第三十八話 心想
前回までのあらすじ
杏利とエニマとゼドの、ノア攻略は続く。
アレクトラの命に従い突撃してくる兵士達を蹴散らしながら、杏利は地下への階段を発見し降りていく。
彼女がたどり着いた場所は、巨大な闘技場のような場所だった。
「ようこそ、目覚めたばかりの国を落とそうと無駄な努力をしている敵兵君。たどり着いたのは君だけか」
その中央に、アレクトラはいた。口調も変えて、徹底的に杏利を馬鹿にしている。
「アレクトラ!! 覚悟しなさい!!」
「まぁ待ちたまえ。せっかくここまでお前を導いてやったのだから、説明くらいはさせてくれよ。さて、ここは何だと思う?」
エニマを構えて今にも突撃してきそうな杏利に、片手を向けて待ったをかけたアレクトラは、芝居がかった口調で話しかける。
「知らないわよ!! どうせ闘技場か何かでしょうが!!」
話など聞かない。杏利はアレクトラに向かって突撃し、心臓目掛けて刺突を繰り出す。
「その通り。だがそれだけでは不正解だ」
「!?」
だがアレクトラは、杏利の刺突をあっさりとかわした。兵士でも見切れない、杏利の刺突をだ。一介の国王とは思えない、最小限の身のこなしだった。
「実は私は王であると同時に、魔科学の技術者でもあってね。ここは私専用のラボなのだ」
「……はっ!」
杏利は説明を聞きながらも、アレクトラを攻撃する。今度もかわされた。
「お前が倒してきたのは、あくまでも私の時代で一般的だった魔科学兵器。私秘蔵の魔科学兵器は、このラボに隠してある。来るべき決戦の為の備えだったのだが、まさかあんなものが用意されているとは……おかげで使う前に逃げ出す羽目になった」
ルカイザーの事を言っている。それだけアレクトラにとって、ルカイザーの力は衝撃的だったのだ。
「お前には千年前使えなかった、私の魔科学兵器を存分に味わってもらう。まず一つが……」
「やぁぁぁっ!!」
杏利はアレクトラにエニマを振り下ろす。しかし、アレクトラは柄を掴んでそれを止めた。衝撃で地面に亀裂が入るほどの一撃だというのに、アレクトラは微動だにしない。エニマを引き戻そうとするが、びくともしなかった。
「この私だ。肉体を魔科学で作った特殊細胞、アレクロンで構成されたものに作り替えている。私の実年齢は五十七だが、そうは見えないだろう? アレクロンのおかげで肉体年齢は若くその上身体能力も常人以上だ」
アレクトラは柄を掴んだまま杏利を引き寄せ、顔面を殴り飛ばした。
「あぐっ!!」
「次はこれだ」
エニマを杏利に向けて放り投げて返すと、アレクトラは自分の服を脱ぎ捨てる。
「!?」
アレクトラの服の下には、もう一枚別の服があった。その服を着ていた事がわからないくらい極薄で、しかも首から下をしっかりと覆っている、濃い紫の服だ。アミダくじのような白い線が無数に走っている。
「マジックパワードスーツ。魔力によって身体能力を強化、補助するスーツだ。偽装しやすいよう薄く作ってあるが、通気性も保温性も高く、あらゆる攻撃に強い。私の肉体と組み合わせれば……」
次の瞬間、アレクトラの姿が消えた。と思った時にはもう杏利の目の前に現れており、倒れている杏利を蹴り上げ、浮いた身体に跳躍して追い付き、踵落としを喰らわせて叩き落とした。
「この通りだ!」
最後に着地してから杏利の足を掴んで、闘技場の壁に投げつけた。杏利はものすごい速度で飛んでいき、壁にめり込む。
「がはっ!! ごはっ!!」
杏利は咳き込みながら、血を吐いた。
