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レジェンドガール  作者: 井村六郎
第二章 運命の出会い
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第二十二話 勇者、張り込む

前回までのあらすじ


ゼドに敗北した杏利とエニマは、僧侶の魔法を学ぶ為、リベラルタル最大の宗教団体、ライズン教団の教会がある街、コーサリムに向かい、旅の宣教師達と出会った。






あとエニマちゃんはヤンレズ。

 翌日。宿をチェックアウトした杏利とエニマは、ロージット達を探していた。昨日は忙しかったようなので、今日もう一度アタックしてみるつもりだ。

「……なんかあの辺り、人だかりが出来てない?」

「む? 本当じゃな」

 しばらく歩いていると、二人は人だかりを見つけた。かなりの人数が集まっている。ロージット達は布教目的で来ていると言っていたので、もしかしたらあそこで布教をしているのかもしれない。

 そう思って二人は、人だかりに向かう。

「すいません! 通して下さい!」

 群がる人々をかき分け、人だかりの中心へと向かう。

 そしてたどり着いた時、二人は絶句した。

 結論から言うと、ロージット達はいなかった。代わりにそこには、頭を切り落とされた男の死体があったのである。頭と首から下が別れていて、野晒しにされている。

「失礼します! 道を開けて下さい!」

 少しして、ロージット達がやってきた。パラディンとその教え子達の登場に、人々は道を開ける。

「ロージットさん!」

「またお会いしましたね。このような現場をお見せしたくはなかったのですが……」

 ロージットは杏利達と再会出来たのを喜んでいるようだったが、同時に凄惨な現場を見せてしまった事を残念がっているようだ。

「皆さん! どうかお帰り下さい!」

「この場は我々が調査を行います!」

 ジェイクとマリーナは、集まってきた人々を人払いしていた。この街の人間は信心深いのか、彼らの言葉を快く信じ、去っていく。

「……さて。まずは解決が遅れた事をお詫び申し上げます」

「解決って、やっぱり何か事件が起きてるんですか?」

「はい。実は……」

 ロージット達は事情を説明した。



 実はこの街では、一ヶ月ほど前から人間が忽然と姿を消し、数日後に死体となって発見されるという事件が多発している。被害者に共通しているのは、首を切り落とされている事。それから失踪する前日に、ライズン教団の教会を出入りしているという事だ。

 警察からシルムヘルトに連絡が入り、事態を重く見たライズン教団の大僧正は、ロージット達を派遣した。それでこの街で調査を行っていたのであり、昨日の急用というのもまた失踪者が出たから調べていたというものだった。

「じゃあ、ここの教会が怪しいって事ですか?」

「はい。我々も度々調査の手を入れているのですが、警戒されているのか進展が遅いんです」

 ジェイクが申し訳なさそうに言った。それはまぁ、教団の元締めから最強の団員が派遣されてきたら怖がるだろう。当然の反応である。

「この死体……ここで殺されたものではないな……」

 エニマは死体を調べて分析した。ここで殺された死体にしては、周囲に飛び散っている血液の量が少ない。何せ、首を切り落とされているのだ。もっとドバーッ! と飛び散っているはずなのに、そんな形跡がない。死後からかなりの時間が経過している。恐らく別の場所で殺した後で、ここに放置したのだろう。

