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レジェンドガール  作者: 井村六郎
第三章 猛襲、ロイヤルサーバンツ!
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第二十九話 着物姿のお嬢様

前回までのあらすじ


ゼドと再戦した。それで負けた。終わり。

 アーツゥイン砂漠を抜けた杏利とエニマは、そのままオアッシーの反対にある町、サッバァンナーで休息を取り、

「だから何なのそのギャグみたいな名前……」

 ……翌日出発した。

 さて砂漠を越えたはいいものの、次はどう進めばいいかわかっていない。もちろん情報は集めたが、魔王の情報も、強いモンスターの情報も、手に入らなかった。

 とりあえず、隣のマテリスという町を目指してみる。そして着いた。

「普通の町ね」

 そう。普通の町だ。だが、油断はしない。先日、コーサリムで起きた事件を忘れていないからだ。

 教会の神父が魔王と結託し、戦力増強に協力していた。魔王の力に魅せられ、自分が生まれ育った世界を、裏切った者がいたのだ。宗教と関係なくても、そういう人間がいる可能性は高い。

「まず、情報収集ね」

 杏利は人化したエニマと、町を歩く。



 その後ろ姿を、怪しげな影が見ていた。そして影は、懐からあるものを取り出す。

 それは、トランシーバーだった。

「緊急連絡。槍の女勇者を発見しました」

「確認したのか?」

「ラトーナ様から送られてきた記憶データと、外見が九十八パーセント一致します。間違いはないかと。いかがなさいますか?」

 影、この町の住人の姿をした造魔兵はどこかに連絡を取り、指示を仰ぐ。

「そのまま監視しろ。我々の存在に気付きそうになった場合、速やかに退避するか応戦するように。いいな?」

「了解。これより追跡モードに入ります」

 造魔兵は、杏利の追跡を始めた。



「聞いての通りです。イノーザ様の予測通り、槍の女勇者、一之瀬杏利がこの町に現れました」

 町長の家。先程の通信の内容を、超魔が話す。

「では、我々が一之瀬杏利を捕らえれば、よろしいのですね?」

「はい。最悪の場合は、殺害しても構いません」

「かしこまりました。一之瀬杏利の捕獲が成った暁には……」

「もちろん、あなたに我らの軍の指揮権を与えます。それだけでなく、イノーザ様からもそれなりに、地位が与えられる事でしょう」

「おお!」

「ですが、計画は慎重に。我々の動きをこそこそと嗅ぎ回っている、鬱陶しいネズミがいるようですから」

「ご心配には及びません。あなた方から賜った優秀な武器の数々……私はその力を信用していますから」

「それはそれは……ですが、油断なきよう」

 怪しげな企みをする二人。


 その二人の話を、天井裏で聞いている者がいる事に、誰も気付いていなかった。



(……ねぇ、気付いてる?)

 杏利はテレパシーで、エニマに尋ねた。

(うむ。尾けられておるな……)

 誰かが自分達を尾行している。杏利もエニマも、その事に気付いていた。

(誰だと思う?)

(十中八九、魔王軍じゃろうな。造魔兵特有の、無機質な殺気を感じる)

 造魔兵は超魔と違って、感情がない。命令された事のみを、精密機械のように実行する。与えられた指令を、何がなんでも成功させようとする。しかし生物としての、最低限の意思はある。その為無機質な、独特の殺気を放つ。度重なる交戦によって、杏利もエニマもそれを掴んでいた。

(何で仕掛けてこないのかしら?)

(わからん。とりあえず、今わしらと事を構えるつもりはなさそうじゃが……)

 今は、だ。相手が造魔兵であるとわかっているなら、始末しておくに越した事はない。

(やるか?)

(うん)

 まず造魔兵を人気のない場所に誘い込み、一気に仕留める。

 その策を実行しようとした時、

「きゃっ!」

 物陰から飛び出してきた女性に、杏利はぶつかって転んでしまった。

「杏利!」

「いたた……すいません、大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。こちらこそすいません」

 杏利は女性の手を借りて起き上がる。その際に確認してみたが、殺気が一気に遠ざかった。今がチャンスのはずだが、どうやら騒ぎを起こすとまずいらしい。

(どういう事……?)

