第三十四話 空飛ぶ国、発見
前回までのあらすじ
エニマキャノン。
戦いは終わって、再び空の旅が始まった。ビスケとゴローはレーダーを全開にし、僅かな変化も見逃さないよう常にノアを捜索している。
しかしいくら探してもノアは見付からず、日が暮れた。杏利達は使用人が持ってきた食事を摂り、眠りにつく。
深夜を過ぎても、ノアの発見は出来なかった。ふと目を覚ました杏利は、ベッドを降りてマジックマントを羽織り、部屋のドアに手をかける。
「……杏利?」
「あら、起きたの?」
エニマが起きた。起こさないよう気を付けていたつもりだが、ドアノブが立てた小さな音に、エニマが反応した。眠りが浅い。
「どこに行くんじゃ?」
「甲板。外の空気を吸いたい気分になったの」
「……わしも行く」
「いいの? たぶんつまらないわよ?」
「行く」
「……はいはい」
どうやらエニマは、昼間のアレをまた根にもっているらしい。お灸を据える為とはいえ、杏利も少しやりすぎたと反省している。だから、出来る限りエニマのわがままは聞いてやる事にしたのだ。エロい事以外で。
杏利はエニマの手を引き、甲板に向かった。
甲板に出た杏利は手すりに手をかけ、外を見る。
「素敵ね……」
杏利は呟いた。雲海の上を進む船。空には星が瞬き、煌々と月が輝いている、幻想的な世界。マジックマントのおかげで余計な冷気は遮られ、杏利はこの光景を見る事に専念出来ている。
「で、あんたは何をしてんの?」
エニマが後ろから杏利のミニスカートの中に、頭を突っ込んでいるという変態行為をしているが。
「杏利のパンツを堪能しておる」
「今すぐその沸いた頭抜かねぇと蹴り飛ばすぞクズ」
汚い。杏利の口が汚い。まぁ仕方ない。杏利は興奮すると口が悪くなるし、変態行為以外は何でも言う事を聞こうと思ったのに、エニマは変態行為をしてくるのだ。
と、いきなりエニマが勢い良く鼻呼吸を始めた。匂いを嗅いでいる。
「ふざけんなてめぇ!!」
「フローラルッ!!!」
とうとう杏利はエニマを蹴り飛ばした。甲板の上をゴロゴロと転がり、反対側の壁にぶつかって止まった。
「下手に出てりゃ付け上がりやがってこのガラクタがぁっ!!」
「が、ガラクタとは何じゃガラクタとは!! いくらお前でもそれは聞き捨てならんぞ!! ただわしはお前ともっと親密な関係になりたくて」
「それにしたってもっとやり方があるだろうがやり方が!! この変質者!!」
「よいではないか変質者でも!! それだけわしはお前が好きなんじゃ!!」
「気持ち悪いんだよてめぇは!!」
そのまま痴話喧嘩を始める二人。
すると、
「うるさいぞ。もうすぐ夜明けとはいえ、夜は静かに過ごすものだ」
「おわっ!? ゼド!?」
ちょうどエニマの隣にいて外を見ていたゼドが、背中を向けたまま二人を注意してきた。
「お前いつからいたんじゃ!?」
「二十分ほど前からだ」
どうもゼドは、杏利達が上がってくる前から、ここにいたようだ。全く気付けなかった。恐ろしく存在感のない男だ。もしくは、意図的に気付かせないようにする技術でも身に付けているのかもしれないが。
「あんたも外の空気を吸いにきてたの?」
「……ああ」
それを聞いた杏利は、うわ……あたしこいつと同じ事考えてたの? とでも言いたいような、すごく嫌そうな顔をした。
「お前と同じ事を考えていたとはな。自分に腹が立つ」
しかもそれはゼドも同じだったようで、背中を向けたままだが、嫌だと思っている感覚がひしひしと伝わってきた。
「……あたしだって同じ気持ちよ。あんたみたいなネクラと、同じ目的持って行動してるってだけでも嫌なのに……」
杏利はちゃんと話が出来るよう、ゼドの隣に移る。嫌な男だが、変態槍と話をするよりは気が紛れるのだ。
「同じではない。お前は魔王を。俺はウルベロを追っている」
「そのウルベロは、魔王の配下じゃない。だから、戦っていけばいつかどっちにもたどり着くでしょ?」
「魔王などどうでもいい。先に魔王に出くわしても、俺は無視する。だから魔王はお前が倒せ」