「素晴らしいだろう? 細胞もこのスーツも、誰にも渡していない。最高の発明は私自身の為に取っておいたんだ。しかし、これで終わりではない」
アレクトラはまだ動けない杏利の前で、悠々とゆっくり歩く。その先にあるのは、鉄格子で閉ざされている扉。同じような扉が、この闘技場にはいくつかある。アレクトラはその内の一つを、鉄格子の横にあるスイッチを押して開けた。
ここはある目的の為に作った闘技場で、扉の一つが通じているのは、アレクトラの研究室。またある一つは、
「グオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「紹介しよう。私が魔科学を使って作った生物兵器、ノアビーストだ!」
全身が赤い鱗で覆われている翼の生えたライオンのような怪物、ノアビーストを入れておく部屋になっている。
「驚くのはまだ早いぞ」
また歩いていくアレクトラ。次に彼が解放した鉄格子の中から出てきたのは、三メートルにも及ぶ巨体を持つ、右手に剣を、左手にランスを装備したロボットだった。
「こちらも、私が開発した人型起動魔科学兵器、ノアファイターだ。では、作品自慢はこのくらいにして、そろそろ始めよう」
アレクトラが指を鳴らすと、今まで大人しく待っていたノアビーストとノアファイターが、同時に襲い掛かってきた。
「リカレル……!!」
杏利は回復魔法を唱えて傷を癒すと、壁から脱出して二体の守護者に立ち向かう。
まず飛び掛かってきたのは、背中のバーニアを吹かせ、ホバー移動してくるノアファイター。槍には槍と言わんばかりに、ランスで刺突を繰り出してくる。杏利はそれをかわして、次に襲ってくる剣をエニマで破壊し、
「スキルアップ!!」
魔力で身体能力を強化してから、胴体に蹴りを叩き込む。頑丈な合金で出来ているはずの胴体は、まるで紙のように杏利の靴の形にひしゃげ、ノアファイターは吹き飛ぶ。
その脇を縫うようにして、ノアビーストが襲い掛かってくる。鋭い爪で二回攻撃を繰り出し、後ろへ大きく飛んでかわした杏利へと、口から猛烈な火炎を吐いて追撃する。
だが杏利はその場で高速回転。マジックマントで炎を振り払い、突撃。ノアビーストの顔面を突く。ノアビーストはエニマを歯で噛んで止めたが、アレクトラの件で学習している杏利は素早く手を離し、ノアビーストの顔面を殴った。ゴキゴキッ!! グチャァッ!! と、骨と顔の肉がミンチになる嫌な感触がしたが、こちらもエニマを離してノアファイターと同じく吹き飛ぶ。
「秘密兵器って言っても大した事ないわね。これで残ったのはあんただけよ」
エニマを拾う杏利。二体の脅威は排除した。あとは、全ての元凶であるアレクトラを叩くのみだ。先程は弱いと思って油断していたが、動きと力量は見切った。もう杏利には通用しない。
「これは驚いた。まさか私の最高傑作を、こうも容易く排除するとは。だが、少々慢心が過ぎるようだな」
「えっ?」
不敵に笑うアレクトラ。次の瞬間、エニマが杏利の身体を引っ張った。大きく引っ張られて、倒れる杏利。
また次の瞬間、ズシャッ、と奇妙な音が聞こえた。見ると、そこには先程吹き飛ばしたノアファイターがいて、今杏利がいた場所に剣を突き刺している。
「なっ!?」
ノアファイターの剣は、さっき破壊したはずだ。その剣が、元に戻っている。剣だけではなく、ひしゃげた装甲も綺麗さっぱり直っていた。
「ガァッ!!」
次に、ノアビーストが飛び掛かってくる。慌ててかわす杏利。こちらも、ぐちゃぐちゃに粉砕された顔面が治っていた。
(まさか……!!)