「狙われているのは老若男女に子供を問わず、多種多様な人間。一体何が目的でこんな事をしているのか、さっぱりわからないんです」

 マリーナは首を横に振った。とにかく、教会に出入りしていた事は間違いない。

「やっぱり、教会に乗り込むしかないんじゃないですか?」

「まだ確証がありません。仮に何かあったのだとしても、これは我々ライズン教団の不祥事です。申し訳ありませんが、我々に任せて下さい」

「何かって、何ですか?」

「……それも、お教え出来ません」

 どうやらロージット達は、何か心当たりがあるようだ。心当たりはあるが、それを認めたくない。そんな顔をしている。

「……わかりました。あたし達もしばらくここに留まりますから、事件が解決した後ぐらいに、魔法を教えて下さい。行くわよエニマ」

「う、うむ……」

 杏利はエニマの手を引き、事件現場から離れた。



「杏利。お前、このまま引き下がるつもりはないんじゃろ?」

 ロージット達からかなり離れて、誰も聞いていないのを確認してから、エニマは杏利に尋ねた。

「当然でしょ? こっそりロージットさん達に協力するわ」

「……だと思ったぞ」

 もちろん、引き下がるつもりなど毛頭ない。ロージット達に協力して、恩を売るのだ。勇者だから協力するとは言われたが、これでより強固な約束を取り付けられる。

「しかしどうするんじゃ?」

「まず、失踪した人がどこで行方不明になっているのか突き止めなきゃね」

 既に教会が怪しい事はわかっている。なら、教会の入り口で張り込みをしていれば、何か起きた時にすぐわかるはずだ。

「張り込むといってものぅ……気を付けんとすぐ見つかるぞ」

「そうなのよねぇ……」

 何とか誰にも怪しまれず、見つからずに済む方法はないだろうかと考える二人。

「……ん?」

 ふと、杏利の目にある看板が止まった。道具屋だ。名前の通り、様々な道具を売っている店である。だがその道具屋の前に、こんな看板があった。


『限定特注品、あります』


「限定特注品?」

 気になった杏利は店に入り、店員に尋ねた。

「すいません。限定特注品って何ですか?」

「お! 見て行くかい!?」

 店員は後ろの棚から、その限定特注品という品を取ってきた。灰色の小石だ。

「これはステルヴィの魔石といってね、五時間しか効果がないんだが、使うと持ち主の姿を消す事が出来る、魔法の石なんだ」

「姿を消せる!?」

「ああ。滅多に手に入らない代物だから、値段は三千ギナとちょっと高いけど、効果は抜群だよ」

 確かに少し高い。だが、杏利にとっては決して買えない金額ではなかった。

「エニマ。どうやらあたし、天才なだけじゃなくて、運もいいみたいよ」

 自分に対して、杏利は初めて怖いと感じた。



 ステルヴィの魔石。これは姿を消す事が出来る魔法、ステルヴィを魔石に変えたものだ。魔石というものは、魔法を専用の技術で結晶に変えたものである。『使う』と念じれば使えるので、魔法を使えない人間でも魔法を使う事が出来るが、そこそこ高価な代物だ。値段は使える魔法によって変わるが、ステルヴィはバリア系や能力強化系の魔法と同様、五分しか効果が続かない。それを五時間まで延ばしたのだから、高値が付くのは当たり前である。そして魔石は魔法を結晶化しているので、使えば結晶化が解けてなくなる。

 杏利はステルヴィの魔石を六個買い、教会の周りで張り込む事にした。教会の入り口は二つ。正面玄関と、裏口だ。杏利は正面を、エニマは裏口を見張る。何かあればテレパシーを利用し、片方に駆け付けるという作戦だ。

 早速昼間から張り込み、異変がないかどうかを見る。途中でロージット達が出入りしていたのを見たが、気付かれていない辺り、魔石の力はちゃんと働いているようだ。効果が切れかけると魔石が小さくなるので、そうなったらすぐ次の魔石を使う。



 夜。二人が二つ目のステルヴィの魔石を使い、もうそろそろ効果が切れ始めるという時間になった頃。

(こちら裏口。異常なしじゃ)

(こちら正面。こっちも異常なしよ)

 かなり長時間張り込んでいるが、それらしい事は起きていない。

(大丈夫か?)

(平気よ)

 エニマは杏利を気遣う。エニマは待つ事になれているが、杏利は人間だ。疲弊する。休憩などの諸事情で杏利が離れる時は、戻ってくるまでエニマが教会の周囲をぐるぐる回って警戒している。

 そして、その時は来た。教会に、女性が一人尋ねてきたのだ。

(こんな時間に……?)

 もう夜である。教会に明かりはなく、それでも女性は真っ直ぐ教会に向かっていた。どことなく、虚ろな目をしている。

(こちら正面! 異常発生! すぐ戻ってきて!)

(了解じゃ!)

 杏利はエニマを呼び寄せ、女性を尾行する。女性は教会の扉を開けて、中に入った。杏利はほんの少しだけ扉を開けて、中の様子を見る。


 すると、教壇のところで女性が消えた。


「!!」

「杏利!」

 杏利の後ろから、エニマが小声で話しかける。まだ互いにステルヴィがかかっているので、どちらも姿が見えない。だが、どこにいるかはわかった。扉が少し開いているからだ。エニマも自分がすぐ後ろにいる事を教える為、声を出した。

 二人は気付かれないようにこっそりと、教会の中に入る。透明になっているとはいえ、用心は必要だ。内部は普通の教会といった感じで、怪しいところはない。

(さっき女の人が入ってきたの。教壇のところでいなくなったわ)

 もうエニマがいる事がわかったので、ここからはテレパシーで会話する。まずは女性が消えた場所である、教壇を調べた。

「ここだけ周りの板と色が違う」

 すると、教壇の裏の床が、少しだけ他の板と色が違っている事に気付いた。よく調べてみると、この板は開ける事が出来る。板の下には、地下へと続く階段が隠してあった。

(ビンゴね。この教会は『黒』だわ)