「魔王は無視するって……あんたこの世界がどうなってもいいの?」
「世界がどうなろうと知らん」
「……それが仮にも自分が生まれた世界に向かって言う言葉?」
「俺は姉さんの仇を討つ事だけ考えている。その後はどうなっても構わん。だが奴だけは……ウルベロだけは俺が殺す。邪魔はするな。もしお前がウルベロを殺せば、代わりにお前を殺すぞ」
ゼドの怒りと憎悪は、杏利が思っているよりずっと強い。それほどまでに、ゼドは己の姉を慕っていたのだ。
「邪魔なんてしないわ。だってウルベロとの戦いは、あんた自身のけじめだもん。それを邪魔するほど、あたしは不粋な女じゃないわ」
「どうだかな」
杏利はゼドの復讐を邪魔するつもなどない。しかし、ゼドはそれを信じていなかった。
「……む。夜明けじゃ」
険悪な二人のムードを変える為、エニマは話題を切り替えた。サグベニア号の船首。ちょうどこの船の向かう先から、朝日が昇ってきている。日の出だ。
「ホント……」
杏利は日の出を見、ゼドもまたそれを見た。
「綺麗……」
夜明けを見るのは初めてではない。しかし、こんな空高い場所から見るのは初めてだった。
地上から見るのとは違う日の出の美しさに、杏利は見入っている。
「……?」
と、同じく日の出を見ていたゼドは、何かに気付いた。
「どうしたの?」
「……何かある」
「えっ?」
「どれどれ?」
杏利とエニマも、よく目を凝らして見る。
すると確かに、朝焼けの陽光の中に何かが見えた。
城だ。巨大な城がある。
「あれ、城だわ!」
「城の周りには、町もあるぞ!」
国だ。国があるのだ。しかし、ここは雲の上である。なぜこんな場所に国があるのか、その答えはすぐにわかった。
「……浮いてるんだ……」
そう。その国は雲の上に、少しだけ浮いていたのだ。
リベラルタルでも、空に浮く国など一つしかない。
「どうやら着いたらしいな」
ゼドは言った。そう、着いたのだ。とうとう、たどり着いたのだ。
空中国家と呼ばれる太古の国、ノアに。
それを見ていたのは、三人だけではなかった。
サグベニア号の船底に一体、造魔兵が張り付き、ノアを見ている。
造魔兵が見ている光景は映像となり、イノーザとヴィガルダに転送されていた。
「連中はあれを探していたのか」
ヴィガルダはなぜ杏利達が飛行船に乗っていたのか、その意図を知る。イノーザは疑問に思った。
「おかしいな。この世界の空には全域に予めスキャンをかけたはずだが、あのようなものは見つけられなかったぞ?」
「恐らく、高度なステルスシステムを搭載していたのでしょう。それが最近になって何らかの原因で故障したものと思われます」
あの国の人間がこの世界の現状を知らないはずがないので、ステルス迷彩を解く理由がない。故障して直せないでいると考えるのが普通だ。
「いかが致しますか? 部隊を派遣しますか?」
ヴィガルダはイノーザの指示を仰ぐ。それに対し、イノーザは決断を下した。
「いや、もう少し様子を見よう。それよりお前、一之瀬杏利に会いたいんだろう? 国に着くのを見計らって、会ってきたらどうだ?」
「よろしいのですか?」
「ああ。ただし、あの国は壊すなよ? 我々の技術すら欺いた国だ。あっさり落とすにはもったいない」
「かしこまりました」
イノーザから許可をもらったヴィガルダは、玉座の間から出ていった。
さらに少し飛び、サグベニア号はノアの国土の一部、城の近くに着陸した。
「ゴロー……!!」
「ビスケ……!!」
「「あはあはあああああああん!!!」」
遂に夢見た場所にたどり着き、ビスケとゴローは抱き合い、泣いて喜んだ。
「ここがノアなのか!」
「すげぇ……!」
「本当にあるなんて!」
他の冒険者達も感激している。ビスケとゴローほどではないが、伝説の空中国家に来たのだから、いろいろと思うところがあるのだろう。
「……で、これからどうしたらいい?」
そんな中、ゼドは冷静に今後の予定についてビスケとゴローに尋ねた。
