第三十五話 異質な男、ヴィガルダ
前回までのあらすじ
杏利がゼドとエニマとチュッチュした。なお、3Pにあらず。
「あんたが、ヴィガルダ……」
その名前には聞き覚えがある。以前ラカラという名前の超魔に捕獲されそうになった時、ヴィガルダの命令だと言っていた。ラトーナ、ウルベロと並ぶ、イノーザを守る最強の超魔の一人。
「あたしを捕まえるのが待ちきれなくなったから、自分から来たってわけ? 捕獲作戦なんて回りくどい真似しないで、最初からこうしなさいよね」
「全く以てその通りだな。無礼な行いをお許し願いたい」
ヴィガルダは素直に謝った。それに調子を狂わされそうになりながらも、杏利は尋ねる。
「それで、何しに来たの? やっぱりあたしを殺しに?」
「それもある。だがそれとは別に、俺は貴様を見極めに来たのだ」
「見極める? 何を?」
「貴様は知らずとも良い。俺だけが知っていればいい事だ」
意味がわからない。目的がわからない。突然現れたかと思えば、勝手にわけのわからない事を言い始めた。
「というかお前、どこから現れたんじゃ!? まさかここがお前達の城なのか!?」
エニマはヴィガルダがどこから来たのかという事に着眼している。
「俺に勝てたら教えてやろう」
しかし、教えるつもりはないらしい。それはそうだ。これ以上情報を開示しても、ヴィガルダにメリットがない。
「……ゼド。悪いけど、ここはあたしにやらせてもらうわよ。向こうはあたしに用があるみたいだから」
「好きにしろ。ウルベロ以外の相手に興味はない」
ゼドは刀から手を離す。もし現れた相手がウルベロだったら会話をする間もなく斬り掛かっていたが、そうでないなら無理に戦うつもりはない。
「行くわよエニマ!!」
「うむ!!」
エニマは槍化し、杏利の手に収まる。
「では始めよう」
ヴィガルダもまた、槍を構えた。
先に動いたのは、杏利だった。
「スキルアップ!!」
相手の力量がわからない。長引くのは危険と判断した杏利は、短期決戦を挑んだのだ。スキルアップでいきなり身体能力を高め、飛び掛かって斬り付ける。
対するヴィガルダは、無言でそれを受け止めた。
「!?」
加護を使い、身体能力も強化した一撃を、あっさり止められた事に衝撃を受ける杏利。ヴィガルダはそのままエニマを軽く弾き、杏利に向けて連続で凄まじい速さの刺突を繰り出す。あまりの速さに、杏利は反撃も出来ず回避に専念した。
「どうした!! よけるので手一杯か!? まだ俺は戦闘形態にもなっていないぞ!!」
やはりヴィガルダも他のロイヤルサーバンツと同じように、変身が出来るようだ。にも関わらず、ヴィガルダの戦闘力は変身後のラトーナやウルベロに匹敵するほど高い。
「あたしをあんまり舐めない事ね!!」
だが天才一之瀬杏利は、いつまでも守りに身を置きはしない。ヴィガルダの攻撃は確かに速いが、ゼドほど速くはないのだ。そして高い順応性を持つ杏利は、一定時間相手の速度を体感すれば、それに慣れる事が出来る。反応出来ないほどの速さで動かれると駄目だが、今回は反応出来る速さだ。
「見切った!!」
そう言いながら杏利は後ろに飛んで一度大きく距離を取り、反動を付けて再び突撃した。
「ふっ!」
杏利の顔面目掛けて刺突を放つヴィガルダ。しかし杏利はそれをエニマで弾いてヴィガルダに接近し、その顔面に拳を喰らわせた。
「ぐっ!」
今度はヴィガルダが後ろに下がる。それほどの威力の拳。
「……なかなかの成長速度だな。底知れない潜在能力も眠らせている。が、軽い。今の一撃は軽すぎる。お前の全てを出しきらんと、俺には勝てんぞ」
だが、さしたるダメージを受けていない。
「言ってなさいよ!!」
また突撃する。だがその瞬間、ヴィガルダの皮膚が黒く染まり、鎧が重厚な形状に変化した。戦闘形態に変身したのだ。
