第二十八話 杏利vsゼド、再び
前回までのあらすじ
情熱(物理)
「……ん……」
杏利は目を覚ました。戦いの後、結局三人はそのまま、廃城の中で一泊したのである。杏利は寝袋に入り、その横には槍化したエニマが寄り添っていた。ゼドは壁際におり、杏利に近付かないようにしている。
(……今何時かしら……)
時計を見る杏利。時刻は、ちょうど七時半だった。そろそろ出発だ。
「エニマ、起きて。行くわよ」
「む? うむ」
杏利が声を掛けるとエニマが目を覚まし、一緒に片付けを始める。
ふと、杏利はいつの間にかゼドが起きて、壁に背を預けて座っているのに気付いた。
「……何してんの?」
「お前が旅支度を整えるのを待っているんだ。お前はこの砂漠を抜けるんだろう?」
「そうだけど……」
「俺ももうここに用はない。お前には借りが出来たから、砂漠を抜けるまで一緒にいてやる」
「借り?」
ゼドに言われて、杏利は思い出す。昨日魔力切れを起こしたゼドを、この城の中まで担ぎ込んだ。
「あ、あんなの別にいいわよ!」
「借りたものは必ず返せ。姉さんからの教えでな」
「……このシスコン」
「あ?」
「何でもない!」
ゼドが一瞬本気で怒ったので、杏利は慌ててなかった事にした。杏利とゼドの実力は、まだまだ離れている。昨日もあんなものを見せられた後だし、殺し合いになったら絶対に勝てない。
杏利、エニマ、ゼドの三人は出発した。朝はなるべく早く出発し、少しでも長く砂漠を移動したい。杏利とエニマはラクダに乗っているが、ゼドは徒歩だ。しかしぴったりと二人に付いてきており、疲れる様子もない。
「……ねぇゼド。一緒にいてくれるついでに聞きたいんだけど、あんたすごい魔力持ってるわよね? どうやって身に付けたの?」
エニマすら凌駕する魔力。一体どうやって身に付けたのか、とても気になる。杏利は訊いてみた。
「……里の近くに、魔障気が湧き出す谷がある。そこで三年過ごした」
「魔障気じゃと!? お前馬鹿か!?」
エニマは驚いた。驚いて、そのまま呆れた。
魔力はリベラルタルに欠かせない、世界の構成要素の一つだ。生物が持つだけでなく、大地からも湧き出す。魔力が豊富な場所にはモンスターも多いが、自然が豊かで人間側が得るものも多い。作物が豊作だったり、自身の魔力が少ない時に取り入れたり。
しかし濃度が濃すぎる魔力は、生物に悪影響を及ぼす。その中で最も高濃度な魔力は、魔障気と呼ばれている。魔障気はもはや生物が扱える魔力の枠組みを越えており、魔力を全く持たない者が魔障気が吹き出している場所に入ると、一分で死に至る。魔力を持つ者でも、よほど高い魔力を持たない限りは、そこに適合出来ない。ゼドはそんな場所で、三年も暮らしたのだ。
なぜ魔障気が吹き出すかというと、世界を安定させる為だ。先程言った通り、魔力はリベラルタルの構成要素の一つである。この世界が成り立つよう、リベラルタルが魔力を循環させる為、魔障気を出すのだ。魔障気は自分が吹き出す場所に留まり、薄い部分を少しずつ拡散していく。そして使われた魔力は地に落ち、大地に還っていくのだ。
魔障気はちゃんと魔力としての要素を持っている。というより、魔力の素だ。この世界では強い魔力に接していれば、自身の魔力も成長する為、一応理に叶ってはいる。しかし、強くなる前に死ぬ確率の方が高いので、現実的ではない。だからエニマは、ゼドに馬鹿と言ったのだ。
「俺は姉さんの仇を取る為に、早く強くなる必要があった。そして、今も強くなるという意思は消えていない。あの男を八つ裂きにし、首を斬り落とす。必ずな……」
「……お前、何歳じゃ?」
「十九だ。今年で二十になる」
「エーテルブレードの修行を始めたのは?」
「五年前だ」
いくつか質問をし、エニマは理解した。やはり、ゼドと杏利の年齢差は、あまり変わらない。一歳違いだ。そして、姉が殺された年から五年間。たった五年で、本来ならその倍時間をかけて修得するエーテルブレードを、修得……いや、極めた。全て、ウルベロを殺すという執念が、ゼドを突き動かした結果だった。
(もし……)
ゼドの復讐心を知って、杏利は思った。
(もしあたしがエニマや家族を、目の前で殺されたりしたら、あたしは復讐したいって思ったのかな?)
