第十九話 紫色の守護者
前回のあらすじ
超魔バイオラとの戦いで毒に侵された村人達を救う為、万能薬の調合に必要な魔法の鉱石、パープルクリスタルの採掘をしに、杏利とエニマは月光の迷宮に突入した。
パープルガーディアンは恐ろしく頑丈だ。あのボディーにダメージを与えられなければ、話にならない。
「押して駄目なら……」
その為、杏利はパープルガーディアンに有効そうな攻撃を、試してみる事にした。一応、通りそうな攻撃方法は三つある。
「さらに押す!!」
一つ。物理攻撃。それも今までと同じではない、さらに強力な物理攻撃だ。エニマをこの空間の天井に届くギリギリまで巨大化させ、再びパープルガーディアンの脳天目掛けて叩きつける。
「くっ!」
杏利の攻撃は、パープルガーディアンの頭を真っ二つにした。だが、そこまでだ。首から下までは、刃が通らない。と、頭を真っ二つにされたパープルガーディアンの腕が動き、刃を払うようにして頭から引き抜き、両手で頭を合わせた。頭は元通りにくっつく。
「それなら!!」
両断は出来なかったが、少しでも刃が通るなら、付け入る隙はある。今度は真横から、腕を斬り落とそうとする杏利。
しかし、中ほどまでは通るが、斬り落とすには至らない。仕方なくパープルガーディアンの腕から、エニマを引き抜く。またしても、パープルガーディアンの傷は塞がってしまった。
すると、パープルガーディアンが力を溜めるような体勢を取る。どうもあの高速移動は、この体勢に入らないと使えないようだ。
「アタックガード!!」
威力は脅威だが、それさえわかっていれば対策は出来る。エニマがアタックガードを唱えて防御力を上げた瞬間、再びパープルガーディアンの姿が消失した。すぐ、後ろに現れたパープルガーディアンに、杏利は殴り飛ばされ、壁に叩きつけられる。前に唱えていたアタックガードの効果がまだ残っていた為、痛みはあるが腕を折られてはいない。エニマを元に戻して、立ち直る。
「まだまだァ!!」
ここで、パープルガーディアンに有効そうな攻撃、第二を行う。
「ウイエル!!」
二つ。魔法攻撃。頑丈な相手に魔法など効かないだろう、と思われるかもしれないが、実はそうではない。この世界にはあらゆるものに属性が備わっている。例えば、スライムは水、ゾンビは闇といった感じだ。ちなみに人間は無属性である。こういった存在は、物理攻撃が効かないほど頑丈な身体の持ち主であっても、弱点となる属性の魔法をぶつける事で、大ダメージを与えられるのだ。
パープルガーディアンの属性は、土である。土属性の弱点は、風属性だ。杏利が唱えたのは、風の塊を作って相手にぶつける、ウイエルという風属性の魔法だ。ヒンベルから教わった魔法で、本当はさらに上位のウイエルガという魔法も習っていたのだが、三つ目の攻撃手段を使えなくなる事を恐れて魔力の浪費が出来なかった為、ウイエルを使った。自分の魔法がどの程度通じるか、試してみたかったのもある。
風の塊はパープルガーディアンの右足に命中し、右足の一部を消し飛ばして、圧力でパープルガーディアンのバランスを崩させる。魔法攻撃は有効らしい。
だが、駄目だ。パープルガーディアンはまるで液体を吸い上げるようにして、パープルクリスタルを吸い上げ、破壊された足を修復してしまった。しかし、これはヒンベルから聞かされていた情報である。
パープルガーディアンは、ゴーレム系と呼ばれるモンスターの一種だ。岩石が集まって巨人となったゴーレムや、泥が意思を持って巨人化したマッドマンなどが、これに該当する。これらのモンスターは体内にコアを持っており、そこを破壊しない限りは岩や泥を集めて再生してしまう。パープルガーディアンもまたコアを破壊しなければ、パープルクリスタルを集めて再生してしまうのだ。
さっき放ったウイエルは、牽制の意味も込めている。だから足を狙った。バランスを崩して動きが止まった隙を狙い、
「ウイエルガ!!」
上位の風魔法を叩き込む。パープルガーディアンのコアは胸にあると聞いているので、胸を狙ってだ。
しかし、パープルガーディアンは目から紫色の光線を放ち、ウイエルガを相殺してしまった。
「なっ!?」
驚く杏利の目の前で、パープルガーディアンは全身から突き出ているクリスタルから、光線を乱射し始めた。こんな攻撃方法があるなど、聞いていない。恐らく、満月時特有の攻撃方法なのだろう。とにかくかわしていく杏利。
「そう簡単には決めさせてくれないみたいね」
杏利は魔法攻撃も断念した。
と、突然パープルガーディアンの攻撃がやむ。それだけでなく、動く事自体を、パープルガーディアンはやめていた。
「?」
一体どうしたのだろうかと思っていると、杏利は気付く。
「あ」
この空間の入り口。洞窟の中に、気付かないうちに来ていたのだ。パープルガーディアンは、パープルクリスタルがある空間に入った者を徹底的に攻撃する。逆に、空間に入っていない者には攻撃しないし、空間から出る事すらしない。もし戦っている途中で攻撃対象が空間の外に出ると、パープルガーディアンは攻撃を止めるのだ。それでも、相手が月光の迷宮から出るまでは、パープルガーディアンはその場から動かず、消えもしないそうなのだが。
