第二十七話 情熱の女、ラトーナ
前回までのあらすじ
砂漠を横断する杏利とエニマ。立ち寄った廃城で、二人はゼドと再会した。
「あいつ、超魔!?」
突然の超魔の襲来。杏利とエニマは驚き、ゼドは無言で睨み付ける。
「初めまして、女勇者さん。私はラトーナ。あなたの事はウルベロから聞いたわ」
名乗るラトーナ。ゼドは彼女の口から飛び出した、ウルベロの名前に反応した。
「お前はウルベロがどこにいるか知っているのか!!」
「知らないわ。あいつまたどっか行っちゃったんだもん。知ってても教えないけどね。あいつの事は嫌いだけど、さすがに私は仲間を売るような女じゃないから」
「ならお前の主の居場所を吐け!!」
「それも教えな~い。そんな事したら、イノーザ様に怒られちゃうもん」
ゼドの質問には、一切答えないラトーナ。今度は杏利が質問した。
「どうやらあたしを捜してたみたいだけど、何しに来たの? まぁ、言わなくてもだいたい想像出来るけど」
「うふふふふ♪ イノーザ様に逆らう女勇者様を~、ブチ殺しに来ちゃいましたぁ~♪」
ああ、やっぱり。と杏利は思う。魔王の手下が勇者を捜しに来る理由など、一つしかない。
「それにしても、こんな砂漠の真ん中まであたしを捜しに来るなんて、ご苦労な事ね。そんなにあたしを殺したかった?」
「もっちろん! 私達の障害を排除したらぁ~、イノーザ様いっぱい褒めてくれるから!」
「……ずいぶんとまぁイノーザの事が好きなのね。どうやら魔王様は相当いい男で女ったらしみたい」
ラトーナの口調に苛立ちを感じながら、杏利は皮肉のつもりで言った。
しかし、次の瞬間に衝撃を受ける事になる。
「イノーザ様は女だよ」
「……は?」
ラトーナが言った事を理解するのに、二秒掛かった。
「……えっ?」
そこからさらに深いところまで理解するのに、また二秒掛かった。
(え、つまりこのラトーナっていう超魔、アレなの?)
今までの反応から見るに、間違いなくラトーナはアレだ。
(こいつもかッ!! こいつエニマと同じ性癖の持ち主なのかッ!!)
「ど、どうした杏利!?」
杏利は両手を地面に着いて、ラトーナに出会った不幸を嘆き、エニマは驚いて、ゼドは無表情で杏利を見る。
「心配しなくていいよ~。私が全てを捧げる相手は、イノーザ様だけだから♪」
らしい。というかガチの百合なら、杏利を殺そうとはしない。とりあえず、杏利が貞操を心配する必要はなくなった。
「じゃあ、確か杏利ちゃんだっけ? 殺してあげるから、カモ~ン♪」
わざとやっているのかわからないが、非常にウザい挑発をするラトーナ。
「……いいわ。やってあげる」
杏利はそれに乗り、戦う事にした。
「ゼドはそこで見てて。エニマ! 行くわよ!」
「うむ!」
ゼドをその場に待たせて、槍化したエニマを持ち、杏利は戦いへと向かう。彼女の姿を、ゼドは無言で見送っていた。
「おいでおいで!」
さらに挑発するラトーナ。
「はぁっ!!」
斬りつける杏利。それを避けるエニマ。ラトーナの可愛らし容姿も相まって、まるで蝶と戦っているかのような錯覚を覚える。
「ふっ! はっ! たっ! やっ!」
ラトーナは杏利に素早く接近し、顔面を狙っての四段蹴りを放つ。
(速いけど、ウルベロほどじゃないわね)
それをかわす杏利。
「やぁっ!」
ラトーナは間髪入れずに回し蹴りを繰り出すが、杏利は飛び退いてかわした。
(見えるわ。こいつの動きが)
ウルベロほど速くはない。充分見切れるレベルだ。
「エニマ。あたし、あいつの動きが見えるわ」
自分が強くなっている実感を覚え、エニマに語りかける杏利。
「わしも見えたぞ。黄色じゃった」
杏利はエニマの言葉を理解するのに少しかかり、理解した瞬間にエニマを地面に叩きつけた。
「ぱんちらっ!!」
その後、エニマを拾い上げて詰め寄る。
「ど・こ・見てんのよあんたは!! 動きの話してるんでしょうが!!」
「いやすまん。つい出来心で……」
「なにが出来心だこの変態槍!!」
謝るエニマに、杏利は激怒し罵倒する。
「えっ、もしかしたら見ちゃった? いや~ん! エニマちゃんのヘンタ~イ♪」
自分が蹴りを放った瞬間にパンツを見られたのだとわかったラトーナは恥ずかしそうに、しかしどこか嬉しそうにスカートを押さえ、くねくねと身体をくねらせていた。
「……何をやっているんだあいつらは……」