絶対に思っただろう。杏利は感情的だ。大切な人の命を奪われたら、絶対に怒る。殺した相手を、地の果てまでも追いかけて、必ず殺す。
そう思うと、杏利にはゼドを糾弾する事など、とても出来なかった。
それから二日掛けて、三人は砂漠を横断し、反対側の町に着いた。杏利は借りていたラクダを返す。
「ここまでだな」
これで、ゼドが二人といる理由はなくなった。急ぎ、再びウルベロを捜す旅を始めなければならない。
「ねぇゼド。出発する前に、またあたし達と戦っていかない?」
次はいつまた出会えるかわからない。だから、今もう一度、ゼドと戦いたい。
ゼドは考える。杏利はあの時ずっと強くなった。それでも自分よりは弱いが、今の杏利と戦うのはゼドにとって決して無駄にならない。杏利としても、見知った顔相手の方がやりやすいだろう。
「……わかった」
ゼドは了承した。
三人は町外れの広場に移動した。ここなら、誰にも迷惑は掛からない。
「杏利。本当にやるのか?」
「当然。それに、前々から考えてたでしょ? ゼド攻略法。それを試すわよ」
杏利はエニマを持って構える。
「いつでもいいぞ。来い」
ゼドは刀を抜いていない。だが、杏利にはわかった。ゼドはいつでも、こちらを迎え討てると。
言われた通り、先に仕掛けたのは杏利だった。一歩踏み出し、二歩踏み出し、三歩踏み出して凄まじい加速を得る。ゼドはそれに合わせて刀を抜き、居合いで杏利の刺突を止めた。
今回は最初から刀を使わせた。それだけでもう、大変な進歩である。それに砂漠で魔力切れを起こした時、ゼドは今なら勝てるといった。魔力なしで勝てる相手ではないと、杏利の実力を認めていたのだ。
「バニス!!」
杏利は至近距離から、バニスを二発同時に発動する。杏利の魔力はこの数日でさらに高まり、初級魔法も中級魔法クラスまで威力が高まっている。
だがそれでも、ゼドを多少吹き飛ばしただけだった。ダメージはない。魔力で肉体を強化すれば、物理攻撃だけでなく、魔法攻撃の威力も軽減出来るという事は、以前の戦いで既に確認済みだ。
元より、この程度の攻撃でダメージを与えられるとは、思っていない。ただほんの少しだけ、隙を作りたかった。
「スキルアップ!!」
魔法で身体能力を強化し、ゼドと打ち合う。ゼドもスキルアップは使えるはずだが、使わずに杏利と拮抗している。
いや、拮抗してなどいない。自身の能力を強化してなお、杏利は弄ばれていた。ゼドの魔力量がどれほど規格外か、よくわかる。
杏利も魔力による身体能力の強化は、実は出来るようになっているのだが、ゼド相手にはしない。魔力の差がまだまだ開き過ぎているし、そんな使い方をするくらいなら、上級魔法を連発した方がまだダメージを与えられる。もちろん、それは全部当てられればの話だが。
「アクロディア!!」
再び至近距離から、今度は水属性の上級魔法を放つ。だがゼドは放つ直前でそれに気付き、一歩、バックステップを踏んで跳躍。距離を取った瞬間に飛んできた水流を、刀で両断する。それもただ斬るのではなく、以前杏利にダメージを与えた魔法剣、サンダーソードを使ってだ。
「あああああっ!!」
水を切り裂き、空中の飛沫を伝わり、飛んできた雷が杏利を打ちのめす。またしても、この技を喰らってしまった。
「……リカレル!!」
杏利はリカイアの上にある中級回復魔法、リカレルを使い、ダメージを癒し、仕切り直す。
「スパレイズ!!」
打ち合いながら放つのは、雷属性の上級魔法。ゼドは刀に土属性の魔力を纏わせる魔法剣、アースソードを発動してそれを受ける。
「まだまだァァァッ!!!」
杏利は土魔法のガードを破ろうと、魔力の照射を続ける。だが、雷属性と土属性は相性が悪く、二人の魔力差も大きい。このまま続けたとこで、杏利はアースソードを破れない。
その時だった。何者かが、ゼドの背後に拳を叩き込んだ。
「!?」
突然の不意討ちを受け、ゼドが一瞬硬直する。その瞬間に、杏利はアースソードで守られていない箇所へと、スパレイズをずらして爆発を引き起こす。
「お、お……!!」
苦悶の声を漏らすゼド。爆発が起きる瞬間に、ゼドは見た。
ゼドの後ろに、人化したエニマがいたのだ。
しかし、杏利は確かにエニマを持っている。
(これは一体!?)