「バニスド!!」
様子見の為、杏利はノアファイターのランス目掛けて、バニスドを放った。火球が爆裂し、ランスが木っ端微塵に吹き飛ぶ。だが、砕け散ったランスは生き物のように蠢くと、元の形を取り戻した。
「自己再生!?」
「その通りだ。さぁて、この程度では不足らしいな? では、少し相手を増やそう」
いつの間にか別の壁に移動していたアレクトラは、壁を開ける。壁の中にはスイッチが隠してあり、そのスイッチを押した。すると、何かが開く音がして、先程解放された通路から、ノアビーストが二体。ノアファイターが二体出てきた。
「さて、楽しい余興と行こうではないか」
「ふざけんなこのクズ!!」
激怒した杏利はアレクトラに攻撃しようとするが、ノアファイターが立ち塞がってそれを阻む。
「杏利!! まずは雑魚を片付けろ!! 二度と再生出来ないよう、完全に消滅させるのじゃ!!」
「くっ……わかったわ!!」
まずノアビーストとノアファイターを全滅させてからでないと、邪魔でアレクトラを倒すどころではない。というわけで、先に雑魚を全滅させる事にした。
「ビルツジライガ!!」
あわよくばアレクトラも一緒に始末しようと、上級光魔法を使う杏利。
「ふっ……」
とてつもなく巨大な光。しかし、アレクトラはその驚異の身体能力で横に駆け出し、魔法の範囲から逃げ切ってしまう。
「ちっ! かわされたか!」
「じゃが、当初の目的達成には近付いた」
杏利は舌打ちするが、エニマの言う通りだった。アレクトラの盾になっていたノアファイター三体の内、一体を完全消滅させ、二体を大破させたのだ。二体は消滅まで至っていない為復帰してくるだろうが、これで戦力は一体削った。
「なかなかやるな。だが、まだあと五体残っているぞ」
アレクトラがそう指摘すると、ノアビースト三体が一斉に飛び掛かってくる。ノアファイターは再生中なので、すぐには復帰してこない。だから今のうちに、ノアビーストを全滅させなければならない。
「バニドライグ!!」
完全に消滅させるには、大威力の上級魔法をぶつけるしかない。杏利はバニドライグを放ち、ノアビーストを一体消滅させた。
そこへもう一体が飛び掛かり、杏利が後退する。と、いつの間にか背後に移動していた三体目のノアビーストが、杏利に襲い掛かった。
「黒龍咆哮!!」
だが突如として飛んできた闇属性の魔力の奔流に、ノアビーストは上半身を消し飛ばされる。
「ゼド!!」
遂にゼドが到着したのだ。が、それもつかの間、消し飛ばされたノアビーストの上半身が再生する。
「何?」
「こいつらは一撃で消滅させないと復活するの!! あたしはアレクトラをやるから、あんたは雑魚を片付けて!!」
杏利はゼドから了承を得る前に、アレクトラへと挑み掛かる。
「役者は揃った、といったところかな?」
「うっさい!!」
杏利は三回連続で突きを繰り出すが、避けられてしまう。
(っていうか、頭と心臓を同時に消し飛ばされたのに、何で復活出来んのよ!?)
アレクトラと戦いながら、杏利は疑問に思っていた。
上半身が消えたという事は、脳と心臓が同時に消滅したという事に他ならない。にも関わらず、ノアビーストは平然と復活した。常軌を逸した生命力である。片方ずつ消されたならまだしも、両方同時に消されても復活するなど、こんな生物が存在するはずがない。
しかし、ノアビーストは普通に誕生した生物ではなく、人工生物だ。いくら人工生物でもさすがにあり得ないとは思ったが、魔科学の産物である。通常の科学と魔科学の違いというものを、杏利は再認識した。
杏利とゼドが戦っていると、大破したノアファイターが完全回復し、復帰してきた。
「滅万象!!!」
ゼドはわざと自分を包囲させ、滅万象で五体の雑魚を一撃のもとに薙ぎ払う。
「フリエイズ!!!」
杏利がエニマをアレクトラに向けると、強烈な冷気が吹き付け、アレクトラを凍らせた。これも、氷属性の上級魔法だ。
「ビルツジライガ!!!」
凍らせて動きを封じてから、ビルツジライガでアレクトラを吹き飛ばす。
「ぐああああああっ!!!」