ヴィガルダはエニマの柄を狙って弾くと、その重そうな外見からは想像も出来ないような速度で移動し、杏利の顔面を殴り飛ばした。
「うあっ……!!」
吹き飛ぶ杏利。やり返された。戦闘形態になると、もちろんその力は劇的に向上する。そうなのだ。ヴィガルダは杏利に殴られたのではなく、殴らせてやったのだ。杏利の動きになど、戦闘形態にさえなればいくらでも捉えられる。それをあえて使わなかった。使えば結果は自明である。
「まだ戦闘形態になっただけだ。ラトーナやウルベロと同じ姿になっただけだぞ? あの二人の戦闘形態には善戦したそうじゃないか」
「大丈夫か杏利!?」
「……平気よ! リカイア!」
心配するエニマ。鼻の骨が折れた。が、杏利は左手の親指を押し当てて強引に骨を合わせ、鼻から血を吹き出して、回復魔法で治す。
ヴィガルダは本気ではない。今の拳は、軽いジャブのようなものだ。もし本気で殴っていたら、こんな程度では済んでいない。
「ほう、怯まんか。いいぞ」
「馬鹿にするな!!」
普通の女や並みの冒険者なら、死ぬか怯んで逃げ腰になる。しかし杏利は、踏み込んだ。恐怖など微塵もない。
彼女が考えている事は、ただ一つ。このいまいち目的の掴めない超魔を、打ち倒す事。何を考えているのかわからないが、どうせろくでもない事だ。どのみち敵である事に変わりはないのだから、倒せばいい。
「バニドライグ!!」
走りながら杏利は、バニドライグを唱える。ヴィガルダは槍でそれを斬り裂きながら踏み込み、杏利を斬りつけた。
「アタックガード!!」
すかさずエニマが、杏利の防御力を上昇させる。ヴィガルダの槍は弾かれ、杏利はヴィガルダの顔面を突く。胴体を斬る。胸元にドロップキックを放つ。
「さすがに素早いな」
杏利のスピードを評価するヴィガルダ。しかし、攻撃力は評価しない。当然だ。全くダメージが入っていないのだから。
「さて、貴様の守りを砕く為、デュランダルの力を解き放つとするか!」
「デュランダル……!?」
杏利はその名前にも聞き覚えがあった。デュランダルと言えば、伝説の剣である。しかし、この場にそれはない。一体何の事だろうと思っていると、
「ぬん!!」
ヴィガルダが槍の石突で、地面を突いた。
ここで、槍について説明しよう。一口に槍と言っても、いくつか種類がある。エニマは幅が広く、刃が両刃のパルチザンという槍だ。一方ヴィガルダの槍は、穂先が三つに別れている、トライデントという槍である。
ヴィガルダが石突で地面を突いた瞬間、穂先の両側の刃が、生き物のように左右に広がったのだ。さらに真ん中の刃が真上に長く伸び、両側の刃に収まるように大きく広がった。
変化したヴィガルダの槍は、もう槍と呼べる形状ではなかった。剣だ。槍のように長い柄を持つ、大剣だ。ヴィガルダの槍は槍ではなく、剣だったのだ。
「それ剣だったの!?」
「槍と剣、どちらにもなる複合武器だ。そしてこうなってしまえば、もう攻撃力が制限出来ん」
ヴィガルダは己の武器、デュランダルを振り上げ、杏利目掛けて振り下ろした。それを右に飛んで避ける杏利。大振りだし、この手の武器は左右が死角だ。
杏利の選択は間違っていない。相手が普通の人間だったなら。
「ああっ!!」
振り下ろした瞬間に爆発が起き、杏利は吹き飛ばされた。
「ふははは!! 俺はただデュランダルを振り下ろしただけだぞ!! やはり軽いなお前は!!」
そう。ヴィガルダはただ、デュランダルを振り下ろしただけである。しかし、ヴィガルダの剛力とデュランダルの大きさ、重量が合わされば、強力な衝撃波を起こす事が出来る。例え斬撃を避けられようと、衝撃波が相手を襲うのだ。
(冗談じゃないわ!! あんな一撃まともに喰らったら、アタックガードを使ってても真っ二つにされる!!)
