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レジェンドガール  作者: 井村六郎
第一章 杏利の旅立ち
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第二話 杏利の決意

前回までのあらすじ


何でも出来る天才、一之瀬杏利は、伝説の槍エニマ・ガンゴニールの力で、異世界リベラルタルに勇者として召喚され、魔王討伐を依頼される。戸惑う杏利だったが、ドナレス国に魔王軍が攻めてきた。

「こちらです!」

 兵士に案内された先は、エニマが安置されていたあの地下室だった。ここは有事の際、避難場所にもなるのだ。

「では私はこれで。すぐ迎撃に向かわねばなりません」

 杏利を送り届けた後、兵士は魔王軍と戦い続けている味方に加勢する為、地下室から出て行こうとする。

「あの、あたしも……!」

「いえ、あなたは巻き込まれた被害者ですから、これ以上巻き込むわけにはいきません。それに、我々も訓練を積んでいる兵士です。魔王軍ごとき、軽く撃退してみせますよ」

 杏利は加勢しようとしたが、兵士はそれを断って、今度こそ行ってしまった。

 兵士が行ってから、どれくらいかわからないが、時が流れた。ここは地下深い場所だ。戦場の音は聞こえない。戦況の把握も出来ない。

「……っ!」

 エニマが安置されていた祭壇の上でうずくまっていた杏利は、唐突に立ち上がった。

「どこに行くつもりだ。まさか、加勢しに行くわけではないじゃろうな?」

 エニマに言われて、杏利は立ち止まった。

「やめておけ。今の恐怖に押し潰されているお前が行ったところで、足手纏いにしかならん」

「でも、あんたの力を借りれば、あたしだってさっきみたいに……!」

「無理じゃな。あんなものはまぐれじゃ」

 それに、戦った相手は三匹しかいなかった。外にはもっとたくさんの造魔兵が、ひしめいているはずだ。エニマの手を借りても、あれ以上の数を相手取るのは難しい。

「それでも……」

「なぜ自ら死地に赴こうとする? 先程まで、あんなに戦いたくないと言っていたではないか」

「今だって戦いたくないわよ! 逃げたい! 逃げたいに決まってる!」

 こんな地下じゃなくて、もっと安全な所に逃げてしまいたい。今すぐ元の世界に帰りたい。

「でも……でも……!!」

 だが、なぜだか逃げてはいけない気がした。今すぐ、外の人達を助けに行くべきだと思った。本気の殺し合いを経験した事のない自分が行けば、瞬殺されるかもしれないのに。

「……わかった。ならばもう止めん。わしも全力でお前を守ろう。じゃが、危なくなったらすぐ逃げるんじゃぞ?」

「……うん」

 エニマには本当に苦労を掛ける。そう思いながら、杏利は地下から出た。



 ひどい有り様だった。城の外、城下町の話である。あちこちから火の手が上がり、いくつかの家屋が破壊されていた。そこら中に城の兵士や、造魔兵の死体が転がっている。それを見て杏利は吐きそうになったが、どうにかこらえた。

「これが、戦争……」

 本でしか知らない戦争。杏利は今、その真っ只中に立っている。

「そうじゃ。この戦いを、魔王は世界中に仕掛けておる」

 古くから戦争とは如何なるものであるかを知るエニマは答えた。まさしく、悲惨で無惨である。

「まだ、来るわ……」

 杏利は見た。遠くの方から、造魔兵がまだたくさん向かってきているのを。ここに転がっているのだけでも相当な数だが、どうやら敵はとてつもなく大規模なようで、倒したのは第一陣だったらしい。

「壊滅的な被害じゃな。イノーザの軍団、ここまでとは思わんかった」

 エニマは実際にイノーザの軍を見るのは初めてであり、その力と規模は予想を上回っていた。まだ最前線は崩壊してきっていないが、もうこの国に第二陣を止められるだけの兵力は残されていまい。

「杏利、様……」

 と、声がした。杏利が驚いて見てみると、そこには兵士がいた。杏利を地下室に避難させてくれた、あの兵士だ。ボロボロにされているが、まだ生きている。よく見てみると、他にも生きている兵士は少しばかりいた。

「エニマ! この人助かる!?」

「ふむ……見た目ほど重傷ではなさそうじゃ。命に別状はあるまい」

「私の事より、どうして出てこられたのですか? 間もなく次の攻撃がここに届きますよ」

 杏利は沈黙して魔王軍を見る。まだ戦っている人の姿が見えるが、長くはもたないだろう。そうなれば、この国は終わる。

 しかし、この国を救う方法は、まだあるのだ。それは、杏利がエニマを使って戦う事。

(怯えるな! 戦うのよ、一之瀬杏利!)

