第二十六話 熱砂の向こうへ
前回までのあらすじ
杏利とエニマのコンビネーションの前に、ウルベロは尻尾を巻いて逃げていった。ざまぁwww
地球にも砂漠はあるが、リベラルタルにも砂漠はある。その中でも特に大きいと言われているのが、アーツゥイン砂漠だ。
「なんかギャグみたいな名前の砂漠ね」
……前述の通りリベラルタル最大の砂漠地帯である為、入り口には準備が出来るよう、町や村など施設が用意されている。今杏利とエニマも、砂漠の前に用意された町、オアッシーに来ていた。
「町までギャグみたいな名前ね」
……砂漠の旅は苛酷を極めるので、入念な準備をして入らなければならない。杏利は砂漠に入る為に必要な物を、あちこちの店で買っていた。
「えーっと水でしょ? 食糧でしょ? あとそれから……」
アーツゥイン砂漠は広く大きな砂漠だ。抜けるには何日も掛かる。何があっても横断しきれるよう、杏利は準備をしている。
「寝袋……ポーチに入りきらないわね……」
「それでしたらお客さん。これなんかどう?」
道具屋の店員が出してきたのは、畳んである小さな布だった。
「こことここを同時に押してみて」
布には、小さな赤い四角い部分と、青い四角い部分があった。言われる通り、二つの箇所を同時に押す。すると、折り畳まれていた布があっという間に広がっていき、寝袋に変化した。
「収納ラクラクの魔法の寝袋よ。お一つ四百ギナでどう?」
少し高いが、これは便利だ。杏利は早速購入し、トラベルポーチに入れた。
「あとは何が必要になるかしら?」
「服じゃな。このまま砂漠に入ったらお前、暑いやら寒いやらでえらい事になるぞ」
「……あっ」
そうだ。砂漠の昼間はとても暑く、夜はとても寒い。暑いからと薄着をしていれば夜になって苦しむ事になるし、かといって昼間から厚着をしていれば地獄を見る事になる。
「こういう時は、店員に聞いてみるといい」
エニマからアドバイスを受けて、杏利は洋服屋の店員に訊いた。
「すいません。昼暑くなくて夜寒くないとか、そんな服ありませんか?」
「はい。でしたらこちらはいかがでしょうか」
店員は杏利を案内し、あるものを手に取る。真紅の美しいマントだ。
「マジックマントの最新モデル、クリムゾンカラーです。クリムゾンと銘が打ってありますが、熱からも冷気からも、物理攻撃からも守ってくれる優れものです」
濃い魔力が凝縮された特殊な糸を編み込むことで、纏った瞬間から効果が発動し、あらゆる攻撃から持ち主を守ってくれる魔法のマント。
「わあ……」
機能だけでなく、デザインも素晴らしい。一目で気に入った杏利は購入し、早速身に纏った。
「どうエニマ? 結構勇者らしくない?」
エニマに人化してもらい、ファッションを審査してもらう事にした杏利。腰に手を当てたり、その場でくるりと回ってみたりする。
「うむ。とても良く似合っておる」
着ている素材がいいせいか、エニマの目には杏利の姿が美しく見え、どことなく覇気も感じている。
次に店の外に出てみた。山を越えた辺りから感じていたうだるような暑さを、今はもうほとんど感じない。人肌程度の気温だ。効果もきちんと働いている。我ながら、いい買い物をしたと杏利は思った。これなら、砂漠に入っても大丈夫そうだ。
と思ったが、今から砂漠に入れば、すぐ夜になる。横断に何日も掛かるとはいえ、夜間の移動は出来る限り避けたい。というわけで、今夜は一泊し、明日からアーツゥイン砂漠を横断する事にした。
翌日。早起きした杏利とエニマは、ラクダを借りて砂漠の横断を始めた。砂漠の移動といったら、やはりラクダに限る。これも初めての経験だったが、杏利はそつなくこなした。
「エニマ。あんたの分のマント、ホントによかったの?」
エニマは人化して、杏利の後ろに乗っている。
「人化しているとはいえ、わしは槍じゃ。暑さにも寒さにも耐性がある」
との事らしい。
「それにしても、杏利の尻は柔らかいのぅ」
「やめろ」
「せくはらっ!!」
杏利の尻を撫で回すエニマの頭に、杏利は手を回してげんこつを喰らわせた。