 なぜ造魔兵が退いたのか、理由を考える杏利。

「あの……やっぱりどこか痛みますか?」

 すると、先程ぶつかった女性が心配そうに尋ねてきた。

「えっ? いえ、何でもありません」

 造魔兵の事を話すわけにもいかず、杏利はなかった事にした。

「その服装……」

 と、杏利は気付く。女性の服装が、杏利の世界でいう、着物によく似ている。

「あ、これですか?私、ヒノト国から来たんです」

(お前がいた世界の、日本に近い文明を持つ国じゃ)

 ヒノトという国がよくわからないでいた杏利の為、エニマがテレパシーで詳細を教えた。

 この女性の出身国、ヒノトは日本の江戸時代のような国だ。だから、服装も着物である。

「そうだったんですか」

 杏利が納得していると、

「サキ様! サキお嬢様!」

「大丈夫ですか!? まったく、いつもいつもお一人で行かれるから……」

 向こうの方から、細身の男性が二人、女性の事をサキと呼びながら駆けつけてきた。

「私は大丈夫です。ああ、申し遅れました。私はサキ。こちらは私の連れの者で、シンガとリュウマです。あなたは?」

「一之瀬杏利です」

「エニマ・ガンゴニールじゃ」

「まぁ。では、あなた方が槍の勇者……」

 サキは槍の勇者について知っているようだった。

「お嬢様。立ち話も失礼ですし、そこの喫茶店で続けませんか?」

 腰に刀を差し、頭を髷にしている男、シンガが言う。

「そうですね。では杏利様、エニマ様、よろしいですか?」

「はい」

「うむ」

 互いに詳しい話を、喫茶店でする事になり、一行は喫茶店に入った。



「槍の勇者の伝説については、子供の頃から興味がありましてね。何せ勇者の顔立ちは、ヒノト国の人間に似ていたと聞いていましたから」

「ヒノト国人に?」

 リベラルタルでも、やはり国々によって人間の顔立ちは違う。七百年前エニマに召喚された勇者は、ヒノト国人にそっくりだったそうだ。ヒノト国の人間の顔立ちは日本人のそれなので、先代勇者は日本人だったという事だろうか。

「そういえばあたし、先代勇者の名前を知らないわ。エニマ、あんたは当然知ってるんでしょ?」

 今さらのように思い出す杏利。エニマは尋ねられて、少しの間の後、先代勇者の名前を答える。


一之瀬和美かずみじゃ」


 その名前を聞いて、杏利は驚いた。

「一之瀬和美って……あたしのご先祖様じゃない!」

 一之瀬家は、武家の家系だ。今ではすっかり廃れてしまっており、誰も知る者はいないが、一之瀬家の人間は全員槍が得意で、数々の武勲を立てたという。一之瀬和美は特に、一族最強と呼ばれた使い手だったようだ。

 しかし当時の一之瀬家は、もっぱら目立つ事を嫌い、立てた武勲のほぼ全てを他の武士に与えた。積極的に戦場に赴く事もなく、槍の修行を行っていたのも、あくまで自衛の為で、国から召集が掛かった時のみ動いたという。その国からの召集も、ほとんど断り続けていたらしい。そんな事をすれば生きていけないのではないかと杏利は思ったが、それだけの特権が与えられていたという。何せ、一之瀬和美を敵に回せば、国が転覆するとまで言われていたほどである。

 最も全ては過去の話であり、今一之瀬家にそんな特権は与えられていないし、何もかもが変わってしまっているが。

「そっか、この世界に召喚されたんだ……そりゃ強いわ……」

 この世界にはモンスターがいる。そのモンスターを倒す事を生業とする者達がいる。そんな連中と戦い続ければ腕は上がるし、何より魔法があるのだ。この世界では強い魔力に接し続ければ、魔法が使えるようになる。それらも全て元の世界に持ち帰る事が出来るのなら、たった一人でも国を潰せるくらい強くなれる。