 杏利は恐怖を押さえつけるため、必死に自分に言い聞かせる。

(あんたは今、舐められてるのよ!? こんな事されて、黙って引き下がるあんたじゃないじゃない!!)

 杏利は、少しばかり昔を思い出していた。



 一之瀬杏利が最も嫌うタイプの人間は、戦う術を持たない弱い存在に、平気で力を振るう存在。わかりやすく言えば、弱い者いじめをする存在だ。

 杏利は小学生六年生の時、同学年の女子に暴力を振るう少年を見た。服装と体格からして、中学生か高校生である。

 その少年は空手の有段者だったが、自分より弱い相手に暴力を振るいたがる、武道をたしなむ者にあるまじき嗜好の持ち主だった。杏利はすぐに止めに入ったが、少年は杏利に向かってこう言った。


――あとでいたぶってやるから、ザコは引っ込んでろよ。


 杏利が最も嫌う事の一つは、舐められる事。馬鹿にされる事だ。この言葉に激怒した杏利は少年を叩き潰し、病院送りにした。杏利は知らないが、少年は目が覚めた後恐怖で丸二日口が利けなくなり、回復後も二度と拳を振るうことはなかった。



 今、目の前でこんな事をされて、自分は黙っていられるはずがない。自分が飛び掛からないのをいい事に、魔王軍は好き勝手やっているのだ。自分は舐められているのだ。自分の一番嫌いなタイプの人間が、自分にとって一番嫌いな事をやっているのだと、杏利は自分に言い聞かせる。ここで逃げ出せば、自分はあの弱い者いじめしかできない連中と同じだ。

(そうじゃない。あたしは絶対に、あんな血も涙もない連中と、同じなんかじゃない!)

「エニマ。あたし、戦うわ」

「何? 正気か?」

「この戦いだけじゃない。魔王を倒すまで、あたしは勇者としてあんたと一緒に戦う!」

 覚悟は決まった。ならば、やるべき事は一つだ。

「そういえば、まだ自己紹介してなかったわね。あたしは杏利。一之瀬杏利よ。よろしくね、エニマ!」

 言うが早いか、杏利は魔王軍に向かって駆け出した。

「杏利様!! 杏利様ーっ!!」

 兵士が止めるのも聞かずに。



 最前線を潜り抜けた数匹の造魔兵が、街道を一直線に進軍してくる。

「はぁぁぁぁぁっ!!!」

 走ってきた杏利は、先頭にいた造魔兵に飛び掛かり、脳天から真っ二つにした。

 ここで説明しておくが、造魔兵といってもその姿形は一定ではない。魔王イノーザは如何なる状況にも対応出来るよう、様々なタイプの造魔兵を生み出している。

 最も生産しやすく、汎用性の高い人間型。機動力と隠密性が高く、秘境でも行動しやすい獣人型。高いパワーを持つ陸戦型。空を飛べる空戦型。海を自在に泳ぎ回れる海戦型。他にも色々あるが、共通しているのは全員やけに黒いという事。

 先程杏利とエニマを襲撃したのは、城を裏側から崩壊させようとして放たれた獣人型だ。今正面から攻めてきているのは、人間型である。杏利の攻撃に驚いた造魔兵は、すぐに攻撃体勢に入るが、

「舐められたまま」

 一体が胴を真横から両断され、

「引き下がれるかァァァァァァ!!!」

 後ろから剣で斬ろうとしていた造魔兵が、また一体真っ二つにされた。しかし、エニマはすごい切れ味だ。造魔兵の鎧はとても頑丈そうなのに、いとも容易く切り裂いている。さすが伝説の槍だ。