いつの間にか安全地帯に逃げ込んでいた杏利は、このまま三つ目の攻撃手段を使う事にする。
三つ、ガンゴニールストライク。杏利とエニマが使える、最大最強の切り札。これさえ使えば、さすがのパープルガーディアンも砕け散る。
「やるわよ、エニマ!! あたしの魔力を使ってもいいわ!!」
「うむ!!」
これまでの戦いでかなりの魔力を使ってしまったが、杏利はエニマに自分の魔力を使う事を許可し、エニマが杏利の魔力を吸い取る。ついこの前身に付けたばかりの杏利の魔力は、決して多くはない。だが少なくもなく、二人の魔力を合わせれば充分以上にガンゴニールストライクの威力は上昇する。
(魔力を使い切るって、こんな感じなんだ……)
杏利は、使い切るまで自分の魔力を使った事がなかった。全身を倦怠感が襲い、気を抜けば座り込んでしまいそうになる。
だが、ここでダウンするわけにはいかない。気力を振り絞り、足でしっかりと地面を踏み締め、パープルガーディアンに向かって突き出す。
「「ガンゴニール、ストラァァァァァァァァイクッ!!!」」
パープルガーディアンの胸を狙って飛んでいく、杏利とエニマ。再び二人が入り込んできた事で、パープルガーディアンが動き出す。だが、もう襲い。パープルガーディアンが殴ってくるより、光線を撃つより、高速移動を使うより、ガンゴニールストライクがパープルガーディアンの胸を穿つ方が早い。
そう思っていた。
パープルガーディアンは右手を動かし、ガンゴニールストライクを止めようとする。しかし、それで止められるほど弱い技ではない。パープルガーディアンの手のひらをぶち抜き、胸部に迫る。
「終わりよ!!」
杏利とエニマはパープルガーディアンの胸に激突した。
(ど、どうなってるの!?)
だが、
(さっきより、硬くなってる!?)
ガンゴニールストライクは、なかなかパープルガーディアンを貫く事が出来ない。少しずつ進んでいるが、コアまで届かないのだ。
パープルガーディアンには、ヒンベルも知らない能力があった。これも満月時特有の能力なのだが、周囲のパープルクリスタルから魔力を吸い取る事で、身体の強度を上げられるのだ。
「あ、杏利……すまん……」
エニマの魔力が尽きた。もうコアが見えていて半分まで削れているのに、魔力がなくなってしまった。止められた。最強の切り札ガンゴニールストライクが、初めて止められた。パープルガーディアンは残った左手を振るい、杏利とエニマを払いのける。
「うっ!」
地面に叩きつけられる杏利。彼女にも、もう余力がない。今のガンゴニールストライクで、魔力のほぼ全てを使い切ってしまった。意識は保てるが、それだけだ。立ち上がれないし、魔法も使えない。エニマに魔力を与えるなど、以てのほかだった。
地面からクリスタルを吸い上げ、パープルガーディアンが再生していく。傷を癒したら、また攻撃してくるだろう。加護は使えない。アタックガードの効果も切れた。今パープルガーディアンの攻撃を受けたら、百パーセント助からない。
「杏利!!」
杏利を助けたい。人化して杏利をこの空間の外まで運び出せば、パープルガーディアンの攻撃はやむ。だが魔力を使い切ってしまったせいで、人化も出来ない。人化の維持に魔力は必要ないのだが、人化を発動する為に少量の魔力が必要になる。ある程度回復すれば、人化出来るようになるのだが……。
「……そうじゃ!」
パープルガーディアンがクリスタルから魔力を吸い上げたように、自分にもそれが出来ないだろうかと思い、魔力吸収を試みるエニマ。出来る。クリスタルから魔力を取り出し、自分に吸収する事が出来る。エニマは人化し、杏利に駆け寄った。パープルガーディアンはちょうどコアの修復を終え、今は破壊された身体を修復しているところだった。
「早く杏利を……!!」
杏利を担いで逃げようとするエニマ。
その時だった。この空間のただ一つの出入口から、何者かが入ってきた。
短い黒髪で、黒いコートを身に纏い、黒いズボンとブーツを履いて、左腰に刀を携えた、杏利と同年代に見える、青年だった。
青年は片手に小石を一つ持っており、それをパープルガーディアンの頭目掛けて、軽く投げた。小石はパープルガーディアンの頭に当たり、パープルガーディアンは傷を再生しながら青年を見た。青年は、パープルガーディアンの気を引いたのだ。
「逃げろ!! 奴は強い!!」
青年に逃げるよう言うエニマ。だが青年は、エニマの警告を完全に無視している。パープルガーディアンを見たまま、動かない。
「……まさか、待っておるのか? 奴が再生を終えるのを!?」
エニマの問いにも、やはり答えない。そうこうしているうちに、パープルガーディアンは再生を終え、目から光線を出して青年を攻撃した。
それをかわす青年。エニマは、光線をかわした青年の動きが、全く視認出来なかった。その後もパープルガーディアンは光線を放ち、青年は顔色一つ変えずにかわし続け、パープルガーディアンの前まで移動した。
(は、速い!!)