パープルガーディアンを上回る攻撃力。あの時は骨折程度で済んだが、今回は縦だろうが横だろうが喰らえば真っ二つだ。
「我らの相手になる以上、これくらいは凌げなければな。さぁまだまだ行くぞ!!」
ヴィガルダはさらに激しく、攻撃を打ち込み始めた。
揺れる。大きな音が聞こえる。
揺れる。揺れる。揺れる。断続的な揺れは、いつまで経っても治まる気配を見せない。
『周囲で生命反応。及び、戦闘反応を確認。条件が満たされた為、コールドスリープを解除します』
感情の込もっていない、無機質な女性の声が響き、部屋に電灯が灯ると、城の一番奥に寝かされていた金属の入れ物から、蒸気が抜けるような音が聞こえた。
続いて蓋が開き、中から青年が姿を現す。
「……どうやら、止まっていた我らの時が、再び動き始めたようだな」
青年は呟くと、近くにあった機械を操作し、告げた。
「全員さっさと目を覚ませ。今より我らの王国は復活する」
戦いは続いていた。ヴィガルダの攻撃力は凄まじく、近寄れない。不用意に飛び込めばデュランダルに斬られ、もしくは衝撃波で吹き飛ばされる。その攻撃力の高さが、杏利の反撃の決断を遅らせていた。
「どうした一之瀬杏利!! 貴様の力はその程度か!!」
「うっせぇんだよこの老害が!! 今すぐぶっ飛ばしてやるから楽しみにしてろ!!」
ヴィガルダの挑発に啖呵を切る杏利。
(とはいえ、どうしたもんかしらね……!!)
杏利以上のリーチの長さ。下手には飛び込めない。かといって魔法を使っても、ヴィガルダは余裕で切り裂いてくる。やはり、強引にでも近付いて斬るしかない。
(一か八か!!)
杏利は一つの可能性に賭けて、ヴィガルダへと突撃した。
「正面突破などさせん!!」
デュランダルを振りかぶるヴィガルダ。
(早く!!)
駆け抜ける杏利。彼女は今、ある瞬間を狙っていた。だが彼女の作戦を成功させるには、ヴィガルダがデュランダルを振り下ろすより早く、刃の内側へ飛び込まなければならない。
(行け!!)
そして彼女は間に合い、デュランダルの刃の内側へと飛び込んだ。
瞬間、背後から猛烈な衝撃波が吹き付け、杏利を襲う。杏利はその衝撃波を利用し、跳躍した。
「何!?」
驚くヴィガルダ。これだ。この瞬間を待っていた。自身の全速力で駆け抜け、ヴィガルダの衝撃波を使ってさらに加速を得る。これなら、ヴィガルダにも有効打を与えられるはずだ。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
杏利は空中から、ヴィガルダに刺突を繰り出す。狙うはやはり、鎧に守られていない顔面だ。
しかし、エニマは刺さらなかった。強烈な音を響かせて、弾かれた。バランスを崩した杏利は、それでもなんとか着地する。
「残念だったな。これが俺の、超魔としての能力。ストレングスだ。パワーと耐久力を、劇的に向上させる!」
ヴィガルダの能力、ストレングス。攻撃力と防御力を上昇させる能力だ。巨大で長大な武器であるデュランダルも、この能力のおかげで振り回せるのである。
「守りは完璧ってわけ? 保身に走る老害らしい能力ね!」
ヴィガルダを挑発しながら、杏利はガンゴニールストライクの発動体勢に入る。あの鉄壁の防御を破るには、もうこれを使うしかない。
「本当にそうだと思っているのか?」
と、ヴィガルダは突然杏利に尋ねた。
「えっ……?」
不思議な力が宿ったその言霊に、杏利は思わずガンゴニールストライクの発動をやめてしまう。
「俺が己の身を守る為だけに、この能力を身に付けたのだと、本気で思っているのか?」
なおもヴィガルダは、杏利に問い続ける。