「そうか。戦ってくれるか」

 エニマは喜んでいる。杏利と一緒に戦う事は、エニマにとって何より望んでいた事なのだ。

 杏利は造魔兵を全滅させ、最前線に向かう。

「杏利様!!」

「みんな!! ここはあたしに任せて!!」

 兵士達に代わって、杏利が造魔兵の相手をする。

「はああっ!!」

 突撃する杏利。


「杏利。お前にわしの加護を……」


「!?」

 エニマが呟いた瞬間、杏利が一気に加速し、エニマの穂先が造魔兵の腹を貫通。杏利がエニマを振ると、造魔兵をそのまま切り裂いた。後ろから襲ってきた造魔兵二匹を、杏利はまとめて両断する。右から来た造魔兵を、頭から剣ごと切り裂き、左から来た造魔兵の胴を切ると、その隙を突いた造魔兵が一体、杏利に組み付いて押さえ込んだ。その後も一体、また一体とどんどん組み付いてきて、杏利を地面に押し倒し、造魔兵の山が出来る。

「……ぅぅううあああああああ!!!」

 だが、杏利が気合いを入れて立ち上がると、組み付いてきていた造魔兵が全員吹き飛んだ。

「すっごい力! あたしどうしちゃったの!?」

 杏利は女でありながらかなりの力の持ち主だが、こんな怪力を持ってはいない。それについては、エニマが答えた。

「わしの加護を与えたんじゃ」

 この世界において強い力を持つ者は、持ち主に加護を与える事が出来る。加護の効果は任意のタイミングで発動が可能で、加護を与えられると身体能力が倍増したり、特殊な攻撃への耐性を得たりするのだ。

 本来は精霊など高位の存在が与えるものなのだが、エニマもまた高位の存在であり、持ち主に加護を与える事が出来る。

「今お前はわしの加護で、身体能力が三倍になっておる」

「それでこんなにすごい力が出せるんだ……」

 杏利は納得した。三倍の身体能力なら、これくらいは簡単に出来る。と、吹き飛ばした造魔兵達が起き上がり、再び襲い掛かってきた。

「……はっ!」

 杏利はエニマを使った攻撃だけでなく、拳や蹴りも織り交ぜていく。造魔兵が横薙ぎに剣を振るってきた瞬間に、エニマの柄で防御し、杏利は造魔兵の顔面を殴り飛ばす。怪力を得た杏利の拳は、造魔兵の頭部を粉砕した。

 またある造魔兵に対しては、剣を弾き、蹴りを喰らわせてバランスを崩してから、エニマで貫いて倒す。鎧を殴り、蹴り飛ばしても、杏利の手足は全く痛まない。これが、エニマの加護の力だ。

「これで全部倒したみたいね」

 杏利の戦闘力は凄まじく、あっという間に造魔兵を全滅させてしまった。兵士達は唖然としている。

 しかし、それもすぐに終わった。

「見ろ!!」

 一人の兵士が叫ぶ。その先には、新たなる造魔兵の軍団があった。規模はさっきよりずっと小さいが、魔王軍は第三陣を用意していたのだ。

 兵士達の顔に疲労が見える。やっと国を守ったと思っていたら、まだ敵には戦力があったのだ。もう戦力になりそうな人間は、杏利しかいないというのに。

「何匹来ようと、倒してあげるわ!!」

 杏利の戦意は、まだ折れていない。実際に倒れるまで、彼女が折れる事はないだろう。一度決めれば、彼女は強い。

「杏利。一匹一匹潰しては、お前の体力が続かん」

「そんな事言ったって、他にどうしろっていうのよ!?」

「奴らを一気に全滅させる方法があると言ったら?」

「!?」

 本当にそんな方法があるのか。興味を持った杏利は、エニマの言葉に耳を傾ける事にした。

「あれぐらいの規模の相手なら、ガンゴニールストライク一発で全滅させられる」

「ガンゴニールストライク?」

 エニマ曰く、ガンゴニールストライクとは、自身に秘められた全ての力を解放して、魔力のバリアを纏いながら突撃するという技らしい。一発放てばしばらく休憩しないと再使用は出来ないし、その間は加護も使えなくなるが、威力に関して文句はないそうだ。