杏利とエニマが砂漠の横断を始めて、はや三時間。行けども行けども、目に映るのは砂の海ばかり。いくら横断に数日掛かるとはいえ、こうも果てが見えないと憂鬱になってくる。マントのおかげで快適なのが、せめてもの救いか。
「世界最大の砂漠なんでしょ? オアシスの一つくらいないのかしら?」
「そうそう都合良くオアシスなどないぞ」
文句を言う杏利に呆れるエニマ。
と、二人がラクダに乗ってさらに十分ほど進んだ時だった。
「!」
杏利は見つける。大きな泉と、それを囲むように生い茂る緑。立派な一本の木。わかりやすすぎるくらいわかりやすい、オアシスだ。
「わーお! 言ってみるもんねぇ!」
オアシスを発見した杏利はラクダを進ませ、
「……なーんて」
しかしオアシスには入らず少し離れたところで止まる。
「そんな都合の良い話があるわけないでしょうが!!」
そして杏利は、なんとオアシスに向かって、ビルツジライガを叩き込んだ。
爆発するオアシス。だが次の瞬間、
「グォォォォアァァァァァァァァァ!!!」
オアシスが、手足が生えた魚のような巨大な怪物に変化した。
この怪物の名は、デザートミミック。その名前の通り砂漠に生息し、オアシスに成り済まして獲物を誘き寄せ食らうモンスターだ。泉は口に、木はチョウチンアンコウの擬似餌の触手に当たり、緑の部分が表皮の一部。手足は砂色で、砂の中に埋めてしまえば、モンスターだとはわからない。
「よくわかったな杏利……」
「殺気を感じたのよ。引っ掛かれ~引っ掛かれ~って、そんな気配がダダ漏れだったわ」
口から泉を形成する為に溜めた唾液を撒き散らし、苦しんでいるデザートミミックを見ながら、杏利は答える。不用意に泉に近付けば頭から丸かじりにされていたが、杏利は気配で偽物のオアシスであると気付いており、近付くふりをして先制攻撃を仕掛けたのである。
「もう一発いっとくわね。ビルツジライガ!!」
杏利は最初の一撃で瀕死の重傷を負っていたデザートミミックに、二発目のもっと威力を上げたビルツジライガを放ち、完全に消し飛ばした。
「砂漠越えは体力勝負だもの。あんまり動きたくないわ」
いくらマジックマントがあるとはいえ、激しい動きをすれば消耗する。砂漠を横断する上で一番避けなければならないのは、無駄な体力の消耗だ。だから、あまり動かずモンスターを仕留められる、魔法を使った。アーツゥイン砂漠を横断仕切るまでは、この戦い方を続ける必要があるだろう。
「……本当はそれだけではなかろう? せっかくオアシスを見つけたのに、ぬか喜びさせられたから、その腹いせで吹っ飛ばしたんじゃろ?」
「もちろんそれもあるわ。あースッキリした」
障害を排除した杏利は再びラクダを進ませ、先を急いだ。エニマは杏利の沸点の低さに、ため息を吐いていた。
本来なら魔力の消耗も避けたいが、時間が経てば魔力は回復する。ラクダに乗っていて自分は歩かなくていいので、いつもより回復は早い。
魔力が完全に回復した頃、
「……?」
杏利は次の異常を発見した。
「あれは……何?」
砂漠の向こうに、建造物が見える。杏利は目を疑ったが、近付いてみる事で、それが何であるかを理解した。
「……城?」
そう、城だ。砂漠の真ん中に、ぽつんと、城が建っている。よく気配を探ってみるが、今度はモンスターの擬態ではなさそうだ。
「この城……何なのかしら?」
「……さあな。わしが封印される前は、砂漠に城などなかったはずだし、わしが封印された後に出来たものじゃろう。何らかの理由で滅んだようじゃが」
城はひどく朽ちており、人の気配はない。完全に廃墟と化している。エニマの記憶にこんな城はないらしいが、何せ七百年も経っているのだ。その間に国が出来て滅んでいたとしても、何ら不思議はない。
「ちょうどいいわ。ここでちょっと休憩しましょ」
「うむ」
杏利はラクダを進ませ、城の中に入る。かなり大きな城だ。ラクダに乗ったまま入っても、何ら問題がない。
「この雰囲気、あんまり好きじゃないなぁ……」
使われなくなって廃れてしまった、あの地下墓地と同じ雰囲気である。違いは、死体があるかないかくらいだ。杏利はちょうどいい柱を見つけるとラクダを降り、手綱をくくりつけて休憩に入る。持っていた水を飲み、ラクダにも飲ませた。