ノアファイターやノアビーストよりも頑丈なのか消滅させる事は出来なかったが、重傷を負わせる事は出来た。もう、立ち上がる事は出来ない。
「終わりね。あたし達の勝ちよ!」
取り巻きはおらず、アレクトラ本人も戦闘不能。どう見ても、杏利達の勝ちだ。
しかし、こんな状況に陥ったというのに、アレクトラはへらへらと笑っていた。
「いやはや、見事だ。並みの兵士なら傷一つ付けられない我々を、こうもあっさりと倒すとは……だがな、お前達は決して私には勝てん」
そう言うと、アレクトラは指を鳴らした。
その瞬間、アレクトラが完全回復した。破損したスーツも、元に戻っている。それだけでなく、消滅させたはずのノアビーストとノアファイターまで、何もない空間から突然復活した。
「ええっ!? 何よこれ!? どうなってるの!?」
「お前、私の最高傑作があれだけだと思っていたのか? もう一つ、真の最高傑作が存在するのだ」
「真の……最高傑作ですって……?」
アレクトラが魔科学で作り出した、真の最高傑作。それが何なのか、アレクトラは語った。
「超再生ナノマシン・イモータル。私とノアビースト、そしてノアファイターの体内に、極小の機械が埋め込んである。その機械は城の中にあるマザーコンピューターと直結していてな、機械が埋め込まれている相手が傷を負うと、マザーコンピューターが損傷前のデータを送信し、データを受信した機械が元通りに再生させる」
「でも、その機械ごと消滅させたはずよ!!」
「機械、イモータルをマザーコンピューターに登録しておけば、マザーコンピューターが消滅した場所を特定し、イモータルをその場に復元させる。だから、例え完全に消滅させようと復活出来るのさ。ああ、マザーコンピューターを破壊しようとしても無駄だぞ。イモータルを一つでも残しておけば、そのイモータルがマザーコンピューターを復元させる」
だからと言ってマザーコンピューターがどこにあるかを教えはしないが、とにかくアレクトラとここにいる雑魚六体は、何をしようと絶対に死なない。
「そんな……!!」
「さらに絶望的な事実を教えてやろう。マザーコンピューターとイモータルを全て同時に破壊されたら終わりだと教えたのに、イモータルを七つしか移植していないと思うかね?」
「えっ……?」
言われてみればその通りだ。そんな強力なナノマシンを、七つしか用意していないわけがない。
「兵士と国民全員に移植してある。さて、ここに兵士達が雪崩れ込んでこないのはなぜかな?」
アレクトラは王であり、技術者であると同時に、優れた魔法使いでもある。テレパシーだってお手のものだ。
(全員、突撃しろ!!)
アレクトラがそう合図を出すと、待機命令を受けていた兵士達が雪崩れ込んできた。この国の兵士と国民は、千年前の大戦で僅か八百人にまで減ってしまった。イモータルの開発も、空に逃げた後だ。
しかし、蘇った時に今度こそ確実に世界を支配出来るよう、アレクトラは準備をしていた。恐怖の国ノアは、今完全に復活を遂げたのだ。
「私は相手をじわじわとなぶり殺すのが好きなんだ。すぐには死なないよう、たっぷり抵抗してくれよ」
余裕を見せるアレクトラ。いくら杏利達が強くても、八百人もいる不死の兵士達に勝てるはずがない。そう確信している。
「……杏利。逃げるんじゃ」
こんな恐ろしい部隊はエニマも知らない。勝つ方法が思い付かない。せめて生き延びる為に彼女が考案したのは、逃げるという方法だった。
「でも、あたし達が逃げたら……!!」
「言う事を聞け!! 無理じゃ!! 逃げるしかない!!」
言い争う杏利とエニマ。
一方ゼドは、硬直していた。自分を包囲する不死の軍団が恐ろしいから、ではない。
『私は相手をじわじわとなぶり殺すのが好きなんだ』
アレクトラの言葉が、ゼドの頭の中で何度も反響していたからだ。
『俺はお前をすぐには殺さない』
その反響は、五年前の忌まわしい過去の記憶を呼び覚ます。
『ほらほらぁ!! もっと楽しませろよオイ!! じゃねぇとお前の大事な弟から先に殺っちまうぜぇ!!』