「この力は、イノーザ様をお守りする為だけにある。一之瀬杏利。お前に、守るべきものはあるか?」
「……」
杏利は黙ってしまった。いつの間にか、戦意そのものが消え失せてしまっている。
わからないのだ。この男が自分に何を伝えようとしているのか、本当にわからない。ただ一つだけわかるのは、この男は今まで戦った超魔と、明らかに違うという事。ラトーナやウルベロとも違う。心の中に決して揺るがない、強い何かを据え置いている。
きっとそれは、イノーザへの忠誠心。だが、ただ忠誠を誓っているというわけでもなさそうだ。何かよくわからないが、ある。そしてヴィガルダは、それを杏利に伝えようとしている。
「……この世界よ」
とりあえず、先程の質問には答えておいた。
「本当にそうか?」
「当たり前でしょ? あたしは、その為に異世界から呼ばれたんだから」
「異世界……」
杏利が異世界の事を口にした時、ヴィガルダが目を細めた。
「……こことは違う世界から来た者が、なぜ命を懸ける? お前には関係のない事のはずだ」
「それは……」
確かに関係ない。彼女の先祖は先代勇者として召喚されたが、彼女は先祖ではない。
「一之瀬杏利。お前は、何の為に戦う? お前に、命を懸ける覚悟はあるのか?」
さらに問いかけるヴィガルダ。杏利は答えられない。ヴィガルダは真剣だ。真剣に問いかけ、真剣に答えを聞こうとしている。
「答えられんか? なら貴様は、ここで死ね!!」
答えない杏利を見て、ヴィガルダは杏利に斬りかかった。ヴィガルダとしては、命の危機を与える事で答えを言わせようとしたのだが、
「そこまでにしておいた方がいいぞ」
ゼドが割り込み、その流れを切った。刀でヴィガルダの斬撃を、容易く受け止める。
「何の用だ。俺は今、一之瀬杏利と話している」
「迷惑なんだよ。さっきからお前が飛ばしてくる衝撃波が」
実はヴィガルダが飛ばす衝撃波は、狙いすましたかのように全てゼドに向かって飛んできており、その度にゼドは刀で斬っていたのだ。一旦止まったので安心していたが、また始まりそうになったから止めに来たのである。
「話をするならお前達だけでやれ。俺を巻き込むな」
その言葉を聞いて、ヴィガルダはデュランダルを槍形態に戻して治まる。
「答えはまた後日聞く事にしよう。騒ぎに気付いた冒険者達が集まり始めているのでな」
あれだけ暴れ回れば、気付かれもするだろう。ヴィガルダは杏利と話をする為だけに来たので、邪魔が入らない内に去る事にした。
「その時までに答えられるようにしておけ。今の貴様ではイノーザ様どころか、俺の敵にさえなれん」
ヴィガルダはどこかへ姿を消した。
「何なのあいつ……?」
これまでと全く異なる相手に、杏利は調子を狂わされっぱなしだ。
「おーい!! 大丈夫かー!?」
そこへ、戦いに気付いた冒険者達が集まってくる。杏利は冒険者達に、何があったのかを話した。
「なんて事だ……」
「ここに魔王軍の超魔が来ていたなんて……」
「おい。ここヤバくないか?」
口々に不安を言う冒険者達。ヴィガルダの身振りや口振りからしても、ここがイノーザの城ではないという事は確かだ。しかし、超魔との戦闘があった場所に、長居していたくないのも事実。
「戻りましょうか」
まだ一時間経っていないが、杏利達はサグベニア号に戻る事にした。
その時、
「動くな!!」
突然鋭い声が掛かった。見ると、杏利達を見た事のない兵士が、銃を突き付けながら包囲している。
やがて、兵士達のリーダーと思われる男が言った。
「我々の王、アレクトラ様がお呼びだ。来てもらうぞ!」