休憩を終えた杏利達は、再びラクダに乗って旅を続ける事にする。
「……あら」
しかし、城から外には出られなかった。砂嵐だ。いつの間にかかなり強い砂嵐が舞っており、視界が悪く何も見えない。
「ひどい砂嵐じゃな……砂漠越えの再開は無理そうじゃぞ」
「……仕方ないわね。やむまでもう少し休憩しますか」
砂嵐の中を旅するなど自殺行為だ。仕方なく砂嵐が治まるまで、休む事にする。廃れた城だが、砂嵐避けには使える。
杏利がラクダを操り、踵を返そうとした時だった。
「む? 杏利。誰かこっちに来るぞ」
「えっ?」
エニマが気付いた。この砂嵐の中を、誰かがこちらに歩いてくる。杏利はその方向を、よく見てみる。
「……ゼド!?」
向かってきているのは、ゼドだった。なぜか砂嵐はゼドの周りを避けるようにして飛んでおり、全くゼドにかかっていない。エニマはその現象の正体を見抜く。
「魔力を放出して、簡易的なバリアを張っておるな」
ゼドは全身から魔力を放出し、砂嵐を吹き飛ばしているのだ。杏利は城の中に入ってきたゼドに尋ねる。
「ゼド! あんたこんな所で何してるのよ!?」
「お前こそ何をしている?」
「あたしは、この砂漠を越えようとしてるのよ」
「俺はウルベロを捜している。この砂漠を隅々まで捜したが、ウルベロもいなければ魔王のアジトもなさそうだ」
「たった一人でラクダもなしにアーツゥイン砂漠を調べ尽くすとは、とんでもない男じゃなお前は」
いるのはゼド一人だけだ。ラクダどころか、馬にさえ乗っていない。徒歩で世界最大の砂漠を調べ尽くすという、砂嵐の中を歩き回る以上の自殺行為を、ゼドは平然と行っていた。
「それで、少し休憩しに来たといったところか?」
「悪いか? いちいちお前達に許可を取る必要があるのか?」
「そんな事言ってないでしょ」
杏利とエニマはラクダから降り、ゼドの前に立つ。エニマを上回るという規格外の魔力を持つゼドだが、無限ではない。それに、魔力で砂嵐を吹き飛ばしながら進むというのは、かなり魔力を消耗する行為だ。休憩は必要になる。
杏利を無視して横を通るゼド。その彼に、杏利は言った。
「……会ったわ。あんたが捜してる、ウルベロって超魔に」
そう言った瞬間、突然ゼドが振り向いて杏利の胸ぐらを掴んだ。
「どこでだ!! どこで奴に会った!! 言え!!」
「落ち着けゼド!!」
ゼドを引き剥がそうとするエニマだが、全く剥がれない。興奮している。ゼドとは少ししか交流がないが、こんな彼は初めてだった。
「砂漠の手前にあった、山の中よ……倒そうとして、逃がしちゃったけど……!!」
苦しそうに話す杏利。ゼドは手を離し、杏利は喉を押さえて咳き込む。逃げたのなら、もういない。それくらいはゼドにもわかる。
「……あいつから全部聞いたわ。あんた、お姉さんがいたんだってね。すごくひどい方法で、殺したって……」
「……奴は姉さんの仇だ。だから俺が殺す。お前達は俺の邪魔をするな」
「悪い事は言わないわ。あいつを追うのは、やめた方がいい。あいつ絶対、何か企んでる。まるで、あんたに憎んでもらうのが目的みたいな……」
「例え罠だったとしても、俺はそれごと奴を斬る。姉さんにしたのと同じように、奴の首を斬り落としてやる!!」
姉を失ったゼドの怒りと憎しみ、そして悲しみはどれほどだっただろうか。それもただ殺されたのではなく、目の前で首を斬り落とされたのだ。憎まないはずがない。許すはずがない。殺す。必ず殺す。杏利に言われた程度の事で、諦めるはずがない。姉の復讐を果たしたい一心で、五年という青春を捨て、全てを犠牲にして修行を重ねたのだから。
「お前が何を言おうと無駄だ。奴を殺さない限り、俺の中の憎悪は消えない」
「でも……!!」
それでもゼドを説得しようとする杏利。あのような外道の思惑に、乗ってやる必要はない。
その時だった。突然何かが空から降ってきて、衝撃で砂嵐が吹き飛んだ。
「「!?」」
「何!?」
ゼドとエニマ、杏利はそれを見る。
「うっふっふっふ~♪ 見ーつけたっ!」
そこにいたのは、踊り子のような服装をした、女性の超魔だった。