呟くゼド。まともなのは彼だけである。
「変態さんにはお仕置き~♪」
攻撃を再開するラトーナ。杏利とエニマは喧嘩をやめて、ラトーナの攻撃をさける。杏利も攻撃していくが、当たらない。
「やるじゃない。やっぱり他の超魔とは違うってわけね」
「当たり前でしょ? 私はイノーザ様に選ばれた精鋭の超魔、ロイヤルサーバンツの一人。それにいつも、イノーザ様からお力を頂いてるの。口移しでね♪」
「あんたも充分変態だっての!!」
最後の一言を聞いた瞬間寒気がした。ラトーナは本当に、マジもんのガチレズである。
「イノーザ様は私の全てだけど~、杏利ちゃんも結構タイプだよ~? 可愛い顔してるし~」
さらに寒気がした。どうやら気に入られているらしい。
一刻も早くこの女を消し去らなければならない。そう思って繰り出した杏利の突きをかわしたラトーナは、
「だから……」
杏利に接近して両肩を掴み、
「杏利ちゃんにも熱いベーゼをプレゼント♪」
もっともっと寒気がする事を言った。
だが、ラトーナは口付けをしてこない。その代わりに口が、いや、口の中が光り始める。続いて感じる、尋常ではない熱波。これは危険だと感じた杏利は、エニマを押し付け、ラトーナを薙ぎ倒す。
それと同時に、ラトーナの口から閃光が放たれた。閃光は城の一部を貫通し、当たった部分は赤く溶けている。
熱光線だ。熱いベーゼ(物理)である。
「杏利ちゃんひど~い。私のベーゼを受け取ってくれないんだ~」
ゆっくりと起き上がるラトーナを見て、杏利は飛び退く。冗談ではない。あんな熱光線を喰らったら、マジックマントがあっても即死してしまう。放つ前の余波さえ防ぎきれていなかったのが、その証拠だ。
「そんなひどい子には、本気出しちゃおうかな」
ラトーナの皮膚が黒くなり、衣装が濃い紫を基調とする毒々しい色に変わって、手元にギザギザの刃が付いた短剣が出現する。
ウルベロと同じ現象だ。今のところこの現象が確認されているのは二人だけで、他の超魔にはなかった。ラトーナもウルベロも、特別な超魔なのかもしれない。
「こうなっちゃったら、さっきほど優しくないよ?」
一気に速度が上がり、ラトーナが突っ込んでくる。短剣はリーチが短いが、懐に飛び込めば一方的な攻撃が可能だ。杏利は防御に切り替え、ラトーナの攻撃を防ぐ事に努める。
「あははっ!」
と、突然ラトーナが離れ、片手を振った。すると無数の火球が出現し、杏利に向かって飛んでくる。
「くっ!」
エニマでは防ぎきれない。杏利は片手でマントを掴むと、回転しながら翻し、全ての火球を弾き返した。さすがマジックマント。この程度の炎なら余裕で防げる。
「私の能力は熱量操作」
ラトーナの周囲に無数の火球と、火柱が上がった。ただでさえ暑い砂漠の気温がさらに上がり、ラトーナの姿が陽炎で揺らめいている。
「私の、イノーザ様への熱ぅ~い情熱。たっぷりと味わいなさい!!」
「!!」
次の瞬間、火球が飛び掛かり、火柱が蛇のようにうねって、杏利に襲い掛かった。
(ふざけた女だが、実力は本物か……)
ゼドは杏利の戦いから、ラトーナの戦闘力を分析している。
熱量の操作。耳に聞けば単純な能力だが、容易に大破壊を引き起こし、単体との戦闘も、複数人との戦闘もこなせる、危険な能力だ。先程の熱光線も、直撃していればこの城を一瞬で融解・蒸発・霧散させられるだけの威力がある。
(あの女も確かに腕を上げているが、勝てるかどうかはわからんな)
杏利の戦闘力は、この前ゼドと戦った時よりも遥かに強く、その成長力は目覚ましい。しかし、ラトーナもまた超魔としては、一線を画する実力者だ。力の差は、拮抗している。
「はぁぁぁっ!!」
襲ってくる火球と火柱を、エニマとマントで防ぎながら、反撃の隙を探る杏利。
「炎には水よ!! アクロディア!!!」
杏利は水流を放つ。水属性の上級魔法だ。
「ふっ!」
だが、ラトーナが目に力を入れると、彼女の前に超高熱の炎の壁が出現し、水流を蒸発、相殺してしまった。
「アクロディア!!!」
「無駄よ!!」
再度アクロディアを唱える杏利。また同じように相殺するラトーナ。
しかし、杏利は水流を放ちながら接近していた。それに気付けず反応が遅れたラトーナは、
「スキルアップ!!!」
さらに能力を高めた杏利に、腹を斬りつけられた。