「なるほど。先代勇者は、杏利様のご先祖様でしたか」

 腰に刀を二本差している、髪が短い男、リュウマは頷いた。

「和美様は、それはそれは素晴らしい方だったと聞いています。圧倒的な力を持ちながらそれをひけらかさず、常に弱き者の為に戦ったと」

 和美の戦いは、まさしくこの世界にとって伝説である。しかし杏利は、先代勇者と比べられているようで、あまりいい気がしなかった。

「……ごめんなさい。杏利様と比べているわけではないのです。ただ、目の前に伝説の勇者の子孫の方がおられると思うと、嬉しくなってしまって……」

 サキは杏利の心中を察してか、すぐ謝罪した。杏利も、悪気があっての言動ではないという事は、わかっている。自分だって偉人の子孫というものには少し興味があるし、サキの気持ちはよくわかっていた。

「こんな時代ではありますが、異世界に来るなんて滅多に出来る事ではありませんし、魔王を倒すついでに楽しんで行かれて下さい」

「でも、この世界の人は苦しんでるのに……それにあたしの力は、まだ……」

「焦ってはいけません。我々もまた、魔王を追う身です。我々のような抵抗勢力がいる限り、この世界は滅びませんしさせません。だからあなたはゆっくりと、力を付けて下さい」

 サキ達もまた、独自に魔王を追っている存在だった。この世界の人間達は、まだ諦めていないのだ。それを知って、杏利の心が、少しだけ楽になった。

「……この町に長居する事は避けた方がいいかもしれませんが」

「えっ?」

「いえ。こちらの話です」

 サキが何か言った気がしたが、気のせいだったらしい。

「さて、そろそろ私達も行きます。まだしばらく滞在するつもりですので、何かあったら来て下さい」

「はい。いろいろとありがとうございました」

 一通り話したい事を話し終えたサキ達は、喫茶店をあとにした。

「……素敵な感じの人達だったわね」

「うむ。お前ももう少し、ああいう淑やかさを身に付けるべきじゃな」

「あら。礼節は弁えてるわよ? おじいちゃんに仕込まれたから」

「お前の場合は猫を被っておるだけじゃろうが……」

 しばらくしてから、杏利とエニマも喫茶店を出た。造魔兵は、もう追ってこなかった。



 夜、宿屋。

「お嬢様」

 部屋でくつろいでいたサキに、声が掛かった。ベランダからだ。

「シキジョウですか」

「へい」

 サキが問いかけると、ベランダの戸を開けて、身軽そうな着物を着た男性が入ってきた。

「どうでした?」

「へい。この町の町長は、黒です」

「……そうですか……」

 それを聞いて、サキはとても残念そうに呟いた。シキジョウと呼ばれた男性は続ける。

「この町に、槍の女勇者が来てるそうですね?」

「はい。今日お会いして、少しお話をしました」

「そうでしたか。それでその事なんですが、どうも連中、女勇者様を捕らえるつもりでいるようです」

 シキジョウからの報告を聞いて、サキの目が、すっ、と細くなる。

「……ありそうな話です。やはり杏利様には、早々にここから逃げて頂いた方が良さそうですね」

「こちらでも、明日までには町長を追い詰める証拠を用意します」

「頼みましたよ、シキジョウ」

「へい。お嬢様もお気を付けて」

 報告を終えたシキジョウはベランダの戸を閉め、ベランダから飛び降りて姿を消した。



 宿屋の別室。

「いいなぁ、着物。堅苦しいのは苦手だけど、ああいうのは好きよ」

 杏利は昼間出会ったサキ達の事を思い出していた。

 と、

「着物と言えば」

 エニマが杏利の服の胸元を掴んだ。

「ふふふ……良いではないか~良いではないか~」

「ちょっ、エニマ!?」

 エニマはそのまま、杏利の服をすぽぽーんと脱がしてしまった。

「な、何するのよ!?」

「悪代官ごっこじゃ! ほれほれほれ!」

 しかもそのまま髪を鎖に変え、杏利を縛ってしまった。

「は、離しなさいよ!!」

「駄目じゃ。今夜はお前の唇をもらうぞ」

 目を閉じて顔を近付けるエニマ。

 そんな彼女の顔面に、杏利は頭突きを喰らわせた。

「きっす!!」

 気絶するエニマ。杏利は拘束が緩んだ隙に鎖から抜け出し、エニマを自分のベッドから突き落とした。

「今日は床で寝てろ! この色ボケ槍が!」

 杏利は服を着直し、布団を被って寝た。

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