わけがわからず、さらにゼドの動きが止まる。
「バニドライグ!! コフィアイザー!! スパレイズ!!」
「ギルジライツ!! ジアーシー!! ウイエルガ!!」
ここぞとばかりに、杏利は炎の塊を放つ火属性の上級魔法と、氷の塊を放つ氷属性の上級魔法と、スパレイズを放ち、エニマはギルジライツと岩の塊を飛ばす土属性の中級魔法ジアーシーとウイエルガを、ゼドにぶつける。
「……マジックガード」
仕方なくゼドはマジックガードを使ってダメージを軽減し、刀に風属性の魔力を纏わせるウィンドソードを使い、
「轟斬旋風!!!」
横に一回転しながら刀を振って竜巻を起こし、全ての魔法を吹き飛ばした。
「……何をしたのかわからんが、俺にここまでやるとはな……」
ゼドは再び、杏利に攻撃を仕掛けた。今度はエニマも一緒になって、ゼドを迎え討つ。
エニマは人化能力を得た時、もう一つ能力を得た。分身能力。邪竜トリアスが持っていた能力だ。エニマは杏利がスパレイズを使った瞬間に分身し、ゼドの背後に回り込んで攻撃したのである。
これを使うと能力も二分割されてしまうが、杏利の手数が増える。また、杏利自身も力を付けてきた為、ようやく攻撃手段として使えるようになった。
(そうか……これがこいつらの強みか……)
戦いながらゼドは理解した。杏利の最大の強み。それは、自身の武器が意思を持ち、自力で行動出来るという事。ゼドが知らないものを、エニマはたくさん持っている。杏利はエニマと互いに理解し合い、引き出し合う事が出来る。たった一人で戦ってきたゼドとは違う。二人の間に結ばれた、確かな絆。その力こそが杏利の、杏利とエニマの最大の強みだった。
(だが、それは俺も同じだ)
杏利の突きを弾き、エニマの拳をかわした瞬間、エニマの髪が鎖付きの槍の穂先に変化して伸びてきた。ゼドはそれを刀で防ぐ。
(俺も姉さんの無念を晴らす為に、ここまで強くなった)
再度、杏利とエニマが前後から同時に攻撃を仕掛ける。
「「!!」」
だがゼドは、杏利の振り下ろしを右手の刀で。エニマの拳を、左手に持った氷のエーテルブレードで受け止めた。
(それも俺と姉さんの、絆の力だ!!)
ゼドは刀とエーテルブレードの二刀流で、二人を圧倒し始めた。先程までは優勢に戦いを進めていた二人の顔にも、焦りが見える。
「はぁっ!!」
エニマは拳に光属性の魔力を込めて、ゼドに殴り掛かった。だがその直後、ゼドは左手のエーテルブレードをあっさりと投げ捨てる。それを殴り砕くエニマ。
その行動が、隙を生んでしまった。
「黒龍咆哮!!」
エーテルブレードを投げるのと同時に、刀に闇属性の魔力を込めていたゼドが、それをエニマに向けて解き放ったのだ。吹き飛ばされるエニマ。
「!!」
杏利は一瞬エニマの名を叫びかけたが、エニマがその身を犠牲にして作ってくれたゼドの隙を、無駄にするわけにはいかない。
「ガンゴニールストラァァァァァァイク!!!」
このチャンスを逃したら、もうゼドには勝てない。最後の望みに懸けて、ガンゴニールストライクを放つ杏利。
「四魔、一刃!!!」
だがそれと完全に同じタイミングで、四つの魔力の奔流がバリアを引き剥がし、ゼドの刀が杏利の手元のエニマを破壊した。
「ぐああああああっ!!!」
分身が破壊された事で、本体である人化エニマの腹に裂傷が入る。
「エニマ!!」
それに気を取られた隙に、杏利は足払いを掛けられて転び、髪を掴まれて地面に押さえつけられた。喉元に、刀が押し付けられる。
「……成長したな。今回は、時間の無駄にならなかった」
自身の勝利を宣言したゼドは杏利を離し、刀を鞘に納めて、立ち去っていった。
負けた。きちんと対策を練って挑んだのに、杏利とエニマは二度目の敗北を喫した。
「……負けたな」
受けたダメージを回復しながら、エニマは呟く。
杏利は、解放してもらったのに、動けなかった。放心状態。負けた事が、衝撃的すぎた。
「あたしは、あいつの全力を引き出せなかった」
戦っている最中にわかった。ゼドは、まだ何か力を隠している。杏利は、それを引き出す事が出来なかった。
(ああ……悔しいなぁ……)
目指す背中はまだ遠く。涙は流さなかったが、杏利は敗北の味を噛みしめ、しばらく動く事が出来なかった。