だがその瞬間、ラトーナの姿が消えた。
「お見通しよ~ん♪」
背後から聞こえるラトーナの声。振り向いた杏利は、さっき斬ったはずのラトーナの存在を確認し、飛び掛かろうとするが、足が地面から離れない。
「!?」
見ると、足元に氷の床が出来ており、杏利の足は氷付けにかれて張り付けられていた。地面は砂だが、かなりの範囲が凍らされており、足を上げる事は出来ない。
「熱量を操るって言ったでしょ? 熱量を増やせば炎が出せるし、熱を減らせば氷が出せる。私が出せるのが炎だけだって思った?」
騙された。ラトーナは熱量を操れる為、炎も操れるし、氷も操れるのだ。
「これが私の能力、マクスウェルよ。あとさっきのは、このオベロンの能力」
言いながら、ラトーナは自分の短剣を杏利に見せる。
「オベロンは私の分身を作る事が出来る。こんなに簡単に捕まえられるなんて、杏利ちゃんって意外と単純?」
「この……バカにして……!!」
激怒した杏利は、魔法を唱えようとする。
「おっと!」
だがそれより早く、ラトーナが火球を飛ばした。杏利はエニマでそれを弾いたが、タイミングをずらされてしまった。それからも無数の火球が杏利の周囲に出現し、四方八方から攻め立てる。間違って杏利の拘束を解かないよう、上半身を狙って。
その間に、ラトーナは自身の能力で、オベロンの刀身に火を点けた。火は炎となり、長く伸びて刃となる。エニマよりも長く、反撃しようにも火球の攻撃が激しすぎて手が回らない。
「私の勝ちね。バーンカッター!!!」
炎の刃を振り下ろすラトーナ。
しかしそれより早く、観戦に徹していたゼドが動き、ラトーナの背中を居合いで斬りつけた。
「ぎゃああああああああああッ!!!」
けたたましい悲鳴を上げて倒れるラトーナ。その拍子に火が点いたオベロンを落とし、火が周囲の氷を解凍して、杏利は拘束から逃れる事が出来た。
「ゼド!!」
反射的にゼドのそばまで駆け寄る杏利。
「ここまでだ。お前はこの女に勝てない。ここからは俺がやる」
「でも、あんた魔力が!」
「いいハンデだ」
ゼドの魔力はあまり多くない。だが、彼にとってはいいハンデ、らしい。
「……このクソが!! 私は野郎なんてどうでもいいんだよ!!」
ゼドに対して激昂するラトーナ。どちらかというとゼドに斬られたからというよりは、男に攻撃されたという事実が許せないといった感じだ。
「お前がウルベロの居場所を吐かない以上、お前には俺が奴と戦う前の肩慣らしになってもらう」
「ふざけるな!! このクソ野郎ォォォォォォォ!!!」
怒りのラトーナは跳躍し、空を飛ぶ。そこからオベロンの力を使い、数十もの分身を作り出してゼドと杏利を包囲する。
オベロンで作れる分身の数は、最大で三百人。その上ラトーナ自身の戦闘力も高いので、いかなる相手も容易く圧殺出来る。
「蒸し焼きにしてやる!!」
数十人のラトーナの周囲に、大量の火球が出現する。小さいが、上級火属性魔法と同等の熱量だ。あんな火球を連発されたら、ひとたまりもない。しかも、この中からたった一人の本体を見つけ出さなければ、何度でも分身を展開されてしまう。
「……なら、まとめて片付ける」
次の瞬間、ゼドと杏利を守るように、無数の青い西洋剣が出現した。ただの剣ではなく、魔力の剣だ。
「こ、これは、エーテルブレードか!!」
「エーテルブレード!? 何それ!?」
「魔力を凝縮して剣を作り出す、魔法剣の奥義じゃ!!」
エニマが驚きながら説明する。
魔法剣士は、剣に魔力を込めて攻撃する。魔力に属性を付ければ、燃える剣や稲妻が迸る剣など、魔法効果と斬撃を合わせた攻撃を放つ事が出来る。
しかし、そのさらに先の技術として、自身で魔力の剣を作るという技が存在する。
その剣は空中に配置する事で飛び道具として使え、魔力を凝縮して作る為、普通に魔法を放つ以上の威力を持つ。魔力によっては、物質の剣を超える強度と切れ味を持つ剣を作る事も出来る。それが魔法剣の奥義、エーテルブレードだ。
エーテルブレードもまた属性を持たせる事が出来、属性によって色が変わる。今ゼドが作ったのは、水属性のエーテルブレードだ。
「……死ね!!」
火球を一斉に飛ばすラトーナ。それに合わせて、ゼドはエーテルブレードを飛ばす。エーテルブレードは火球を貫通し、ラトーナ達に突き刺さる。ゼドはエーテルブレードを、マシンガンのように矢継ぎ早に精製し、射出を続け、どんどんラトーナを刺していく。回避する者がいれば、それが本物だ。