(うむ……)

 ロージット達を派遣したという大僧正の予想は間違っていなかった。この街の教会は、何かを隠している。杏利とエニマは魔石の効果時間に気を付けながら、ゆっくり階段を降りていった。



 しばらく歩くと、二人は開けた場所に着いた。奥には扉がある。音を立てないように、細心の注意を払って歩く二人。扉に聞き耳を立てると、話し声が聞こえた。気付かれないように、少しだけ開けて中の様子を見る。

「お待たせしました。今日の分の生け贄です」

「よし。早速始めよう」

 中では、聖職者の装いをした初老の男性と、若い男性が、さっきの女性を連れて何か話している。初老の男性は、恐らくこの教会の神父だろう。では、もう一人の方は誰だろうかと注意深く観察する杏利。

(あの刺青……!!)

 杏利は男性の頬に、独特の刺青がある事に気付いた。あれは、ガッシュやバイオラと同じ刺青である。つまり、あの男性は超魔だ。

(どうして超魔がこんな所に!?)

(杏利!! 部屋の奥を見ろ!!)

 エニマに言われて、杏利は部屋の奥をよく見てみる。

 ギロチンだ。罪人の首をはねる為の処刑器具、ギロチンがある。神父と超魔は、女性をギロチンにセットしようとしていた。

(まずい!!)

 このままでは、あの女性は殺されてしまう。今まで事件の被害に遭った者達は、あのギロチンで首をはねられていたのだ。

(杏利!! お前姿が……!!)

 飛び込もうとした杏利だが、エニマから指摘を受けて気付く。二人の姿を消していた魔石の効果が、切れていた。だが、今はどうでもいい。

(いいわ。エニマ、槍になって!!)

(うむ!!)

 杏利は槍に変化したエニマを手に取り、部屋の中に突入した。

「やめろ!!」

「「!!」」

 二人は杏利の存在に驚いたが、超魔が素早く剣を抜き、女性の首に突き付けた為、仕方なく杏利は止まる。

「こいつ調べてやがったな? おいジマロ!! 気を付けろって言っただろうが!!」

「も、申し訳ございません!!」

 ジマロと呼ばれた神父は、超魔の叱責に謝る。

「おいガキ!! いるのはお前だけか!?」

「……」

「答えろ!! こいつを殺すぞ!!」

 ここで自分しかいないと答えれば、何をされるかわからない。だが答えなければ、超魔に女性を殺されてしまう。

「……あたしだけよ」

 だから正直に答えた。超魔は安堵してジマロに言う。

「ジマロ、この失敗は不問にしてやる。こいつも生け贄にしろ」

「は、はっ!」

 超魔に命令されると、ジマロは慌てて懐に手を伸ばし、十字架を取り出した。

「さぁ、これを見るんだ!」

 ジマロが杏利に命令すると、十字架が怪しげな光を放ち始める。杏利にはすぐわかった。この光、幻惑の宝光と同じ、相手を洗脳するタイプの攻撃だ。これで、全てがわかった。ジマロは日中、特定の相手にこの光を浴びせたのだ。催眠には、時間差で作動するものもあると聞いた事がある。夜になると催眠が発動するよう設定しておき、ここに招き入れ、あのギロチンで殺していたのだ。

 以前より遥かにグレードアップしているエニマの加護のおかげで、杏利は洗脳を受けていない。しかし、まだ超魔のそばに女性がいる。下手に逆らえば、女性が危険だ。なので、杏利は洗脳されたふりをして、だらりと両手を下げる。もちろん、エニマは持ったままで。