『うっ! ぐぅっ!』
あの男に苦しめられる姉の姿。
『ゼド……生きて……』
あの凶刃から自分を守ろうと抱きついてきた姉の姿。
そして、姉の首が目の前で落ちる光景……。
「……これがお前の切り札か。失望したぞ、アレクトラ」
ゼドは呟いた。その言葉には、怒りと憎悪が込められている。許せない。憎い。思い出したくもない記憶を、この男が呼び覚ました。
「もういい。まさかこれを使う事になるとは思わなかったが、この国の全てを消し去ってやる」
そして、憎悪が爆発した。
「我は憎悪の剣。我は復讐の刃」
ゼドの身体から、黒い炎のようなオーラが噴き出す。
「我は眼前に立ちはだかる者を許さぬ。我は愛しき者の命を奪いし者を憎む」
それは、魔力とも違う別種の力。とにかく憎悪そのものとしか、形容出来ない力だった。
「故に我は剣を取り、怨みを抱えて歩み行く。例えそれが地獄へ続く修羅の道であろうとも、我は決して歩みを止めぬ」
ゼドの口から紡がれるのは、己の憎悪。己から愛する者の命を奪った男と、その男へ向かおうとする己を阻む者への憎悪。
「我が望むは汝の首。魂の滅殺。汝が死したという証が欲しい」
憎悪、憎悪、憎悪。ただひたすらに憎悪。
「それを我に差し出す事が、汝が犯した罪を償う、唯一の術であると知れ」
それを吐き出すほどにオーラは強まり、
「心想、顕現」
ゼドは最後に告げる。
「安綱・怨讐剣鬼」
その瞬間、ゼドから溢れるオーラの一部が彼から離れ、巨大な何かを形作った。
鬼だ。鎧を纏って右手に刀を持つ、とてつもなく大きな、黒い鬼だ。黒いざんばら髪を振り乱し、頭からは二本の角が伸び、目だけが不自然なほど赤く光っている。
「ま、まさか、これは……!!」
その鬼を見て、エニマの声が震える。
「……怯むな!! 撃て!!」
アレクトラですらが、その鬼の威容に自分を見失っていた。しかし、すぐに攻撃命令を下す。魔導機関銃を撃つ兵士達が狙うのは鬼ではなく、ゼド。あの鬼が何なのかはわからないが、出しているのはゼドだ。ならば、ゼドを潰せば鬼も消えるはず。
しかし直後、その考えは甘かったと知る事になった。
ゼドのオーラはまだ残っている。放たれた魔力の弾丸は、そのオーラに触れた途端全て消えてしまった。驚いて射撃を続けるが、ゼドには一発も届かない。
やがて、三体のノアビーストが、鬼に飛び掛かった。意思があるのかどうか定かではないが、ノアビーストの存在に気付いた鬼は赤く輝く目を向けると、ゼドと同じ黒いオーラを纏った刀を振り抜いた。
真っ二つになるノアビースト。だが、それだけでは終わらない。ノアビーストの切り口に、オーラが残っている。オーラはまるで本物の炎のように燃え広がり、ノアビーストを包んだ。オーラに包まれたノアビーストの残骸は、突如として裂傷が入り、さらに細かく細かく切り刻まれていく。最後には、塵一つ残さず消えてしまった。
(あのオーラに触ると切り刻まれるの!?)
どういう仕組みかは知らないが、杏利はあれに絶対に触ってはいけないと理解した。
と、奇妙な事に気付く。アレクトラが焦っているのだ。
「なぜだ……なぜ復活しない!? もう制限はかけていないぞ!!」
そう。倒されたノアビーストが、復活しない。今までは杏利達を驚かせる為、復活機能に制限をかけていた。本当は一瞬で復活出来る。しかし、ノアビーストは復活しない。
「俺の心想、安綱・怨讐剣鬼はあらゆるものを斬る。魔法も、力も、概念もな」
ゼドは軽く説明した。エニマは確信する。
「やはり心想か……まさか奴が心想を使えるとは……」
「ねぇエニマ。あの鬼とオーラは何? 心想って何なの?」
「……心想は己の感情を爆発させ、それを力へと変える術技じゃ」
魔法とは違い、誰もが使えるわけではなく、才能を持つ者にしか使えない。また力の体系さえも魔法とは異なっており、魔力がなくとも使う事が出来る。魔力ではなく、心そのものの具現ともいうべき力だからだ。
あの安綱・怨讐剣鬼というらしい心想の発現に使った感情は、憎悪。ゼドは復讐の鬼であるが故に、ゼドの心もまた鬼の形となったのだ。