「それを使えば、本当にあいつらを倒せるのね?」

「あの程度の相手なら問題はないのじゃ」

「……わかったわ。使い方を教えて」

 一か八か、杏利はガンゴニールストライクの使用を決意する。

「使い方といっても、難しい事は何もない。お前はただ、わしを構えて突け。あとは全てこっちでやる」

 力の解放を行うのはエニマの役目。だが、実際に相手を攻撃するのは、杏利の役目だ。撃ち漏らしがないよう、エニマを構えて、魔王軍を充分に引き付ける杏利。魔王軍は杏利が何をしようとしているのかわかっていないらしく、歩く速度を全く落とさずに突き進んでくる。あるいは、何をされても問題ないと思っているのかもしれない。

「……そろそろよ」

「うむ」

 杏利が合図をすると、彼女の全身を白い光が包み始める。光の中にいるが、杏利の視界が制限される事はなく、不思議と敵の姿がよく見えている。これが、魔力のバリアなのだろう。

(魔力、か。ってことは、やっぱりこの世界には魔法とかあるのかな?)

 一度この世界に滞在すると決めてしまえば、杏利の中に様々な疑問が浮かんだ。このリベラルタルがどんな世界なのか、興味は尽きなかった。

 だが全ては、ここを切り抜けてからである。ここまで引き付ければ、もう充分なはず。そう思って、杏利は鋭く叫んだ。

「行くわよ!!」

「よし、突け!!」

 バリアが大きく肥大化した。

「「ガンゴニール!!」」

 二人は叫ぶ。

「「ストライク!!!」」

 杏利は強く踏み込み、全身を使ってエニマで刺突を繰り出した。

 次の瞬間、杏利の身体が前方へと飛んだ。杏利は驚いたが体勢は崩さず、エニマを握る手に力を込め直した。杏利とエニマはとてつもない速度で飛んでいき、エニマとバリアに触れた造魔兵を打ち砕いていく。

 纏っているのはただの防御用バリアではなく、触れたものを砕く破壊のバリア。よほど硬い物質か、強力な魔力で防御しない限り、粉砕は免れない。バリアの領域を拡大したのは、魔王軍全体を確実に巻き込むためだ。さらにエニマは魔力を放射し、推進力にして加速する。

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」

 咆哮を上げて突撃する、一人と一本。造魔兵はエニマの穂先に、バリアに、ぶつかっては砕けていく。

 気付いた時、二百匹以上いた魔王軍は壊滅していた。生きている造魔兵は、一匹もいない。

「やったな杏利! わしらの勝ちじゃ!」

「……はあ……」

 技を解いたエニマから勝利の知らせを聞いて、ぺたりと地面に座り込んだ。



 三日かけて、ドナレス国は立て直しに努めた。杏利とエニマも協力し、どうにか最低限、防衛が出来るようになるまでは回復する。

 そして、

「杏利殿。本当によろしいのか?」

 玉座の間。アスベルは尋ねた。三日と言えば、勇者送還の術式の起動に必要な時間だ。既に術式には魔力が込めてあり、いつでも起動出来る。だが杏利は、帰還を断った。

「もう決めた事ですから。元の世界に帰るのは、魔王を倒してからです」

 家族の事や大学の事も考えたが、杏利はこちらの世界を救う事を優先した。杏利の頭脳なら、また試験を受ければいつでも大学に入れる。だが、こちらの世界はいつ滅ぼされてしまうかわからないのだ。

「それより、あたし達が離れて大丈夫なんですか?」

「これだけ兵力が残っていれば、防衛は出来る」

「それに、魔王軍はあれだけの大部隊を全滅させられたのです。しばらくは向こうも、戦力の補給に努めるでしょう。あなたは何も心配しなくていいのです」

 アスベルとヒルダの言う通り、三つに分けて攻められるほどの大部隊を返り討ちにされた後だ。しばらくは、この国への進軍を控えるだろう。

「わかりました。じゃあ、行ってきます!」

 もう出発の準備は済ませてある。杏利はエニマを持って、国を出た。

「改めて、よろしくね! エニマ!」

「こっちこそ、よろしく頼むぞ! 杏利!」



 異世界に呼び出され、魔王討伐の為旅立った一人と一本。こうして一之瀬杏利と、エニマ・ガンゴニールの、新たなる勇者伝説が幕を開けた。

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