「くっ!」
一体が動いた。ゼドはそれを見逃さずに跳躍し、刀で斬りつけ地面に叩きつける。
「すごい……」
「うむ……」
杏利とエニマは、ゼドの戦いぶりに圧倒されていた。
特にエニマが驚いている。それもそのはず。エーテルブレードの体得には、最低でも十年以上の歳月を必要とするのだ。見たところ、ゼドの年齢は杏利とさほど変わらない。あの歳でエーテルブレードを完成させるなど、エニマの目から見ても異常だった。
「貴様ァ……!!」
ラトーナは着地したゼドを睨み付ける。ゼドは再びエーテルブレードを二本精製し、射出した。
「もう効かない!!」
ラトーナは炎の壁を作り、エーテルブレードを相殺する。
「ゼドのエーテルブレードでも貫けないなんて……!!」
杏利は戦慄する。しかし、ゼドは落ち着いていた。
「そうだったな。お前はそれが出来たんだった。なら、これはどうだ?」
再度エーテルブレードを、今度は一本作るゼド。しかし、そのエーテルブレードは、深い青だった。
「二つの属性を融合させたのか!!」
エニマは見抜く。ゼドは、水属性と氷属性の二つを融合させたエーテルブレードを作ったのだ。属性の融合は、魔法を使う者全員にとっての高等技術である。それをゼドは、まるで呼吸をするかのように容易く、素早く、自然にやってみせた。
ゼドは融合エーテルブレードを放つ。ラトーナはまた炎の壁を作るが、氷は水の温度を下げる。極低温の水剣は炎の壁を貫き、
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ラトーナの腹に突き刺さった。
「ゆ、許さない……許さない……!!」
ラトーナは自分の腹に刺さったエーテルブレードを引き抜く。
「このままじゃ済まさない……絶対に!!」
ラトーナはオベロンを消して両手を広げ、それから前に向けた。
「マクスウェルボンバァァァァァァ!!!」
右手から超高温の炎が、左手から極低温の氷が飛び出し、地面を這いながらゼドに向かって進んでくる。
「黒龍咆哮!!!」
対するゼドは、刀に闇属性の魔力を宿して腰溜めに構え、刺突を繰り出しながら解放した。強烈な破壊の闇が一直線に飛んでいき、炎と氷を吹き飛ばす。
だがゼドの技、黒龍咆哮はラトーナに当たらなかった。どうやらマクスウェルボンバーは、目眩ましの為に放った技だったようだ。ラトーナはもう、そこにいなかった。
「逃げたか……」
そう言った直後、ゼドは片膝を地面に着く。
「ゼド!!」
「大丈夫か!?」
杏利は駆け寄り、エニマもまた人化して駆け寄る。
「……魔力切れだ」
ゼドは魔力切れを起こしていた。エーテルブレードを連発するやら、黒龍咆哮などという大技を使うやら、本当に魔力が少ないのかと不安になっていたが、やはり魔力を使いきるつもりで戦っていたのだ。
「……エニマ、手伝って」
「うむ」
杏利とエニマはゼドに肩を貸し、城に向かって歩いていく。
「何をしている……?」
「あんたはあたしにとって目標なのよ。倒れてもらっちゃ困るわ」
ゼドは強い。その強さに、杏利は一種の憧れを抱いている。だから、助ける。
「……今なら俺に勝てるぞ」
ゼドは杏利に言う。魔力を使い尽くした今の自分になら、杏利は勝てると。
「やらないのか? 俺にやられて頭にきているんだろう?」
「弱ってるあんたに勝ったって、意味ないじゃない。あんたが倒さなきゃいけない魔王軍の一人なら、話は別だけど」
頭にきていないと言えば、嘘になる。だが、恩を感じてもいるのだ。負けを知らなかった自分に敗北を教え、さらに強くなりたいという意思を与えてくれたゼドに。
魔王城。
「どうしたラトーナ!! ぼろぼろじゃないか!!」
戻ってきたラトーナを見て、イノーザは驚いた。
「ぐすっ……イノーザ様ぁぁぁん……」
ラトーナはべそをかきながら、イノーザに抱き着いた。
「女勇者と一緒にいた、ゼドって野郎に辱しめを受けましたぁぁ~。屈辱ですぅ~。慰めて下さぁ~い」
「よしよし……」
イノーザはラトーナの頭を撫でて、慰める。
(……これで例の女勇者と接触していないのは、俺だけか)
ラトーナを見ながら、ヴィガルダは思った。
(近々会いに行った方がいいかもしれんな……)