無論、それだけではない。心想は己の心を具現化させると同時に、具現化した心に応じた能力を術者に与える。ゼドの場合は、万象の切断。あらゆる全てを斬り裂く能力。復讐の相手であるウルベロを、復讐の邪魔をする者を斬る為の能力だ。それが、あの黒いオーラ。鬼とオーラは、まさしくゼドの全てを顕しているのである。
「斬っただと……まさか、イモータルとマザーコンピューターのリンクそのものを斬ったというのか!? そして二度と結合出来なくしたと!? あり得ない……こんな事はあり得ない……!!」
激しく狼狽えるアレクトラ。ゼドが斬ったのは、さっき上げたイモータルとマザーコンピューターのリンクもだが、再生機能そのものも、ノアビーストの肉体も斬った。
復讐の剣鬼の太刀は、一度捕らえた獲物を決して逃がさない。斬って、斬って、斬って、さらに細かく、執念深く斬り続ける。そうやって斬られ続けたものは、最後にはなくなる。だから今のゼドに斬られた相手は、復活出来ない。どんな武器も、能力も、通じない。関係なく全てを斬滅するのが、ゼドの心想、安綱・怨讐剣鬼である。
「認めるかこんな事ぉぉぉぉぉ!!! 全体突撃ぃぃぃぃぃぃ!!!」
錯乱したアレクトラは、兵士達全員に攻撃させる。だが、具現化するほどに高まったゼドの憎悪を、そんな事でなだめられるはずがない。
「……死ね!!」
オーラを纏って、ゼドは斬りかかる。鬼も刀を振るう。鬼はゼド自身が操る事が可能で、同時に攻撃が出来る。
大暴れする憎悪の塊。それを見て、杏利はただ棒立ちになっていた。
「杏利!! 杏利!!」
「っ!!」
エニマに呼び掛けられて、杏利は我に帰る。
「この場はゼドに任せておけば良い。お前は早く逃げるんじゃ! でないとお前も巻き添えを喰うぞ!」
「……そうした方が良さそうね」
状況が変わった。今なら逃げても大丈夫だ。杏利は階段を見つけて駆け出し、急いで地下から脱出した。
「皆殺しだ!!」
ゼドがそう叫ぶと、鬼がどんどん大きくなり始める。心想は感情が高まれば、威力を上げる事が出来る。ゼドの憎悪が高まれば、この鬼も大きく強くなっていくのだ。
天井を突き破る鬼。崩壊する天井。アレクトラは目を見開きながら、落ちてくる瓦礫に巻き込まれた。
どうにか城の外まで脱出した杏利とエニマ。すると、城を下から突き破って、地下から這い出してくる鬼が見えた。
「どうやら、ゼドは本当にこの国を消すつもりみたいね……!!」
しかし、ここは空の上だ。逃げ場がない。
その時だった。
「おーい!!」
声が聞こえる。その方向を振り向く杏利。
「サグベニア号!?」
そうだ。逃げるように言った冒険者達が、戻ってきたのだ。
「スキルアップ!!」
杏利はスキルアップを使ってから、サグベニア号に向かって走る。充分な加速を付けてから跳躍し、エニマの穂先を鎖に変えて伸ばす。伸びた鎖をサグベニア号の一部に巻き付け、高速で自分を引き寄せて甲板に着地した。
「おお!! よく無事で!!」
「あの魔法剣士は!?」
冒険者達から尋ねられて、杏利は振り返る。あるのは、城から這い出す鬼の姿だけだ。ゼドは見えない。
「行こうなどと考えるでないぞ杏利。近付けば、お前が斬られる」
エニマが人化し、杏利の腕を掴む。このままでは、ゼドが落ちてしまう。しかし、助けようと近付けば、斬られるだろう。
「……わかったわ。みんな、すぐノアから逃げて!」
諦めるしかなかった。その時、鬼が刀を振り上げ、振り下ろした。刀からはオーラが飛び、城から端までノアを斬りつける。斬りつけたところからオーラが浸食し、ノアを斬滅していく。
「早く!!」
このままでは本当に、全員まとめて斬り消されてしまう。仕方なく、冒険者達はビスケとゴローに言って、サグベニア号をノアから離れさせた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
どこかでゼドが咆哮する。
この日、伝説に名前を残す空飛ぶ国が、塵一つ残す事なく、消滅した。