驚くエニマ。パープルガーディアンは右腕を振りかぶり、青年に向けて拳を放つ。青年はここでようやく抜刀。居合いを放った。青年の居合いは、一撃しか放たれていないように見えるが、実は二撃放たれている。一撃目で拳を両断し、二撃目でパープルガーディアンの右肩を斬り飛ばした。その場にいながらにして、青年は刀が届かないはずのパープルガーディアンの肘、肩口まで斬撃を飛ばしたのである。
「ゥゥ……」
まともに殴っても通じないと考えるだけの知能があったのか、パープルガーディアンは力を溜め、高速移動して青年の背後に回り込み、残った左腕で拳を放った。
だが、これも青年は無表情で、手を後ろに回し、刀で拳を防いだ。パープルガーディアンの巨大な拳に比べて、あまりにも細く、小さく、頼りない一本の刀。しかしその刀身は、二重の防御壁の上から杏利の片腕を折るほどの打撃力を誇る、パープルガーディアンの拳を容易く受け止めた。折れるどころか刃こぼれ一つ起こさず、青年もまた揺らぎもしない。しかもその不安定な体勢から、逆にパープルガーディアンを押し返してみせた。
予想外の力を受けて転倒するパープルガーディアン。
「すごい……」
「うむ……」
エニマから魔力を与えられて復活した杏利は、エニマとともに驚愕の眼差しを青年に向けている。
対する青年は、顔の形を無表情からしかめっ面に変えていた。何かひどく落胆している、そんな感情が読み取れる表情だ。そんな青年に、右腕を再生させたパープルガーディアンが、起き上がって再び襲い掛かろうとする。
パープルガーディアンが出来たのは、起き上がる事だけだった。襲い掛かる前に青年が振り向き、跳躍して縦に高速で何回か回転してから、刀を振り下ろし、着地したのだ。パープルガーディアンは脳天からコアもろとも真っ二つにされ、左右に別れるようにして倒れて沈黙した。
「わざわざ満月を選んで来てやったが、この程度だったか」
青年は刀を納める。やはり、彼は落胆していた。杏利が実質負けた相手であるパープルガーディアンを、この程度と切り捨てる青年。
「こんな雑魚に苦戦するようなやつが、よくここに来ようと思ったな」
それから青年は、杏利に向けて辛辣な言葉を投げ掛ける。今度は杏利がしかめっ面になったが、言い返せない。
「……まぁお前にも引くに引けない理由があった事はわかっている」
そう言いながら近くの壁に歩いていった青年は、再び抜刀。目にも止まらぬ速度で何度刀を振り、納刀する。と、壁がたくさんの細かいパープルクリスタルの欠片となって、崩れ落ちた。それを拾って、自身のトラベルポーチに入れていく。
「何を見ている? これを取りに来たんだろう?」
青年から指摘されて、杏利は自分がここに来た本来の目的を思い出した。すぐ青年の横に立ち、エニマと一緒にパープルクリスタルを拾い始める。
よく見ると、青年も二つトラベルポーチを持っていた。片方は青年の物だろう。もう片方は、きっと村長がくれた物だ。
「助けに来てくれたの?」
杏利は青年に尋ねる。村に来た時は、確か見なかったはずだが。
「……偶然だ。俺は旅をしている。腕試しのついでに、昔この村で世話になった借りを返しに来た。そうしたら、お前が先に来ていただけだ」
「その割には、村長からクリスタルを取ってきて欲しいって頼まれたみたいじゃない?」
「言ったはずだ。借りを返しに来たと」
青年は、杏利の質問にちゃんと答えてくれている。だが、あまり話をしたくなさそうだった。そんな雰囲気が伝わってくる。杏利も出来る事ならあまり話をしたくなかったが、聞きたい事があったので仕方ない。とりあえず壁を削る役は青年に任せ、杏利はパープルクリスタルを集める事にした。
しばらくしてトラベルポーチが満杯になり、三人は帰る事にした。これだけあれば、村人達を救えるはずだ。
もう青年と話をするつもりはなかったが、最後に一つ質問する。
「まだあんたの名前を聞いてないわ。あたしは一之瀬杏利よ」
「わしはエニマ・ガンゴニールじゃ。お前は?」
青年の名前を聞いていない。二人は名乗り、青年も無表情で名乗る。
「ゼド。ゼド・エグザリオン」
「「!!」」
ゼド。青年は今、確かにゼドと名乗った。
「あんたが……ゼド……」
四百もの造魔兵をたった一人で全滅させた超実力者。捜していた相手が、目の前にいた。