「よし。こっちへ来い!」

 催眠がかかっていないとも知らず、ジマロは杏利に命令する。バレないよう、ゆっくり歩いていく杏利。


「「ジライツ!!」」


 その時、杏利の後ろから二つ光弾が飛んできて、一つは十字架を破壊し、もう一つは超魔の手から剣を弾き飛ばした。


「!?」

 驚いて振り向く杏利。そこには、ロージット、ジェイク、マリーナの三人がいた。今のは光属性の初級魔法、ジライツだ。光の属性を持つ、魔力の弾を飛ばす。

「はっ!」

 今魔法を使ったのはロージットとジェイクで、次はマリーナの番だ。素早く跳躍し、女性と超魔の間に割り込んで、超魔とジマロに蹴りを放つ。慌てて離れる超魔とジマロ。

「大丈夫ですか?」

「は、はい!」 十字架が破壊されたからか、催眠が解けている。マリーナは女性を連れて、ロージットのそばまで下がった。

「マリーナ。彼女を外まで」

「はい!」

 ロージットから指示を受けて、マリーナは女性を外まで連れていった。

「ロージットさん、どうしてここに?」

「教会の様子がおかしかったので」

 何もないので勝手に扉が開いたのを、ロージットが見ていたのだ。何かあると思い、追ってきたのである。

「それより杏利様。我々に任せて下さるよう言ったはずですが?」

「す、すいません……」

師匠せんせい! お話は後にして下さい!」

 説教を始めようとするロージットを、ジェイクが止める。

「厄介な連中が来やがったな……仕方ねぇ。少し早いが、こいつを使う!」

 追い詰められた超魔は、ギロチンを殴った。すると、ギロチンに異形の四本足が生え、刃に顔が出現したではないか。

「俺は無機物に命を与える事が出来る。しかも、人間の血を飲ませればより強くなるってわけさ」

 超魔はギロチンに命を与えてモンスター化し、この街に潜伏してジマロに餌を用意させ、強力な生物兵器として育てていたのだ。

「頬の刺青に固有の特殊能力……超魔か……」

「ロージットさん、超魔を知ってるんですか?」

「ええ。私も三匹ほど超魔を倒したので」

 ライズン教団が魔王への対策を怠るはずがない。ロージット達には、魔王軍の撃破命令も下されているのだ。

「ジマロ神父。なぜ魔王軍などに加担したのですか?」

 ライズン教団全体に魔王に対しての警戒令が出されている。だからこそ、ロージットはなぜライズン教団の神父が、魔王に協力していたのかを訊いた。

「……お前も見ただろう? 魔王イノーザ様の圧倒的な力を。世界のあらゆる国が無力であり、ライズン教団ですら向かってくる造魔兵を撃退する事しか出来ない」

 ジマロは取り繕わず、本性を現して、己の心中を吐露する。

「これだけの災厄が起こっているにも関わらず、神は救って下さらない!! 理由は簡単だ。魔王の方が神より強いから。だから目が覚めたのだ。真に崇めるべき存在は神ではなく、魔王の方だと!! 私はイノーザ様に仕える!!」

 ジマロが教団を裏切った理由は単純だった。魔王の方が確かな力を持っていて、こちらを選ぶべきだと思ったからである。長いものには巻かれろ、というわけだ。

「本気でそんな事を言っているのですか?」

「本気だ!! 事実教団員達は、この力の前に何も出来ずに死んでいった!!」

 ジマロはそう言って、何かを取り出した。

(あれは……!!)

 杏利はそれを見て驚く。拳銃だ。それもただの拳銃ではなく、ベレッタM92だ。

「イノーザ様は凄まじい技術力を持っておられる。どの国の銃とも違う、全く新しい銃だ。イノーザ様が、私の忠誠を認めて与えて下さった」

 どうやら、この世界にも拳銃はあるらしい。しかし、ベレッタM92のような銃はないとの事。

「威力も現存する銃とは桁違いだ。並みの魔法なら一方的に撃ち破れる。イノーザ様はこれよりもっと強力な銃も持っておられる。どうだ、お前も来ないか?」

 力に魅せられたジマロは、ロージットを勧誘する。いくら拳銃を持っているとはいえ、パラディンとの戦いは避けたかったのだろう。

「……あなたには失望しました。名誉あるライズン教団の神父だというのに、力に魅せられて信仰心を捨ててしまわれるとは……」

 ロージットは冷めた目で、ジマロに失望の声を返す。

「黙れ!! 信仰など、圧倒的な力の前には何の意味も持たん!! こうなったら、お前も死ね!!」

 ジマロは安全装置を外す。

 対してロージットは、落胆の溜め息を吐いた。

「もはや問答は無用のようですね」

 もうジマロに、ロージットの言葉は届かない。教団員が絶対に捨ててはいけない信仰心を、完全に捨ててしまったから。


「ならばあなたに、神の裁きを」


 ロージットが言った瞬間、彼の右手に、中心に太陽が描かれた本のような刺青が現れる。

「させるか!!」

 引き金を引くジマロ。しかしその瞬間に、ロージットが持っている本が光り、バリアが展開されて銃撃を防いだ。

「い、今の、あの本が防いだの!?」

「はい。あれはただの本ではありません」

 驚く杏利に、ジェイクは嬉しそうに説明する。

「パラディンのみが使う事を許される最強の聖書型退魔兵装、光導の書です!!」

 ライズン教団最強の男、パラディンロージットは己の武器、光導の書を開いて言い放つ。


「信仰心とは如何なるものかを知りなさい」



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