第二十九話 着物姿のお嬢様
前回までのあらすじ
ゼドと再戦した。それで負けた。終わり。
アーツゥイン砂漠を抜けた杏利とエニマは、そのままオアッシーの反対にある町、サッバァンナーで休息を取り、
「だから何なのそのギャグみたいな名前……」
……翌日出発した。
さて砂漠を越えたはいいものの、次はどう進めばいいかわかっていない。もちろん情報は集めたが、魔王の情報も、強いモンスターの情報も、手に入らなかった。
とりあえず、隣のマテリスという町を目指してみる。そして着いた。
「普通の町ね」
そう。普通の町だ。だが、油断はしない。先日、コーサリムで起きた事件を忘れていないからだ。
教会の神父が魔王と結託し、戦力増強に協力していた。魔王の力に魅せられ、自分が生まれ育った世界を、裏切った者がいたのだ。宗教と関係なくても、そういう人間がいる可能性は高い。
「まず、情報収集ね」
杏利は人化したエニマと、町を歩く。
その後ろ姿を、怪しげな影が見ていた。そして影は、懐からあるものを取り出す。
それは、トランシーバーだった。
「緊急連絡。槍の女勇者を発見しました」
「確認したのか?」
「ラトーナ様から送られてきた記憶データと、外見が九十八パーセント一致します。間違いはないかと。いかがなさいますか?」
影、この町の住人の姿をした造魔兵はどこかに連絡を取り、指示を仰ぐ。
「そのまま監視しろ。我々の存在に気付きそうになった場合、速やかに退避するか応戦するように。いいな?」
「了解。これより追跡モードに入ります」
造魔兵は、杏利の追跡を始めた。
「聞いての通りです。イノーザ様の予測通り、槍の女勇者、一之瀬杏利がこの町に現れました」
町長の家。先程の通信の内容を、超魔が話す。
「では、我々が一之瀬杏利を捕らえれば、よろしいのですね?」
「はい。最悪の場合は、殺害しても構いません」
「かしこまりました。一之瀬杏利の捕獲が成った暁には……」
「もちろん、あなたに我らの軍の指揮権を与えます。それだけでなく、イノーザ様からもそれなりに、地位が与えられる事でしょう」
「おお!」
「ですが、計画は慎重に。我々の動きをこそこそと嗅ぎ回っている、鬱陶しいネズミがいるようですから」
「ご心配には及びません。あなた方から賜った優秀な武器の数々……私はその力を信用していますから」
「それはそれは……ですが、油断なきよう」
怪しげな企みをする二人。
その二人の話を、天井裏で聞いている者がいる事に、誰も気付いていなかった。
(……ねぇ、気付いてる?)
杏利はテレパシーで、エニマに尋ねた。
(うむ。尾けられておるな……)
誰かが自分達を尾行している。杏利もエニマも、その事に気付いていた。
(誰だと思う?)
(十中八九、魔王軍じゃろうな。造魔兵特有の、無機質な殺気を感じる)
造魔兵は超魔と違って、感情がない。命令された事のみを、精密機械のように実行する。与えられた指令を、何がなんでも成功させようとする。しかし生物としての、最低限の意思はある。その為無機質な、独特の殺気を放つ。度重なる交戦によって、杏利もエニマもそれを掴んでいた。
(何で仕掛けてこないのかしら?)
(わからん。とりあえず、今わしらと事を構えるつもりはなさそうじゃが……)
今は、だ。相手が造魔兵であるとわかっているなら、始末しておくに越した事はない。
(やるか?)
(うん)
まず造魔兵を人気のない場所に誘い込み、一気に仕留める。
その策を実行しようとした時、
「きゃっ!」
物陰から飛び出してきた女性に、杏利はぶつかって転んでしまった。
「杏利!」
「いたた……すいません、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。こちらこそすいません」
杏利は女性の手を借りて起き上がる。その際に確認してみたが、殺気が一気に遠ざかった。今がチャンスのはずだが、どうやら騒ぎを起こすとまずいらしい。
(どういう事……?)