「えっ!? えーっと……」
「……どうしよう。ノアに行く事だけ考えてて、その後何するか全然考えてなかった」
二人ともノアを発見して上陸する事だけ考えていた為か、これからどうするかを今考えている。
「えーっとまずギルドに連絡して、それからえーっとえーっと……」
「と、とりあえず、あとの事は全部俺達に任せて、みんなは好きに探索してくれ! 集合時間は一時間後にしておこう! それまで自由時間!」
どうやら何をしてもいいらしい。というわけで、冒険者達は散開した。
杏利、エニマ、ゼドの三人は、一緒に行動している。
「……何でお前がこっちに来るんじゃ?」
「お前達が俺の前を歩いているだけだ」
ゼドが一緒に来ている事を、エニマはかなり不満に思っている。杏利と二人だけで楽しみたかったのに、ゼドがいるのが嫌らしい。
で、当の杏利は、
「すごいすごい! あははははは!」
ものすごくはしゃいでいた。ジャンプしたりくるくる回ったり、まるで子供のようだ。こういう現実離れした場所にくると、ファンタジーの世界に迷い込んだという感じがして、楽しいのだ。
まるでどこぞの乙女のようにはしゃぎ続ける杏利。
と、突然杏利の足元が崩れた。
「えっ!?」
千年もの長い時間を経て、地面にもかなりガタが来ていたのだろう。とはいえ、このままでは杏利が落ちてしまう。
「杏利!!」
驚いたエニマが、髪を鎖に変えて伸ばす。杏利はそれを掴み、エニマは確認して髪を強く引っ張った。
「うわわわっ!!」
しかしエニマが杏利を助けるのにあまりに必死だった為、引っ張る力が強すぎた。地面には戻ってこれたが、勢いがありすぎてエニマの後ろに。
「わ、わ、あっ! むっ!?」
バランスを崩した杏利は掴めるものを求めて、手を伸ばしながらけんけんを繰り返し、よけようとしていたゼドの両肩を掴んだ。それがまた、よける寸前という一番力が入らないタイミングでゼドを掴んでしまい、杏利とゼドは倒れ込んだ。
それだけならよかった。それだけなら。
ゼドの身長は杏利より少し高い。しかし掴んだ時、ちょうど杏利は飛び上がっており、杏利の頭はゼドの顔の真正面。
そして転んだ弾みで、二人の唇が重なっていた。
「……」
無言の杏利。
「……」
ゼドも無言。
「……」
エニマも無言だが、硬直している二人とは違い、顔を真っ赤にして口をパクパクと動かしている。
「……!!」
先に動いたのは、杏利だった。右手で素早く起き上がってゼドから離れ、口を左手で拭う。
「あーーーーっ!!!」
次に動いたのは、エニマだった。右手で杏利とゼドを指差し、驚愕の表情で叫んでいる。
「……」
二人が動いても、ゼドは動かなかった。放心状態。何が起こったのかわからないという顔をしている。
次の瞬間、エニマは鎖を杏利に巻き付けて引き寄せ、飛び上がって杏利を押し倒した。
「な、何するのよ!?」
「口直しじゃ」
そのまま、エニマは杏利にキスをする。食らついて噛み千切らんばかりの勢いで杏利の唇に自分の唇を押し付け、吸う。
「~~~!?!?!?!?」
声にならない声を上げて暴れる杏利。しかしエニマは離さず、唇に舌を入れて杏利の口の中を蹂躙する。弁明させてもらうが、杏利とゼドはここまで激しいキスをしていない。口が当たっただけだ。
女子高生が幼女に襲われ、犯されている。なんというおねロリ。その隣にいるのは、放心状態の魔法剣士。カオスである。
「あー、お邪魔だったかな?」
そこに、さらにカオスな来客が現れた。槍を持った、初老の男だ。しかし、頬に刺青がある。
「超魔か!?」
エニマの言葉に、杏利もゼドも自分を取り戻す。エニマは鎖をほどいて、杏利は立ち上がり、ゼドも起き上がって刀に手をかける。
「お楽しみの最中に失礼する」
超魔の男は、別にお楽しみでも何でもなかった杏利達に詫びを入れて名乗る。
「我が名はヴィガルダ。イノーザ様を御守りする者、ロイヤルサーバンツの一人。本日は一之瀬杏利殿に諸用があって参った」




