、持久戦ではなく短期決戦。それも切り札のガンゴニールストライクは使わないで、ガードしながら押し潰すというごり押しだった。
「カ、カ……」
頭を横から真っ二つにされたエビルスタッフは、小さく呻くと、そのまま動かなくなった。立っていた杖部分も倒れたが、杏利は念のため、頭部分も杖部分も細かく斬って破壊しておく。というのも、本当に倒せたかどうかわからなかったからだ。倒したと思ったら死んだふりで、後ろから魔法を撃たれたりしたらたまらない。
「……ふぅ……魔法を使ってきたのには驚いたけど、そこまで大した相手じゃなかったわね」
少し待ってみたが、エビルスタッフは二度と動き出さず、撃破に成功したとわかって杏利は一息ついた。
「すごいのう。エビルスタッフはかなり強いモンスターなんじゃが」
「だって魔法使いたかったもん。で、どう? こいつが覚えてた魔法は、使えるようになった?」
それが目的である。これだけ苦労して倒したのに、肝心の魔法が使えるようになりませんでした、では話にならない。
「うむ。こやつ結構魔法を覚えておったぞ」
「ならよかった」
魔法の強奪には成功したらしい。さっき使った攻撃魔法以外にも、いろいろ覚えていたそうだ。
「パワーアップも済んだことだし、それじゃあ洗礼の洞窟に入りましょうか」
「うむ。そうじゃな」
とんだ道草をくってしまったが、これでようやく本来の目的を達成出来る。鞘を拾ってポーチに入れた杏利は、エニマを担いで洗礼の洞窟の中に入っていく。
そこには、三日前までの怯えきっていた彼女の姿など、微塵もなかった。