なぜ造魔兵が退いたのか、理由を考える杏利。
「あの……やっぱりどこか痛みますか?」
すると、先程ぶつかった女性が心配そうに尋ねてきた。
「えっ? いえ、何でもありません」
造魔兵の事を話すわけにもいかず、杏利はなかった事にした。
「その服装……」
と、杏利は気付く。女性の服装が、杏利の世界でいう、着物によく似ている。
「あ、これですか?私、ヒノト国から来たんです」
(お前がいた世界の、日本に近い文明を持つ国じゃ)
ヒノトという国がよくわからないでいた杏利の為、エニマがテレパシーで詳細を教えた。
この女性の出身国、ヒノトは日本の江戸時代のような国だ。だから、服装も着物である。
「そうだったんですか」
杏利が納得していると、
「サキ様! サキお嬢様!」
「大丈夫ですか!? まったく、いつもいつもお一人で行かれるから……」
向こうの方から、細身の男性が二人、女性の事をサキと呼びながら駆けつけてきた。
「私は大丈夫です。ああ、申し遅れました。私はサキ。こちらは私の連れの者で、シンガとリュウマです。あなたは?」
「一之瀬杏利です」
「エニマ・ガンゴニールじゃ」
「まぁ。では、あなた方が槍の勇者……」
サキは槍の勇者について知っているようだった。
「お嬢様。立ち話も失礼ですし、そこの喫茶店で続けませんか?」
腰に刀を差し、頭を髷にしている男、シンガが言う。
「そうですね。では杏利様、エニマ様、よろしいですか?」
「はい」
「うむ」
互いに詳しい話を、喫茶店でする事になり、一行は喫茶店に入った。
「槍の勇者の伝説については、子供の頃から興味がありましてね。何せ勇者の顔立ちは、ヒノト国の人間に似ていたと聞いていましたから」
「ヒノト国人に?」
リベラルタルでも、やはり国々によって人間の顔立ちは違う。七百年前エニマに召喚された勇者は、ヒノト国人にそっくりだったそうだ。ヒノト国の人間の顔立ちは日本人のそれなので、先代勇者は日本人だったという事だろうか。
「そういえばあたし、先代勇者の名前を知らないわ。エニマ、あんたは当然知ってるんでしょ?」
今さらのように思い出す杏利。エニマは尋ねられて、少しの間の後、先代勇者の名前を答える。
「一之瀬和美じゃ」
その名前を聞いて、杏利は驚いた。
「一之瀬和美って……あたしのご先祖様じゃない!」
一之瀬家は、武家の家系だ。今ではすっかり廃れてしまっており、誰も知る者はいないが、一之瀬家の人間は全員槍が得意で、数々の武勲を立てたという。一之瀬和美は特に、一族最強と呼ばれた使い手だったようだ。
しかし当時の一之瀬家は、もっぱら目立つ事を嫌い、立てた武勲のほぼ全てを他の武士に与えた。積極的に戦場に赴く事もなく、槍の修行を行っていたのも、あくまで自衛の為で、国から召集が掛かった時のみ動いたという。その国からの召集も、ほとんど断り続けていたらしい。そんな事をすれば生きていけないのではないかと杏利は思ったが、それだけの特権が与えられていたという。何せ、一之瀬和美を敵に回せば、国が転覆するとまで言われていたほどである。
最も全ては過去の話であり、今一之瀬家にそんな特権は与えられていないし、何もかもが変わってしまっているが。
「そっか、この世界に召喚されたんだ……そりゃ強いわ……」
この世界にはモンスターがいる。そのモンスターを倒す事を生業とする者達がいる。そんな連中と戦い続ければ腕は上がるし、何より魔法があるのだ。この世界では強い魔力に接し続ければ、魔法が使えるようになる。それらも全て元の世界に持ち帰る事が出来るのなら、たった一人でも国を潰せるくらい強くなれる。
「なるほど。先代勇者は、杏利様のご先祖様でしたか」
腰に刀を二本差している、髪が短い男、リュウマは頷いた。
「和美様は、それはそれは素晴らしい方だったと聞いています。圧倒的な力を持ちながらそれをひけらかさず、常に弱き者の為に戦ったと」
和美の戦いは、まさしくこの世界にとって伝説である。しかし杏利は、先代勇者と比べられているようで、あまりいい気がしなかった。
「……ごめんなさい。杏利様と比べているわけではないのです。ただ、目の前に伝説の勇者の子孫の方がおられると思うと、嬉しくなってしまって……」
サキは杏利の心中を察してか、すぐ謝罪した。杏利も、悪気があっての言動ではないという事は、わかっている。自分だって偉人の子孫というものには少し興味があるし、サキの気持ちはよくわかっていた。
「こんな時代ではありますが、異世界に来るなんて滅多に出来る事ではありませんし、魔王を倒すついでに楽しんで行かれて下さい」
「でも、この世界の人は苦しんでるのに……それにあたしの力は、まだ……」
「焦ってはいけません。我々もまた、魔王を追う身です。我々のような抵抗勢力がいる限り、この世界は滅びませんしさせません。だからあなたはゆっくりと、力を付けて下さい」
サキ達もまた、独自に魔王を追っている存在だった。この世界の人間達は、まだ諦めていないのだ。それを知って、杏利の心が、少しだけ楽になった。
「……この町に長居する事は避けた方がいいかもしれませんが」
「えっ?」
「いえ。こちらの話です」
サキが何か言った気がしたが、気のせいだったらしい。
「さて、そろそろ私達も行きます。まだしばらく滞在するつもりですので、何かあったら来て下さい」
「はい。いろいろとありがとうございました」
一通り話したい事を話し終えたサキ達は、喫茶店をあとにした。
「……素敵な感じの人達だったわね」
「うむ。お前ももう少し、ああいう淑やかさを身に付けるべきじゃな」
「あら。礼節は弁えてるわよ? おじいちゃんに仕込まれたから」
「お前の場合は猫を被っておるだけじゃろうが……」
しばらくしてから、杏利とエニマも喫茶店を出た。造魔兵は、もう追ってこなかった。
夜、宿屋。
「お嬢様」
部屋でくつろいでいたサキに、声が掛かった。ベランダからだ。
「シキジョウですか」
「へい」
サキが問いかけると、ベランダの戸を開けて、身軽そうな着物を着た男性が入ってきた。
「どうでした?」
「へい。この町の町長は、黒です」
「……そうですか……」
それを聞いて、サキはとても残念そうに呟いた。シキジョウと呼ばれた男性は続ける。
「この町に、槍の女勇者が来てるそうですね?」
「はい。今日お会いして、少しお話をしました」
「そうでしたか。それでその事なんですが、どうも連中、女勇者様を捕らえるつもりでいるようです」
シキジョウからの報告を聞いて、サキの目が、すっ、と細くなる。
「……ありそうな話です。やはり杏利様には、早々にここから逃げて頂いた方が良さそうですね」
「こちらでも、明日までには町長を追い詰める証拠を用意します」
「頼みましたよ、シキジョウ」
「へい。お嬢様もお気を付けて」
報告を終えたシキジョウはベランダの戸を閉め、ベランダから飛び降りて姿を消した。
宿屋の別室。
「いいなぁ、着物。堅苦しいのは苦手だけど、ああいうのは好きよ」
杏利は昼間出会ったサキ達の事を思い出していた。
と、
「着物と言えば」
エニマが杏利の服の胸元を掴んだ。
「ふふふ……良いではないか~良いではないか~」
「ちょっ、エニマ!?」
エニマはそのまま、杏利の服をすぽぽーんと脱がしてしまった。
「な、何するのよ!?」
「悪代官ごっこじゃ! ほれほれほれ!」
しかもそのまま髪を鎖に変え、杏利を縛ってしまった。
「は、離しなさいよ!!」
「駄目じゃ。今夜はお前の唇をもらうぞ」
目を閉じて顔を近付けるエニマ。
そんな彼女の顔面に、杏利は頭突きを喰らわせた。
「きっす!!」
気絶するエニマ。杏利は拘束が緩んだ隙に鎖から抜け出し、エニマを自分のベッドから突き落とした。
「今日は床で寝てろ! この色ボケ槍が!」
杏利は服を着直し、布団を被って寝た。




